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苦読
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苦行そのものであった。
読書という殊勝な趣味とは縁遠い己の立場を鑑みるまでもなく、むかしの海外の小説、それも基本三、四冊からなる長編ときている。世間で名作などといくら喧伝されていようとも、そんなものが夏場の渇ききった喉を潤す清涼飲料のごとく脳に胸に自然と染み渡る、なんてことなどまるでなく、苦みばしった頓服薬を涙を浮かべ、咽ながら口に流し込む作業さながら、ひたすら苦痛であった。
ある著名な哲学者はいったそうだ。
「読書とは他者に思考してもらうことである」と。つづけて「他者の思考過程を反復的にたどるにすぎない」とも。
なるほど。今の俺は、作者という名の水先案内人によって敷かれたレールの上を走る列車の乗客なのだ。だから読者はモノを考える苦労はない、読書にいそしむ限り、実は我々の頭は他人の思想の運動場に過ぎないという比喩も納得だ。
あまりにも苦痛極まりない本を読むという行為から目を逸らすつもりで先人の言葉に縋っていくら読書を腐そうとも、現実は非情だった。
章はすでに十五、ページも100を数えようかというのに、未だにその姿を表そうとしないタイトルにもなっているご夫人に苛立ちを覚えはじめた頃だった。
ナギからナナミさんの見合いという、尋常ならざる話を聞いた。
ただでさえ慣れない読書に苦慮していることも手伝って、俺のストレスは限界を超えようとしていた。帰ってからも、俺は暗澹たる空気の横溢する帝政ロシアの世界へ旅立つ気にはなれずにいた。
けっきょく見合い自体はめでたいことにお流れになったようで、俺にとって最大最悪の懸念は晴れ、心置きなく、というほどでないが、ふたたび取り掛かった課題図書ではそれに合わせるかのようにようやくカレーニン夫人もお出ましとなった。この頃になると楽しいというほどではないにしろ、なんとなく理解、共感できる箇所もちらほら目について来てなかなか捗らないながらも、しかし着実にストーリーは進んでいった。
お袋がいうところの、小物で雑魚で俗物でストーカー気質で変態で高慢ちきでいけ好かない例のハゲ、もとい間男や輩による心底どうでもいい退屈極まりないエピソードを抜けた途端、ちょうど第一部も終わりとなった。
第二部はその間男に振られたシ……シチェ、とにかく舌を噛みそうな名前の公爵の娘が病気になるという、あまり愉快ではない幕開けであった。巻数はまだ一巻のはんぶんとはいえ、第一部を読了したことでなにか偉業を達成したかのような気分にすらなっていた俺は、ここから先はなかなか読み進めることができなかった。
この頃、ナギがアツミさんの妹、上四元クシナと付き合っているという、俄かには信じがたい話が飛び込んできた。春先、十鳥オガミや三苫ちゃんのことでご乱心、とまではいかないにしても、穢れなき心をかき乱されたシギヤのことを思えばあまり愉快な話ではないが、ナギに限ってそんなことにはならないだろうという安心感はあった。とはいえ、あの先の読めない言動が代名詞みたいな女が相手じゃ、どう転ぶか分かったものじゃないことも、おぼろげながら感じてもいるのだった。
ナギから遊びの誘い、それも一家にお泊りという大イベントが発生した頃、カレーニン夫妻の夫婦仲は終わりに向かっていた。第二部における社交界の描写は華やかというよりもじめっとした、なにか例えようのない生臭さが鼻を突くような感じでひたすら不快極まりなく、どこか滑稽ですらあった。このあたりからしゃしゃり出てくるトヴェルスカヤとかいう公爵夫人はそんな浮世離れした世界を体現するかのような気取った女で、なるほどお袋がいうように非常にウザく目障りな存在であった。そもそもふんぞり返っていられる自分の立場は出自のよさや亭主の威光によるもので、お前自信は何を成したんだよって話だ。こういう何も生み出せない無能の分際で先祖や伴侶の社会的立場や功績をまるで己のことのように振舞う勘違いバカはいつの時代もいるんだな。もっとひどいのになると、じぶんとは何の関係もない有名人の威光を振りかざして、他人を叩く救いようのないバカがネット上では四六時中暴れ回っている。曰く「〇〇さんはお前と違って死ぬほど稼いでいる」だの「××はお前が逆立ちしても敵わない学歴だから」だの「△△ちゃんはアンチどもがいくら束になっても云々」。で、その有名人はお前のなんなんだよ。てめえの腹の足しにもならないちっぽけな虚栄心を満たすために稼いでいるわけでもなければ、日夜研鑽を積んでいるわけでもないだろう。無論、意味もなくひたすら対象を叩くアンチにはうんざりするが、この手の他者を叩きたいがために、他人、特に有名人の才能や実績を持ち出して煽る奴はアンチと同レベルかそれ以下の存在だろう。まあ、何も持っていない、出来ないやつだからこそ、その反動で居丈高になるのかもしれない。結果、空虚な場所にみっともなくいつまでもしがみつき、暇に飽かせては他人の叩き、さらに有名人の威光を武器に別の他人も叩くという非生産的な些事に熱中できるのだろう。
けっきょくナギんちへのお泊まりという名のナナミさんの肢体を生で見られるチャンスは留守番という障壁によって閉ざされてしまった。
ナギは妹たちも連れて遊びに来ればといってはくれたが、甘えるわけにはいかない。意地とかそういう安っぽいプライドではなく、親友の、有難い申し出だからこそ辞退するのだ。それにしてもあいつは本当に、いいやつだ。
そんな俺の陰鬱とした気分をあざ笑うかのように、劇中ではついに間男が人妻と肉体関係を結んでいた。まさかとは思いはしたけれど、さすがに名作と名高い作品だけあって、実際にいたしてる描写はなかった。……そりゃ、そうか。
間男からすればこんなことは日常茶飯事なのだろうが、相手の禁忌を犯した後悔から神に許しを乞いながら錯乱した様子は想定外だったのか、みっともないくらい狼狽していた。重厚にして神聖な場面なのかもしれないが、茶番に思えなくもない。野暮な突っ込みを承知でいえば、今どきこんなことを口走る女などいないだろう。世間知らずにもほどがある。
うんざりして、あまりにも実生活と乖離したどこか黴臭さの漂う惨憺たる世界からわが身を切り離すように思い切り本を閉じると、汚いものでも放るように、ソファーにぶん投げた。
――想い人と結ばれる、か。
ここに出てくる間男のように人妻と、なんてのは以ての外だが、好きで好きでしようがない相手と結ばれるということは、きっとすべてを投げ打ってでも辿りつきたい至高にして至福のひとときなのだろうことは想像に難くない。
俺もいつかは、ナナミさんと――。
静かに目を閉じると、脳裏に憧れの人の笑顔を呼び起こし、その均整のとれた穢れなき肢体を想い描き、身に纏っている優雅で実に清潔感あふれる服や下着をなれない手つきでゆっくりと、しかし確実に脱がしていき、そして、そして…………。
「……ぁてッ!」
さあこれからというときになって、顔面にちいさな衝撃が走った。
なにごとかと泡を食って目を開けると、留守番をするハメになった原因であるチビどもが俺の目の前に立ちはだかっている。生意気にしかめっ面だ。
「めッ!」
揃って兄を嗜めるように声を張る。
「どうしたんだよ」
「めッ!」
くり返す。
三苫ちゃんみたいなデコ見せヘアが上のコノハ、前髪を横に流してヘアピンで止めてるのが下のサクヤ。お袋が浮気をしたという親父を半殺したあの夜、濃厚な夜の営み――もっとも不幸な男の精子ともっとも凶暴な女の卵子の不条理な邂逅――によって誕生した妹たちだ。ただ、すぐあとで判明したことだが親父は浮気などはしておらず(そもそも浮気などというものができるような甲斐性は皆無である)、お袋の壮大にして甚だ身勝手な暴走により引き起こされた悲劇だったのだ。もっとも己の勘違いによって暴虐に晒された憐れな親父への謝罪はその夜の献身的な愛の営みによって埋め合わされたとのことであったが、親父からすればたまったものではないだろう。
「母さんはあれで優しいところがあるから」
生まれてこの方、ひとを怨むどころか、悪口さえいったことのないであろう親父はそう力なく笑うのだが、その頼りなげな表情を見るにつけ、なぜこのふたりはいっしょになったのだろうかと疑問を通り越して不安を覚えることがある。まあ、そんなものを覚えたところで今さらどうしようもないのだが。
そんなひとがいいだけのこの世のありとあらゆる不幸を背負ったかのような男と亭主をサンドバッグにすることに何の疑問も持たない惨忍な女の愛の結晶たる双子はどちらにも幸か不幸か似ることなくすくすく発育中である。
「なんで兄ちゃんを叩くんだよ」
「めッ!」
けっきょく、突然の兄への殴打の意図は不明なままであった。子供特有の一時的な癇癪かもしれない。
……まさかとは思うが、伝説のエコヤンキー・六道ハニヤの遺伝子を受け継いだなによりの証し、凶暴性の萌芽、なんてことはないよな。
ふたりは兄への叱責(なのか判然としないが)が済んで満足したのか、愛育ドールのメモちゃんと遊びはじめた。女児のいる家庭ではおなじみであろうメモちゃんだが我が家には一人しかいない。双子だからもうひとつなり、妹にあたるヌヌちゃんなりを与えればよさそうなものだが、ふたりでメモちゃん一人を養育している。これはお袋の方針らしい。
「ふたりそれぞれに買い与えるのはかんたんさ。だけど、それじゃダメだ。これはただのおもちゃじゃないんだからさ。ここからいろいろ学ばせなきゃ意味がないんだ」
あどけなくも、どこか人生の酸いも甘いも知ったかのような、妙に味わい深いメモちゃんの表情から、ただのおもちゃじゃないといい切ったお袋の意図を探ろうと俺なりに試みたが、それはたぶん互いに譲り合う心なんじゃないかと思い至った。
メモちゃんにはこの手のおもちゃの常たる、別売りアイテムが多数存在している。服や靴は当然として、おむつにミルクびん、ふとんにベッド、メモちゃん用のペットの犬や猫まで存在する。
それらはことあるごとに一人ひとつずつ買い与えているのだが、何を買うかは自主性を重んじてるようで、その辺もお袋の考えらしい。
ひとつの人形をふたりで、自分たちが選んだアイテムを駆使しながら甲斐甲斐しく世話する様子を見るに、お袋の教育方針は的を射ている気がする。少なくとも、貴重なメモちゃんの所有権をめぐって取り合いになったり、喧嘩になったことはない。譲り合いの精神は六反園家の幼い娘たちに、確実に根づいているのだ。
時間は昼飯の頃合、六反園家の三女の前にはハンバーグを中心としたごきげんプレートなるお食事アイテムがおかれていた。
俺たちもメシにするか。
ナポリタンを作るべく台所に向かう俺に、妹たちはもろ手を挙げて歓迎していた。
バターでピーマンや玉ねぎ、マッシュルームなどの野菜とウインナーを炒めたら、ケチャップを投入してソースを作り、茹で上がったパスタと馴染ませる。仕上がる直前にマスタードを適量流し込んだら、一気に混ぜて完成っと。
隠し味にマスタードを入れるナポリタンは、ナギから聞いたレシピで、ナナミさんが行き付けの洋食屋から教えてもらったものらしい。ほのかな酸味とコクはクセになるが、さすがにチビたちに辛味はキツいから、マスタードを入れる前に取り分けておいた。
オランダ生まれのウサギのキャラクターが描かれた皿に盛りつけ、フォークを持って今か今かと待っているチビたちの前に運ぶ。
「熱いからな、気をつけろよ」
「いただきまーす」
ふたり揃って手を合わせると、フーフーいいつつ慎重に食べはじめた。
昼食のあとは、昼寝の時間。チビども(とメモちゃん)を寝かしつけると、俺は所在なげにソファーに乗っかっている文庫本をため息と共につまみ上げた。
今回、生まれてはじめてといっていい本格的な読書でいちばん参ったのは、古い海外文学ゆえの馴染みのない固有名詞や向こうの文化特有の取っ付き難さに加えて、名前の複雑さにあった。ただでさえ舌を噛みそうな呼称なのに、なんでまあこんなに長ったらしいのかと腹を立てていたら、それは父称だとお袋に教えられた。
「レーニンっているだろ、革命家の。あれの本名はウラジーミル・イリイチ・ウリヤノフってんだけど物理の先生してた親父はイリヤ・ニコラエヴィチ・ウリヤノフ。イリイチはイリヤから来てるんだ。さらのその親父はニコライ。確か……ニコライ・ヴァシリエヴィチ・ウリヤノフ。ニコラエヴィチはニコライから来てるって寸法だ」
なんで革命家を例に取ったのかは不明だが、つまりはそういうことらしい。
そういった悪戦苦闘を地で行くような、ただでさえ緩慢な俺の読書は、親友の謎の無断欠席という、緊急事態によって(幸か不幸か)阻害されることになった。
前日の午後からの様子からして昼休みに事の発端があったと睨んだ俺は、手がかりを求め、そして、あのレズノに辿りついた。ひたすらに不快な三組での出来事を経て、救世主(といっても過言じゃないだろう)の左衛門三郎のお嬢様やあの十鳥オガミの加勢により羽二生に事の真相を問い質すことができた。
屋上で俺たちの前に現れた十鳥オガミはかなりの厚さの、いかにもって感じの海外文学を手にしていた。ちょうど今、自分が挑戦しているカレーニン夫人の半生記のこともあって、妙な親しみを感じはしたが、ふだんからこの手のお堅い読書に親しんでいるであろう十鳥オガミと生まれてはじめてといっも過言ではない本格的な読書に励んでいる素人の俺とじゃ、立場が違いすぎる。それでも、もしこの帝政ロシアの不貞を描いた作品を知っているならどういう感想を抱いたのか、聞きたい気もしたが、現状を鑑みれば、正直、それどころじゃないのであった。
ちなみに手にしていたそれは小説ではなく、タイワヘンだと訂正されたが。
親友は一週間後に復活した。
事の経緯、ナギを追い詰めたその事件の内容は口にいい表せないほどの不快さと怒りを覚えたが、あまり引きずるのも精神衛生上よろしくないし、なにより当人が元気になったのだ。俺は心置きなく――ともいえないが――課題図書へ戻った。
どこか腐臭漂う、生々しいまでの不貞描写から一転、もう一人の主人公による農業話に突入していた(この作品はタイトルにもなっているカレーニン夫人とこの男、それぞれのパートから成り立っているらしい)。この想い人に振られた男の心理は痛いほど俺の胸を突いた。この登場人物に似てどこか朴訥とした印象の農業描写は古い外国でのことという、現代社会に生きる他国の、それも学生の身には馴染みが薄いどころではなく、行間に漂っているであろう情景や農業器具を必死に想像してみても、輪郭はおろかまるで何も呼び起こせなかった。
とはいえ本編、タイトルにもなっているヒロインや間男が出てくるパートに戻ると暗澹たる気分にさせられることを思えば、むしろ、癒しともいえる。
この作品の冒頭、己の引き起こした浮気で右往左往していたヒロインの、能天気な兄貴が現れたのをきっかけに、話はまた不貞パートに戻っていった。
ヒロインの妊娠――避妊ぐらいしろよ――が発覚したのを経て間男が馬のレースに出場、そして当たり前のように顔を出すクソ公爵夫人に舌打ちしつつ、間男が落馬したシーンでは快哉を叫んだ。それにしてもヒロインにしろ間男にしろクソ夫人にしろ、このパートに出てくる、上流階級連中の身勝手ぶりには本気で吐き気がする。そもそも俺の読解力が絶望的に低いからなのか、劇中でヒロインやクソ夫人に忌み嫌われているカレーニン氏に同情こそすれ、なぜそこまで拒否反応を示すのかまったく分からない。嫌いになれないのだ。どう考えても、俗物で浅ましく、徹底的に非難されるべきはヒロイン側だろうが。
不快なだけの不貞パートを抜けると、例の舌を噛みそうな公爵令嬢一家が海外で静養している章に移っていた。どこかワケありな夫人とその養女と親密になる一家はしかし、後日合流した老公爵によってその振る舞いを看破されることとなる。
それにしてもあの間男に対する言及といい、この胡散臭い夫人への見解といい、この老侯爵の観察眼は半端ないな。
公爵令嬢が失恋の痛手から一皮剥け、成長したところで第二編にして、第一巻は終了と相成った。まだ六編、冊数でいえば、三冊ある。
……はァ。長い、長いなあ。
読書という殊勝な趣味とは縁遠い己の立場を鑑みるまでもなく、むかしの海外の小説、それも基本三、四冊からなる長編ときている。世間で名作などといくら喧伝されていようとも、そんなものが夏場の渇ききった喉を潤す清涼飲料のごとく脳に胸に自然と染み渡る、なんてことなどまるでなく、苦みばしった頓服薬を涙を浮かべ、咽ながら口に流し込む作業さながら、ひたすら苦痛であった。
ある著名な哲学者はいったそうだ。
「読書とは他者に思考してもらうことである」と。つづけて「他者の思考過程を反復的にたどるにすぎない」とも。
なるほど。今の俺は、作者という名の水先案内人によって敷かれたレールの上を走る列車の乗客なのだ。だから読者はモノを考える苦労はない、読書にいそしむ限り、実は我々の頭は他人の思想の運動場に過ぎないという比喩も納得だ。
あまりにも苦痛極まりない本を読むという行為から目を逸らすつもりで先人の言葉に縋っていくら読書を腐そうとも、現実は非情だった。
章はすでに十五、ページも100を数えようかというのに、未だにその姿を表そうとしないタイトルにもなっているご夫人に苛立ちを覚えはじめた頃だった。
ナギからナナミさんの見合いという、尋常ならざる話を聞いた。
ただでさえ慣れない読書に苦慮していることも手伝って、俺のストレスは限界を超えようとしていた。帰ってからも、俺は暗澹たる空気の横溢する帝政ロシアの世界へ旅立つ気にはなれずにいた。
けっきょく見合い自体はめでたいことにお流れになったようで、俺にとって最大最悪の懸念は晴れ、心置きなく、というほどでないが、ふたたび取り掛かった課題図書ではそれに合わせるかのようにようやくカレーニン夫人もお出ましとなった。この頃になると楽しいというほどではないにしろ、なんとなく理解、共感できる箇所もちらほら目について来てなかなか捗らないながらも、しかし着実にストーリーは進んでいった。
お袋がいうところの、小物で雑魚で俗物でストーカー気質で変態で高慢ちきでいけ好かない例のハゲ、もとい間男や輩による心底どうでもいい退屈極まりないエピソードを抜けた途端、ちょうど第一部も終わりとなった。
第二部はその間男に振られたシ……シチェ、とにかく舌を噛みそうな名前の公爵の娘が病気になるという、あまり愉快ではない幕開けであった。巻数はまだ一巻のはんぶんとはいえ、第一部を読了したことでなにか偉業を達成したかのような気分にすらなっていた俺は、ここから先はなかなか読み進めることができなかった。
この頃、ナギがアツミさんの妹、上四元クシナと付き合っているという、俄かには信じがたい話が飛び込んできた。春先、十鳥オガミや三苫ちゃんのことでご乱心、とまではいかないにしても、穢れなき心をかき乱されたシギヤのことを思えばあまり愉快な話ではないが、ナギに限ってそんなことにはならないだろうという安心感はあった。とはいえ、あの先の読めない言動が代名詞みたいな女が相手じゃ、どう転ぶか分かったものじゃないことも、おぼろげながら感じてもいるのだった。
ナギから遊びの誘い、それも一家にお泊りという大イベントが発生した頃、カレーニン夫妻の夫婦仲は終わりに向かっていた。第二部における社交界の描写は華やかというよりもじめっとした、なにか例えようのない生臭さが鼻を突くような感じでひたすら不快極まりなく、どこか滑稽ですらあった。このあたりからしゃしゃり出てくるトヴェルスカヤとかいう公爵夫人はそんな浮世離れした世界を体現するかのような気取った女で、なるほどお袋がいうように非常にウザく目障りな存在であった。そもそもふんぞり返っていられる自分の立場は出自のよさや亭主の威光によるもので、お前自信は何を成したんだよって話だ。こういう何も生み出せない無能の分際で先祖や伴侶の社会的立場や功績をまるで己のことのように振舞う勘違いバカはいつの時代もいるんだな。もっとひどいのになると、じぶんとは何の関係もない有名人の威光を振りかざして、他人を叩く救いようのないバカがネット上では四六時中暴れ回っている。曰く「〇〇さんはお前と違って死ぬほど稼いでいる」だの「××はお前が逆立ちしても敵わない学歴だから」だの「△△ちゃんはアンチどもがいくら束になっても云々」。で、その有名人はお前のなんなんだよ。てめえの腹の足しにもならないちっぽけな虚栄心を満たすために稼いでいるわけでもなければ、日夜研鑽を積んでいるわけでもないだろう。無論、意味もなくひたすら対象を叩くアンチにはうんざりするが、この手の他者を叩きたいがために、他人、特に有名人の才能や実績を持ち出して煽る奴はアンチと同レベルかそれ以下の存在だろう。まあ、何も持っていない、出来ないやつだからこそ、その反動で居丈高になるのかもしれない。結果、空虚な場所にみっともなくいつまでもしがみつき、暇に飽かせては他人の叩き、さらに有名人の威光を武器に別の他人も叩くという非生産的な些事に熱中できるのだろう。
けっきょくナギんちへのお泊まりという名のナナミさんの肢体を生で見られるチャンスは留守番という障壁によって閉ざされてしまった。
ナギは妹たちも連れて遊びに来ればといってはくれたが、甘えるわけにはいかない。意地とかそういう安っぽいプライドではなく、親友の、有難い申し出だからこそ辞退するのだ。それにしてもあいつは本当に、いいやつだ。
そんな俺の陰鬱とした気分をあざ笑うかのように、劇中ではついに間男が人妻と肉体関係を結んでいた。まさかとは思いはしたけれど、さすがに名作と名高い作品だけあって、実際にいたしてる描写はなかった。……そりゃ、そうか。
間男からすればこんなことは日常茶飯事なのだろうが、相手の禁忌を犯した後悔から神に許しを乞いながら錯乱した様子は想定外だったのか、みっともないくらい狼狽していた。重厚にして神聖な場面なのかもしれないが、茶番に思えなくもない。野暮な突っ込みを承知でいえば、今どきこんなことを口走る女などいないだろう。世間知らずにもほどがある。
うんざりして、あまりにも実生活と乖離したどこか黴臭さの漂う惨憺たる世界からわが身を切り離すように思い切り本を閉じると、汚いものでも放るように、ソファーにぶん投げた。
――想い人と結ばれる、か。
ここに出てくる間男のように人妻と、なんてのは以ての外だが、好きで好きでしようがない相手と結ばれるということは、きっとすべてを投げ打ってでも辿りつきたい至高にして至福のひとときなのだろうことは想像に難くない。
俺もいつかは、ナナミさんと――。
静かに目を閉じると、脳裏に憧れの人の笑顔を呼び起こし、その均整のとれた穢れなき肢体を想い描き、身に纏っている優雅で実に清潔感あふれる服や下着をなれない手つきでゆっくりと、しかし確実に脱がしていき、そして、そして…………。
「……ぁてッ!」
さあこれからというときになって、顔面にちいさな衝撃が走った。
なにごとかと泡を食って目を開けると、留守番をするハメになった原因であるチビどもが俺の目の前に立ちはだかっている。生意気にしかめっ面だ。
「めッ!」
揃って兄を嗜めるように声を張る。
「どうしたんだよ」
「めッ!」
くり返す。
三苫ちゃんみたいなデコ見せヘアが上のコノハ、前髪を横に流してヘアピンで止めてるのが下のサクヤ。お袋が浮気をしたという親父を半殺したあの夜、濃厚な夜の営み――もっとも不幸な男の精子ともっとも凶暴な女の卵子の不条理な邂逅――によって誕生した妹たちだ。ただ、すぐあとで判明したことだが親父は浮気などはしておらず(そもそも浮気などというものができるような甲斐性は皆無である)、お袋の壮大にして甚だ身勝手な暴走により引き起こされた悲劇だったのだ。もっとも己の勘違いによって暴虐に晒された憐れな親父への謝罪はその夜の献身的な愛の営みによって埋め合わされたとのことであったが、親父からすればたまったものではないだろう。
「母さんはあれで優しいところがあるから」
生まれてこの方、ひとを怨むどころか、悪口さえいったことのないであろう親父はそう力なく笑うのだが、その頼りなげな表情を見るにつけ、なぜこのふたりはいっしょになったのだろうかと疑問を通り越して不安を覚えることがある。まあ、そんなものを覚えたところで今さらどうしようもないのだが。
そんなひとがいいだけのこの世のありとあらゆる不幸を背負ったかのような男と亭主をサンドバッグにすることに何の疑問も持たない惨忍な女の愛の結晶たる双子はどちらにも幸か不幸か似ることなくすくすく発育中である。
「なんで兄ちゃんを叩くんだよ」
「めッ!」
けっきょく、突然の兄への殴打の意図は不明なままであった。子供特有の一時的な癇癪かもしれない。
……まさかとは思うが、伝説のエコヤンキー・六道ハニヤの遺伝子を受け継いだなによりの証し、凶暴性の萌芽、なんてことはないよな。
ふたりは兄への叱責(なのか判然としないが)が済んで満足したのか、愛育ドールのメモちゃんと遊びはじめた。女児のいる家庭ではおなじみであろうメモちゃんだが我が家には一人しかいない。双子だからもうひとつなり、妹にあたるヌヌちゃんなりを与えればよさそうなものだが、ふたりでメモちゃん一人を養育している。これはお袋の方針らしい。
「ふたりそれぞれに買い与えるのはかんたんさ。だけど、それじゃダメだ。これはただのおもちゃじゃないんだからさ。ここからいろいろ学ばせなきゃ意味がないんだ」
あどけなくも、どこか人生の酸いも甘いも知ったかのような、妙に味わい深いメモちゃんの表情から、ただのおもちゃじゃないといい切ったお袋の意図を探ろうと俺なりに試みたが、それはたぶん互いに譲り合う心なんじゃないかと思い至った。
メモちゃんにはこの手のおもちゃの常たる、別売りアイテムが多数存在している。服や靴は当然として、おむつにミルクびん、ふとんにベッド、メモちゃん用のペットの犬や猫まで存在する。
それらはことあるごとに一人ひとつずつ買い与えているのだが、何を買うかは自主性を重んじてるようで、その辺もお袋の考えらしい。
ひとつの人形をふたりで、自分たちが選んだアイテムを駆使しながら甲斐甲斐しく世話する様子を見るに、お袋の教育方針は的を射ている気がする。少なくとも、貴重なメモちゃんの所有権をめぐって取り合いになったり、喧嘩になったことはない。譲り合いの精神は六反園家の幼い娘たちに、確実に根づいているのだ。
時間は昼飯の頃合、六反園家の三女の前にはハンバーグを中心としたごきげんプレートなるお食事アイテムがおかれていた。
俺たちもメシにするか。
ナポリタンを作るべく台所に向かう俺に、妹たちはもろ手を挙げて歓迎していた。
バターでピーマンや玉ねぎ、マッシュルームなどの野菜とウインナーを炒めたら、ケチャップを投入してソースを作り、茹で上がったパスタと馴染ませる。仕上がる直前にマスタードを適量流し込んだら、一気に混ぜて完成っと。
隠し味にマスタードを入れるナポリタンは、ナギから聞いたレシピで、ナナミさんが行き付けの洋食屋から教えてもらったものらしい。ほのかな酸味とコクはクセになるが、さすがにチビたちに辛味はキツいから、マスタードを入れる前に取り分けておいた。
オランダ生まれのウサギのキャラクターが描かれた皿に盛りつけ、フォークを持って今か今かと待っているチビたちの前に運ぶ。
「熱いからな、気をつけろよ」
「いただきまーす」
ふたり揃って手を合わせると、フーフーいいつつ慎重に食べはじめた。
昼食のあとは、昼寝の時間。チビども(とメモちゃん)を寝かしつけると、俺は所在なげにソファーに乗っかっている文庫本をため息と共につまみ上げた。
今回、生まれてはじめてといっていい本格的な読書でいちばん参ったのは、古い海外文学ゆえの馴染みのない固有名詞や向こうの文化特有の取っ付き難さに加えて、名前の複雑さにあった。ただでさえ舌を噛みそうな呼称なのに、なんでまあこんなに長ったらしいのかと腹を立てていたら、それは父称だとお袋に教えられた。
「レーニンっているだろ、革命家の。あれの本名はウラジーミル・イリイチ・ウリヤノフってんだけど物理の先生してた親父はイリヤ・ニコラエヴィチ・ウリヤノフ。イリイチはイリヤから来てるんだ。さらのその親父はニコライ。確か……ニコライ・ヴァシリエヴィチ・ウリヤノフ。ニコラエヴィチはニコライから来てるって寸法だ」
なんで革命家を例に取ったのかは不明だが、つまりはそういうことらしい。
そういった悪戦苦闘を地で行くような、ただでさえ緩慢な俺の読書は、親友の謎の無断欠席という、緊急事態によって(幸か不幸か)阻害されることになった。
前日の午後からの様子からして昼休みに事の発端があったと睨んだ俺は、手がかりを求め、そして、あのレズノに辿りついた。ひたすらに不快な三組での出来事を経て、救世主(といっても過言じゃないだろう)の左衛門三郎のお嬢様やあの十鳥オガミの加勢により羽二生に事の真相を問い質すことができた。
屋上で俺たちの前に現れた十鳥オガミはかなりの厚さの、いかにもって感じの海外文学を手にしていた。ちょうど今、自分が挑戦しているカレーニン夫人の半生記のこともあって、妙な親しみを感じはしたが、ふだんからこの手のお堅い読書に親しんでいるであろう十鳥オガミと生まれてはじめてといっも過言ではない本格的な読書に励んでいる素人の俺とじゃ、立場が違いすぎる。それでも、もしこの帝政ロシアの不貞を描いた作品を知っているならどういう感想を抱いたのか、聞きたい気もしたが、現状を鑑みれば、正直、それどころじゃないのであった。
ちなみに手にしていたそれは小説ではなく、タイワヘンだと訂正されたが。
親友は一週間後に復活した。
事の経緯、ナギを追い詰めたその事件の内容は口にいい表せないほどの不快さと怒りを覚えたが、あまり引きずるのも精神衛生上よろしくないし、なにより当人が元気になったのだ。俺は心置きなく――ともいえないが――課題図書へ戻った。
どこか腐臭漂う、生々しいまでの不貞描写から一転、もう一人の主人公による農業話に突入していた(この作品はタイトルにもなっているカレーニン夫人とこの男、それぞれのパートから成り立っているらしい)。この想い人に振られた男の心理は痛いほど俺の胸を突いた。この登場人物に似てどこか朴訥とした印象の農業描写は古い外国でのことという、現代社会に生きる他国の、それも学生の身には馴染みが薄いどころではなく、行間に漂っているであろう情景や農業器具を必死に想像してみても、輪郭はおろかまるで何も呼び起こせなかった。
とはいえ本編、タイトルにもなっているヒロインや間男が出てくるパートに戻ると暗澹たる気分にさせられることを思えば、むしろ、癒しともいえる。
この作品の冒頭、己の引き起こした浮気で右往左往していたヒロインの、能天気な兄貴が現れたのをきっかけに、話はまた不貞パートに戻っていった。
ヒロインの妊娠――避妊ぐらいしろよ――が発覚したのを経て間男が馬のレースに出場、そして当たり前のように顔を出すクソ公爵夫人に舌打ちしつつ、間男が落馬したシーンでは快哉を叫んだ。それにしてもヒロインにしろ間男にしろクソ夫人にしろ、このパートに出てくる、上流階級連中の身勝手ぶりには本気で吐き気がする。そもそも俺の読解力が絶望的に低いからなのか、劇中でヒロインやクソ夫人に忌み嫌われているカレーニン氏に同情こそすれ、なぜそこまで拒否反応を示すのかまったく分からない。嫌いになれないのだ。どう考えても、俗物で浅ましく、徹底的に非難されるべきはヒロイン側だろうが。
不快なだけの不貞パートを抜けると、例の舌を噛みそうな公爵令嬢一家が海外で静養している章に移っていた。どこかワケありな夫人とその養女と親密になる一家はしかし、後日合流した老公爵によってその振る舞いを看破されることとなる。
それにしてもあの間男に対する言及といい、この胡散臭い夫人への見解といい、この老侯爵の観察眼は半端ないな。
公爵令嬢が失恋の痛手から一皮剥け、成長したところで第二編にして、第一巻は終了と相成った。まだ六編、冊数でいえば、三冊ある。
……はァ。長い、長いなあ。
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