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姉の居ぬ間に
黒塗・後編
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ポンパドールさんは四家かおると名乗った。於牟寺学園の一年だという。
「へえ、於牟寺かァ」
ティナはすっかり彼女と打ち解けていた。何より一ナナギと同じ学校、同じ学園というのがうれしかったのだろう。もっともクラスは別のようだけど。
「さっきの元カレなんだ」
感心するようにティナがいうけれど、なぜ感心しているのかは詮索するのは無粋だろう。
「エッチとかしつこそう」
顔をしかめるティナに四家さんもしかめ面で大きく頷いてみせた。
「こっちの気分とか体力関係なく迫ってきて、本当、鬱陶しかった」
「やっぱり」
仲よく笑い合うふたりを見るに、つい数十分前まで他人だったとは思えないくらい息がぴったりであった。
「ティナさんって恋人いるの?」
目はそのボリューミーなバストを捉えている。
「いない。特定の彼氏は作らない主義なんだ」
「へえ、意外。上四元さんは?」
「クシナもいないよ。それどころか恋人自体作ったことないみたい」
私の知る限り、と付けなくていい注釈を添えてまでティナが代弁する。
四家さんは嘘でしょう、と本気で驚いていたけれど事実なのだからしょうがない。
「まあ、上四元さんクラスじゃ男も尻込みするのかな」
私たちは駅前をぶらぶらしながら、いつもの喫茶店へ向かったけれど、あいにく夏季休業を知らせる貼り紙があった。新規開拓もいいんじゃないかというティナの提言で街中をしばらく彷徨い、裏通りにあった白壁に蔓草が縦横無尽に走る古ぼけた店に入ろうとしたけれど、待ったをかけたのはそのティナであった。
「私の勘がいうのよ。ここはハズレだって」
なんでもオレンジなどのジュース類は紙パックのものをそのまま入れてるだけの手抜き感が店全体から漂っているのだという。
「入ったことあるんじゃないの」
「ないない。でも分かるんだな」
得意顔のティナに従い、けっきょく選んだのは以前に大手総合スーパーが入っていた商業ビルのエルパムだった。数年前、開店ニ十周年を前に中核を成していた総合スーパーが撤退して以降はテナントがごっそりとなくなって一旦、閉めたものの、翌年に地元のスーパーマーケットが核店舗として入ってから再始動した曰くつきの商業ビルだ。三階フロアの半分は100円ショップが専有していてエルパムの屋上に掲げられた看板にも100SHOPと大きく書かれているのはちょっと切ない気がした。道路を挟んだ西側にあった老舗のスーパーも今はなくなって、そこ常連だった人々はエルパムには流れているけれど、さすがにむかしのような華やかさは見る影もなく、近所の老人たちの憩いの場所と化しているにすぎない。ただ、落ち着けるという意味では貴重なところかもしれない。
四階の半分はゲームセンターだったけれど、お世辞にも賑やかとはいえず、やはりその半分を占めていた飲食街とやらも今は二店舗というさみしさであった。あとは住宅相談窓口やらサービスカウンターでお茶を濁している具合。西館駐車場へのアクセスである上空歩廊の脇で大口を開いている文化ホールでは不定期で何かしらの催し物をしているようだけれど、今はなにも開催していないのかやはりしんとしていた。
「ゴーストタウンならぬゴーストビルじゃん」
ティナの発言に頷くには短絡的な気はするのだけれど、かといって否定するには明るい材料があまりに乏しすぎる。
「あそこってリニューアルオープン前には三階の本屋さんの隣りにあった店ですよね」
四家さんが蕎麦屋とは別の洋食メインの店舗に目を向けた。
「子供の頃によく遊びに来てたけど、うん、そう。間違いない」
「そういえばそうかね。あのせっまい喫茶店もどきも出世したのか」
どちらかといえばほとんど消えていった店舗の穴埋めにむりやり入らされたというべき、と決めつけるのは乱暴だろうか。どこか皮肉まじりのティナの感嘆を聞きながらそんなことを思ったりする。
その大出世したという洋食だか喫茶店の売店コーナーでシェイクを買って吹き抜けに沿って並べられているベンチに陣取る。
「ちょっと不安だったけれど、まあ悪くないか」
紙コップを感心げに見つめながらティナが意地悪く笑う。
「ソフトやシェイクって基本、機械がやってくれるし、分量配分や管理さえしっかりしていればハズレは引かないんじゃないかしら」
四家さんの言葉にそれもそうかとティナはずずっとバニラシェイクを啜った。
私が、いやきっとティナも聞きたいことははっきりしていた。さっきの児童公園のそばで起こった出来事、あの外車に乗ったふたり組と四家さんの元カレだというシュンとやらの話、何より、彼の異様な怯え方は尋常ではなかった。
「彼、ハタキシュンっていうんだけど、そのお姉さんのジュンさんていう人が……なんていったらいいんだろう、サークルみたいなのを作った人なの。正式な名称は知らないけれど、メンバーたちの間ではカメリアって呼ばれていたグループ。聞いたことない?」
ティナとセットでかぶりを振る。
「今はそこも呼び名が変わって、ジュンさんも引退はしているんだけれど、影響力はやっぱりあって、弟やその後輩を使って裏で動き回ってたりしているみたいなの」
思わずティナを見た。ティナも私を見ていた。呼び名の変更という箇所で浮かんだ言葉は同じのようだ。
「それってナスコン?」
ティナのぽってりとしたくちびるから飛び出たキーワードに四家さんは意外そうな顔はしなかった。
「瓊紅保女子はナスコンからすれば特別なの。この言葉を知ってるからには身近な生徒にも関係者はいるじゃないかしら」
「ヤエガキってバカとその取り巻きがいる。ヤエガキはしつこくクシナを勧誘しては断られてるけどね」
「……そう、ヤエガキさんと知り合いなのね」
「不本意だけど」
面白くなさげなティナに四家さんは神妙な面持ちで頷いた。
「クツワダって女子、知らない?」
初めて聞く名前だったけれど、一ナナギが自分の学校にヤエガキと友人の女子がいるといってた気がする。おそらくはそのクツワダとやらがその友人かもしれない。
「一時期、そのクツワダと一緒に行動していた時期があったんだけれど、ある事件がきっかで距離を置くようになって、彼とも別れたの」
それが急に切羽詰ったような電話が数ヶ月ぶりにシュン君からあって、縁が切れたとはいえ元は愛し合った仲、何事かとやって来たら四家さんの家に匿ってくれと泣きついてきたのだそうだ。
「ありゃ、悪いことしたかね」
とても悪そうには聞こえないが、ティナには含むところはないだろう。問題はそのシュン君を連れ去った連中だ。
「聖アウトンっつったら名門女子高でしょ、それが何でまた四家さんの元カレを追いかけてきたんだ」
ティナの疑問に四家さんは強張った顔で声を低めた。
「さっき、彼のお姉さん、ジュンさんの作ったカメリアのこと話したけれど、当時は瓊紅保商業の生徒が主要メンバーだったらしいの」
「瓊紅保商業って周辺の高校と併合されてなくなったとこだよね」
「ええ、ジュンさんはそこの最後の卒業生。四年前からは瓊紅保第一高等学校って名称が変わったけれど、やっぱり主要メンバーは瓊紅保第一の生徒に引き継がれたカタチになってカメリアは細々と活動は続けていたの。聖アウトンの生徒が目をつけるまでは」
「じゃあナスコンになったのって最近なの?」
「そう、去年の春先に聖アウトンの生徒がカメリアに接触してきて、どういう経緯かは分からないけれど、主導権が移ったの。ナスコンと通称が変わったのも春からでヤエガキさんの提案がそのまま採用されたみたい」
舌打ちが鳴らされた。その主はもちろん、ティナ。
「彼女、ただでさえ瓊紅保女子で覚えがめでたいところにそういう符丁を定着させたりしたおかげで上の人たちにはかなり気にいられているみたい」
ヤエガキはナスコンの一学年――ザバイオーネとかいうらしい――の中では地位は高いらしく、他の一年生は逆らえないという。
「へえ、すごいじゃん」
ティナが気の抜けたような声を上げた。もちろん、皮肉だろう。クツワダとやらとつるまなくなったのもヤエガキにへつらうような態度にうんざりしたからだそうだ。
「トップが聖アウトンの生徒なのは間違いないけれど、私は直接は会ったことはないの。ただ上層部をサヴォイアルディと呼んで一年生メンバーと区別していると聞いているわ。さっきのふたりがそうなのかは分からないけれど可能性は高いと思う」
ここで四家さんは低めていた声音に若干、力を込めた。
「さっきの疑問なんだけど、彼を追いかけてきたのはジュンさんに逆らったから。今も影響力があるっていったけれど、彼はそのお姉さんの下で普段からナンパ名目でメンバー集めをしていて、他の町の女子に声をかけたりしていたみたい。特にトラブルを抱えてそうな子。場合によっては力づくで女子を連れ込むようなことまでしていたの」
ティナが下唇を上げて眉をひそめた。
「ただ、彼やその後輩連中は別荘へ入ることはできなかったから、私が感知し得る限りは連れ込まれた女子は解放していたわ」
「別荘って?」
不愉快そうに口をひん曲げているティナに代わって訊く。
「ようはたまり場。メンバーはヴィラとか呼んでたけれど。つまり彼はもうそういうことをしたくないってジュンさんに進言したんだと思う」
「ちょっと気の毒かとも思ったけど、けっこうあくどいことやってたんだし、自業自得ってとこかね」
同情らしき素振りを若干見せつつシェイクにかかるティナの横で、あのシュン君の怯えようを思い返していた。
「彼、どうなるの?」
四家さんは首を振って具体的なことは分からないのとつぶやいた。
「けっこういい体格してるのに、何が怖いんだか」
そこまで口にしてからティナは思い出したようにレスラーみたいな用心棒でもいるのかねと腕を組んだ。
「上層部に大人……というか男は絡んでいないみたい。表面上は本当に女子学生によるサークル活動なのよ。何しろ聖アウトン女学園公認みたいだから。聞いたことない? ソロリティって」
四家さんによると秘密結社に端を発した学生たちによる社交団体なのだという。
「表向きはそういう団体として慈善活動や奉仕活動、フィランソロピーを目指しているから学校関係者からの信頼も厚いのよ」
「……奉仕活動ねえ」
ティナじゃなくとも鼻白みたくもなる。あのヤエガキやライオンヘアのツイヒジさんでも人のために汗を流すのだろうか。
「そういう名目上の活動はナスコンとは別の生徒たち構成された聖アウトン姉妹会が行っているはずだから彼女たちはやらないし、やるとも思えない」
さらっと皮肉を口にする彼女に思わずティナと笑い合う。ちなみにその姉妹会はテオブロマと呼ばれているらしい。
「四家さんは、ナスコンを活用してたの?」
吹き抜けから覗く各階の様子をぼんやり見つめながら、ティナが訊いた。いちばん重要なことのようなどうでもいいことのような、どうとでも取れる口調。
「他校の男子でいいなと思った人が何人かいて、その人と何回か……」
丹念に仕上げた眉に懺悔でもしているような気まずさを乗せた四家さんはくちびるを噛んで黙ってしまった。そこまで深刻な流れになるとは思っていなかったのだろう、ティナが知り合ったばかりの朋輩の肩を揺すった。
「責めてるんじゃないんだ、ごめんね。いい男とエッチしたくなるのはメスとして正常なんだし、もう連中と縁を切ったんでしょ?」
四家さんは力なく頷くと、ありがとうとティナを見た。
「まあ、世の中には特定の男以外にいい寄るとすぐにビッチ認定したがるのいるけど、そういうのに限って生身の女に縁のない童貞だったりするじゃん。酷いのになると、恋人いるだけでビッチとかわめいちゃってさ、バカみたいだよね」
少々脱線気味な話は四家さんを慰める意味もあったのだろう、果たしてそれは功を奏して笑いを誘うのに成功したのだった。
思いがけない出会いから、思いがけない友を得た悦びに浸りながら、改めて知らされたナスコンの暗部が拭い切れない染みとなって胸の奥で静かに広がっていくのを感じていた。
そしてその暗部により深刻な闇を流し込んでいる原因はただ一つ、あの車に乗っていた胸まで伸びたゆるいロングウェーブの女子だ。ただまっすぐ前を見据えていたきれいだけど、まるで血の通っていない目と微笑んでいるのにぬくもりを感じさせない口元―――。
なぜかは分からないけれど、いつか彼女とまた顔を合わせる、それも良好とはいえない緊迫した状況で相見える、そんな気がしてしょうがなかった。
「へえ、於牟寺かァ」
ティナはすっかり彼女と打ち解けていた。何より一ナナギと同じ学校、同じ学園というのがうれしかったのだろう。もっともクラスは別のようだけど。
「さっきの元カレなんだ」
感心するようにティナがいうけれど、なぜ感心しているのかは詮索するのは無粋だろう。
「エッチとかしつこそう」
顔をしかめるティナに四家さんもしかめ面で大きく頷いてみせた。
「こっちの気分とか体力関係なく迫ってきて、本当、鬱陶しかった」
「やっぱり」
仲よく笑い合うふたりを見るに、つい数十分前まで他人だったとは思えないくらい息がぴったりであった。
「ティナさんって恋人いるの?」
目はそのボリューミーなバストを捉えている。
「いない。特定の彼氏は作らない主義なんだ」
「へえ、意外。上四元さんは?」
「クシナもいないよ。それどころか恋人自体作ったことないみたい」
私の知る限り、と付けなくていい注釈を添えてまでティナが代弁する。
四家さんは嘘でしょう、と本気で驚いていたけれど事実なのだからしょうがない。
「まあ、上四元さんクラスじゃ男も尻込みするのかな」
私たちは駅前をぶらぶらしながら、いつもの喫茶店へ向かったけれど、あいにく夏季休業を知らせる貼り紙があった。新規開拓もいいんじゃないかというティナの提言で街中をしばらく彷徨い、裏通りにあった白壁に蔓草が縦横無尽に走る古ぼけた店に入ろうとしたけれど、待ったをかけたのはそのティナであった。
「私の勘がいうのよ。ここはハズレだって」
なんでもオレンジなどのジュース類は紙パックのものをそのまま入れてるだけの手抜き感が店全体から漂っているのだという。
「入ったことあるんじゃないの」
「ないない。でも分かるんだな」
得意顔のティナに従い、けっきょく選んだのは以前に大手総合スーパーが入っていた商業ビルのエルパムだった。数年前、開店ニ十周年を前に中核を成していた総合スーパーが撤退して以降はテナントがごっそりとなくなって一旦、閉めたものの、翌年に地元のスーパーマーケットが核店舗として入ってから再始動した曰くつきの商業ビルだ。三階フロアの半分は100円ショップが専有していてエルパムの屋上に掲げられた看板にも100SHOPと大きく書かれているのはちょっと切ない気がした。道路を挟んだ西側にあった老舗のスーパーも今はなくなって、そこ常連だった人々はエルパムには流れているけれど、さすがにむかしのような華やかさは見る影もなく、近所の老人たちの憩いの場所と化しているにすぎない。ただ、落ち着けるという意味では貴重なところかもしれない。
四階の半分はゲームセンターだったけれど、お世辞にも賑やかとはいえず、やはりその半分を占めていた飲食街とやらも今は二店舗というさみしさであった。あとは住宅相談窓口やらサービスカウンターでお茶を濁している具合。西館駐車場へのアクセスである上空歩廊の脇で大口を開いている文化ホールでは不定期で何かしらの催し物をしているようだけれど、今はなにも開催していないのかやはりしんとしていた。
「ゴーストタウンならぬゴーストビルじゃん」
ティナの発言に頷くには短絡的な気はするのだけれど、かといって否定するには明るい材料があまりに乏しすぎる。
「あそこってリニューアルオープン前には三階の本屋さんの隣りにあった店ですよね」
四家さんが蕎麦屋とは別の洋食メインの店舗に目を向けた。
「子供の頃によく遊びに来てたけど、うん、そう。間違いない」
「そういえばそうかね。あのせっまい喫茶店もどきも出世したのか」
どちらかといえばほとんど消えていった店舗の穴埋めにむりやり入らされたというべき、と決めつけるのは乱暴だろうか。どこか皮肉まじりのティナの感嘆を聞きながらそんなことを思ったりする。
その大出世したという洋食だか喫茶店の売店コーナーでシェイクを買って吹き抜けに沿って並べられているベンチに陣取る。
「ちょっと不安だったけれど、まあ悪くないか」
紙コップを感心げに見つめながらティナが意地悪く笑う。
「ソフトやシェイクって基本、機械がやってくれるし、分量配分や管理さえしっかりしていればハズレは引かないんじゃないかしら」
四家さんの言葉にそれもそうかとティナはずずっとバニラシェイクを啜った。
私が、いやきっとティナも聞きたいことははっきりしていた。さっきの児童公園のそばで起こった出来事、あの外車に乗ったふたり組と四家さんの元カレだというシュンとやらの話、何より、彼の異様な怯え方は尋常ではなかった。
「彼、ハタキシュンっていうんだけど、そのお姉さんのジュンさんていう人が……なんていったらいいんだろう、サークルみたいなのを作った人なの。正式な名称は知らないけれど、メンバーたちの間ではカメリアって呼ばれていたグループ。聞いたことない?」
ティナとセットでかぶりを振る。
「今はそこも呼び名が変わって、ジュンさんも引退はしているんだけれど、影響力はやっぱりあって、弟やその後輩を使って裏で動き回ってたりしているみたいなの」
思わずティナを見た。ティナも私を見ていた。呼び名の変更という箇所で浮かんだ言葉は同じのようだ。
「それってナスコン?」
ティナのぽってりとしたくちびるから飛び出たキーワードに四家さんは意外そうな顔はしなかった。
「瓊紅保女子はナスコンからすれば特別なの。この言葉を知ってるからには身近な生徒にも関係者はいるじゃないかしら」
「ヤエガキってバカとその取り巻きがいる。ヤエガキはしつこくクシナを勧誘しては断られてるけどね」
「……そう、ヤエガキさんと知り合いなのね」
「不本意だけど」
面白くなさげなティナに四家さんは神妙な面持ちで頷いた。
「クツワダって女子、知らない?」
初めて聞く名前だったけれど、一ナナギが自分の学校にヤエガキと友人の女子がいるといってた気がする。おそらくはそのクツワダとやらがその友人かもしれない。
「一時期、そのクツワダと一緒に行動していた時期があったんだけれど、ある事件がきっかで距離を置くようになって、彼とも別れたの」
それが急に切羽詰ったような電話が数ヶ月ぶりにシュン君からあって、縁が切れたとはいえ元は愛し合った仲、何事かとやって来たら四家さんの家に匿ってくれと泣きついてきたのだそうだ。
「ありゃ、悪いことしたかね」
とても悪そうには聞こえないが、ティナには含むところはないだろう。問題はそのシュン君を連れ去った連中だ。
「聖アウトンっつったら名門女子高でしょ、それが何でまた四家さんの元カレを追いかけてきたんだ」
ティナの疑問に四家さんは強張った顔で声を低めた。
「さっき、彼のお姉さん、ジュンさんの作ったカメリアのこと話したけれど、当時は瓊紅保商業の生徒が主要メンバーだったらしいの」
「瓊紅保商業って周辺の高校と併合されてなくなったとこだよね」
「ええ、ジュンさんはそこの最後の卒業生。四年前からは瓊紅保第一高等学校って名称が変わったけれど、やっぱり主要メンバーは瓊紅保第一の生徒に引き継がれたカタチになってカメリアは細々と活動は続けていたの。聖アウトンの生徒が目をつけるまでは」
「じゃあナスコンになったのって最近なの?」
「そう、去年の春先に聖アウトンの生徒がカメリアに接触してきて、どういう経緯かは分からないけれど、主導権が移ったの。ナスコンと通称が変わったのも春からでヤエガキさんの提案がそのまま採用されたみたい」
舌打ちが鳴らされた。その主はもちろん、ティナ。
「彼女、ただでさえ瓊紅保女子で覚えがめでたいところにそういう符丁を定着させたりしたおかげで上の人たちにはかなり気にいられているみたい」
ヤエガキはナスコンの一学年――ザバイオーネとかいうらしい――の中では地位は高いらしく、他の一年生は逆らえないという。
「へえ、すごいじゃん」
ティナが気の抜けたような声を上げた。もちろん、皮肉だろう。クツワダとやらとつるまなくなったのもヤエガキにへつらうような態度にうんざりしたからだそうだ。
「トップが聖アウトンの生徒なのは間違いないけれど、私は直接は会ったことはないの。ただ上層部をサヴォイアルディと呼んで一年生メンバーと区別していると聞いているわ。さっきのふたりがそうなのかは分からないけれど可能性は高いと思う」
ここで四家さんは低めていた声音に若干、力を込めた。
「さっきの疑問なんだけど、彼を追いかけてきたのはジュンさんに逆らったから。今も影響力があるっていったけれど、彼はそのお姉さんの下で普段からナンパ名目でメンバー集めをしていて、他の町の女子に声をかけたりしていたみたい。特にトラブルを抱えてそうな子。場合によっては力づくで女子を連れ込むようなことまでしていたの」
ティナが下唇を上げて眉をひそめた。
「ただ、彼やその後輩連中は別荘へ入ることはできなかったから、私が感知し得る限りは連れ込まれた女子は解放していたわ」
「別荘って?」
不愉快そうに口をひん曲げているティナに代わって訊く。
「ようはたまり場。メンバーはヴィラとか呼んでたけれど。つまり彼はもうそういうことをしたくないってジュンさんに進言したんだと思う」
「ちょっと気の毒かとも思ったけど、けっこうあくどいことやってたんだし、自業自得ってとこかね」
同情らしき素振りを若干見せつつシェイクにかかるティナの横で、あのシュン君の怯えようを思い返していた。
「彼、どうなるの?」
四家さんは首を振って具体的なことは分からないのとつぶやいた。
「けっこういい体格してるのに、何が怖いんだか」
そこまで口にしてからティナは思い出したようにレスラーみたいな用心棒でもいるのかねと腕を組んだ。
「上層部に大人……というか男は絡んでいないみたい。表面上は本当に女子学生によるサークル活動なのよ。何しろ聖アウトン女学園公認みたいだから。聞いたことない? ソロリティって」
四家さんによると秘密結社に端を発した学生たちによる社交団体なのだという。
「表向きはそういう団体として慈善活動や奉仕活動、フィランソロピーを目指しているから学校関係者からの信頼も厚いのよ」
「……奉仕活動ねえ」
ティナじゃなくとも鼻白みたくもなる。あのヤエガキやライオンヘアのツイヒジさんでも人のために汗を流すのだろうか。
「そういう名目上の活動はナスコンとは別の生徒たち構成された聖アウトン姉妹会が行っているはずだから彼女たちはやらないし、やるとも思えない」
さらっと皮肉を口にする彼女に思わずティナと笑い合う。ちなみにその姉妹会はテオブロマと呼ばれているらしい。
「四家さんは、ナスコンを活用してたの?」
吹き抜けから覗く各階の様子をぼんやり見つめながら、ティナが訊いた。いちばん重要なことのようなどうでもいいことのような、どうとでも取れる口調。
「他校の男子でいいなと思った人が何人かいて、その人と何回か……」
丹念に仕上げた眉に懺悔でもしているような気まずさを乗せた四家さんはくちびるを噛んで黙ってしまった。そこまで深刻な流れになるとは思っていなかったのだろう、ティナが知り合ったばかりの朋輩の肩を揺すった。
「責めてるんじゃないんだ、ごめんね。いい男とエッチしたくなるのはメスとして正常なんだし、もう連中と縁を切ったんでしょ?」
四家さんは力なく頷くと、ありがとうとティナを見た。
「まあ、世の中には特定の男以外にいい寄るとすぐにビッチ認定したがるのいるけど、そういうのに限って生身の女に縁のない童貞だったりするじゃん。酷いのになると、恋人いるだけでビッチとかわめいちゃってさ、バカみたいだよね」
少々脱線気味な話は四家さんを慰める意味もあったのだろう、果たしてそれは功を奏して笑いを誘うのに成功したのだった。
思いがけない出会いから、思いがけない友を得た悦びに浸りながら、改めて知らされたナスコンの暗部が拭い切れない染みとなって胸の奥で静かに広がっていくのを感じていた。
そしてその暗部により深刻な闇を流し込んでいる原因はただ一つ、あの車に乗っていた胸まで伸びたゆるいロングウェーブの女子だ。ただまっすぐ前を見据えていたきれいだけど、まるで血の通っていない目と微笑んでいるのにぬくもりを感じさせない口元―――。
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