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皇宮の門を出たところでエミリオが合流した。
「イネスはやはりフェルナンド殿下の屋敷にいるようです。ツバメが部屋を教えてくれています」
「そうか。では今から向かうぞ。エレナ、お前はどうする? 先に俺の屋敷に行っておくか?」
「ううん、一緒に行くわ。きっと何か理由があったと思うの。イネスは私が酷い目に遭わないようにフェルナンドに言ってくれていたのよ」
「……わかった。では行こう。大丈夫、俺が必ず側にいるから」
「ありがとう、ウィル」
本当は少し怖い、イネスの胸の内を知ることは。
だけど、出会ってからずっとイネスは優しかった。あの優しさが嘘ではないとエレナは思いたかった。
(――エレナはどうなっただろう。フェルナンドは皇太子になってしまっただろうか)
エレナを閉じ込めていたのと同じ部屋に縛られたまま放置されているイネス。外には見張りの兵士がいる。
(フェルナンドが戻ってきたら殺されるだろう。裏切り者にはお似合いの末路だ)
その時、ドンという大きな音とともにドアが破壊された。見張りは足下に転がっている。
「イネス!」
エミリオの声だ。
「馬鹿やろう、イネス! なんでこんなこと……!」
泣きながらイネスを縛っていた縄をほどくエミリオ。
「イネス、無事だったか」
ウィルが近寄ってくる。イネスは思わず顔を背けた。とても顔向け出来なかったのだ。
「イネス、ウィルフレド様が皇太子に決まったぞ」
エミリオが努めて明るい声で告げる。
「……本当に? 良かった……っ、では、エレナは? エレナは無事なのですか?」
「私は大丈夫よ、イネス」
ウィルの後ろから顔を出したエレナを見た途端にイネスは涙をこぼした。
「申し訳ありません……ウィル様、エレナ……私が馬鹿だったのです」
「イネス、理由を話してくれるか?」
ウィルが静かに尋ねるとイネスは姿勢を正し跪いた。
「はい。全ては私の愚かな嫉妬が招いたもの。私は、長年ウィル様にお仕えするうちに、ウィル様を愛してしまったのです。ですが身分違いのこの想いは決して打ち明けるつもりもなかった。いつかウィル様が高貴な令嬢と結婚なさってお子を作って……それを見守っていくだけでいいと思っていました。
けれど、エレナが現れて。最初は妹のように可愛がっていたエレナにウィル様が惹かれていく様子を見ているうちに、黒い嫉妬が芽生え始めたのです。他の人ならばいい、でもエレナにだけは取られたくない。そんな思いにかられて……出発直前にフェルナンド殿下に渡されていた魔法陣珠を、あの時衝動的に使ってしまいました」
イネスは床に頭を付けんばかりに低く下げた。
「私は恐ろしい過ちを犯しました。私の命で償えるものなら差し出します。どうか、罰をお与えください」
ウィルは膝をついてイネスを優しく起こした。
「すまない、イネス。お前がそんな気持ちを抱えていたとは気がつかなかった。そして……お前の言う通り私はエレナを愛している。だからお前の想いに応えることは決してない。イネス、今ここで……側近の任務を解く。お前は自由だ。どこへ行くのも。再び俺のもとへ戻るのも」
「許して下さるのですか……こんな私を……ありがとうございます……っ」
イネスは涙を堪え再び頭を下げている。エレナは少し迷ったが自分の思いを伝えることに決めた。
「イネス……私、あなたにいろんなことを教えてもらった。あなたのことが大好きよ。もしもあなたさえ良ければ……また一緒にいて欲しい」
「エレナ……ごめんね……怖い目に合わせてごめん……」
イネスとエレナは抱き合って泣いた。そして、イネスは何かを決意して顔を上げた。
「ウィル様、私はウィル様のもとを離れます。私は裏切り者の自分を許すことが出来ない。もう一度自分を鍛え直して、そしていつか……何十年も先に再会できたなら、その時は笑って声を掛けていただけるように正しい道を生きていきます。ですからここで……お別れいたします」
「そうか……わかった」
二人の瞳に再び信頼の火が灯ったようにエレナには思えた。それほどに清々しく、視線を交わしていたのだ。
イネスは振り向いてエミリオの肩をポンと叩く。
「あとは任せたから。ウィル様を頼むね」
「……ああ。任せとけ」
イネスは微笑んで魔法陣を床に描き出した。
「では、ウィル様。今までありがとうございました。失礼いたします」
風が巻き起こる。ウィルの返事を待たずにイネスの姿は消えた。
「イネスは……どこへ行ったの?」
「さあな……だが大丈夫だ。イネスは強い。きっとまた会える」
「うん……」
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