銀色の恋は幻 〜あなたは愛してはいけない人〜

月(ユエ)/久瀬まりか

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16 突然の再会

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 ガタン、と音を立てて椅子が倒れた。その音の主はタイランだ。彼は突然立ち上がり欄干に両手をかけ、身を乗り出して舞台を見つめていた。

「どうなさいましたか、タイラン様?」

 ホアシャが心配そうに尋ねる。
 タイランはそれには答えずシャオリンのほうへ顔を向けた。

「あの少女の名前は」
「えっ」

 急に問われたシャオリンは誰のことを聞かれているのかわからなかった。

「一番前の右側で踊っている少女だ」
「あ、はい……リンファという下女でございますが」

 必死の形相のタイランを妃たちは訝しげに見つめる。

「リンファ……」

 愛おしそうにその名を繰り返すと、タイランは身を翻し、高楼の階段を駆け降りて行った。

「王?」
「タイラン様⁈」

 王の背中を見ながら呆然と立ち尽くす妃たち。


「……リンファ!!」

 突然、高楼から舞台へ走り降りてきた美しい王に、四ノ宮の踊り手たちの足が止まった。自分の名を呼ばれて驚いたリンファは、その名を口にしたのがあの日森で出会った青年だと気づき目を見開いた。
「あなたは……!」

 その時にはもう、リンファの身体は彼の腕の中にあった。

「見つけた……! 二度と会えないと思っていたそなたを……! リンファ、もう離さない」

 きつく抱きしめられ、再会の喜びに震えるリンファ。しかし同時に、頭の中は混乱していた。

(なぜ? なぜあの方がここにいるの? 後宮には王以外の男性は入ることが出来ないはず。ならばこの方は……王?)

 タイランは抱きしめた腕をほどくとリンファの両肩を持ち、じっと顔を見つめた。舞のために薄く化粧を施したリンファは素顔の時よりも大人びて美しく見えた。

「化粧もよく似合う。だが森の中のそなたも美しかった。あの時、まるで妖精が現れたかのようだった」
「あなたは……王様、なのですか?」
「そうだ。名はタイラン。タイラン、と呼べ」
「タイラン様……」

 高楼で舞台で、そして舞台の周りに集まった人々も皆ざわざわと騒いでいたが、二人の耳には入らなかった。ただただ、お互いの存在だけが今この瞬間のすべてだった。

「タイラン様。その者がどうかなさいましたか」

 いつの間にかそこにいたシャオリンが震える声で尋ねた。あれはいったい何者だ、どういうことかと他の妃から責めたてられ、高楼から降りて来たのである。

「その者は我が四ノ宮の下女。王のお相手にはふさわしくありません」

 タイランはリンファの肩を抱いたままシャオリンを睨みつけた。

「私にふさわしくないかどうかはお前が決めることではない」
「ですが……」
「今夜はリンファと過ごす。シャオリン、部屋を用意しろ。それと観月祭の褒賞は四ノ宮にする。今日はもう、祭は終いだ」

 そう言うとリンファをもう一度抱きしめ、小声で囁いた。

「一度宮城へ戻るが……すぐにまた来る。支度をしておいてほしい」
「はい、タイラン様」

 頬を赤らめたリンファの髪をそっとなでるとタイランは足早に宮城へと戻って行った。
 正門が閉まり王の姿が消えると、後宮は蜂の巣をつついたような騒ぎになった。

「どういうこと? なぜ下女が王様と?」
「妃様たちを差し置いて図々しい! 今夜王が訪れるだなんて!」

 他の宮の女官たちが一斉にリンファを取り囲んだ。だがそこに一ノ宮妃ホアシャの声が響く。

「お黙りなさい。王がこの者を今日の夜伽に指名した。それだけのことです。ここ後宮の女はみな、王の所有物なのですから」

 凛とした声に気圧されて女たちは口をつぐんだ。

「シャオリン妃。ぼうっとしている時間はありませんよ。王がおいでになる前にこの者の部屋をこしらえなければならないでしょう」

 シャオリンはハッとした。女官ならば小さいが自分の部屋がある。しかし下女は大部屋暮らしだ。そこに王を迎え入れるわけにはいかない。

「チンリン、急いで部屋の用意を。王が眠る夜具と、リンファの衣服も。お湯の用意もなさい」
「はいっ、シャオリン様」

 四ノ宮の女官と下女たちは慌ただしく宮に戻り始めた。リンファも一緒に戻ろうとしたが、シャオリンに止められた。

「リンファ。湯の用意が出来るまで私の部屋に来なさい」
「は、はい、シャオリン様」

 やはり気を悪くされているだろうか。シャオリン様に誠実にお仕えしようと心に決めたばかりなのに、こんな不実なことになってしまった。先程までの高揚感は消え、リンファは申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
 

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