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18 ゼインとイネス
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(いよいよだ。今日、私はようやく足と目を手に入れられる。これで、全てのパーツが揃う)
イネスは満足げに鏡を覗き込んだ。双眸は真っ暗な穴にガラス玉をはめ込んである。死体の眼球は、とうの昔に抜け落ちてしまった。
(一族いちの美貌を誇っていた私なのに、長い間こんな醜い身体で過ごさねばならなかった。屈辱の日々もあと少しで終わる)
テーブルの上に白く美しい手を広げ、うっとりと眺める。魔法で綺麗にマニュキアを施した爪先は毒リンゴのように赤い色だ。
(あのアラベルという女の目はつまらない茶色だったが……魔法で色を変えればいい。かつての私が持っていた、アメジストのような紫色の瞳に)
遠くで魔法の気配を感じた。角砂糖に込めた魔法が発動したのだ。
(来た……!)
魔法の代償である黒い靄がこちらへ向かってきているのがわかる。早く、早くと願うイネス。そして、その靄がついに彼女の身体に飛び込んだ。
(ああ……! やったわ……!)
靄が全身を駆け巡り、やがてすうっと消えていった。
(足に力がみなぎってきた。今なら立てる……!)
テーブルに手をついて立ち上がる。ゆっくりと、だが力強く。イネスははしゃぎ、部屋中を歩き回った。
(歩ける! 歩けるわ! やっとこの日が来た。そして……)
布を掛けた大きな鏡の前に立った。埃を被ったその布をさっとめくる。
(さあ。どう?)
見事に光が灯った瞳。思いのままに動く。これならば人間の街にいても違和感はあるまい。イネスは呪文を唱え瞳の色を紫に変えた。
(ああ、久しぶりの身体! なんという自由。私はどこにでも行ける。これからは美しい男を誘惑し、精力を搾り取ってやるわ。私の美を永遠に保つために)
鼻歌を歌いながら衣裳部屋に向かう。そこには男を誘惑するためのドレスがたくさん置いてある。いくら年月が経とうと、人間の男が好むものは同じだろう。
(それにしてもあの娘、ずいぶんと恨みが深かったこと。足と目の両方を失うことになっても憎い女を酷い目に遭わせたいなんてねえ。ま、あたしにはどっちだってよかったけど)
イネスは背中と肩を大きく出した赤いドレスを身につけた。大きな乳房を強調し、そこに香水を軽く振る。白い肌にルビーのネックレスを、耳には揺れるイヤリングをつけた。
(さて、酒場にでも行こうかねえ。今日のお相手を探さなくちゃね)
鏡に向かって口紅をさし、満足して笑った。
「へえ。身体が完成したのは初めて見たな」
「誰っ⁉︎」
人間の気配などしていなかった。なのに突然声が聞こえ、暗がりに影が見えた。イネスは警戒しさっと後ずさる。
「お前は誰だ! どこから来た!」
フードを被ったその人物に風を浴びせ、顔を見ようとする。フードがめくれ、中から現れたのはゼインだ。
「銀髪の……お前、どこかで……」
「あんまり人のことお前お前言わないで欲しいんだけどな。それより、自分の心配したほうがいいよ」
「な?」
その瞬間、光が飛び込んできた。その光は恐ろしい速さでイネスの身体を貫いた。
「あっ!」
腹に衝撃を受け、イネスは思わずしゃがみ込む。
「お前、何をした!」
「何も。ただ、お前の掛けた魔法を返しただけだが」
(な……)
イネスは美しかった自分の肌が、再び張りを失っていくのを見た。
「ああ、私の手が! 肌が!」
鏡に向かって走る。しかしそこに映っていたのは皴やたるみのある顔。しかもどんどん皴が深くなっていく。元の死体に戻っていっているようだ。まさか、ターゲットの子宮と卵巣を奪う魔法が跳ね返された……?
「そこまで身体を揃えるにはかなり多くの人間から臓器や機能を奪い取ったことだろうな……とりあえず、有害な奴には消えてもらおうか」
ゼインは両手を組んで人差し指を合わせ、銃を撃つようにイネスを狙う。
「くっ、させるか!」
イネスが手をかざすと炎が吹き出し、ゼインの身体を包んだ。
「どうだ!」
しかしゼインは炎に包まれたままイネスの中心部を狙い続けている。
「この程度では私を倒すことはできないよ。じゃあね、さよなら」
バン、という呟きとともにゼインの指先から光が走る。イネスは逃げようとするがその光は彼女をどこまでも追っていき、ついに身体の真ん中に大きな穴を開けた。床に崩れ落ちたイネスは憤怒の表情でゼインを睨みつける。
「くうっ……くそ、今思い出したぞ……お前は一族の裏切者、ゼインだな……おのれ、必ず蘇ってお前を殺す……父上とともに……」
「蘇ることのないよう、綺麗に滅してあげるよ」
ゼインが手のひらをぎゅっと握り込むと、イネスは叫び声を上げて消えていった。
真っ暗だった部屋は明るくなり、ぼろぼろのテーブル、鏡、ドレス、そして骨だけになった死体が転がっていた。
「さあ、終わった。レオンのところに戻るか」
ゼインはフードを被り風とともに姿を消した。
イネスは満足げに鏡を覗き込んだ。双眸は真っ暗な穴にガラス玉をはめ込んである。死体の眼球は、とうの昔に抜け落ちてしまった。
(一族いちの美貌を誇っていた私なのに、長い間こんな醜い身体で過ごさねばならなかった。屈辱の日々もあと少しで終わる)
テーブルの上に白く美しい手を広げ、うっとりと眺める。魔法で綺麗にマニュキアを施した爪先は毒リンゴのように赤い色だ。
(あのアラベルという女の目はつまらない茶色だったが……魔法で色を変えればいい。かつての私が持っていた、アメジストのような紫色の瞳に)
遠くで魔法の気配を感じた。角砂糖に込めた魔法が発動したのだ。
(来た……!)
魔法の代償である黒い靄がこちらへ向かってきているのがわかる。早く、早くと願うイネス。そして、その靄がついに彼女の身体に飛び込んだ。
(ああ……! やったわ……!)
靄が全身を駆け巡り、やがてすうっと消えていった。
(足に力がみなぎってきた。今なら立てる……!)
テーブルに手をついて立ち上がる。ゆっくりと、だが力強く。イネスははしゃぎ、部屋中を歩き回った。
(歩ける! 歩けるわ! やっとこの日が来た。そして……)
布を掛けた大きな鏡の前に立った。埃を被ったその布をさっとめくる。
(さあ。どう?)
見事に光が灯った瞳。思いのままに動く。これならば人間の街にいても違和感はあるまい。イネスは呪文を唱え瞳の色を紫に変えた。
(ああ、久しぶりの身体! なんという自由。私はどこにでも行ける。これからは美しい男を誘惑し、精力を搾り取ってやるわ。私の美を永遠に保つために)
鼻歌を歌いながら衣裳部屋に向かう。そこには男を誘惑するためのドレスがたくさん置いてある。いくら年月が経とうと、人間の男が好むものは同じだろう。
(それにしてもあの娘、ずいぶんと恨みが深かったこと。足と目の両方を失うことになっても憎い女を酷い目に遭わせたいなんてねえ。ま、あたしにはどっちだってよかったけど)
イネスは背中と肩を大きく出した赤いドレスを身につけた。大きな乳房を強調し、そこに香水を軽く振る。白い肌にルビーのネックレスを、耳には揺れるイヤリングをつけた。
(さて、酒場にでも行こうかねえ。今日のお相手を探さなくちゃね)
鏡に向かって口紅をさし、満足して笑った。
「へえ。身体が完成したのは初めて見たな」
「誰っ⁉︎」
人間の気配などしていなかった。なのに突然声が聞こえ、暗がりに影が見えた。イネスは警戒しさっと後ずさる。
「お前は誰だ! どこから来た!」
フードを被ったその人物に風を浴びせ、顔を見ようとする。フードがめくれ、中から現れたのはゼインだ。
「銀髪の……お前、どこかで……」
「あんまり人のことお前お前言わないで欲しいんだけどな。それより、自分の心配したほうがいいよ」
「な?」
その瞬間、光が飛び込んできた。その光は恐ろしい速さでイネスの身体を貫いた。
「あっ!」
腹に衝撃を受け、イネスは思わずしゃがみ込む。
「お前、何をした!」
「何も。ただ、お前の掛けた魔法を返しただけだが」
(な……)
イネスは美しかった自分の肌が、再び張りを失っていくのを見た。
「ああ、私の手が! 肌が!」
鏡に向かって走る。しかしそこに映っていたのは皴やたるみのある顔。しかもどんどん皴が深くなっていく。元の死体に戻っていっているようだ。まさか、ターゲットの子宮と卵巣を奪う魔法が跳ね返された……?
「そこまで身体を揃えるにはかなり多くの人間から臓器や機能を奪い取ったことだろうな……とりあえず、有害な奴には消えてもらおうか」
ゼインは両手を組んで人差し指を合わせ、銃を撃つようにイネスを狙う。
「くっ、させるか!」
イネスが手をかざすと炎が吹き出し、ゼインの身体を包んだ。
「どうだ!」
しかしゼインは炎に包まれたままイネスの中心部を狙い続けている。
「この程度では私を倒すことはできないよ。じゃあね、さよなら」
バン、という呟きとともにゼインの指先から光が走る。イネスは逃げようとするがその光は彼女をどこまでも追っていき、ついに身体の真ん中に大きな穴を開けた。床に崩れ落ちたイネスは憤怒の表情でゼインを睨みつける。
「くうっ……くそ、今思い出したぞ……お前は一族の裏切者、ゼインだな……おのれ、必ず蘇ってお前を殺す……父上とともに……」
「蘇ることのないよう、綺麗に滅してあげるよ」
ゼインが手のひらをぎゅっと握り込むと、イネスは叫び声を上げて消えていった。
真っ暗だった部屋は明るくなり、ぼろぼろのテーブル、鏡、ドレス、そして骨だけになった死体が転がっていた。
「さあ、終わった。レオンのところに戻るか」
ゼインはフードを被り風とともに姿を消した。
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