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戦友
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血と汗と硝煙が混じりあった匂いが鼻をつく。
あたりには重症を負った兵士の呻き声が響き、軍医が診ているがどうやら匙を投げたようだ。
連合軍に上陸されてから七日、俺の所属する部隊の半数近くがもうこの世にはいない。
明日は我が身、そう感じずにはいられない。
俺は外の空気を吸うため、警戒しつつ拠点とする洞窟から出て適当な場所に腰掛ける。
このあたりはまだ草木生い茂るジャングルで、心境と同じく雲がかった夜空だ。
「父さん、母さん……」
子供のころ、誕生日に父から貰った懐中時計を見ながらつい両親のことを呟いてしまう。
弱気になってはいけないと自分に活を入れ、懐中時計を胸元へと仕舞い込んだ。
「辛気臭い顔してるな不破。傷が痛むか?」
すると、同じ部隊の木下がどこか冗談めかした感じに声をかけてきた。
木下は俺と同い年の二十二歳ということもあり、何かと気が合う。
どうやら先日負った傷を心配し、少しでも元気づけようと外に出た俺を追いかけてきたらしい。
しかし、顔色なんて至近距離でないと判らないぐらい、あたりは暗いはずなんだがな。
「木下か。銃弾が掠めた程度だ。それにもうこのとおりさ」
俺は左腕を上げ、上腕部に巻かれた包帯を見せて問題ないことを強調する。
「なんだ、元気そうじゃないか」
木下は苦笑しつつそう言うと、俺の隣に腰掛けてきた。
「……」
「…………」
互いに言葉を探してか沈黙が続き、何やら重たい空気が漂う。
「この短期間で大勢死んじまったな……」
数秒か数十秒か経ち、ようやく先に言葉を発したのは木下だった。
「ああ……だが連合軍の奴らも被害は出ている」
敵である連合軍側にも被害は出ているだろうが、数も武装もこちらが不利であることは否めない。現に戦線は押し込まれている状態だ。
しかし、それを言葉にすることはしなかった。
「そうだな、敵も味方も大勢死んだ。だが、正直こちらが不利であるし、時間の問題であることはお前も気づいてんだろ」
「それは……!」
考えていたことを見透かされたこともあるが、誰もが感じてはいても、口には出しづらいことをはっきりと言葉にしたことに驚いた。
「その様子だと俺が指揮にかかわるような発言をしたことに驚いた。違うか?」
「ああ、そのとおりだ。しかしなぜ……」
「今ここには俺らしかいないからな。で、今後の心構えをせめてお前と共有しようと思ってな」
「確かにそうだが、何が違うんだ?」
全体の共通認識として、この島が占拠されてしまえば本土攻撃の足掛かりになってしまう。だから絶対に阻止しなければならない。
「ここを死守しなけばならないのは変わりないさ。さっきも言ったとおり、占拠されるのは時間の問題だろう。それだけ戦力差に開きがある。だから一日でも長く、連合軍の奴らをここで足止めすることに重点を置かなければならない」
木下はそう言った後、数泊置いてさらに続ける。
「とは言ったものの要は簡単に死ぬなってことだ。生き延びて奴らに嫌がらせしろ。死ぬときは本当にもうどうしようもないときで、そのときはただでは死んでやらん。俺が言いたいのはそういうことだ」
そう言い切った木下はどこか晴れやかな笑みを浮かべていた。
殺すか殺されるか、死と隣り合わせの状況だというのにだ。それに嫌がらせときた。
まったく、この戦友は……
「ああ、そうだな。何がなんでも生き延びて嫌がらせしてやろう」
俺はそう言い、にやりと笑みを返す。
「ふっ、その意気だ」
木下もにやりと笑みを返してくる。
正直、お互いに強がっているのは明らか。
生還できる者がいたとしても、ほんの一握りだろう。だが、それでも……。
俺たちは静かに笑いあい、たわいもない話をして眠りについた。
あれからまた七日ほど経ち、戦況は依然厳しく熾烈を極めるものであった。
戦力差から、こちらは陣地形成しトーチカで迎え撃つ防戦を主体とした戦闘を行っていた。
しかし、連合軍による圧倒的な物量と、進行の際の爆撃によるジャングルの破壊により潜伏可能な場所が削られ、さらに後退を余儀なくされた。
そんな最中、俺と木下も再編成された部隊で仲間とともに交戦していたが、集中砲火により陣地崩壊の瀬戸際に立たされていた。
「もう持たんか……。やむを得ん。各員全力で散開し、一人でも多く生き延び戦闘を継続せよ!」
このままでは部隊が全滅すると判断したのだろう。
部隊長は号令を出し、一部身動きがとれない者を残し各員陣地から飛び出した。
俺はできるだけ姿勢を低くし、全力で前だけを見据え駆け抜ける。だが、その直後、背後で爆発音が聞こえた。
「ぐぁっ!!」
爆風が背中を激しく叩きつける。その勢いで吹き飛ばされ、さらに地面を転げまわる。
いったい何が……。
状況を確認しようと状態を起こそうとするが、視界が歪み力も入らない。右のこめかみ付近に違和感を覚え、手で触れると血が出ているのに気づいた。
まずい、脳震盪か……こんなときに……。
蹲り、徐々に意識が途切れそうになる現状に焦りを感じていると、「不破……生きてるか?」と俺を呼ぶ声が聞こえた。
この声は木下か。よかった、無事だったか。
俺はその場に蹲ったままであるが、声を出してなんとか無事であることを報せる。
「そうか……よかった」
木下の安堵したような声が聞こえたが、続く言葉に俺は不安を抱くことになった。
「俺の分まで、お前はなんとか生き延びてくれ」
「な、何を言って……」
「ゴホッゴホッ! ……俺はもう助からん。生き延びてやるって言ったのにこのざまだ……。だが、このままでは終わらん……最期の悪足掻きをしてやるさ」
その言葉のあと、微かに遠ざかっていく足音が聞こえた。
俺は焦りを感じ、足音を頼りにどうにか視線を向けると、歪んだ視界の中でも瀕死の状態の木下の後ろ姿が目に映る。
「ま、待て……」
「俺は先に逝くが、お前はまだこっちに来るなよ」
木下は俺の引き止めの声に一度立ち止まり、振り返ってそう言うと、一瞬笑みを見せ走り去っていく。
俺は途切れそうになる意識の中、その姿を見ていることしかできなかった。
そして、いよいよ意識が途切れる寸前、この場には不釣合いな白い少女がこちらを見つめているような幻覚を見た。
その少女の表情は、どこか悲し気であった。
あたりには重症を負った兵士の呻き声が響き、軍医が診ているがどうやら匙を投げたようだ。
連合軍に上陸されてから七日、俺の所属する部隊の半数近くがもうこの世にはいない。
明日は我が身、そう感じずにはいられない。
俺は外の空気を吸うため、警戒しつつ拠点とする洞窟から出て適当な場所に腰掛ける。
このあたりはまだ草木生い茂るジャングルで、心境と同じく雲がかった夜空だ。
「父さん、母さん……」
子供のころ、誕生日に父から貰った懐中時計を見ながらつい両親のことを呟いてしまう。
弱気になってはいけないと自分に活を入れ、懐中時計を胸元へと仕舞い込んだ。
「辛気臭い顔してるな不破。傷が痛むか?」
すると、同じ部隊の木下がどこか冗談めかした感じに声をかけてきた。
木下は俺と同い年の二十二歳ということもあり、何かと気が合う。
どうやら先日負った傷を心配し、少しでも元気づけようと外に出た俺を追いかけてきたらしい。
しかし、顔色なんて至近距離でないと判らないぐらい、あたりは暗いはずなんだがな。
「木下か。銃弾が掠めた程度だ。それにもうこのとおりさ」
俺は左腕を上げ、上腕部に巻かれた包帯を見せて問題ないことを強調する。
「なんだ、元気そうじゃないか」
木下は苦笑しつつそう言うと、俺の隣に腰掛けてきた。
「……」
「…………」
互いに言葉を探してか沈黙が続き、何やら重たい空気が漂う。
「この短期間で大勢死んじまったな……」
数秒か数十秒か経ち、ようやく先に言葉を発したのは木下だった。
「ああ……だが連合軍の奴らも被害は出ている」
敵である連合軍側にも被害は出ているだろうが、数も武装もこちらが不利であることは否めない。現に戦線は押し込まれている状態だ。
しかし、それを言葉にすることはしなかった。
「そうだな、敵も味方も大勢死んだ。だが、正直こちらが不利であるし、時間の問題であることはお前も気づいてんだろ」
「それは……!」
考えていたことを見透かされたこともあるが、誰もが感じてはいても、口には出しづらいことをはっきりと言葉にしたことに驚いた。
「その様子だと俺が指揮にかかわるような発言をしたことに驚いた。違うか?」
「ああ、そのとおりだ。しかしなぜ……」
「今ここには俺らしかいないからな。で、今後の心構えをせめてお前と共有しようと思ってな」
「確かにそうだが、何が違うんだ?」
全体の共通認識として、この島が占拠されてしまえば本土攻撃の足掛かりになってしまう。だから絶対に阻止しなければならない。
「ここを死守しなけばならないのは変わりないさ。さっきも言ったとおり、占拠されるのは時間の問題だろう。それだけ戦力差に開きがある。だから一日でも長く、連合軍の奴らをここで足止めすることに重点を置かなければならない」
木下はそう言った後、数泊置いてさらに続ける。
「とは言ったものの要は簡単に死ぬなってことだ。生き延びて奴らに嫌がらせしろ。死ぬときは本当にもうどうしようもないときで、そのときはただでは死んでやらん。俺が言いたいのはそういうことだ」
そう言い切った木下はどこか晴れやかな笑みを浮かべていた。
殺すか殺されるか、死と隣り合わせの状況だというのにだ。それに嫌がらせときた。
まったく、この戦友は……
「ああ、そうだな。何がなんでも生き延びて嫌がらせしてやろう」
俺はそう言い、にやりと笑みを返す。
「ふっ、その意気だ」
木下もにやりと笑みを返してくる。
正直、お互いに強がっているのは明らか。
生還できる者がいたとしても、ほんの一握りだろう。だが、それでも……。
俺たちは静かに笑いあい、たわいもない話をして眠りについた。
あれからまた七日ほど経ち、戦況は依然厳しく熾烈を極めるものであった。
戦力差から、こちらは陣地形成しトーチカで迎え撃つ防戦を主体とした戦闘を行っていた。
しかし、連合軍による圧倒的な物量と、進行の際の爆撃によるジャングルの破壊により潜伏可能な場所が削られ、さらに後退を余儀なくされた。
そんな最中、俺と木下も再編成された部隊で仲間とともに交戦していたが、集中砲火により陣地崩壊の瀬戸際に立たされていた。
「もう持たんか……。やむを得ん。各員全力で散開し、一人でも多く生き延び戦闘を継続せよ!」
このままでは部隊が全滅すると判断したのだろう。
部隊長は号令を出し、一部身動きがとれない者を残し各員陣地から飛び出した。
俺はできるだけ姿勢を低くし、全力で前だけを見据え駆け抜ける。だが、その直後、背後で爆発音が聞こえた。
「ぐぁっ!!」
爆風が背中を激しく叩きつける。その勢いで吹き飛ばされ、さらに地面を転げまわる。
いったい何が……。
状況を確認しようと状態を起こそうとするが、視界が歪み力も入らない。右のこめかみ付近に違和感を覚え、手で触れると血が出ているのに気づいた。
まずい、脳震盪か……こんなときに……。
蹲り、徐々に意識が途切れそうになる現状に焦りを感じていると、「不破……生きてるか?」と俺を呼ぶ声が聞こえた。
この声は木下か。よかった、無事だったか。
俺はその場に蹲ったままであるが、声を出してなんとか無事であることを報せる。
「そうか……よかった」
木下の安堵したような声が聞こえたが、続く言葉に俺は不安を抱くことになった。
「俺の分まで、お前はなんとか生き延びてくれ」
「な、何を言って……」
「ゴホッゴホッ! ……俺はもう助からん。生き延びてやるって言ったのにこのざまだ……。だが、このままでは終わらん……最期の悪足掻きをしてやるさ」
その言葉のあと、微かに遠ざかっていく足音が聞こえた。
俺は焦りを感じ、足音を頼りにどうにか視線を向けると、歪んだ視界の中でも瀕死の状態の木下の後ろ姿が目に映る。
「ま、待て……」
「俺は先に逝くが、お前はまだこっちに来るなよ」
木下は俺の引き止めの声に一度立ち止まり、振り返ってそう言うと、一瞬笑みを見せ走り去っていく。
俺は途切れそうになる意識の中、その姿を見ていることしかできなかった。
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