29 / 49
黒い龍 6
しおりを挟む
広場から出て行くよう促され、人々はゾロゾロと王宮を後にした。
アレスとコウは、横たわっている黒龍の元へ歩いて行った。
「久しぶりだな、黒龍」
「紅龍。お前もいたのか」
「ああ。俺はアイナと契約してるんだ。今、すげー幸せだよ」
「……そうか」
アレスは、そっと黒龍に近づき、石の付いた首飾りを外した。
「これで魔術は使えないだろう」
「私をどうするつもりだ。お前が昨日入っていたエルミナ石の牢に入れるか」
「そんなことはしたくない。黒龍、どうしてそんなに人間を嫌うようになったんだ。教えてくれ」
黒龍は長い間黙っていた。レイとアイナも、黒龍の所へやってきて、黒龍の言葉を待った。
「大した話ではない」
そう言いながら、これまでの事を語り始めた。
――――私が洞窟の外に出たのは、まだ人間が言葉を持たない時代だった。
契約などしなくても、魔力を持った人間から好きなだけ取ることが出来た。
いつでも好きな時に好きな所へ、自由気ままに過ごしていた。
やがて、人間は言葉を話すようになった。そして色々な物に名前をつけ始めた。
魔力を貰った者に名前をつけられてしまうと、その者と契約が結ばれる。言うことを聞かなければならなくなる。何故だかわからないが、そういう仕組みだった。
私は契約なんてしたくなかった。縛られるのは嫌だったからだ。
だから、死者から魔力を集めることにした。人間は、全く魔力が無いように見える者でも、実は微量ながら持っているのだ。
そして、死ぬ時には、魂が身体から離れると同時に魔力も空に還っていく。それを狙って、魔力を集めた。塵も積もれば、ってやつだ。
私には人間の死期を感知する能力があったから、死にそうな人のところへ行って待っていれば良かった。簡単なことだ。
やがて、私は人間から死神と呼ばれるようになった。黒龍が空に現れると人が死ぬ。黒龍は死の使いとして恐れられるようになった。
それは私にとっても好都合だった。名前などつけられると困るから、人間から避けられてるぐらいがちょうどいい。寂しくなんかなかった。
そんなある日、私はうっかり砂漠で魔力を使い果たし、動けなくなってしまった。何日も何日も、そこでじっとしていたが、一人の旅人が通りかかってこう言った。
「お前、魔力が足りなくて動けないのか?俺の魔力、分けてやろうか?」
「いらぬ。人間と契約なんぞしたくない」
「だって、こんな砂漠で動けないんじゃ、干からびちまうぜ。遠慮すんなって」
「要らぬと言ってるだろう! 私は人間に使われたくないのだ。分かったらあっちへ行け」
そいつは、離れて行った。だが、しばらくすると戻ってきて、
「ほら、こいつを首にかけとけ」
大きな石のついた首飾りを投げてきた。
「なんだこれは」
「魔力を閉じ込めておけるラスタ石の首飾りだ。俺の魔力を入れておいた。首にかけると、魔力が伝わってくるぞ」
確かに、手に持っただけでそこから魔力が流れ込んでくるようだ。おかげで、人型になることが出来た。
「おおっ、すげーイケメンじゃん。浅黒い肌に黒髪、金の瞳か」
私は人型になった自分の首に、この首飾りをかけた。
「すごいな、この石は。契約しなくても魔力が貰えるのか」
「キリア山からしか採れない石なんだが、魔力を出し入れ出来るって呪術師の間で評判なんだ。魔力のない金持ちに売りつけたりしてる」
男はニヤッと笑った。
「お前、契約したくないんだろ?だったら、この石で魔力を分けてやるよ。一緒に旅しようぜ」
「……いいのか?死神と呼ばれている私が一緒でも」
「お前が殺している訳ではないだろ。死んだ者から魔力を取ってるだけなんだよな」
私は、不覚にも涙を浮かべてしまった。自分のことをわかってもらえたのが嬉しかったのだ。
男は、名をシュウと言った。ボサボサの髪にボロボロの服、石の腕輪や首飾りをジャラジャラつけて、いかにも呪術師という風体だ。
「呪術師、兼、医師だな。いろんな村を回って、怪我やちょっとした病気を魔力の手当てで治している。報酬は、食い物と宿だな。貧しい人から金は取らない。金が無くなったら、金持ちに石を売ってるんだ」
シュウはまた、ニヤッと笑った。シュウの周りにはよく見ると小さくて羽の生えた人型の精霊が二匹、飛び回っていた。
「こいつらは?」
「ああ、俺が契約しているマイとメイだ。こいつらも旅の途中で拾った。怪我を治す力があるから助かってるんだ」
マイとメイは私のところへ飛んできて、さえずり回った。
「黒龍さん、シュウと契約しないの?」
「名前つけてもらわないの?シュウはいい人だよ」
「魔力、いっぱい持ってるしね」
「嫌なこと、させないしね」
二人は顔を見合わせて笑っていた。
「……まだ、信用できん」
シュウは、豪快に笑った。
「まあ、お前は契約なんてしなくてもいいさ。好きな時にどっか飛んで行ってもいい。魔力が無くなったら帰ってこい。さっきみたいに、使い切っちまって動けなくなる前にな」
こうして、私はシュウと、マイ、メイと共に旅をすることになった。あちこち飛び回るのももう飽きていたし、人型になっていれば死神と指を差されることもなかった。
助手として手伝っていると、人間から感謝されることもある。それはこそばゆく、今まで感じたことのない気持ちだった。
ある時、病気の子供の家を訪れた時だ。シュウは必死で魔力を注ぎ込み、手当てをしていた。だが私には、この子の死期が見えていた。シュウがあまりにも一生懸命だったのでつい、
「無駄だ。この子は明日の朝には死ぬ」
と言ってしまった。すると、その場にいた家族は悲鳴をあげ、泣き叫んだ。
シュウは怒りの形相で振り向き、私を思い切り殴った。
「馬鹿な事を言うな!人間にはな、最後の最後まで奇跡を起こす力があるんだよ!」
そう言って、また手当てに戻った。私は釈然としなかったが、家族の嘆きを見ていられなくなり、その家から出て行った。
翌朝、シュウが家から出てきた。疲れ果てた様子だった。遠くで待っていた私の元へ来ると、地面に寝転がった。
「助けられなかった」
手で顔を押さえていたが泣いているようだった。
しばらくして、シュウは起き上がり、あぐらをかいて座った。
「なあ黒龍よ。お前は悪気はなかったと思うが、今後は死期が見えても言わないでくれ。確かに、お前の言う通り、あの子は今朝亡くなった。だがな、本当に奇跡が起こることもあるんだ。家族も、俺も、それを信じてやってる。だから、黙っていて欲しいんだ」
「わかった」
言われなくても、私が一番後悔していた。あれほどまでに嘆き悲しむ人を見るのは辛い。
「私には家族はいない。だから、家族が死んで悲しむ気持ちがわからなかった。だけど、今日、少しわかった気がする。もしシュウが死んでしまったら、私も悲しいと想像出来たから」
そう言うと、シュウは泣いた後の赤い目を細めて笑い、私の頭を撫でてくれた。
私の中に温かい気持ちが湧き、思わずこう言っていた。
「シュウ、私はシュウと契約したい。シュウに名前をつけてもらいたいんだ」
シュウはしばらく考えていた。
「黒龍よ。お前と契約したら、俺も人の死期が見えるようになるのか」
「ああ、たぶん」
「他には、どんなことが出来る?」
「闇を操ることが出来る」
私は手のひらの上に丸い闇を浮かべて見せた。そして、地面を這っていた小さな蛇にその闇を被せた。すると蛇は動かなくなった。
「死んだのか?」
「いや、今はまだ魂と切り離されているだけだ。この状態で七日経つと、身体は死に、魂は消滅する」
シュウは、青い顔をしていた。私は、手のひらを閉じて闇を回収した。蛇は、しばらく経つと動き始めた。
「お前……この力を人間に使ったことは?」
「ない」
「そうか……」
シュウは、黙って私の頭を撫でた。
「な、なんだ!」
「いや、お前、偉いなと思って」
「なんだ、どういう事だ」
「いや?、別に――」
シュウは思い切り伸びをした。そして、こう言った。
「黒龍、俺はお前と契約はしない」
「なんでだ? 私のことが嫌いか?」
「違う、お前のことは好きだぞ。だが私は医師だ。人の病気を治すのに、死期が見えてしまうのはどうにも辛すぎる」
「そうか、そうだな……」
「だから今まで通りでいこう。契約しなくても、俺とお前は『相棒』だからな」
こうして、私とシュウは契約をしないまま、ずっと一緒に旅をした。話し相手のいる旅は、一人旅よりも楽しく思えた。永遠に旅していたいと思っていた。
だが人間には寿命がある。ついに、シュウの死期が見える時が来てしまった。
「黒龍よ。俺の死期が見えているのか」
病に倒れ、すっかり顔色の悪くなったシュウが聞いてきた。だが私は答えられなかった。
「そうか。そうだろうな」
シュウは目をつむった。
「なあ。行きたいところがあるんだが、連れて行ってくれないか」
「いいぞ。どこだ?」
「シグル山の頂だ」
そこは険しい山岳地帯で、住む人もあまりいないところだった。シグル山はとりわけ高く、今のシュウでは確かに登れそうもなかった。
山頂に着くとシュウは岩の裂け目を辿っていき、ある場所で立ち止まってしゃがんだ。
「ここだ」
その岩の裂け目は人が入れるくらいに開いており、頭を突っ込んで下を覗きこむと、中は大きな空洞になっていた。
「ちょっと入ってみてくれ」
「わかった」
足から飛び降りて中に入ると、思ったよりも広い空間が開けていた。長い年月をかけてくりぬかれた天然の空洞だった。上を向くと、青空が小さな丸い円になって見え、シュウの顔が覗いていた。
「シュウ、ここがどうしたんだ?」
だがシュウは答えず、穴に石を詰めて蓋をしてしまった。
「シュウ?なんだよ、これ?」
私は龍に戻り、飛んで穴から出ようとした。だが、龍には戻れたものの飛ぶことが出来なかった。
「なんでだ?魔力なら今朝、石に込めてもらってまだ充分あるはずだ」
だが、身体から力が抜けていく。どうやら、この空洞の中では魔術を使えないようだった。
「なんでだよ。なんで、こんなところに閉じ込めるんだ。シュウ、答えろよ。シュウ!」
私は叫び続けたが、シュウから返事が返ってくることはなかった。
あれからどのくらい時が経ったのだろう。絶望、怒り、憎しみ。様々な感情が渦巻き、私をさいなんだ。
「人間など、二度と信じるものか」
私は心に誓った。ここを出たら、世界中を闇に包んで消してやる。人間はこの世界に必要ない。いつか、出られる日が来たら――――
アレスとコウは、横たわっている黒龍の元へ歩いて行った。
「久しぶりだな、黒龍」
「紅龍。お前もいたのか」
「ああ。俺はアイナと契約してるんだ。今、すげー幸せだよ」
「……そうか」
アレスは、そっと黒龍に近づき、石の付いた首飾りを外した。
「これで魔術は使えないだろう」
「私をどうするつもりだ。お前が昨日入っていたエルミナ石の牢に入れるか」
「そんなことはしたくない。黒龍、どうしてそんなに人間を嫌うようになったんだ。教えてくれ」
黒龍は長い間黙っていた。レイとアイナも、黒龍の所へやってきて、黒龍の言葉を待った。
「大した話ではない」
そう言いながら、これまでの事を語り始めた。
――――私が洞窟の外に出たのは、まだ人間が言葉を持たない時代だった。
契約などしなくても、魔力を持った人間から好きなだけ取ることが出来た。
いつでも好きな時に好きな所へ、自由気ままに過ごしていた。
やがて、人間は言葉を話すようになった。そして色々な物に名前をつけ始めた。
魔力を貰った者に名前をつけられてしまうと、その者と契約が結ばれる。言うことを聞かなければならなくなる。何故だかわからないが、そういう仕組みだった。
私は契約なんてしたくなかった。縛られるのは嫌だったからだ。
だから、死者から魔力を集めることにした。人間は、全く魔力が無いように見える者でも、実は微量ながら持っているのだ。
そして、死ぬ時には、魂が身体から離れると同時に魔力も空に還っていく。それを狙って、魔力を集めた。塵も積もれば、ってやつだ。
私には人間の死期を感知する能力があったから、死にそうな人のところへ行って待っていれば良かった。簡単なことだ。
やがて、私は人間から死神と呼ばれるようになった。黒龍が空に現れると人が死ぬ。黒龍は死の使いとして恐れられるようになった。
それは私にとっても好都合だった。名前などつけられると困るから、人間から避けられてるぐらいがちょうどいい。寂しくなんかなかった。
そんなある日、私はうっかり砂漠で魔力を使い果たし、動けなくなってしまった。何日も何日も、そこでじっとしていたが、一人の旅人が通りかかってこう言った。
「お前、魔力が足りなくて動けないのか?俺の魔力、分けてやろうか?」
「いらぬ。人間と契約なんぞしたくない」
「だって、こんな砂漠で動けないんじゃ、干からびちまうぜ。遠慮すんなって」
「要らぬと言ってるだろう! 私は人間に使われたくないのだ。分かったらあっちへ行け」
そいつは、離れて行った。だが、しばらくすると戻ってきて、
「ほら、こいつを首にかけとけ」
大きな石のついた首飾りを投げてきた。
「なんだこれは」
「魔力を閉じ込めておけるラスタ石の首飾りだ。俺の魔力を入れておいた。首にかけると、魔力が伝わってくるぞ」
確かに、手に持っただけでそこから魔力が流れ込んでくるようだ。おかげで、人型になることが出来た。
「おおっ、すげーイケメンじゃん。浅黒い肌に黒髪、金の瞳か」
私は人型になった自分の首に、この首飾りをかけた。
「すごいな、この石は。契約しなくても魔力が貰えるのか」
「キリア山からしか採れない石なんだが、魔力を出し入れ出来るって呪術師の間で評判なんだ。魔力のない金持ちに売りつけたりしてる」
男はニヤッと笑った。
「お前、契約したくないんだろ?だったら、この石で魔力を分けてやるよ。一緒に旅しようぜ」
「……いいのか?死神と呼ばれている私が一緒でも」
「お前が殺している訳ではないだろ。死んだ者から魔力を取ってるだけなんだよな」
私は、不覚にも涙を浮かべてしまった。自分のことをわかってもらえたのが嬉しかったのだ。
男は、名をシュウと言った。ボサボサの髪にボロボロの服、石の腕輪や首飾りをジャラジャラつけて、いかにも呪術師という風体だ。
「呪術師、兼、医師だな。いろんな村を回って、怪我やちょっとした病気を魔力の手当てで治している。報酬は、食い物と宿だな。貧しい人から金は取らない。金が無くなったら、金持ちに石を売ってるんだ」
シュウはまた、ニヤッと笑った。シュウの周りにはよく見ると小さくて羽の生えた人型の精霊が二匹、飛び回っていた。
「こいつらは?」
「ああ、俺が契約しているマイとメイだ。こいつらも旅の途中で拾った。怪我を治す力があるから助かってるんだ」
マイとメイは私のところへ飛んできて、さえずり回った。
「黒龍さん、シュウと契約しないの?」
「名前つけてもらわないの?シュウはいい人だよ」
「魔力、いっぱい持ってるしね」
「嫌なこと、させないしね」
二人は顔を見合わせて笑っていた。
「……まだ、信用できん」
シュウは、豪快に笑った。
「まあ、お前は契約なんてしなくてもいいさ。好きな時にどっか飛んで行ってもいい。魔力が無くなったら帰ってこい。さっきみたいに、使い切っちまって動けなくなる前にな」
こうして、私はシュウと、マイ、メイと共に旅をすることになった。あちこち飛び回るのももう飽きていたし、人型になっていれば死神と指を差されることもなかった。
助手として手伝っていると、人間から感謝されることもある。それはこそばゆく、今まで感じたことのない気持ちだった。
ある時、病気の子供の家を訪れた時だ。シュウは必死で魔力を注ぎ込み、手当てをしていた。だが私には、この子の死期が見えていた。シュウがあまりにも一生懸命だったのでつい、
「無駄だ。この子は明日の朝には死ぬ」
と言ってしまった。すると、その場にいた家族は悲鳴をあげ、泣き叫んだ。
シュウは怒りの形相で振り向き、私を思い切り殴った。
「馬鹿な事を言うな!人間にはな、最後の最後まで奇跡を起こす力があるんだよ!」
そう言って、また手当てに戻った。私は釈然としなかったが、家族の嘆きを見ていられなくなり、その家から出て行った。
翌朝、シュウが家から出てきた。疲れ果てた様子だった。遠くで待っていた私の元へ来ると、地面に寝転がった。
「助けられなかった」
手で顔を押さえていたが泣いているようだった。
しばらくして、シュウは起き上がり、あぐらをかいて座った。
「なあ黒龍よ。お前は悪気はなかったと思うが、今後は死期が見えても言わないでくれ。確かに、お前の言う通り、あの子は今朝亡くなった。だがな、本当に奇跡が起こることもあるんだ。家族も、俺も、それを信じてやってる。だから、黙っていて欲しいんだ」
「わかった」
言われなくても、私が一番後悔していた。あれほどまでに嘆き悲しむ人を見るのは辛い。
「私には家族はいない。だから、家族が死んで悲しむ気持ちがわからなかった。だけど、今日、少しわかった気がする。もしシュウが死んでしまったら、私も悲しいと想像出来たから」
そう言うと、シュウは泣いた後の赤い目を細めて笑い、私の頭を撫でてくれた。
私の中に温かい気持ちが湧き、思わずこう言っていた。
「シュウ、私はシュウと契約したい。シュウに名前をつけてもらいたいんだ」
シュウはしばらく考えていた。
「黒龍よ。お前と契約したら、俺も人の死期が見えるようになるのか」
「ああ、たぶん」
「他には、どんなことが出来る?」
「闇を操ることが出来る」
私は手のひらの上に丸い闇を浮かべて見せた。そして、地面を這っていた小さな蛇にその闇を被せた。すると蛇は動かなくなった。
「死んだのか?」
「いや、今はまだ魂と切り離されているだけだ。この状態で七日経つと、身体は死に、魂は消滅する」
シュウは、青い顔をしていた。私は、手のひらを閉じて闇を回収した。蛇は、しばらく経つと動き始めた。
「お前……この力を人間に使ったことは?」
「ない」
「そうか……」
シュウは、黙って私の頭を撫でた。
「な、なんだ!」
「いや、お前、偉いなと思って」
「なんだ、どういう事だ」
「いや?、別に――」
シュウは思い切り伸びをした。そして、こう言った。
「黒龍、俺はお前と契約はしない」
「なんでだ? 私のことが嫌いか?」
「違う、お前のことは好きだぞ。だが私は医師だ。人の病気を治すのに、死期が見えてしまうのはどうにも辛すぎる」
「そうか、そうだな……」
「だから今まで通りでいこう。契約しなくても、俺とお前は『相棒』だからな」
こうして、私とシュウは契約をしないまま、ずっと一緒に旅をした。話し相手のいる旅は、一人旅よりも楽しく思えた。永遠に旅していたいと思っていた。
だが人間には寿命がある。ついに、シュウの死期が見える時が来てしまった。
「黒龍よ。俺の死期が見えているのか」
病に倒れ、すっかり顔色の悪くなったシュウが聞いてきた。だが私は答えられなかった。
「そうか。そうだろうな」
シュウは目をつむった。
「なあ。行きたいところがあるんだが、連れて行ってくれないか」
「いいぞ。どこだ?」
「シグル山の頂だ」
そこは険しい山岳地帯で、住む人もあまりいないところだった。シグル山はとりわけ高く、今のシュウでは確かに登れそうもなかった。
山頂に着くとシュウは岩の裂け目を辿っていき、ある場所で立ち止まってしゃがんだ。
「ここだ」
その岩の裂け目は人が入れるくらいに開いており、頭を突っ込んで下を覗きこむと、中は大きな空洞になっていた。
「ちょっと入ってみてくれ」
「わかった」
足から飛び降りて中に入ると、思ったよりも広い空間が開けていた。長い年月をかけてくりぬかれた天然の空洞だった。上を向くと、青空が小さな丸い円になって見え、シュウの顔が覗いていた。
「シュウ、ここがどうしたんだ?」
だがシュウは答えず、穴に石を詰めて蓋をしてしまった。
「シュウ?なんだよ、これ?」
私は龍に戻り、飛んで穴から出ようとした。だが、龍には戻れたものの飛ぶことが出来なかった。
「なんでだ?魔力なら今朝、石に込めてもらってまだ充分あるはずだ」
だが、身体から力が抜けていく。どうやら、この空洞の中では魔術を使えないようだった。
「なんでだよ。なんで、こんなところに閉じ込めるんだ。シュウ、答えろよ。シュウ!」
私は叫び続けたが、シュウから返事が返ってくることはなかった。
あれからどのくらい時が経ったのだろう。絶望、怒り、憎しみ。様々な感情が渦巻き、私をさいなんだ。
「人間など、二度と信じるものか」
私は心に誓った。ここを出たら、世界中を闇に包んで消してやる。人間はこの世界に必要ない。いつか、出られる日が来たら――――
2
あなたにおすすめの小説
遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。
沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。
すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。
だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。
イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。
変わり果てた現実を前に、
夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。
深い後悔と悲しみに苛まれながら、
失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。
しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。
贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。
そして、母の心を知っていく子供たち。
イネスが求める愛とは、
そして、幸せとは――。
働かないつもりでしたのに、気づけば全部うまくいっていました ――自由に生きる貴族夫人と溺愛旦那様』
鷹 綾
恋愛
前世では、仕事に追われるだけの人生を送り、恋も自由も知らないまま終わった私。
だからこそ転生後に誓った――
「今度こそ、働かずに優雅に生きる!」 と。
気づけば貴族夫人、しかも結婚相手は冷静沈着な名門貴族リチャード様。
「君は何もしなくていい。自由に過ごしてくれ」
――理想的すぎる条件に、これは勝ち確人生だと思ったのに。
なぜか気づけば、
・屋敷の管理を改善して使用人の待遇が激変
・夫の仕事を手伝ったら経理改革が大成功
・興味本位で教えた簿記と珠算が商業界に革命を起こす
・商人ギルドの顧問にまで祭り上げられる始末
「あれ? 私、働かない予定でしたよね???」
自分から出世街道を爆走するつもりはなかったはずなのに、
“やりたいことをやっていただけ”で、世界のほうが勝手に変わっていく。
一方、そんな彼女を静かに見守り続けていた夫・リチャードは、
実は昔から彼女を想い続けていた溺愛系旦那様で――。
「君が選ぶなら、私はずっとそばにいる」
働かないつもりだった貴族夫人が、
自由・仕事・愛情のすべてを“自分で選ぶ”人生に辿り着く物語。
これは、
何もしないはずだったのに、幸せだけは全部手に入れてしまった女性の物語。
捨てられた地味な王宮修復師(実は有能)、強面辺境伯の栄養管理で溺愛され、辺境を改革する ~王都の貴重な物が失われても知りませんよ?~
水上
恋愛
「カビ臭い地味女」と王太子に婚約破棄された王宮修復師のリディア。
彼女の芸術に関する知識と修復師としての技術は、誰からも必要性を理解されていなかった。
失意の中、嫁がされたのは皆から恐れられる強面辺境伯ジェラルドだった!
しかし恐ろしい噂とは裏腹に、彼はリディアの不健康を見逃せない超・過保護で!?
絶品手料理と徹底的な体調管理で、リディアは心身ともに美しく再生していく。
一方、彼女を追放した王都では、貴重な物が失われたり、贋作騒動が起きたりとパニックになり始めて……。
婚約破棄で悪役令嬢を辞めたので、今日から素で生きます。
黒猫かの
恋愛
「エリー・オルブライト! 貴様との婚約を破棄する!」
豪華絢爛な夜会で、ウィルフレッド王子から突きつけられた非情な宣告。
しかし、公爵令嬢エリーの心境は……「よっしゃあ! やっと喋れるわ!!」だった。
【完結】教会で暮らす事になった伯爵令嬢は思いのほか長く滞在するが、幸せを掴みました。
まりぃべる
恋愛
ルクレツィア=コラユータは、伯爵家の一人娘。七歳の時に母にお使いを頼まれて王都の町はずれの教会を訪れ、そのままそこで育った。
理由は、お家騒動のための避難措置である。
八年が経ち、まもなく成人するルクレツィアは運命の岐路に立たされる。
★違う作品「手の届かない桃色の果実と言われた少女は、廃れた場所を住処とさせられました」での登場人物が出てきます。が、それを読んでいなくても分かる話となっています。
☆まりぃべるの世界観です。現実世界とは似ていても、違うところが多々あります。
☆現実世界にも似たような名前や地域名がありますが、全く関係ありません。
☆植物の効能など、現実世界とは近いけれども異なる場合がありますがまりぃべるの世界観ですので、そこのところご理解いただいた上で読んでいただけると幸いです。
【完結】転生白豚令嬢☆前世を思い出したので、ブラコンではいられません!
白雨 音
恋愛
エリザ=デュランド伯爵令嬢は、学院入学時に転倒し、頭を打った事で前世を思い出し、
《ここ》が嘗て好きだった小説の世界と似ている事に気付いた。
しかも自分は、義兄への恋を拗らせ、ヒロインを貶める為に悪役令嬢に加担した挙句、
義兄と無理心中バッドエンドを迎えるモブ令嬢だった!
バッドエンドを回避する為、義兄への恋心は捨て去る事にし、
前世の推しである悪役令嬢の弟エミリアンに狙いを定めるも、義兄は気に入らない様で…??
異世界転生:恋愛 ※魔法無し
《完結しました》 お読み下さり、お気に入り、エール、ありがとうございます☆
虚弱体質?の脇役令嬢に転生したので、食事療法を始めました
たくわん
恋愛
「跡継ぎを産めない貴女とは結婚できない」婚約者である公爵嫡男アレクシスから、冷酷に告げられた婚約破棄。その場で新しい婚約者まで紹介される屈辱。病弱な侯爵令嬢セラフィーナは、社交界の哀れみと嘲笑の的となった。
『処刑されるたびに12歳に戻る悪役令嬢、7回目の人生は「何もせず寝て過ごす」ことに決めたら、なぜか周囲が勝手に勘違いして聖女扱いされています
六角
恋愛
公爵令嬢リリアーナは、18歳の誕生日に必ず断罪・処刑されては12歳に戻るという地獄のループを6回も繰り返していた。 真面目に努力しても、剣を極めても、裏社会を支配しても、結局は殺される運命。 心折れた彼女は、7回目の人生でついに決意する。 「もう頑張らない。どうせ死ぬなら、今回はひたすら寝て過ごそう」と。
しかし、安眠を求めて「うるさい」と敵を黙らせれば『王者の覇気』と恐れられ、寝ぼけて放った魔法は『神の奇跡』と崇められ、枕への異常なこだわりは『深遠なる儀式』と誤解されてしまう。 気がつけば、ストーカー気味のヤンデレ王子、パン屋の元ヒロイン、狂犬の如きライバル令嬢、元部下の暗殺者、そして不眠症の魔王までもが彼女の信者となり、リリアーナは意図せずして国を、そして世界を救う「最強の聖女」へと祭り上げられていく。
「お願いだから、私を寝かせて!」 睡眠欲だけで運命(システム)さえもねじ伏せる、無気力悪役令嬢の痛快勘違いサクセス(?)ストーリー!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる