12 / 13
シェルダン公爵邸にて
しおりを挟む「で、ブライアン様は回復なされたのかしら」
ミレーヌがティーカップを優雅に口に運びながら言った。
ここはシェルダン公爵家の中庭に設てあるガゼボ。気持ちよく晴れた午後、柔らかな風に吹かれながらケイトとミレーヌは話をしていた。人払いはしてあるし、ここならば使用人に話を聞かれることもない。
「ええ、中庭を一緒に散歩できるくらいには。薬の離脱症状が抜けるまでは大変だったけれど、ブライアンはよく耐えてくれたわ。これからは、衰えた体力と筋力をつけていかなくては」
「それにしても恐ろしい薬ね。そんな物が存在していたなんて。むしろ、今まで悪事に使われていなかったのが奇跡だわ」
ミレーヌはため息をつきながら言う。
「陛下がその木を根絶やしにするよう命令したのは英断だと思うわ。研究用と言って残しておいても碌なことにならないでしょうし」
ユージェニーが使った薬というのは、ホークス伯爵家の領地にのみ生息する木の実から抽出された物であった。昔からホークス家に伝わる薬であり痛みを感じなくさせる効き目がある事から、ホークス家の子孫は万が一のために常に持ち歩いているという。ユージェニーは戦場という危険な場所に行くため多めに持っていた。その薬を、ブライアンに使ったのだ。
「で、目的は何だったの?」
「……彼女は、ブライアンのことが好きだったの。士官学校の頃から」
☆☆☆☆☆☆☆☆☆
ユージェニーはアークライト公爵がブライアンとケイトを結婚させようとしていること、ブライアンがそれを回避しようとしていることを知り、それならば自分にもチャンスがあるかもしれないとずっと思っていた。
士官学校を卒業して軍に入隊したユージェニーは、同期の仲間として常にブライアンの近くにいた。いつか告白しよう、そう思っていた時、あの戦争が始まってしまったのだ。
ひどい戦争だった。多くの死者が出たし、ユージェニーの部隊も無傷ではいられなかった。だがブライアンの部隊は優秀で、素晴らしい戦績を残していた。
(さすがだ、ブライアン……)
無事に戦争が終わったら絶対に告白しようとユージェニーは思っていた。今は友人としか思われていないけれど、戦争が終わったら軍を辞めて女性らしく着飾ろう。一人の女性に戻って、ブライアンの妻になりたい……。
だが、あの最後の戦いでブライアンは酷い怪我を負ってしまった。危ない状態が続き、このまま死んでしまうのではないかと気が気ではなかった。何日も側で看病し彼が持ちこたえてくれるのを願った。
そしてひと月が過ぎる頃、ようやく彼は峠を越えた。目を覚ました瞬間、あまりに嬉しくて涙をこらえられなかった。どれだけ神に感謝したことか。
しかし、その直後ユージェニーは絶望の底に落とされた。彼は、自分の気持ちに素直になると言ったのだ。『ブライアンへ、ケイトより』と刺繍された小さな袋を見つめながら。
ブライアンはケイトを愛している。それは薄々感じていた。だが、きっとそれを彼女に告げることはないとも感じていた。彼女が誰かと結婚するまで何も言わず見守るのだろうと。
なのに、この戦いで彼は変わった。愛する者を諦めるのではなく、その手を伸ばすことに決めたのだ。
その瞬間、ユージェニーの心に悪魔が忍び寄った。ブライアンを自分のものにしたい。このままアークライト家に戻せばケイトに取られてしまう。それだけは許せない……
ユージェニーは懐に入れていたホークス家秘伝の薬をそっと取り出し、ブライアンに飲ませた。疑うことなく彼はそれを飲み下した。しばらくして彼の意識は混濁し始め、人形のようになった。
(これでいい。私はブライアンを何としても手に入れる。結婚して領地に引っ込み、社交界から離れて二人で暮らすのだ。そうしたら、薬を抜いて元の状態に戻してあげるから……)
この薬は効き目がほぼ一日。毎日飲ませ続ける必要がある。だからアークライト家に通うため心の病気と偽り公爵とケイトを遠ざけ、夕食時に薬を飲ませた。薬の効き目が切れる頃、少し意識がハッキリしてくるブライアンに、ケイトが彼を許していないと聞かせ続けた。彼は動揺し悲しみ絶望した。
じっくりと彼に絶望を与えてから結婚に持ち込もうとしていたユージェニーだが、薬を処方させていたホークス家の御用医師に忠告を受けた。
「ユージェニー様、この薬はひと月以上服用させ続けた記録がございません。痛みを麻痺させるとともに正常な判断力を奪い意識を混濁させる薬ですが、ひと月服用して死亡した例、また廃人になった例がございます。これ以上続けるのは危険です」
「死ぬかもしれないと?」
「はい。死なずとも、意識が二度と戻らない可能性もあります」
薬を飲ませるようになってそろそろひと月だ。ユージェニーは結婚を申し出ようと決意した。彼が死んでしまっては元も子もないのだから急がねばならない。
そして領地から公爵とケイトを呼び寄せたーー
☆☆☆☆☆☆☆☆
「ブライアンが否と言えない状態にして結婚を承諾させ、私達にも彼の意思だと思わせて押し通そうとしたみたいなの。あの時、抵抗して良かったわ」
「そうね、よく抵抗したわね。あなたも公爵もお花畑頭だもの、言われた事を信じ込んで、はいわかりましたと了承しかねなかったでしょう」
「……あなたのおかげなのよ、ミレーヌ。あなたが以前、諦めるなって言ってくれたから。手の届く場所にいるのなら手を伸ばせってね。だから私、ブライアンを諦めたくなかったの」
「ふふ、役に立ったなら良かったわ」
「とても。ありがとう、ミレーヌ」
「それにしてもモースはいいタイミングだったわね」
「ええ。ブライアンの様子があまりにおかしいので極秘に調べていたらしいわ。そしてホークス家の薬の存在に辿り着き、軍に連絡して医師を問い詰め、白状させたのよ」
「優秀な執事で良かったこと。ところでユージェニーは逮捕されたけどすぐに釈放されたわね。両親共々貴族籍は抜かれ、首都から追放になったけれど」
「ええ、ブライアンが投獄まではしないで欲しいと言ったので。命を取ろうとした訳でもないからと」
「ブライアン様までお花畑なのね? アークライト家の将来が思いやられるわ。そんなんじゃ生き残っていけないわよ」
「ふふっ、そうかもしれないわね。心しておくわ」
一瞬の沈黙が訪れた。餌を啄む小鳥のさえずりが聞こえる。
「ミレーヌ。ラインハルト王子殿下とはもう顔合わせしてるんでしょう? どんな方なの?」
「そうねえ。見た目は悪くないわ。エキゾチックでね。人質としての婚姻だからと嫌な態度を取ったり、逆に卑屈な態度を取ったりすることもないから今のところは好ましいかしら」
噂では、王子の方はミレーヌに一目惚れをしてしまったらしい。元々、兄よりも優秀と言われていた第二王子である。お互いの国で何事か起きぬ限り、二人の結婚はメリットしかない。
「ミレーヌ、幸せになってね」
「ええ。出来る限り幸せに生きるわ。あなたもね」
二人の公爵令嬢は微笑み合った。
3
あなたにおすすめの小説
壊れた心はそのままで ~騙したのは貴方?それとも私?~
志波 連
恋愛
バージル王国の公爵令嬢として、優しい両親と兄に慈しまれ美しい淑女に育ったリリア・サザーランドは、貴族女子学園を卒業してすぐに、ジェラルド・パーシモン侯爵令息と結婚した。
政略結婚ではあったものの、二人はお互いを信頼し愛を深めていった。
社交界でも仲睦まじい夫婦として有名だった二人は、マーガレットという娘も授かり、順風満帆な生活を送っていた。
ある日、学生時代の友人と旅行に行った先でリリアは夫が自分でない女性と、夫にそっくりな男の子、そして娘のマーガレットと仲よく食事をしている場面に遭遇する。
ショックを受けて立ち去るリリアと、追いすがるジェラルド。
一緒にいた子供は確かにジェラルドの子供だったが、これには深い事情があるようで……。
リリアの心をなんとか取り戻そうと友人に相談していた時、リリアがバルコニーから転落したという知らせが飛び込んだ。
ジェラルドとマーガレットは、リリアの心を取り戻す決心をする。
そして関係者が頭を寄せ合って、ある破天荒な計画を遂行するのだった。
王家までも巻き込んだその作戦とは……。
他サイトでも掲載中です。
コメントありがとうございます。
タグのコメディに反対意見が多かったので修正しました。
必ず完結させますので、よろしくお願いします。
私の婚約者はちょろいのか、バカなのか、やさしいのか
れもんぴーる
恋愛
エミリアの婚約者ヨハンは、最近幼馴染の令嬢との逢瀬が忙しい。
婚約者との顔合わせよりも幼馴染とのデートを優先するヨハン。それなら婚約を解消してほしいのだけれど、応じてくれない。
両親に相談しても分かってもらえず、家を出てエミリアは自分の夢に向かって進み始める。
バカなのか、優しいのかわからない婚約者を見放して新たな生活を始める令嬢のお話です。
*今回感想欄を閉じます(*´▽`*)。感想への返信でぺろって言いたくて仕方が無くなるので・・・。初めて魔法も竜も転生も出てこないお話を書きました。寛大な心でお読みください!m(__)m
【完結】溺愛される意味が分かりません!?
もわゆぬ
恋愛
正義感強め、口調も強め、見た目はクールな侯爵令嬢
ルルーシュア=メライーブス
王太子の婚約者でありながら、何故か何年も王太子には会えていない。
学園に通い、それが終われば王妃教育という淡々とした毎日。
趣味はといえば可愛らしい淑女を観察する事位だ。
有るきっかけと共に王太子が再び私の前に現れ、彼は私を「愛しいルルーシュア」と言う。
正直、意味が分からない。
さっぱり系令嬢と腹黒王太子は無事に結ばれる事が出来るのか?
☆カダール王国シリーズ 短編☆
幽閉王女と指輪の精霊~嫁いだら幽閉された!餓死する前に脱出したい!~
二階堂吉乃
恋愛
同盟国へ嫁いだヴァイオレット姫。夫である王太子は初夜に現れなかった。たった1人幽閉される姫。やがて貧しい食事すら届かなくなる。長い幽閉の末、死にかけた彼女を救ったのは、家宝の指輪だった。
1年後。同盟国を訪れたヴァイオレットの従兄が彼女を発見する。忘れられた牢獄には姫のミイラがあった。激怒した従兄は同盟を破棄してしまう。
一方、下町に代書業で身を立てる美少女がいた。ヴィーと名を偽ったヴァイオレットは指輪の精霊と助けあいながら暮らしていた。そこへ元夫?である王太子が視察に来る。彼は下町を案内してくれたヴィーに恋をしてしまう…。
好きだった人 〜二度目の恋は本物か〜
ぐう
恋愛
アンジェラ編
幼い頃から大好だった。彼も優しく会いに来てくれていたけれど…
彼が選んだのは噂の王女様だった。
初恋とさよならしたアンジェラ、失恋したはずがいつのまにか…
ミラ編
婚約者とその恋人に陥れられて婚約破棄されたミラ。冤罪で全て捨てたはずのミラ。意外なところからいつのまにか…
ミラ編の方がアンジェラ編より過去から始まります。登場人物はリンクしています。
小説家になろうに投稿していたミラ編の分岐部分を改稿したものを投稿します。
お姉様のお下がりはもう結構です。
ぽんぽこ@3/28新作発売!!
恋愛
侯爵令嬢であるシャーロットには、双子の姉がいた。
慎ましやかなシャーロットとは違い、姉のアンジェリカは気に入ったモノは手に入れないと気が済まない強欲な性格の持ち主。気に入った男は家に囲い込み、毎日のように遊び呆けていた。
「王子と婚約したし、飼っていた男たちはもう要らないわ。だからシャーロットに譲ってあげる」
ある日シャーロットは、姉が屋敷で囲っていた四人の男たちを預かることになってしまう。
幼い頃から姉のお下がりをばかり受け取っていたシャーロットも、今回ばかりは怒りをあらわにする。
「お姉様、これはあんまりです!」
「これからわたくしは殿下の妻になるのよ? お古相手に構ってなんかいられないわよ」
ただでさえ今の侯爵家は経営難で家計は火の車。当主である父は姉を溺愛していて話を聞かず、シャーロットの味方になってくれる人間はいない。
しかも譲られた男たちの中にはシャーロットが一目惚れした人物もいて……。
「お前には従うが、心まで許すつもりはない」
しかしその人物であるリオンは家族を人質に取られ、侯爵家の一員であるシャーロットに激しい嫌悪感を示す。
だが姉とは正反対に真面目な彼女の生き方を見て、リオンの態度は次第に軟化していき……?
表紙:ノーコピーライトガール様より
不機嫌な侯爵様に、その献身は届かない
翠月るるな
恋愛
サルコベリア侯爵夫人は、夫の言動に違和感を覚え始める。
始めは夜会での振る舞いからだった。
それがさらに明らかになっていく。
機嫌が悪ければ、それを周りに隠さず察して動いてもらおうとし、愚痴を言ったら同調してもらおうとするのは、まるで子どものよう。
おまけに自分より格下だと思えば強気に出る。
そんな夫から、とある仕事を押し付けられたところ──?
私が彼から離れた七つの理由・完結
まほりろ
恋愛
私とコニーの両親は仲良しで、コニーとは赤ちゃんの時から縁。
初めて読んだ絵本も、初めて乗った馬も、初めてお絵描きを習った先生も、初めてピアノを習った先生も、一緒。
コニーは一番のお友達で、大人になっても一緒だと思っていた。
だけど学園に入学してからコニーの様子がおかしくて……。
※初恋、失恋、ライバル、片思い、切ない、自分磨きの旅、地味→美少女、上位互換ゲット、ざまぁ。
※無断転載を禁止します。
※朗読動画の無断配信も禁止します。
※他サイトにも投稿しています。
※表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。
「Copyright(C)2022-九頭竜坂まほろん」
※小説家になろうで2022年11月19日昼日間ランキング総合7位まで上がった作品です!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる