追う者

篠原

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第十章 阿佐ヶ谷中央警察署で・・・   ~再交錯する宿命~

第十章 ⑩

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「すいませんッ!!本当に、必ず、
返しますからッ!」ともう一度、意味なき
謝罪を大声で叫び、漕ぎだしました!



ちなみに、署のすぐ前の歩行者信号は、
すでに青が点滅していました。
赤になりかけです!
一瞬躊躇。



「エイッ!もう、いいや!」と、私は、
赤信号に変わってしまったその交差点を、
突っ切りました。
本当に、どうにでもなれ、と言う気持ち
でした。



……警察官が、警察署の前で、信号無視!
それだけでなく、警察官が、警察署の正面
玄関前・敷地内で、同僚の警察官から
自転車を強奪!!
とんでもないことをしちゃった……、
交差点を突っ切りながら、そう思いました。





そうです。交差点を渡り切って、一瞬、
署の方を振り向いたんです。
あの男性巡査部長と男性巡査が、怒鳴って
いるように見えました。
車の騒音で、聞こえませんでしたが……。
そして…、私に自転車を奪われた、あの
地域課の婦警は、立ち尽くしたままでした、
唖然とした表情で。
それから、立番をしていた男性警官が
警杖を持ちながら大急ぎで、署内に
駆け込むのも見えました。
おそらく、報告しに……。

見たくない光景でした。
まさに、自分が犯罪者になった感!
警官に追われる身になるとは、こんな
感じなんだと、初めて実感しました。
でも、すでに、戻るには遅すぎます。
私は、「賽は投げられたヨ」と声を
出して、そのまま大町通商店街へ
自転車を走らせました。
もちろん、自転車を漕ぎながら、
「あとで、大変なことになるな……。
ごめんなさいじゃ、済まないな」と
考えます。


服務規程違反、公務執行妨害、それから、
複数の警官の見る前での、信号無視……
つまり道交法違反。
あとあと、とんでもないことになる……、
恐怖のような感情が襲ってきたのが事実。
でも、私はそれらを必死に打ち消しました。
「賽は投げられたのよ!
今は、ヤギヌマさんを助けることだけを
考えて!」と、自分を鼓舞します。






必死に、それこそ、本当に死に物狂いで、
警邏用自転車を漕ぎました。
目指すは、こちらの方に、逃げてきて
いるはずのヤギヌマさん保護、そして、
平戸の確保です。
でも、一瞬ですが、私が警察官に採用
されたのを大喜びしてくれた両親の顔が
浮かびました。
「懲戒免職ってことになって、
悲しませちゃうかもな……」と思いました
が、その思いも必死に打ち消します。





必死に自転車を漕ぎまくる、私の目に、
大町通商店街のアーケードが、見えて
きました。
遠目にも人がいっぱいなのが分かります。
この時間帯、買い物客や仕事帰りの
飲み客で、いっぱいなのです。
そんな商店街を猛スピードで駆け抜ける
なんて、事故が起きてもおかしくない
危険行為です。
でも…。自転車を漕ぎながら、私は、
フーッと息を吐きました。



……
「葦田ちゃん。
私たちは、普通の女でしょ。
正直、私服で、電車とか乗ってれば
普通の若い女性と同じ……。
でも、公務中は、警官である以上、
警察権が実際に、あるのよ!
そして、公務中は、この制服も制帽も
ある!
これらを着たら、どっからどう見ても、
泣く子も黙る、警察官よ!
だからね、踏み出すべき時は、職権も、
貸与されているモノもフルに活用して、
法を執行し、悪人を逮捕し、弱者を救う
のよッ!!」
……

警官として、初めて交番勤務に就いた
日、地域課の先輩が言ってくれた。
その言葉と、先輩の顔が、浮かびました。
勇気が出ました!
男性のような言い方ですが、
「いっちょ、ヤったろうじゃんか!」と、
自然と口から出ました。





そして、私は、スピードを落とすことなく、
大町通商店街方向に、そのまま進みました。
商店街の入り口まで、あと少しのところで、
私は「ハッ」と声を出し、息を吐いて、
決意を堅めました。


そして、「阿佐ヶ谷中央署です!!
緊急走行しますッ!!
よけてくださ~い!!」と叫びながら、
大町通商店街の中に、突入しました。


学校帰りの女子高生や帰宅中の会社員、
買い物中の主婦が、驚きの顔を向けて
きますが、気にする余裕ナシ!


さらに、私は、警笛を左手で取り出し、
口にしました。
鋭い笛の音が、商店街に響きます。
多くの目が、ハッと、こっちを向きます。


私は、警邏用自転車を漕ぎながら、
必死に叫びました。
「阿佐ヶ谷中央警察ですッ!
道開けてください!!」

そして、また、警笛を思い切り、吹く!
その後、叫ぶ。その繰り返し。
おかげで、人波はサーと引き、商店街の
真ん中を、私は、『無事故』で、
駆け抜けることができました。


まぁ、「完全な職権乱用だナ。
しかも、職務規定違反での処分、
下手したら公妨で逮捕……」と、言う恐れ
は強烈に襲ってきます、逆に。


「恐れるなッ!!」と叫び、その恐れを
打ち消しました。
とにかく、ヤギヌマさんを助けないと、
いけないのです、今は警官の私は!





商店街の中を警邏用自転車で疾走する私。
額から、汗が……。
必死に漕ぎ、そして、大声で叫び、かつ、
警笛を全力で吹いているのですから、
体力はギリ!




額からの汗が左目に!
その瞬間です。
向こうから走って来る、ヤギヌマさんが、
やっと見えたのです!
必死に、走っている!!
そして、その後を、クソ野郎が追って
いる……。
周りの通行人は、唖然と振り返るか、
無視するだけ……。



「あいつが平戸かぁ!!」。
燃えます!


まだ、ヤギヌマさんの方は、私に
気づいていないよう。
勿論、平戸もしかり……。



私は、さらに力をこめて、自転車を
漕ぎました。
「何なら、平戸の奴に、このまま、
コレごとぶつかってってやろうか!」と
一瞬考えたのを思い出しますね。
正直、自分でも怖いぐらい、『殺意』です。




その後すぐに、ヤギヌマさんが、
警邏用自転車を漕ぐ、私に気づきます!


そして、ヤギヌマさんと私の目が、
一瞬だけですが、合います。
ヤギヌマさんが、必死に、
「不動刑事!」と叫ぼうとするのが、
彼女の口の動きで、分かりました。


私は、警邏用自転車を漕ぎながら、
これ以上ない大声で、叫んでいました。
もう『女』なんか捨てていました。
周りの男性の目も気になりません!
「ヤギヌマさんッ!!
もう大丈夫ヨッ!
そのクソは、任せてー!!」


私は、急ブレーキをかけました。
警邏用自転車が、キーっと言うスゴイ音
を立てて止まります、が時間がない!
私は、ついさっき、女性警官から奪った
警邏用自転車から勢いよく降りて、
その自転車を投げ倒していました。


走り出しました……!
もう、身体は、限界ギリギリでした。
骨々が悲鳴を上げている……。
でも、「ヤギヌマさんを助け出し、
平戸を確保する!」と言う一心で、
さらに、私は、体に鞭打ちました。



……どんどん、私とヤギヌマさんとの
距離が縮まってきます。
平戸の姿もどんどん大きくなります。
平戸は、私に気づいているのか、
気づかないのか、依然、血走った目で
ヤギヌマさんの後を追いかけ続けて
います。
奴を見て、思いました。
「この足で、アイツ、踏み砕いたる!」。



……私とヤギヌマさんの距離は、
あと30か40m位になってました。
「ヤギヌマさん!!
もう大丈夫だから、もう走らないで
いいよッ!」と叫んであげたかった。
ヤギヌマさんが、たとえ、走るのをやめ、
その場に立ち止まったとしても、
平戸より、私の方が、先にヤギヌマさん
の傍にたどり着けると、ハッキリ分かった
からです。


でも……!!
もう声が出ませんでした……。
喉もカラカラ、身体の節々は、悲鳴を
あげている……。
ただ、気力だけで、走り続けました。




何とか、ヤギヌマさんをこの手で
受け止めてあげ、その後、平戸を
確保したかった。
上司・先輩達から隠れて、署から
持ち出して来た、この手錠で……。
私は、ポケットに、走りながら手を
伸べました。
……冷たい感触がします。
明らかに、不正持ち出し。
これも、あとでお咎めか……。











とにかく!!
私は、『最後の力』を振り絞って、
ヤギヌマさんの方に、駆けました。

……そして、とんでもない事に
気づいてしまったのです!









(著作権は、篠原元にあります)
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