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戦争の終わり
しおりを挟む戦況がどうなっているのか、戦地から遠い首都ではすぐには知る事が出来なかった。
だが一進一退を繰り返しながらも徐々に我が国が優勢になってきているらしい、とベンジャミンが言った。
「ノートルはかなり疲弊してきているようだからな。もしかしたら近いうちに戦争は終結するかもしれない」
「本当ですか、お父様! 早くそうなって欲しいわ」
「そうだな。こちら側にもかなりの被害が出ているのだ。早く終わるにこしたことはない」
戦いはとうに半年を越え、ケイトは十八歳になろうとしていた。学園の再開は目処が立たず、令嬢達はその若さ美しさを地味なドレスで包み隠し、炊き出しや傷病兵の世話に明け暮れていた。戦地から戻ってきた傷病兵を収容する施設が足りず、教会や貴族の敷地なども提供し看護に当たった。
だがこちらに戻れた兵士はまだマシである。動けず、戦地に置き去りにされた者も少なくはない。
毎週張り出される戦死者名簿。それを見に行く瞬間がケイトには一番恐ろしかった。そして名前が無かったことに安堵してから、字の読めないマークにカイルは無事であることを伝えるのである。
「なあケイト。あいつはどうして軍になんか入っちまったんだろう。料理人になっておけばこんなことにならなかったのに……」
ケイトは胸が痛んだ。ケイトのために軍に入ったのだと知っていたからである。
「親父、そんな事ケイトに言ったってしょうがないだろう。料理人になっていたって、若い奴は徴兵されるんだから関係ない。俺だって、まだ召集されてないだけで今後はわからないんだから」
ライルがマークを慰めた。小さな子供のいるライルは、召集されたらなおさら辛いだろう。
「おじさん、カイルが無事戻ることを祈ってるわ。戦争なんて早く終わってしまえばいいのに……」
そしてついにその日が来た。
「ケイト! 戦争は終わるぞ!」
ベンジャミンが大声を出しながら帰ってきた。玄関ホールに出迎えたケイトは、一瞬信じられなかったがすぐに叫んだ。
「お父様! 本当に? 本当に終わったの?」
「そうだ。ノートルがついに降伏した。今、両国で戦争終結の条件を詰めているところだ」
ケイトは力が抜け、床にへたり込んだ。
「やっと、終わったの……」
ベンジャミンが屈み込み、ケイトを抱き締めた。
「そうだ、終わったんだぞ……また元の、平和な世の中が帰ってくる。ブライアンもきっと戻って来るぞ」
「良かった、お父様、本当に……」
ケイトはベンジャミンに抱きついて泣き続けた。
その日の夜、アークライト家に突然の訪問者がやって来た。
「旦那様! 第二王子殿下がおいでになりました!」
「何? いきなり? どうなさったんだろう。とにかく、客間にお通ししろ」
ベンジャミンはすぐにケイトを呼びに来た。
「ケイト、アーサー殿下が来られた」
「えっ、殿下が? もう屋敷にいらしてるのですか?」
「先触れもなく突然にな。急ぎの用事かもしれん。結婚のことだろうか」
「えっ……? そうなのでしょうか」
「わからん。とにかく、急いで客間に来てくれ。服も、そのままでいい。急に来たのだから準備出来ていないことぐらいわかるだろう」
ケイトはあまりに急過ぎる訪問に不安を覚えた。
「お待たせいたしました、殿下」
「ケイト。突然に済まない。明後日の発表の前にどうしても君に直接話しておきたかったのだ」
「発表とは……?」
「明後日、ノートルとの和約が正式に発表される。バーリストンは守られ、我が国はノートル側の領土を大幅に獲得することになった。ノートルの王は退位し、王太子が代わりに即位する」
「では、我が国の勝利ということで間違いないのですね」
「ああ。そして、今後このようなことを繰り返さないためにも、ノートルの王女を我が王室に迎え入れることになった。実質的な人質だ」
ケイトはおや、と思った。今の王室には結婚出来る年齢の王子はアーサーしかいない。
「つまり……私との婚姻だ」
ケイトはアーサーの顔を見た。とても辛そうだが何かを決意した男の顔をしていた。
「すまない、ケイト。君に結婚を申し込んでおきながらこんなことになってしまった」
「いえ、殿下! そんな……」
「あの時は、誰に反対されようとも君への想いを貫こうと決心していた。しかし、状況が変わった。戦争が起こり、多くの兵士や国民の血が流れた。なんとか勝利することは出来たが、我が国もかなりの犠牲を払ったのだ」
ケイトは頷きながら聞いていた。
「両国の間にこれ以上の争いを起こさないために私が役に立つことがあるのならば、やらなければならない。それが王族の務めだ」
「ノートルの王女様にはお会いした事があるのですか?」
「私は社交界にはまだ出ていないから面識はない。十六歳だと聞いているから二つ下になるな。だがどんな女性であれ、私が結婚するしかないのだ」
アーサーはケイトの手を取った。
「君を愛している。それは本当だった。だが私は王子としての務めを果たさなければならない。最後に、私の口からそれを告げたかったのだ」
「殿下、わざわざ私のためにいらして下さったのですね……ありがとうございます」
ふふっ、とアーサーは微笑んだ。
「君は最後まで私を殿下としか呼んでくれなかったな。アーサーと呼んでもらえる日を待ち望んでいたが、今となっては叶わぬ夢だ。ケイト、君は君の愛する人と結婚してくれ」
「殿下……!」
「もう学園に戻ることもない。いつかまた、社交界が復活したら会えるかもしれないが、今は……お別れだ」
アーサーはケイトの手の甲に口づけると、サッと身を翻して部屋を出て行った。
二日後、アーサーの言った通りノートルとの和約が発表された。驚いたことにノートル王家との婚姻はアーサーだけでなく、ノートルの第二王子とミレーヌの間にも結ばれていた。
「お父様! これはどういうことなの?」
「第二王子も人質だ。ミレーヌがノートルに嫁ぐのではなく、第二王子が我が国に来ることになっている。実は昨日この話を決める時に公爵令嬢であるミレーヌとケイトのどちらかと婚姻させるという話になった。王室には適齢の王女がいないのだ」
昨日、ベンジャミンは王宮での和約案の最終確認に参加していたのだ。
「敗戦国の王子と結婚させるのなら平民の子でいいではないか、という意見が出た。だが私が声を上げる前にシェルダンがこう言ったよ」
『敗戦国だからと見下すような態度を取れば、いずれ禍根となってしまう。我がシェルダン家の長女ミレーヌは賢い娘だ。きっと両国の橋渡しとなる。そして我が国の利益になるよう上手く立ち回ることが出来るだろう』
「その一言でミレーヌに決まったのだ」
(そんな。私が平民の子だからミレーヌが犠牲に……!)
翌日の炊き出しでミレーヌを見つけたケイトはすぐに走り寄った。
「ミレーヌ!」
「あらケイト。何を大きな声出しているのかしら」
「ミレーヌ、あなたノートルの第二王子と……私のためにあなたが……!」
ミレーヌは呆れた顔をしてケイトを見た。
「あなたったら、随分と自意識過剰ね。どうして私があなたのために第二王子と結婚しなければならないの。言ったでしょう。私は幼い頃から王族に嫁ぐべく教育を受けてきたの。それを生かすことが出来るのだから願ってもない話だわ」
「でも、ミレーヌ……」
「それに、あなたみたいに平民育ちで頭がお花畑の人が、こんな重大な婚姻、出来る訳ないでしょう。王子が心を許すよう導きながら、自分は心を許さないようにしなくてはならないのだから」
確かに、ケイトは思ったことがすぐ顔に出てしまう。ミレーヌの言うようなことが出来るとは自分でも思えない。
唇を噛み、何も言えなくなっているケイトにミレーヌがいつもより優しい声で言った。
「それにね、私は好きな方とはもう結ばれることはないの。だから、他の誰と結婚しても同じだわ。あなたはそうではないのでしょう? その方は手の届くところにいるんじゃない?」
「えっ……」
「だったら、思い切り手を伸ばしなさい。貴族社会で、好きな人と結ばれることはほとんど無いわ。もしもチャンスがあるのなら、絶対に諦めては駄目」
「ミレーヌ……あなたの好きな方って……」
「……王太子殿下よ。幼い頃からずっと憧れていたわ」
ミレーヌはそれきり何も言わなかった。
ミレーヌの気持ちが伝わり、ケイトは胸が締めつけられた。
「ありがとう、ミレーヌ……」
「だから、あなたにお礼を言われる筋合いはないって言ってるでしょう。泣くのはやめなさい」
ミレーヌはケイトの頬を軽く叩くと、仕事に戻って行った。いつの間にか炊き出しに並ぶ人が集まる時間になっており、ケイトも忙しく立ち働くことに専念した。
「なあケイト、この炊き出しはいつまでやるんだい? もう戦争は終わったんだろう?」
マークがやって来て尋ねた。
「マークおじさん、それでもまだ兵士は帰ってきていないし、町にもお腹を空かせた人はたくさんいるわ。あとひと月くらいは続けたいのだけど、いいかしら?」
「俺は構わないがな、ライルはそろそろ店の方に戻そうと思うんだよ」
「ええ、もちろん。元の生活に戻れる人はどんどん戻していかなくてはね。ライル、今まで本当にありがとう」
「まあ俺達もな、客も来ないし店を開けていてもしょうがなかったから、こうして炊き出しに雇ってもらえて随分と助かったよ。こちらこそありがとう、ケイト」
町は戦勝ムードで賑わいを取り戻していた。戦地から兵士が帰ってくる度に、皆が喜んで迎えた。
だがブライアンもカイルも、一向に戻って来なかった。
(どうしたんだろう。そろそろひと月になるというのに)
そして、ある日ケイトは、戦死者名簿にカイルの名前を見つけた。
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