追う者

篠原

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第十章 阿佐ヶ谷中央警察署で・・・   ~再交錯する宿命~

第十章 ⑬

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だけど……、そうだ。
我関せずの、人たちを責める資格は、
自分なんかには、全くない……。
そのことは、よく分かっている……
つもりだ。





義時は、瞬時に、決断した。
正義感が、燃え滾る。
そうだ、こうすることは、あの奥中真子を
学校の廊下で押し倒して、とんでもない
恥辱を味わわせた日のすぐ後で、決めた
ことだ。

困っている人、大変な状況にある人に、
出来る限り手を差し伸べる。
それが、贖罪なんだ、この自分の……!!





そして…、すぐに……。
義時の真横を、黒のビジネススーツ姿の
女性が、はぁはぁ言いながら、駆け抜けて
行った。
一瞬、バラのような香りが……。
良い香りだな、女っぽいな……、と思った。



だが、すぐに義時は、気持ちを切り替えた。
グッと、商店街の中央に、仁王立ちになる。


すぐ向こうに、あの女性を追いかてる男が
いる……。
あの女性よりバテているが、まだ追うのを
やめようとはしていない……、オイオイ、
オッサンその執念、別のとこに、向けろや。


あの女性とアイツの関係は、知らない。
知る必要も、ない……。
だが、分かる。あのバラの香りの女性が、
必死に逃げている、そして、アイツは執拗に
追いかけてる、『悪』だ!


その男を睨みつける。


男が、義時を避けて、右に出た。
義時も体を動かした。


男が、今度は左に方向を変えようとする。
義時は、両手を広げた。


男が声を出した。
「どけッ、若造!!邪魔すんな!」。



義時は、迫ってくる男を睨みつけたまま、
立ちふさがる。
「絶対に、通さん!」と、再度、思う。
……この両手で、昔、奥中真子を押し倒し、
彼女の人生を破壊してしまった……。
あの女性……、さっき、目の前を
駆け抜けていった、あの人は助けたい。
こいつを、足止めできれば、あの人は、
無事逃げきれるだろう……。




男が、義時を避けて、大きく左にそれ、
走り抜けようとした。
義時は、一気に前に出、男にぶつかって、
行った。


数秒後……。
ドスンッという音とともに、男が倒れた。
だが、すぐに、男は、立ち上がって、
言葉にならない悲鳴のようなものを
あげながら、義時に襲い掛かって来た。
義時は、少年時代に習っていた柔道の技で
かわし、そのまま、男を羽交い絞めにする
ことに、成功した。


…男は、喚くが、気にすることはない、
まだ、こいつは放せない!


義時は、若い、バラの香りの女性が、
駆けていった方を見た。


ビジネススーツのあの人を誰かが、
抱えている。
彼女と同年代の女性のようだ。
心優しい女性、しかも、若い女性か。
他にも、助けるために動いた人がいたのか、
まだまだ、この世も捨てたモンじゃないな、
そう思った……。


義時は、ホッとし、汗を拭った。
これで、あのバラの香りの女性は無事だ。
あとは、そうだな……。
このまま、こいつを野放しにはしない方が、
良い。
警察を呼んで、この男を引き渡す。
いちおう、そこまではやろう……、
あそこで、彼女に声かけてる女性にも少し
手伝ってもらって……。

ま、警察が来るまで、こいつを押さえて
おかないといけないから、ちょっと、キツイ
が、しょうがない……。
この野郎、往生際ワルくて、まだ、この段階
になっても、騒いでやがる。
「放せ!クッソ!!このアホ野郎ッ!」と。
フン、まだ、あんたを放すわけにはいかない
ヨ、オッサン。
手を離したら、すぐに、また、彼女のとこに
行くだろ、アンタ……。


義時は、ウルサイおっさんを羽交い絞めに
したまま、目の前の野次馬のうちの一人、
同年代の男性に声をかけようとした。
さっきから、立ち止まって、
じっとこっちを見つめている黒いジャージ
の男だ。

「すんません。俺、手が離せないので、
携帯かなんかで、110番してもらえますか?」
と頼もうとした……。



が、その時、だった!
向こうから、バラの香りの女性を介抱して
いた女の人が駆けて来るのに、気づいた。
「どうした?若いな……。危ないから、
こっちに来ないで良いのに……」と、
一瞬思う。

だが、すぐに、その女の人の口から、
想定外の言葉が飛び出して来た!

「阿佐ヶ谷中央警察の者です!」。

は……?!マジか……、偶然か?
よく見れば、高く上げた手に、警察手帳
らしきモノ……。
えっ……、この人、刑事か。


そうと、分かって、肩の荷が下りた、
一瞬で……。
目の前の兄ちゃんに、110番してもらい、
そして、警察が来るまで、ずっとオッサンを
羽交い絞めしてるのは、さすがにキツイし、
中年の野郎と、ずっと、密着してるなんて、
最悪中のサイアクだしな……。
「本当に、助かった」と思った。



義時は、目の前に立った、同年代の、
若い女性警官に、オッサンを引き渡した。
女性警官は、もう一度、義時の前に、
警察手帳を広げ、「ご協力、ありがとう
ございました」と言って、男の腕に、
手を回してくれた。

……警察手帳を真正面から見るのは、
初めてだった。

疲れた両手を軽く回しながら、すぐそこに
立つ、女性警官を、チラッと見る。
興奮しているのか、頬は真っ赤。
走って来たのか、黒のジャンバーの下の
着衣は乱れている、……アッ、ちゃんと、
警視庁って刺繍されてる。


そして、義時は、見てしまった。
彼女の左手薬指の、指輪を。

なぜか、ドキッとした。
オイ、なんで、今、この刑事さんの
指輪のことを気にしてんだ、俺……。


それと、真面目に、思った。
どこかで、この人と、会ったことが
あるような……?



そんなかんな考えながら、後ろから女性警官
を見ていると、パッと振り返った彼女と
目が合った。
ヤバい……!
そして、胸が高鳴る!?



だが、そんな自分に、女性警官は、
真面目な表情で、言ってくれた。
「あの、何か……?アッ、改めて、
ご協力ありがとうございました!」
そして、自由になっている右手で、
敬礼してくれた。
その姿が、すごーく綺麗、だった。
で、初めて、警官に敬礼されたもんだから
感動してしまった。







それで、女性警官は、オッサンに言った。
「ヒラトカリオさんですね!
阿佐ヶ谷中央警察署まで同行して
いただきます!」って。
カッコいいと、思った。
ドラマでよく見るシーンだが、
ナマで見ると、やはり迫力もあって、
何かジーンとした。


だが……!
その直後だった。
オッサンが大声で、あのバラの香りの
女性を詰った。


でも、直後の、女性警官の怒声の迫力の
方が凄まじかった。
警官、そして、人妻だとは思えないほどの
低い声で-まさに泣く子も黙る-、
オッサンにビシッと……。

大袈裟でなく、商店街中に、あの女性警官
の怒声、響いたな。




肩の荷を下ろした義時は、辺りを見回して
みた。
野次馬連中は増えていたが、あの黒い
ジャージ姿の兄ちゃんは消えていた。
そして、バラの香りの女性は、向こうで、
気が抜けたかのように座り込んでいる……。


もう、大丈夫だ……。
女性警官が、男を捕まえているんだから…。
それに、応援もすぐに来るんだろう。


義時は、その場を離れようとした。




その時。
向こうから、自転車に乗った、警官が2人
やってくるのが見えた。
「オッ。これで、本当に大丈夫だ。
3人も警官がいれば、彼女も安全だな」。




でも、ちょっとだけ、興味がわく。
この後、どうなるのか見てみたいと、思う。
それと、そうだ……。
こっちは、関わってるから、警察署で、
何か事情を聴かれる可能性も……と。

もう少し、この場にいることに、決めた。






だが、直後、義時は、驚かされた。
「ガチの仲間割れか?」と思ったほどだ。


なんと、自転車をザツに止めた、2人の
男性警官が、凄い勢いで、例の女性警官に
詰め寄って行ったのだ。
しかも、スゴイ形相で…。


年上の方の男性警官が、女性警官に、
声をかけた。
いや、違うな!
通行人や野次馬がいるのも気にせずに、
怒鳴った、詰め寄った……。




いやぁ、今日は、本当に、
第三者の怒鳴り声を聞く日だな……。





男性警官が、女性警官の鼻の先まで行き、
唾を飛ばしながら叫ぶ…、キタッな……。

「オイ、あんたッ!!
何てことしてくれたんだぁ!?
自分が、やったこと分かってんだろう
なぁ!!」。

鼓膜に、響く怒鳴り声、耳に響く……、
ヤクザ顔負けだな、あの顔、あの濁声。



男性警官が興奮冷めやらぬ感じで続ける。
「アンタ、生安の何とかって言ったな?
もう一度、名前言えや!
そうだ、手帳見せろ、手帳ッ!!」。
そばにいた若い方も、加わった。
「オイ!あの白チャリ、どこやった!?
無くしたとか、言うなよ!!
ってか、今ココで、公妨や道交法違反で、
逮捕してヤっか!?」
……完全にカンカン、頭に血が上ってる、
逆に年上の方が、宥めにかかる。





一体何が何なのか、何が起こっているのか、
義時には分からない。
だが、目の前の女性警官……、いや、その
はずの女は、さっき、警察手帳を見せて
きた……、うん、あれニセモノか?
でも、警視庁と刺繍されたジャンバーを
着ているぞ。
仲間割れか、それとも偽警官か……?



だが、困惑した義時の目の前で、
その女性警官もしくは偽警官は、
ハッキリと、大声で、言い切った。
ひるんだ様子は、皆無。

「私が、やったことは大いに問題あり
ました!謝ります……。
申し訳ありませんでした!」

深々と頭を下げた。
あのオッサンを捕まえたまま……。


で、その女性警官もしくは偽警官は、
顔を上げ、すぐに、さっき自分にも見せて
きた警察手帳を片手で取り出して、
早口でまくし立てた。
2人の男性警官に……。
「生安課の不動巡査部長です。
本当に、申し訳ありませんでした。
後程、ちゃんとご説明します。
でも、今は、このつきまとい男、
ニンドウ優先でお願いします!
それと、おそらく、あそこの……」
と言って、あのバラの香りの女性を指さす。
「あそこの女性が、おそらく、侮辱罪で
タレ出すはずです!
私、彼女の様子を見てきますので、
この男の確保をお願いします!」




そう言って、オッサンを男性警官達に、
押しやる……、まるで、汚物を突き放す
かのように…。









(著作権は、篠原元にあります)
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