銀色の恋は幻 〜あなたは愛してはいけない人〜

月(ユエ)/久瀬まりか

文字の大きさ
9 / 53

9 ガクとの別れ

しおりを挟む

「旦那様、奥様。長い間お世話になりました。本当にありがとうございました」

 翌朝、リンファは二人に深々と頭を下げた。子供たちはこれが最後の別れとは思わず、

「早く帰ってきて遊ぼうねー、リンファ」
と、衣の裾にまとわりついていた。

「リンファ、元気で頑張るのよ。あなたなら大丈夫」
「ありがとうございます、奥様」
「リンファ。お前の器量ならもしかしたら王様のお手が付くかもしれない。その時は、わかってるな」
「はい、旦那様。心得ております」

 昨夜、ガクとフォンファから閨での振る舞いは教えてもらった。とはいえ耳で聞いただけなので、どこまでできるかは定かではないが。

「娼館ならば実地で教えるのだけれどねえ。まさか王様より先に誰かが手を付けるわけにいかないものね」
「まあ後宮で女をよりどりみどりの王様だ。若い頃から経験豊富だろうし任せておけばいいだろう」
「そうね。最初は処女おとめらしく振る舞っておけばそれでいいわ。頑張ってね、リンファ」
「はい。それでは、行って参ります」

 ガクとリンファは連れ立って役所に向かった。リンファと引き換えにガクは支度金を貰うのだ。
 黙って歩くリンファに、ガクは少し申し訳ないような気持ちになっていた。

(家族同然に暮らして来たんだものな。こうして売られることを恨みに思ってないだろうか)

「なあ、リンファ」
「はい、旦那様」

 話しかけると、いつものように優しく微笑んで返事をするリンファ。

「もし、後宮でいじめられて死ぬほど辛かったら……その時は逃げて帰ってきてもいいぞ」

 それは無理だというのは二人ともわかっている。後宮から逃げ出した者は処分されるのだ。
 けれど、それでも敢えてそう言ってくれた気持ちが嬉しかった。もしリンファが本当の娘だったら……きっと、親というものはそう言ってくれるだろうから。

「ありがとうございます、旦那様。その言葉だけで嬉しいです。少しでも出世してたくさん仕送りできるように頑張りますね」


 役所に着くと、役人がガクに袋に入れた支度金を手渡した。ズッシリと重いその袋に、思わずガクの顔はにやけてしまう。だがすぐに引き締め直し、リンファの肩を抱いて言った。

「じゃあな、リンファ。しっかりやれよ」

 そして、逃げるように足早に去って行ったガク。その隣ではメイユーの父親が涙ぐんで彼女の手を握り続けていた。

「元気でな……元気でな、メイユー」
「大丈夫よ、父さん……お友達もいるんだから。頑張るから心配しないで」

 いつまでも立ち去らない父親に痺れを切らした役人が咳払いをすると、ようやく彼は手を離し何度も振り返りながら立ち去って行った。

(やっぱり、これが本当の親なのかな)

 リンファは寂しく思ったが、すぐに頭を切り替えた。今日からは後宮で下女として働くのだ。親の情も恋愛も何も関係なく、仕事に徹することを心に誓っていた。

「リンファ、お待たせしてごめんね。父さんったら急に寂しくなったみたいで……」
「いいのよ。優しいお父さんじゃない。メイユーのこと本当に愛してるのね」
「うーん、そうね……でも、お金目当てに売られたって事実は変わらないわよね」

 リンファは、メイユーの冷静な言葉に驚いた。それは自分がガクに対して心の奥底で感じていたことだったから。
 本当は、私を売らないで、と思っていた。自由を奪われる後宮での下働きなんかより、普通の人と結婚して子供を産んで、貧しくとも愛のある家庭を築きたかった。それが昨日のあの人とならどんなに幸せだったろう。

(諦めていたはずなのに、なんで今になってこんなに悲しいの……)

「あ、あれ? リンファ、大丈夫? しっかりして、私は側にいるから……」

 メイユーが必死で慰めてくれている。リンファはこぼれそうになった涙をぐっと堪えて微笑んだ。

「ありがとう、メイユー。ちょっと寂しくなっちゃったみたい」

 メイユーはリンファの頭をいい子いい子、と撫でてくれた。メイユーこそ、とってもいい子だとリンファは思った。

「二人揃っていますね。では後宮へ向かいます」

 昨日の面接官がやって来て、ついてくるようにと促した。リンファとメイユーは小さい荷物一つを抱えて彼女の後に続いた。





しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

私たちの離婚幸福論

桔梗
ファンタジー
ヴェルディア帝国の皇后として、順風満帆な人生を歩んでいたルシェル。 しかし、彼女の平穏な日々は、ノアの突然の記憶喪失によって崩れ去る。 彼はルシェルとの記憶だけを失い、代わりに”愛する女性”としてイザベルを迎え入れたのだった。 信じていた愛が消え、冷たく突き放されるルシェル。 だがそこに、隣国アンダルシア王国の皇太子ゼノンが現れ、驚くべき提案を持ちかける。 それは救済か、あるいは—— 真実を覆う闇の中、ルシェルの新たな運命が幕を開ける。

断罪まであと5秒、今すぐ逆転始めます

山河 枝
ファンタジー
聖女が魔物と戦う乙女ゲーム。その聖女につかみかかったせいで処刑される令嬢アナベルに、転生してしまった。 でも私は知っている。実は、アナベルこそが本物の聖女。 それを証明すれば断罪回避できるはず。 幸い、処刑人が味方になりそうだし。モフモフ精霊たちも慕ってくれる。 チート魔法で魔物たちを一掃して、本物アピールしないと。 処刑5秒前だから、今すぐに!

悪役令嬢、記憶をなくして辺境でカフェを開きます〜お忍びで通ってくる元婚約者の王子様、私はあなたのことなど知りません〜

咲月ねむと
恋愛
王子の婚約者だった公爵令嬢セレスティーナは、断罪イベントの最中、興奮のあまり階段から転げ落ち、頭を打ってしまう。目覚めた彼女は、なんと「悪役令嬢として生きてきた数年間」の記憶をすっぽりと失い、動物を愛する心優しくおっとりした本来の性格に戻っていた。 もはや王宮に居場所はないと、自ら婚約破棄を申し出て辺境の領地へ。そこで動物たちに異常に好かれる体質を活かし、もふもふの聖獣たちが集まるカフェを開店し、穏やかな日々を送り始める。 一方、セレスティーナの豹変ぶりが気になって仕方ない元婚約者の王子・アルフレッドは、身分を隠してお忍びでカフェを訪れる。別人になったかのような彼女に戸惑いながらも、次第に本当の彼女に惹かれていくが、セレスティーナは彼のことを全く覚えておらず…? ※これはかなり人を選ぶ作品です。 感想欄にもある通り、私自身も再度読み返してみて、皆様のおっしゃる通りもう少しプロットをしっかりしてればと。 それでも大丈夫って方は、ぜひ。

『まて』をやめました【完結】

かみい
恋愛
私、クラウディアという名前らしい。 朧気にある記憶は、ニホンジンという意識だけ。でも名前もな~んにも憶えていない。でもここはニホンじゃないよね。記憶がない私に周りは優しく、なくなった記憶なら新しく作ればいい。なんてポジティブな家族。そ~ねそ~よねと過ごしているうちに見たクラウディアが以前に付けていた日記。 時代錯誤な傲慢な婚約者に我慢ばかりを強いられていた生活。え~っ、そんな最低男のどこがよかったの?顔?顔なの? 超絶美形婚約者からの『まて』はもう嫌! 恋心も忘れてしまった私は、新しい人生を歩みます。 貴方以上の美人と出会って、私の今、充実、幸せです。 だから、もう縋って来ないでね。 本編、番外編含め完結しました。ありがとうございます ※小説になろうさんにも、別名で載せています

壊れた心はそのままで ~騙したのは貴方?それとも私?~

志波 連
恋愛
バージル王国の公爵令嬢として、優しい両親と兄に慈しまれ美しい淑女に育ったリリア・サザーランドは、貴族女子学園を卒業してすぐに、ジェラルド・パーシモン侯爵令息と結婚した。 政略結婚ではあったものの、二人はお互いを信頼し愛を深めていった。 社交界でも仲睦まじい夫婦として有名だった二人は、マーガレットという娘も授かり、順風満帆な生活を送っていた。 ある日、学生時代の友人と旅行に行った先でリリアは夫が自分でない女性と、夫にそっくりな男の子、そして娘のマーガレットと仲よく食事をしている場面に遭遇する。 ショックを受けて立ち去るリリアと、追いすがるジェラルド。 一緒にいた子供は確かにジェラルドの子供だったが、これには深い事情があるようで……。 リリアの心をなんとか取り戻そうと友人に相談していた時、リリアがバルコニーから転落したという知らせが飛び込んだ。 ジェラルドとマーガレットは、リリアの心を取り戻す決心をする。 そして関係者が頭を寄せ合って、ある破天荒な計画を遂行するのだった。 王家までも巻き込んだその作戦とは……。 他サイトでも掲載中です。 コメントありがとうございます。 タグのコメディに反対意見が多かったので修正しました。 必ず完結させますので、よろしくお願いします。

笑い方を忘れた令嬢

Blue
恋愛
 お母様が天国へと旅立ってから10年の月日が流れた。大好きなお父様と二人で過ごす日々に突然終止符が打たれる。突然やって来た新しい家族。病で倒れてしまったお父様。私を嫌な目つきで見てくる伯父様。どうしたらいいの?誰か、助けて。

【完】愛人に王妃の座を奪い取られました。

112
恋愛
クインツ国の王妃アンは、王レイナルドの命を受け廃妃となった。 愛人であったリディア嬢が新しい王妃となり、アンはその日のうちに王宮を出ていく。 実家の伯爵家の屋敷へ帰るが、継母のダーナによって身を寄せることも敵わない。 アンは動じることなく、継母に一つの提案をする。 「私に娼館を紹介してください」 娼婦になると思った継母は喜んでアンを娼館へと送り出して──

元平民だった侯爵令嬢の、たった一つの願い

雲乃琳雨
恋愛
 バートン侯爵家の跡取りだった父を持つニナリアは、潜伏先の家から祖父に連れ去られ、侯爵家でメイドとして働いていた。18歳になったニナリアは、祖父の命令で従姉の代わりに元平民の騎士、アレン・ラディー子爵に嫁ぐことになる。  ニナリアは母のもとに戻りたいので、アレンと離婚したくて仕方がなかったが、結婚は国王の命令でもあったので、アレンが離婚に応じるはずもなかった。アレンが初めから溺愛してきたので、ニナリアは戸惑う。ニナリアは、自分の目的を果たすことができるのか?  元平民の侯爵令嬢が、自分の人生を取り戻す、溺愛から始まる物語。

処理中です...