5 / 7
5
しおりを挟む
どのくらいそうしていただろうか。突然、背後から声を掛けられて心臓が止まるほど驚いた。
「キャンディス・ベネットさん?」
「は、はいっ」
恐る恐る振り向くと、歳はパトリックと同じくらい、背はあまり高くなく銀髪にグレーの瞳の美しい青年が立っていた。
「遅くなって済みません。魔法大臣のゼインと申します」
「あなたが、魔法大臣様……?」
コクリと頷くゼイン。千年の時を生きる美しき大臣。噂に違わぬその容貌、そして柔らかな物腰。初めて会ったのに何故だか懐かしいような、不思議な雰囲気を纏った人だった。
「昨日まで地方へ行っていましてね。あなたの手紙を見たのがつい先程なのですよ」
昨日、痛む足で王宮に辿り着いた私は、魔法大臣への直訴が出来るという石板へと向かった。この石板は門の横に備え付けてあり、王宮内に入らずとも、また庶民でも誰でも書き込むことが出来るというその噂は、どこかでチラリと聞いたことがあった。
石板には注意事項として相談内容には住所と名前を必ず記入すること、字が書けない人は口述筆記も出来ること、すぐに返事が出来ない場合もあることなどが書かれていた。また書かれた内容はすぐに消えるのでプライバシーも問題ないとのことだった。私は、藁にも縋る思いで、この奇妙な出来事を書き記し、また長い道のりをラッセル家まで歩いて帰ったのだった。
ゼインは私を頭から爪先までまじまじと見つめると、ふむ、と頷いた。
「単刀直入に言いましょう。あなたは魔法によって身体を入れ替えられています」
「やはり……魔法なのですか」
想像していたとはいえ、断定されると寒気を感じるほど恐ろしかった。
「ええ。あなたの頭上に魔法術式が見えます。キャンディス・ベネットとキンバリー・ラッセルを入れ替えると」
「あの、それは……元に戻れるのですか?」
「もちろん、私には造作ないことです。ただ、本体を叩かねばこの魔法を解くことは出来ない。ですから、一晩、時間を下さい。あなたはこのまま家に帰り、部屋で、一人でいること。それと、必ずベッドに横たわっておくこと。魂が離れた時に倒れて頭を打ってはいけませんから」
ゼインによると、昔滅びて身体を失った黒い魔法使いが櫛や鏡、本などに取り憑いて生き残り、人間の命を奪って再び身体を得ようとしているのだという。言葉巧みに人間を操り、望みを叶えるように見せかけて命を奪う黒い魔法使いを、探して滅するのが彼の仕事なのだそうだ。
「どうやら、寿命の半分を差し出すことで彼女はあなたとの入れ替わりを叶えたようですね。そしてあなたと入れ替わったまま初夜を迎えると、もう元に戻ることは出来なくなる」
「そんな……!」
手で顔を覆い叫び出しそうになる口を押さえた。ずっとこのままなんて、嫌!
ゼインは柔らかく微笑むと、私の頭をポンと叩いた。するとそこから身体が温かくなり、不安が和らいでいくような感覚だった。
「大丈夫ですよ。私を信じて。信じたから、あの石板に辿り着いたのでしょう?」
そうだ。私はまだ見ぬ魔法大臣を信じてひたすら歩いたのだもの。そして今、彼はここにいて、大丈夫だと言ってくれている。
「わかりました。言われた通り、家に帰ってベッドに入っておきます」
「お願いします。ああ、ラッセル男爵はもう酔っ払って動けそうにないですから、ちゃんとあなたの言う事を聞くように魔法をかけておきます。今から一緒にお帰りなさい」
「はい、ゼイン様。本当にありがとうございます。よろしくお願いいたします」
私は淑女の礼を取り、最大の感謝を伝えた。すると彼は微笑んで姿を消した。
「ゼイン様……?」
辺りを見回したがゼインはもうどこにも見当たらなかった。きっと、もう動き始めたのだ。見えない彼に対してもう一度礼を取った後、私は口角を上げて微笑みを作った。辛い時でも笑っていよう。そうすれば幸運が舞い込んでくる。これは、お母様からの教えだ。もう一度しっかりと笑顔を作ると、私はラッセル男爵を探すために会場へと戻って行った。
「キャンディス・ベネットさん?」
「は、はいっ」
恐る恐る振り向くと、歳はパトリックと同じくらい、背はあまり高くなく銀髪にグレーの瞳の美しい青年が立っていた。
「遅くなって済みません。魔法大臣のゼインと申します」
「あなたが、魔法大臣様……?」
コクリと頷くゼイン。千年の時を生きる美しき大臣。噂に違わぬその容貌、そして柔らかな物腰。初めて会ったのに何故だか懐かしいような、不思議な雰囲気を纏った人だった。
「昨日まで地方へ行っていましてね。あなたの手紙を見たのがつい先程なのですよ」
昨日、痛む足で王宮に辿り着いた私は、魔法大臣への直訴が出来るという石板へと向かった。この石板は門の横に備え付けてあり、王宮内に入らずとも、また庶民でも誰でも書き込むことが出来るというその噂は、どこかでチラリと聞いたことがあった。
石板には注意事項として相談内容には住所と名前を必ず記入すること、字が書けない人は口述筆記も出来ること、すぐに返事が出来ない場合もあることなどが書かれていた。また書かれた内容はすぐに消えるのでプライバシーも問題ないとのことだった。私は、藁にも縋る思いで、この奇妙な出来事を書き記し、また長い道のりをラッセル家まで歩いて帰ったのだった。
ゼインは私を頭から爪先までまじまじと見つめると、ふむ、と頷いた。
「単刀直入に言いましょう。あなたは魔法によって身体を入れ替えられています」
「やはり……魔法なのですか」
想像していたとはいえ、断定されると寒気を感じるほど恐ろしかった。
「ええ。あなたの頭上に魔法術式が見えます。キャンディス・ベネットとキンバリー・ラッセルを入れ替えると」
「あの、それは……元に戻れるのですか?」
「もちろん、私には造作ないことです。ただ、本体を叩かねばこの魔法を解くことは出来ない。ですから、一晩、時間を下さい。あなたはこのまま家に帰り、部屋で、一人でいること。それと、必ずベッドに横たわっておくこと。魂が離れた時に倒れて頭を打ってはいけませんから」
ゼインによると、昔滅びて身体を失った黒い魔法使いが櫛や鏡、本などに取り憑いて生き残り、人間の命を奪って再び身体を得ようとしているのだという。言葉巧みに人間を操り、望みを叶えるように見せかけて命を奪う黒い魔法使いを、探して滅するのが彼の仕事なのだそうだ。
「どうやら、寿命の半分を差し出すことで彼女はあなたとの入れ替わりを叶えたようですね。そしてあなたと入れ替わったまま初夜を迎えると、もう元に戻ることは出来なくなる」
「そんな……!」
手で顔を覆い叫び出しそうになる口を押さえた。ずっとこのままなんて、嫌!
ゼインは柔らかく微笑むと、私の頭をポンと叩いた。するとそこから身体が温かくなり、不安が和らいでいくような感覚だった。
「大丈夫ですよ。私を信じて。信じたから、あの石板に辿り着いたのでしょう?」
そうだ。私はまだ見ぬ魔法大臣を信じてひたすら歩いたのだもの。そして今、彼はここにいて、大丈夫だと言ってくれている。
「わかりました。言われた通り、家に帰ってベッドに入っておきます」
「お願いします。ああ、ラッセル男爵はもう酔っ払って動けそうにないですから、ちゃんとあなたの言う事を聞くように魔法をかけておきます。今から一緒にお帰りなさい」
「はい、ゼイン様。本当にありがとうございます。よろしくお願いいたします」
私は淑女の礼を取り、最大の感謝を伝えた。すると彼は微笑んで姿を消した。
「ゼイン様……?」
辺りを見回したがゼインはもうどこにも見当たらなかった。きっと、もう動き始めたのだ。見えない彼に対してもう一度礼を取った後、私は口角を上げて微笑みを作った。辛い時でも笑っていよう。そうすれば幸運が舞い込んでくる。これは、お母様からの教えだ。もう一度しっかりと笑顔を作ると、私はラッセル男爵を探すために会場へと戻って行った。
13
あなたにおすすめの小説
お嬢様とメイド 〜入れ替わった二人の初恋〜
月(ユエ)/久瀬まりか
恋愛
レンドル商会の娘アメリアは大道芸を見るため背格好が同じ使用人ミアを代わりに部屋に置いて家を抜け出した。その間にお客様親子がやって来て、その息子フレデリックとミアは仲良く遊ぶ。
月日は流れ、アメリアは高等学校に入学したが、その学校にはフレデリックも入学していた。「アメリア・レンドルさんはいますか?」教室で呼びかけられたアメリアだが……。
貴方だけが私に優しくしてくれた
バンブー竹田
恋愛
人質として隣国の皇帝に嫁がされた王女フィリアは宮殿の端っこの部屋をあてがわれ、お飾りの側妃として空虚な日々をやり過ごすことになった。
そんなフィリアを気遣い、優しくしてくれたのは年下の少年騎士アベルだけだった。
いつの間にかアベルに想いを寄せるようになっていくフィリア。
しかし、ある時、皇帝とアベルの会話を漏れ聞いたフィリアはアベルの優しさの裏の真実を知ってしまってーーー
ジルの身の丈
ひづき
恋愛
ジルは貴族の屋敷で働く下女だ。
身の程、相応、身の丈といった言葉を常に考えている真面目なジル。
ある日同僚が旦那様と不倫して、奥様が突然死。
同僚が後妻に収まった途端、突然解雇され、ジルは途方に暮れた。
そこに現れたのは亡くなった奥様の弟君で───
※悩んだ末取り敢えず恋愛カテゴリに入れましたが、恋愛色は薄めです。
マリアンヌ皇女の策略
宵森みなと
恋愛
異国の地シンホニア国に、帝国から輿入れした若き王妃セリーヌの死。
王妃としての務めを果たし、民との交流に心を尽くしてきた、優しき王妃の裏の顔は誰も知らなかった。セリーヌ王妃の死は、なぜ起こったのか。なぜ、シンホニア国は帝国の手に落ちたのか、そこには一人の少女の静かなる策略があった。
【R15 ・完結】復讐は男女共に「好きだからって、薬飲ませる」なんて最低だろ。体験してみな?
BBやっこ
恋愛
俺の婚約者が、危険な目にあった。
可愛い婚約者に、ちょっかいかける輩は男女ともにいた。
俺への攻撃を彼女にする奴は体でわからせた。言も忠告もわからねえならそうするしかないよな。
今回、アイツらはやり過ぎた。俺は彼女が無事だとわかるまで心臓が止まったままだと思った。
だから、アイツらにも味わってもらおう。
甘さ:★★ 描写は少ないけど、婚約者と仲良し
辛さ: ★★★ 直接表現はないけど、悲惨な末路
銀色の恋は幻 〜あなたは愛してはいけない人〜
月(ユエ)/久瀬まりか
恋愛
森に薬草を採りに出掛けた幼い兄妹が出会った美しい少年王。王の森に勝手に入ったと咎められ、兄は殺されてしまう。そのショックで記憶を失った妹スイランは町の商人ガクに拾われリンファと名付けられる。
やがて美しく成長したリンファは後宮で働くことになる。後宮入りする前日、森で出会った見知らぬ青年と恋に落ちるのだが、名前も知らぬままその場を離れた。そして後宮で働くこと数ヶ月、観月祭に現れた王はあの時の青年だった!
王の妃となり幸せな日々を過ごすリンファ。だがその日々は長く続かなかった
……。
異世界の中華です。後宮の設定などはふんわりゆるゆるですので、ご了承ください。
婚約破棄されたスナギツネ令嬢、実は呪いで醜くなっていただけでした
宮之みやこ
恋愛
細すぎる一重の目に、小さすぎる瞳の三百眼。あまりの目つきの悪さに、リュシエルが婚約者のハージェス王子に付けられたあだ名は『スナギツネ令嬢』だった。
「一族は皆美形なのにどうして私だけ?」
辛く思いながらも自分にできる努力をしようと頑張る中、ある日ついに公の場で婚約解消を言い渡されてしまう。どうやら、ハージェス王子は弟のクロード王子の婚約者であるモルガナ侯爵令嬢と「真実の愛」とやらに目覚めてしまったらしい。
(この人たち、本当に頭がおかしいんじゃないのかしら!?)
不憫な侯爵令嬢は、王子様に溺愛される。
猫宮乾
恋愛
再婚した父の元、継母に幽閉じみた生活を強いられていたマリーローズ(私)は、父が没した事を契機に、結婚して出ていくように迫られる。皆よりも遅く夜会デビューし、結婚相手を探していると、第一王子のフェンネル殿下が政略結婚の話を持ちかけてくる。他に行く場所もない上、自分の未来を切り開くべく、同意したマリーローズは、その後後宮入りし、正妃になるまでは婚約者として過ごす事に。その内に、フェンネルの優しさに触れ、溺愛され、幸せを見つけていく。※pixivにも掲載しております(あちらで完結済み)。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる