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白い少女
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どのぐらい意識を失っていたのだろうか。
先ほどの激戦と打って変わって、あたりは暗く静けさに満ちている。
頭の出血部に触れると、ほぼ血は固まっており、安堵する。
今こうして生きていられるのは、正直運がよかったとしか思えない。もしかしたら、木下が……。
物思いに耽っていても仕方がない。ひとまず、身を隠せる場所を探そう。
俺は立ち上がり、周辺を見まわす。すると、暗闇の中に白くぼんやりと輝く少女の姿が見えた。
なんでこんなところに……まさか幽霊? いや、どこかで見たことがあるような……。
そこまで考え、意識を失う寸前に見た少女の幻覚が脳裏をよぎる。
「いやいや……まさか、そんなこと……」
あるわけない、そう思いつつも少女に向かって歩を進めてしまう。不思議と恐怖心や忌避感といったものはなかった。
少女まであと十メートルといったところで、いったん足を止める。少女は両手のひらを上に向けた状態で頭の高さまで伸ばし、空を見上げていた。
いったい何をしているのだろうか。
少女の視線の先であろうところに目を向けてみる。すると、無数の何かが螺旋を描くように昇っていく。
そんな光景が薄っすらとではあるが感じられた。
どこか神秘的で、どうしてか涙が溢れそうになる。
その光景が終わるまで、俺はその場にひたすら立ち尽くした。
少女が腕を下ろしたとき、あたりの雰囲気が元に戻ったのを感じると同時に、俺は走り出した。
少女がどこかに行ってしまう前に……。
近づく俺に気づいたのか、少女はこちらに振り向き、何やら首を傾げている。
少女は透き通るような白い髪に白い肌、そして、燃えるような紅い瞳に、桃色の唇が特徴的だ。背丈は百二十あるかないか。服装は紅白の花の柄――あれは彼岸花だろうか――が咲き誇る、白い着物を身に着けている。
そんな少女に対し、どこか人間離れした美しさと、女の子の可愛らしさが同居したような印象を俺は受けた。
「君はいったい……」
少女の目の前に立ち、そんな言葉しか出てこない。
どこか困惑しているような感じの少女だったが、俺の言葉を聞いて、いっそう信じられないといった表情になる。
「……私が見えるのですか?」
「ああ、見えるけど……」
少女の様子とその返答に、俺も困惑してしまう。しかし、次の瞬間、さらなる衝撃が俺を襲う。
少女の頬に一雫の涙が伝っていたのだ。
「ごめんなさい。私を認識できるだけでなく、お話しできる人は初めてだったので……驚いてしまったのです」
お互いに落ち着きを取り戻したあと、少女からの第一声がそれであった。
そんなことがあるのだろうか。しかし、ここは戦場で身綺麗な少女などいるわけがないのも事実。
少女の言ったことを信じるなら、この白い少女は普通ではないということだ。
いったい何者なのだろうか……。
「普通は君を認識できないのに、なんで俺にはできて、こうして会話することができるんだ?」
「分かりません。認識できる人でも、赤子や死に際の人ぐらいですので……」
赤子や死に際の人か。俺の現状だと、死に近い場所だが……この戦場にいる者のほとんどに当てはまる。
考えられるとするなら……
「もしかしたら、その頭の傷がきっかけになってるかもしれないです」
「やっぱり、それぐらいだよな……」
頭の傷に軽く触れる。少しでも当たり所が内側にずれていたらおそらく死んでいた。
傷を負った後に、少女を認識したのだからそう考えてもいいだろう。
さて、この話題に関しては、これくらいでいいだろう。それよりも……
「遅くなったが、俺は不破誠二郎だ。よかったら君の名を教えてくれないか」
少女が何者なのか知りたいと思ってしまったのだ。
そのためにも、まずは自分から名乗らないとな。
「ごめんなさい。名前は……言えないのです」
返ってきたのは、否定の言葉だった。
しかし、少女が一瞬だけ見せた辛そうな表情が気になって仕方がない。
「謝らなくていいさ。言えない事情があるんだろうし。そうなると、君が何者でどうしてこんな戦場にいるのか訊かないほうがいいかな?」
少女は俯き考える素振りを少し見せて、決心したような表情で顔を上げた。
「私が何者なのか言える範囲でなら……その代わり、誠二郎のこと教えてほしいです」
「ああ、もちろんだ! それじゃあ、俺から話そう。そうだな……まず、俺の故郷は――――」
故郷のこと、家族のこと、友人のこと、子供のころの思い出などを話す。
すると、少女は時に相槌を打ちながら微笑んで聞いてくれる。
しかし、戦争が始まり、俺にも赤紙が届いた話のあたりから、少女の顔から笑みが消える。
まぁ、おもしろい話ではないしな……。
それでも、少女は一言一句最後まで聞こうとする姿勢をとっていたので、今に至るまでの話をすることにした。
「――――で、気絶する寸前におそらく君を見た。そのときは幻覚だと思ったんだがな。目を覚まして君を見つけたときは驚いたよ。そんで、気になって声をかけたというわけだ。俺の話はこんなところかな。前半はともかく、後半はあまりおもしろい話ではなかったと思うが……」
「確かにそうかもしれないです。でも、楽しいことや嬉しいことだけでなく、悲しいことや辛いことも含めて、その人の人生です。誠二郎、そんなあなたのこれまでの人生を聞けてよかったです」
「そ、そうか……それならよかったかな」
少女のまさかの返答に、俺は少し照れ臭くなるのを隠せなかった。
先ほどの激戦と打って変わって、あたりは暗く静けさに満ちている。
頭の出血部に触れると、ほぼ血は固まっており、安堵する。
今こうして生きていられるのは、正直運がよかったとしか思えない。もしかしたら、木下が……。
物思いに耽っていても仕方がない。ひとまず、身を隠せる場所を探そう。
俺は立ち上がり、周辺を見まわす。すると、暗闇の中に白くぼんやりと輝く少女の姿が見えた。
なんでこんなところに……まさか幽霊? いや、どこかで見たことがあるような……。
そこまで考え、意識を失う寸前に見た少女の幻覚が脳裏をよぎる。
「いやいや……まさか、そんなこと……」
あるわけない、そう思いつつも少女に向かって歩を進めてしまう。不思議と恐怖心や忌避感といったものはなかった。
少女まであと十メートルといったところで、いったん足を止める。少女は両手のひらを上に向けた状態で頭の高さまで伸ばし、空を見上げていた。
いったい何をしているのだろうか。
少女の視線の先であろうところに目を向けてみる。すると、無数の何かが螺旋を描くように昇っていく。
そんな光景が薄っすらとではあるが感じられた。
どこか神秘的で、どうしてか涙が溢れそうになる。
その光景が終わるまで、俺はその場にひたすら立ち尽くした。
少女が腕を下ろしたとき、あたりの雰囲気が元に戻ったのを感じると同時に、俺は走り出した。
少女がどこかに行ってしまう前に……。
近づく俺に気づいたのか、少女はこちらに振り向き、何やら首を傾げている。
少女は透き通るような白い髪に白い肌、そして、燃えるような紅い瞳に、桃色の唇が特徴的だ。背丈は百二十あるかないか。服装は紅白の花の柄――あれは彼岸花だろうか――が咲き誇る、白い着物を身に着けている。
そんな少女に対し、どこか人間離れした美しさと、女の子の可愛らしさが同居したような印象を俺は受けた。
「君はいったい……」
少女の目の前に立ち、そんな言葉しか出てこない。
どこか困惑しているような感じの少女だったが、俺の言葉を聞いて、いっそう信じられないといった表情になる。
「……私が見えるのですか?」
「ああ、見えるけど……」
少女の様子とその返答に、俺も困惑してしまう。しかし、次の瞬間、さらなる衝撃が俺を襲う。
少女の頬に一雫の涙が伝っていたのだ。
「ごめんなさい。私を認識できるだけでなく、お話しできる人は初めてだったので……驚いてしまったのです」
お互いに落ち着きを取り戻したあと、少女からの第一声がそれであった。
そんなことがあるのだろうか。しかし、ここは戦場で身綺麗な少女などいるわけがないのも事実。
少女の言ったことを信じるなら、この白い少女は普通ではないということだ。
いったい何者なのだろうか……。
「普通は君を認識できないのに、なんで俺にはできて、こうして会話することができるんだ?」
「分かりません。認識できる人でも、赤子や死に際の人ぐらいですので……」
赤子や死に際の人か。俺の現状だと、死に近い場所だが……この戦場にいる者のほとんどに当てはまる。
考えられるとするなら……
「もしかしたら、その頭の傷がきっかけになってるかもしれないです」
「やっぱり、それぐらいだよな……」
頭の傷に軽く触れる。少しでも当たり所が内側にずれていたらおそらく死んでいた。
傷を負った後に、少女を認識したのだからそう考えてもいいだろう。
さて、この話題に関しては、これくらいでいいだろう。それよりも……
「遅くなったが、俺は不破誠二郎だ。よかったら君の名を教えてくれないか」
少女が何者なのか知りたいと思ってしまったのだ。
そのためにも、まずは自分から名乗らないとな。
「ごめんなさい。名前は……言えないのです」
返ってきたのは、否定の言葉だった。
しかし、少女が一瞬だけ見せた辛そうな表情が気になって仕方がない。
「謝らなくていいさ。言えない事情があるんだろうし。そうなると、君が何者でどうしてこんな戦場にいるのか訊かないほうがいいかな?」
少女は俯き考える素振りを少し見せて、決心したような表情で顔を上げた。
「私が何者なのか言える範囲でなら……その代わり、誠二郎のこと教えてほしいです」
「ああ、もちろんだ! それじゃあ、俺から話そう。そうだな……まず、俺の故郷は――――」
故郷のこと、家族のこと、友人のこと、子供のころの思い出などを話す。
すると、少女は時に相槌を打ちながら微笑んで聞いてくれる。
しかし、戦争が始まり、俺にも赤紙が届いた話のあたりから、少女の顔から笑みが消える。
まぁ、おもしろい話ではないしな……。
それでも、少女は一言一句最後まで聞こうとする姿勢をとっていたので、今に至るまでの話をすることにした。
「――――で、気絶する寸前におそらく君を見た。そのときは幻覚だと思ったんだがな。目を覚まして君を見つけたときは驚いたよ。そんで、気になって声をかけたというわけだ。俺の話はこんなところかな。前半はともかく、後半はあまりおもしろい話ではなかったと思うが……」
「確かにそうかもしれないです。でも、楽しいことや嬉しいことだけでなく、悲しいことや辛いことも含めて、その人の人生です。誠二郎、そんなあなたのこれまでの人生を聞けてよかったです」
「そ、そうか……それならよかったかな」
少女のまさかの返答に、俺は少し照れ臭くなるのを隠せなかった。
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