異能専科の猫妖精

風見真中

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編入編

異能専科の最初の朝

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 俺が目を覚ました翌日、その日は土曜日だった。
 異能専科では月曜から金曜が六限、土曜日が三限まで授業があり、月曜から金曜には毎日一コマ、土曜は三コマ全てが異能の授業になっている。
 つまり俺は高校生活最初の一日を、全て異能のお勉強に費やすと言うわけだ。
(つくづく、普通じゃねぇな……)
 無地のカーテンから朝日が差し込む午前七時、二段ベッドの上の段でそんな事を考えながら目をこする。
 昨日まで寝かされていたのは下の段だったが、寝ている間にリルが寄ってこないように上の段で寝ることにした。
 そのリルはというと、俺の匂いが染み付いた下の段の布団を気に入ったようで枕の上で丸くなっている。
 昨日検証したところ、俺とリルが離れられるのは約三メートル程が限界らしい。今後はどこに行くにもリルと一緒に行動することになる。もちろんこれから行く学校もだ
「おいリル、起きろ」
 真新しい制服に着替えながら下の段の枕の上で眠るリルに声をかける。
 制服は昨日あの後猫柳が持ってきてくれたもので、紺色のブレザーとスラックス、学年別に色分けされたネクタイというどこにでもありそうな制服だ。
 パリッとした新品のワイシャツに袖を通し、紺色のスラックスを履き、ブレザーを着ようとして、やめた。
 もうすぐ六月、初夏だ。ブレザーまで着ていては汗ばむくらい暑いし、空気も湿気っていて気持ち悪い。
 昨日の猫柳はキチンと制服を着ていたが、東雲はスカートを折ったり化粧までしていた。ブレザーを着ないくらいでとやかく言われる事はないだろう。
 カーテンを引き窓を開けると、窓から見える森の木々の緑が目に飛び込んできた。まだそこまで気温も高くないし、そもそも鬼無里は同じ市内でも実家のある辺りとは標高が全然違うので空気がひんやりしている。体感温度で二、三度は涼しく感じる。
「まぁ、悪いところじゃないかもな……」
 思わずそんな事を口走ってしまった。
 涼しくて心地良い風に吹かれながら、朝日を浴びる。
 先日までのフリーター時代はもちろん、中学の頃もこんなに早く起きて日光を浴びるなんて事はしてこなかった。
 なんだかたったこれだけのことで自分が真人間になれたような気がする。
(実際は真人間どころか人間じゃないもの混ざっちまったんだけどな……)
 その人間じゃないものこと、オオカミのリルくんはまだ夢の中だ。
 そうやって大人しくしていてくれるといいのだが、残念ながら離れられない以上は起こして連れて行くしかない。
「起きろ、リル。朝メシ食いに行くぞ」
 俺がそう言うと、リルはピクッと耳を立て、尻尾を振りながら起き上がった。
『アン!』
「食い意地の張った奴だな、お前」
 リルは予想通り起きると同時飛びついてきた。昨日何とか訓練し、一応触れるくらいにはなったので極度にビビったりはしない。まだ心地が悪いけど。
「さて、問題はこいつだな……」
 足元ではリルが「朝メシだろ?早く行こうぜ!」とばかりに俺の周りをグルグル回っているが、それより先に解決しなければならない問題がある。
「……ネクタイってどうやって結ぶんだ?」
 俺の手の中には一本の青いネクタイがあった。
 中学時代の制服もブレザーだったが、ネクタイはクリップで留めるだけのお手軽なヤツだった。普通のネクタイなんて結んだことがない。
「えっと……こうやって……こうか?いや、違うな……」
 ケータイでネットを開き、ネクタイの結び方が書かれたページを見てチャレンジするが上手くいかない。何気に首のチョーカーも邪魔だ。
「あーもう、めんどくせぇ!」
 どうせブレザーも着ないんだし、ネクタイもいいや、と思いくしゃくしゃに丸めてポケットに詰め込むと、部屋のドアがノックされる音が響いた。
「はーい?」
 千切れんばかりの勢いで尻尾を振るリルを連れてドアを開けると、そこには通学用の鞄を持った猫柳と東雲がいた。
「おはようございます、大神君、リルさん」
「おふぁお~」
 初夏だというのに昨日同様制服をキチンと着こなした猫柳がペコリと頭を下げ、寝起きが悪いのかまだ半分夢の中っぽい東雲がだらしない顔で手を振る。対照的な二人だ。
 まだ目が開ききっていないにもかかわらず東雲はキチンと化粧だけはしており、昨日同様甘ったるい匂いも漂っている。
「おっす。わざわざ迎えに来てくれたのか?」
「はい。大神君、食堂を利用するのは初めてですから」
 昨夜は東雲の買ってきたパンで夕飯を済ませてしまったが、基本的にこの学校では寮の食堂で朝食と夕食を食べるらしい。
 昨日制服と共に渡された資料の見取り図で確認したところ、この寮は三棟の建物で構成されている。東側の建物が男子寮、西側の建物が女子寮になっており、間の建物に食堂や遊戯室などの共用スペースがあるらしい。
 俺は鞄を取って部屋を出て、ドアに鍵を掛けようとして動きを止める。
「なあ、部屋の鍵って無いのか?」
 昨日の話の後、制服や学校の資料などを猫柳に渡されたが、部屋の鍵は渡されていない。内側には鍵があったが、ドアノブの周辺には鍵穴すらない。寮内ということもあり、セキュリティには気を使っていないのだろうか。
「あ、そうでした。大神君、これを使ってください」
 猫柳はそう言ってポケットから一枚のカードを取り出した。
 カードには昨日東雲のケータイで撮った俺の顔写真が印刷されており、俺の生年月日と高等部一年一組など、今日から所属するクラスの情報なども載っている。
「これは、学生証か?」
「はい。寮や学内では必需品になりますので、絶対に無くさないでくださいね」
 そう言いながら猫柳は学生証を渡してきた。
「ドアのセキュリティはリセットされていますので、まずドアノブの上にあるパネルに学生証を当ててください」
「こ、こうか?」
 猫柳に言われるままプラスチック製っぽい学生証をドアノブの上部にある金属製の部分に押し当てる。
「そのままちょっと待っててください」
 すると数秒後、ピーという金属音が響き、続いてガシャとドアが施錠される音がした。
「これで登録できましたし、鍵もかかりましたよ」
「こ、これでか? すげえな」
 試しにドアノブを捻ってみるが、確かに鍵がかかっている。
「これも異能か……」
 異能の力で学生証や部屋の鍵まで管理しているとは、素直に驚きだ。
「あ、いえ。これは普通にICチップが内蔵されてるんです」
「あ、そうなんだ……」
 普通にハイテクなだけの学生証だった。
 しかし学生証にICチップ、寮の部屋一つ一つに電子ロックとは、ずいぶん金のかかった設備だな。
「まあいいや。それより食堂ってどう行ったらいいんだ?」
 感心するのはこれくらいにして、まずは朝食だ。昨日はパンだけで適当に済ませてしまったし、朝から結構腹が減ってしまっている。
「? 大神君、まだ着替えの途中ですよね」
「あ?」
「ブレザー着ていませんし、ネクタイだって」
「別にいいだろ。暑いし、東雲だってブレザー着てねえし」
 俺がそう言うと、猫柳はキッと瞳を吊り上げて近寄ってくる。
「ダメです! 服装はキチンとしないと、八雲ちゃんみたいになってしまいますよ!」
「どぉいういみ、ネコメちゃ~ん」
 猫柳の糾弾に未だ寝ぼけている東雲が抗議の声を上げる。
「ホラ、せめてネクタイくらいはしてください」
 グイっと猫柳に背中を押され、部屋に戻されそうになる。
「ね、ネクタイは持ってるよ……」
 猫柳の剣幕に気圧され、ポケットからくしゃくしゃになったネクタイを取り出す。
「じゃあちゃんと結んでください!」
「む、結べねえんだよ、ネクタイ。結んだことねえし……」
 言いながら何だか情けなくなってくる。ネクタイ一つ結べないとは。
「そうなんですか。……ちょっと貸してください」
 猫柳は俺の手からネクタイを取り、床に鞄を置いて一歩、俺に歩み寄る。そして、
「こうやって結ぶんです」
 そういって猫柳は背伸びし、俺の首にネクタイを回してきた。
「ちょっ⁉」
 首周りに何かを巻かれるのは苦手な俺はビクッと体を強張らせるが、猫柳は「じっとしていてください!」と言って手を離さない。
「出来ました。これからは一人で結べるように慣れてくださいね」
 満足した表情で猫柳が離れると、俺の首にはネクタイが綺麗に巻かれていた。
「う、上手いもんだな……」
 自分で巻くのと人に巻いてやるのではずいぶん勝手が違うと思うのだが、猫柳に巻いてもらったネクタイは曲がってもおらず非常に綺麗に出来ていた。
 ピコン。
 俺が感心していると、横から何か電子音が聞こえた。
 音のした方を振り向くと、いつの間にか覚醒したらしい東雲がケータイを構えていた。
「何してんだ?」
「いや~、まるで新婚さんみたいだな~って」
 ニヤニヤ笑いながら東雲が向けるケータイの画面には猫柳が俺にネクタイを結ぶ様子が動画として保存されていた。いつの間に。
「朝からごちそうさまで~す」
 言いながら東雲は動画を保護設定にし、イヤらしい笑みで猫柳に向き直る。
「ちょ、ちょっと、八雲ちゃん!」
 東雲にからかわれた猫柳は顔を真っ赤に紅潮させ、ワタワタとしながら東雲のケータイを奪いにかかる。
 東雲はそんな猫柳をひょいひょいと躱し、俺の後ろに隠れる。
「ネコメちゃんったらダイタ~ン。ネクタイ直してあげるなんてお嫁さんの仕事だよ~?」
「なぁ⁉」
 東雲の言葉に猫柳は硬直し、真っ赤な顔を俺の方に向ける。
「ち、違うんです大神君! 私は別にそういうつもりじゃ……‼」
 分かりやすいくらい動揺している猫柳は涙目になりながらそんなことを言っている。東雲はそんな猫柳の様子が面白いらしく、ケラケラ笑っている。
「ごめんね大神くん、ネコメちゃんって結構世間知らずなんだよ~」
「世間知らずね……」
 猫柳は「そ、そんなことないです!」と東雲を追いかけまわすが、確かに普通は出会って間もない男のネクタイなんて結ぼうとしないだろうし、そもそも敬語で妙な壁を感じるのに物理的な距離感が近すぎる。ホントに世間知らずっぽいな、猫柳のやつ。
『アン、アンアン!』
 猫柳と東雲がそんなコントのようなことをやっていると、俺の足元でリルが非難の声を上げた。早く飯食いたい、と言っているような気がする。
「おい東雲、そのくらいにして食堂案内してくれ。腹減った」
 ひょいひょいと追いかけっこをする二人にそう声をかけると、東雲はあっさり逃げるのをやめて「はーい」と身を翻す。
「八雲ちゃん、その動画消してください」
「え~どうしよっかな~?」
「八雲ちゃん!」
 追いかけるのをやめつつも未だ不満そうな猫柳を見て、俺は何となく意外に思った。
 異能者で、その中でも『霊官』という特別な役職にある猫柳と東雲。
 特別な存在だと思っていた二人だが、こうしてみていると何でもない普通の女子に見える。どこにでもいる、ただの女子高生に。
 二人が並んで、その間を我が物顔でリルが歩いて行く。俺は一歩後ろを歩き、駄弁りながら二人に食堂への道順を案内してもらう。
「大体ネコメちゃんはカタいんだよ。制服なんて適当でいいじゃん。ね、大神くん」
「ダメです。服装の乱れは心の乱れですよ、大神君」
 中学時代に耳にタコができるほど聞かされた定型文に俺は辟易する。
「だったら服装の乱れじゃなくて心の乱れと向き合えよ。心が乱れてるやつの服装正したって、そんなの表面取り繕ってるだけだろ」
 俺は中学時代こうやって教師の説教を躱してきた。
「そ、それは確かに……!」
 適当に返した答えだったのだが、生真面目っぽい猫柳は俺の言葉を聞いて真剣な顔で思い悩んでしまう。難儀なやつだ。
「ちなみに異能専科で服装の校則が緩いのはそれぞれの異能に合わせてのことなんだよ。異能を使うときに邪魔になっちゃうような制服なら、最初から自分の異能に合ったようにいじっといた方がいいからね」
「なるほどな……」
 服装にも学校独自のルールがあったんだな。特に理由もなくキチンとしろの一辺倒だった中学よりずっと納得できる。
「だからほら、見て見て」
「ん?」
 言いながら東雲はペロっと、猫柳のスカートの後部を捲り上げた。
 肉付きの薄い真っ白な太ももと、臀部を覆う水色の下着。男物とは全然違う形状の布地は驚くほど小さく、瑞々しい脚はほぼ丸出しだ。
 生真面目な猫柳にしては意外なほど布面積の少ない下着だと思ったが、最も不自然なのは下着に空いた穴だ。腰骨のあたりに直径五センチほどの穴が開いており、臀部の影がはっきりと見えてしまっている。
「ひゃあ⁉」
 考え込んでいたところの不意打ちに猫柳は奇声を上げる。
 慌ててスカートを抑えるが、ばっちりしっかり目に焼き付いてしまった。
「……なんか、エロいパンツだな」
 俺は感想として素直にそう述べる。生憎と見なかったフリができるほど紳士ではないし、照れて顔を逸らすほど子どもでもなかった。
 イイもの見させていただきました。
「ちちち違うんです! これはそういう、エッチなやつとかではなく!」
 茹でダコみたいに真っ赤になり、猫柳はぶんぶんと腕を振る。手に持っていた学生鞄がすっぽ抜け、クルクルと回転しながら東雲の額に鞄のカドが突き刺さる。
「あだっ‼」
 天罰の下った東雲は涙目で額をさすり、激怒する猫柳をよそにそっと俺に耳打ちしてくる。
「ネコメちゃんのパンツは特注なんだよ。タンスの中のパンツ全部にこんなふうに穴開いてるの」
「ほうほう、全部穴開きパンツなのか」
「うん、全部穴開きパンツ」
「ぱ、パンツパンツ連呼しないでくださーい‼」
 朝の男子寮の廊下でそんな絶叫が響き、朝食に向かおうと部屋から出てきた生徒たちの注目が集まる。
 羞恥で顔を真っ赤にした猫柳は瞳に涙を溜め、怒りによって振り下ろされた掌が東雲の頭頂部に炸裂し、パーンという乾いた音を寮の廊下に響かせた。

・・・

 落ち着きを取り戻した猫柳が引っ叩かれて目を回した東雲を引っ張り、ようやく食堂にたどり着いた。朝飯を食うってだけなのに何でこんな大騒ぎになったんだか。
 食堂は男子寮と女子寮の間の共有スペースの棟、通称『中棟』の一階にあり、ワンフロア全てを使った広い食堂では大勢の生徒達が自由に席に座って朝食をとっている。
 この食堂は食券システムで、俺たちは食券を買い求める生徒達の行列に並び、列が券売機の前にたどり着くのを待っている。
「こんなに生徒がいるんだな」
 辺りを見回すとかなりの人数がいる。ここにいる全員が何かしらの異能を持った異能者であると思うと驚きを隠せない。
「異能の学校は全国にほんの数か所ですから、ここの生徒は県内だけでなく、中部地方全域から集まってきています。全校生徒で二百人弱といったところでしょうか」
 二百人弱。学校の規模としては田舎とはいえ決して大きくはないが、それが全員異能者なのだとしたらむしろ多いくらいに感じる。
 そんな話をしているといつの間にか俺たちは券売機の前にたどり着いた。
 タッチパネル式のやけに新しい券売機には定食、丼物、麺類、単品の総菜などなど、とても寮の食堂とは思えないほどバラエティに富んだメニューが表示されており、和食、洋食、中華などの種類も信じられないくらい豊富だ。
「す、すげえ種類だな……」
「ここで食べられないものは無いとまで言われていますから」
 タッチパネルを操作してメニューを次々表示させるが、あまりにも種類があり過ぎて悩む。とはいえ後ろにも人が並んでいるので俺は無難そうな『肉野菜炒め定食』を選んだ。
「って、これいくらだ?」
 メニューを選択しても、値段が画面に表示されない。
 いや、そもそも金を入れる投入口さえ見当たらない。
「選んだらさっきお渡しした学生証を当てるんですよ」
 隣で猫柳が券売機の一部、センサーらしきものが光っている場所を指さした。
 言われるがまま学生証を当てると、発券口から俺の選んだ定食の食券が出てきた。
「ここでも学生証なのか……」
「そうだよ~。他にも学校の設備を使うときとか、出欠確認にも使うからね」
 そう言いながら東雲はポチポチポチポチ、大量の食券を買っていた。
 内容は『唐揚げ定食』に『ご飯大盛』、単品の『チキン南蛮』や『おにぎり(鮭)』。申し訳程度に『ポテトサラダ(小)』も買っていた。
「あ、朝からそんなに食うのか?」
 朝から揚げ物ってだけでも結構重いのに、ご飯大盛でその上におにぎりとか、朝練終わりの運動部の男子みたいな量になりそうだ。
「このくらい普通だよ。『異能混じり』はお腹が空くの」
 発券口に大量の食券をため込み、東雲はさらにデザートまで選んでいる。
 見ると隣の券売機では猫柳も東雲ほどではないが複数の食券を買っている。異能混じりってのは本当に大食いなのか?
 カウンターのおばちゃんに食券を渡すと、あっという間に料理が出てきた。キッチンの中ではやはり大量注文が多いのか、何人ものおばちゃんがせわしなく動き回りながら料理を皿に盛りつけては腹を空かせた生徒たちにプレートを渡していく。
「あのおばちゃんたちも異能者なのか?」
 定食の乗ったプレートを持ち、空いた席を探しながら隣の猫柳に声をかける。猫柳はプレートを両手で二枚、東雲に至っては器用に三枚持っている。
「異能者もいますけど、それだけじゃありませんよ。生徒や卒業生の親御さんとか、普通の料理人の方もいらっしゃいます」
 なるほど、一般人に異能の存在を広めない為に出来るだけ異能の存在を知っている人を雇用しているのか。
 そういった細かい所でこの学校の異質さを実感しつつ、俺たちは食堂の一角に空いてるテーブル席を見つけた。
 テーブルの上にそれぞれ料理の乗ったプレートを置き、さらに俺はテーブルの下に茶色い固形物が盛られた深皿を置く。
「ほら、お前はここな」
『アン!』
 茶色い固形物はリル用の朝食、ドッグフードだ。
「しかしドッグフードまで学食にあるんだな……」
「『異能使い』の中には『使い魔』といって、動物を使役する異能を扱う方もいますから、ドッグフード以外にも動物のご飯は色々ありますよ」
 確かに、おとぎ話の中では魔法使いには動物がセットだ。真っ先に思い浮かぶのは白いフクロウだな。
「なあお前ら、本当に全部食べきれるのか?」
 席に座って改めてテーブルの上を見ると、俺の前には肉野菜炒め定食一つなのに対して二人の前には大量の料理が並んでいる。
「だからこれくらい普通だって~」
 そういうと東雲は「いただきま~す」と手を合わせ早速唐揚げにかぶりついた。
 猫柳も静かに手を合わせ「いただきます」と言っている。
(いただきますなんて、何年言ってないかな……)
 そもそもこんなにキチンと朝食を食べるのも何年振りか分からない。
 朝は決まった時間に起きて、こうやってキチンと朝食を食べる。そんな当たり前のことを何年もできていなかった。
 この学校でこれから真面目に、当たり前のことを当たり前にやっていこう。そう思い、二人に倣って手を合わせる。
「いただきます」

・・・

 手品かと思った。
 決して量の多く無い一人前の定食を食べ終わるのとほぼ同時に猫柳と東雲は大量の食料を平らげてしまった。東雲に至ってはデザートまで。
「ごちそうさまでした」
「ごちそうさまぁ~」
 平然とそういう二人に続いて俺も「ご、ごちそうさま……」と呟く。
 二人は食事前と特に変わった様子はなく、苦しそうなな感じもしない。
「チビとドチビのどこにそんな入るんだ……?」
 ボソッとそう呟くと、
「あっれ~? 大神くん今『チビとドチビ』って言った? ねぇあたし達のこと? それあたし達のこと?」
 思わず口から出た言葉に、東雲が表情を消した顔でずいっと迫ってきた。
「い、いや、決して悪い意味ではなくて……」
 自分で言っておいて何だが『チビ』にも『ドチビ』にも言葉以上の意味は無い。普通に悪口だ。
「人の身体的特徴を含んだ悪口言うのってどうなのかな~? そういう何気ない一言が相手を深く傷つけたりするんだよ~?」
 東雲はずい、ずずい、とテーブルに身を乗り出し、どんどん俺に迫ってくる。怖い。
「す、すまん東雲! 悪かった! 二度と言わない」
 このまま怒って『異能』でも使われたらたまったものじゃない、そう思い俺は早々と降参する。
「猫柳も、悪かった!」
「わ、私は別に気にしてませんよ。背が小さいのはホントのことですし」
 猫柳は苦笑しながらそんなことを言ってくれる。
 東雲もとりあえず怒りを収めてくれた様子で、椅子に深く腰を下ろした。
「大神君、これはあなたにも関係あることですが、『異能混じり』はお腹が空くのはほぼ共通なんです」
 ドリンクバー形式で自由に飲める食後のお茶を飲みながら猫柳がそう切り出す。ちなみに猫柳が緑茶、東雲が紅茶で俺は焙じ茶だ。
「それ本当なのか? 俺は定食一つで充分だぞ?」
「大神くんがまだ異能を使ってないからだよ。異能を使えば絶対お腹空くもん」
 東雲は紅茶にスティックシュガーを五本もぶち撒け、もはや紅茶風味の温かい砂糖水になった液体を美味そうに啜りながらそう言った。こっちは見てるだけで胸焼けしそうだ。
 そんな東雲を気にした様子もなく、猫柳は淡々と言葉を続ける。
「『異能混じり』は混ざった異能の身体的特徴や運動能力に近づき、人間の限界を大きく超えた力を出します。例えば大神君なら、オオカミ並みの嗅覚で匂いを嗅ぎ分けたり物凄い速さで走ったり出来るでしょう」
「そろそろ『異能』も身体に馴染んできてるだろうし、意識すれば今すぐにでもそのくらいはできると思うよ」
 そんな二人の言葉を聞き、俺は満腹になってテーブルの下であくびをしているリルを見る。
 リルはオオカミの異能生物、俺はその異能混じり。まだイマイチ自覚が無いが、俺はリルの力で狼男になれる、らしい。
 そうなれば恐らく猫柳の言う通り、俺は人間を大きく超えた身体能力を扱える様になるのだろう。
「ただし、身体能力が向上してもそれを扱う私達の身体は、あくまで人間のものです。人間の身体で人間以上の身体能力を発揮すれば、様々な障害が発生します。その最たる例がカロリーの消費で、仮に生身と同じ距離を走るとしても速さが人間の何倍もある以上、消費するエネルギーも比べ物になりません」
 猫柳の言っていることは、考えてみれば至極当然な話だ。
 例えば同じ人間でもスポーツをするのとしないのでは代謝が全然違うだろう。だから二人は小柄な体躯に似合わない量の食事を取るんだ。
「それにあたし達は霊官だからね。霊官は急に呼び出されてお仕事ってことも珍しくないから、食べれる時には食べとかないといけないの」
 紅茶を飲み干し、カップの底に沈んだ溶けきっていない砂糖をジャリジャリと咀嚼しながら東雲がそういった。
「なるほどな……」
 霊官、異能の国家公務員。
 公務員といえば将来的に安泰な仕事だし、目指してみるのも悪くないかなと思っていたのだが、少し考え直してしまう。
 急に呼び出されて仕事というのもしんどいが、霊官の仕事とはつまり異能に関連した仕事だ。
 妖蟲の駆除や異能生物との戦い、要は危険な仕事なのだ。
 俺と同い年でそんな仕事に就いている猫柳と東雲のことは、純粋に凄いと思う。
 しかし、自分が同じ仕事に就きたいかと問われればちょっと即答できない。
 そんな事を考えていると、

「お偉い霊官さんの話かよ。正義の味方気取りの偽善者が」

 侮蔑と皮肉を含んだ言葉が、俺たちの座る席の横から発せられた。
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