追う者

篠原

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第五章 あの日以降 ~事件翌日からの真子の物語~

第五章 ②

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真子は、生男と義時に対する怒りは、
持ち続けた。
それらは、捨てることはできないモノ
だった。


特に、約束を破り、自分を裏切った生男に
対する激しい憎しみ、怒りは、巨大だった。
あの日、生男が約束を破らなければ、
すべていつも通りだったはず……。
義時に追われるようなことも、絶対に
なかった。
こう考えていると、真子には、好きだった、
あの生男が、一番悪い人間に、思えた。
もちろん、恋心は完全に冷めていたが、
逆に燃えるような敵対心と怒りを
抱くようになっていた、生男に対して……。


それと、自分の恋の失敗を悔やんだ。
一時期でも、約束を破る最低なヤツ、
生男なんかに恋していたことが、本当に
悔しくて悔しくて、時間をかなり
無駄にしたように思えてならない!
正直、「まだ、キスはしてない。
よかった。あんなヤツとしないで!」と
考えてみてもしたが、それでも、後悔が
募るばかり……。
どっちにしろ、生男みたいな裏切り者と、
一緒に手をつないで登校していたこと、
そして、結婚したいとまで真剣に考えて
いたのだから!

そして、義時に対する怒り、恨み、
憎しみ…。
自分を追いかけまわし、押し倒し、
とんでもない屈辱を与えてくれた、
あの義時には、絶対に復讐をしたいと、
真子は考えた。


ある日、ナメクジを見つめながら、
「義時と生男なんか、溶けて消えていく、
ナメクジのようになればいいのに」と
思った。







優しく、笑顔あふれる生活を送っていた
真子は、もういない。
心は冷め、顔はいつも思いつめた表情で、
そして、ナメクジをじっと睨みつけている。
彼女の心は、もはや明るい天真爛漫の
女の子のものではなかった。


義時や生男のことを考える時、真子は、
母の言っていたことは、本当だったと、
思うのだった。
以前から、母は口癖のように言っていた。
「男なんて信用できないよ」とか、
「男って言う生き物は……」と、
つぶやくように。


真子は、まったくその通りだと思った。
自分を学校に行けない立場に
突き落としてくれた、あの憎い二人の顔を
思い浮かべ、真子は、
「義時、生男。死ぬまで憎んで、絶対に
許さない!!こんなに私を苦しめる悪い
奴らめ!」と心の中で繰り返していた。





そんな真子だったが、認めたくない事実に、
気づいていた。
時々、この事実を思い出すのだが、
それを、受け入れたくはなかった。
受け入れなくても、それが、変わらない
事実なのは分かっていたが、真子は、
どうしても受け入れたくなかった。
悪いのは、義時と生男だと、考え続け
たかったのだ…。

でも、自分自身の犯した間違いは、
自分自身の中に隠すことはできない。
あの日 の朝、母が
「トイレに行きなさい」と言ってくれた。
……のに、その声をうるさく感じ、
無視して、出かけてしまった。

あの時、母の言葉よりも、
公園で待ち合わせていた、あの裏切り者、
生男を取ってしまった!!
自分は母の忠告を無視して、出かけた。
真子は分かっていた。
あの時、素直に従っていれば……と。
真子は、自分の間違い、自己責任を
薄々感じていた、完全に認める気には
なれなかったが…。


そのような感情の葛藤、また憎しみと怒り、
恨みと悲しみ抱きながらを募らす日々。
真子は、自宅と図書館で、過ごしていた。
日中、みんなが学校にいる間に、
一人寂しく図書館に向かい、本を借りて、
家で読む。
それだけでは、暇なので、テレビを
沢山見るようにもなった。


母が、スーパーに働きに出ているので、
話し相手も、遊ぶ相手もいない。
必然と、真子の手はテレビのリモコンに
向かった。
母がいないので、誰も止める人がいない。
テレビの見放題だった。
それは、ある意味、ほんの少し昔の
真子からすれば嬉しい、夢のような状態、
とも言えた。
好きなテレビ番組だったのに、
宿題しないからと、母に強引にテレビの
電源を消され、それでも自分がおとなしく
宿題をしようとせず、ブーブー言って
たので、母に大目玉を食らったこともある。
あの時は、玄関の外に出された。

でも、もう、そんなことはない。
好きなだけ、見たいテレビ番組を見れる。
だけど、どのテレビ番組を見ても、
真子は孤独だった。
素直に面白いと思えなかったし、
あまり、笑えなかった。
そう、虚しかった。
そう、心が重たかった。




ちょうどその頃、テレビのニュースでは、
ある政治家の失言問題が大々的に、
取り上げられていた。
その政治家は、真子たちが住む、いすみ市
から衆議院選に立候補し、当選したばかり
の塩前と言う一年生議員だった。
真子もみどりも、その議員の顔は知っていた。
街中にポスターが貼られていたので、
みどりが、よく「この人、イケメンだよね。
うちのお母さんね、選挙は、この人に
入れるって言ってたよ」と言っていた。

その塩前議員が、当選後すぐの後援会の
パーティで、「これで、いろいろ出来るよう
になります。お金もいっぱいもらえて、
高い酒を飲んだり、かわいい子と……」
と言ってしまったという、酔った勢いで。


それが、マスコミの格好の餌となり、
大ニュースとなってしまっていた。
塩前議員は、謝罪し、失言を認めて、
取り下げたが、しばらくは、このニュース
で世間は持ちっきりだった。


ちなみに、ずっと後の話しだが、真子と
塩前議員は、ある場所で出会い、
面と向かって、重要な話しを交わす
ことになるのだが、それはまだまだ
ずっと先のことであり、
この頃の真子はそんなこと想像も
していない。

また、真子も塩前議員も、この後、
苦難のどん底の道を歩むことに
なっていくのだが、二人ともそれが、
どれほど続くのかは、知らない。
真子は、学校のみんなの見ている前で
おもらししてしまった女の子として、
重い宿命を負って、これから生きていく。
塩前議員は、失言議員としてのレッテル
を張られ、若い女性層からの人気が
ゼロになり、また、それでも辞職しない
『とんでもない議員』と誹謗されながら
の議員生活を過ごすことになっていく。
この二人に、
「あなたたちは将来、ある場所で出会い
ますよ。その時、二人は幸せになって
います。そして、塩前議員、あなたは
入閣していますよ」と言っても、
二人は絶対に信じてくれないだろう。



ともかく、真子は、シオサキと言う
政治家のニュースを見るたびに、
「この人、かわいそう」と思っていた。
真子には、シオサキさんが、そんなに
悪い人には見えなかった。
逆に、「正直な人なんじゃないかなぁ」
と思った。
それよりも、生男みたいに人との
約束を勝手に破って、人を裏切るヤツ
こそ悪者なんだ。
また、義時みたいに、嫌がっているのに
人を追いかけまわし、酷いことをする
ような男子こそ最低。
「このシオサキさんをイジメないで、
義時と生男をテレビに出しちゃってよ!」
そう真子は叫びたかった。



同じ頃、真子の心をガシッ捉えた、
ニュースが、もう一つあった。
地元いすみ市のローカル番組
【ケーブルテレビいすみ】の報道だ。


あの日 の翌日から、
【ケーブルテレビいすみ】では、連日、
ある交通死亡事故の謎に迫っていた。



加害者は、いや、加害者になってしまった
のは、いすみ市在住で、いすみ市内の
信用金庫に勤務する20代後半の女性。
車で出勤途中の悪夢のような事故だった。
彼女の運転する青い軽自動車は、
青信号の交差点を安全に通過しようと
していた。


そこに、周囲の人の制止を無視した男が、
急に飛び出した。
一瞬の出来事だった……。
そして、彼女は、交通死亡事故の加害者と
なってしまった。
ただ、目撃者たちの証言や現場近くの
防犯カメラの映像もあり、彼女の潔白は、
捜査する警察の目にも明らかだった。
そう、過失割合は誰が見ても明白だった。
法定速度で交差点を通過中に、
突然飛び出して来た男性を避けるのは
現実的に不可能である。

それにしても、一瞬にして加害者とされ、
事情聴取を受ける側となった、
この若い女性のショックはどれほど
だったろうか……。
誠実な人柄で、地域の人に密着し、
コツコツと働いて来た。
それなのに、一瞬の飛び出し事故で……。


黒いスーツ姿の彼女が、多くの警察官に
囲まれ、事故現場で実況見分に
立ち会っている。
震えながら立つ、真っ青な表情の彼女を
見て、いたたまれなくなった目撃者は、
多かったし、警察官も同情的だった、
彼女に。


……彼女は、事故車両が
大型レッカー車で、警察署に
運ばれて行くのを、
呆然と眺めていた……。


(著作権は、篠原元にあります)
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