異能専科の猫妖精

風見真中

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編入編

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 目を覚ますと、真っ白な天井が目に入った。
 鼻に付く薬品のような臭いと、視界を白で埋め尽くすカーテンとシーツに、着慣れない白い衣服。
 右手には液体の通った管が刺さっており、隣には点滴台もある。
「病院か……?」
 どうやら俺は病院のベッドに寝かされているようだった。
 足の裏に何やらモフッとした感触を覚えてシーツを捲ると、そこにはけむくじゃらの相棒、リルが丸まって眠っていた。
 その愛らしい様子に思わず笑みがこぼれ、そこでようやく俺はシーツを捲り上げたのが自分の左手だということに気づく。
「う、腕が……」
 当たり前のように付いている腕を見て、気を失う前の記憶が呼び起こされてくる。
(あの後、どうなったんだ?)
 鬼を撃ち倒し、藤宮を捕まえて、それで俺は気を失ってしまった。
 そっと首に触れてみると、そこには革製のチョーカー型の異能具、恐らくグレイプニールが付けられている。
 自分の置かれた状況を推察していると、シャッとカーテンが引かれ、車椅子の少女とその少女に付き添う女顔の男、諏訪先輩と烏丸先輩が現れた。
「あら、起きたんだ?」
 諏訪先輩は驚きも喜びも無い様子でそんな事を言うと、膝の上に乗せていた風呂敷包みを備え付けの棚の上にゴト、と重い音を響かせながら置いた。烏丸先輩はこっちを見てもいない。
 見れば棚の上には今置かれた風呂敷の他にも、俺の好きな炭酸飲料やコンビニのスイーツ、花瓶には花まで活けてある。どうやらお見舞いの品らしい。
「あんた、寝込むのが趣味なの? 一週間で三回も寝込んだ奴、初めて見たわよ」
「いや、好きで寝込んでる訳じゃ……」
 確かに妖蟲に襲われた時と、日野の所からの帰り、今回で三回目だ。
「しかもせっかく付けてあげた腕もダメにしちゃって。それ作るのも楽じゃないんだからね?」
 そんな小言を投げかけながら、先輩は棚の上に置いた風呂敷を広げる。中からは、立派な松の盆栽が現れた。
「……なんすかそれ?」
「お見舞いよ」
「見舞いに根っこのある花は、『根付く』とかいって持ってこないもんですよね?」
「花じゃないわ、松よ」
 そりゃ見りゃ分かるけど。
「根付け。しばらく大人しくしてろってことよ」
 呆れるようにため息を吐き、グイッと首のグレイプニールを引っ張って顔を近づける。
「私は、無茶、するなって、言ったわよね? 結果、オーライ、だからって……」
「お嬢様」
 言葉一つ区切る度にゴツゴツと頭突きをしてくる諏訪先輩を、横から烏丸先輩が制する。
「事の顛末はネコメからの報告の通りです。大神の行動は最善であり、あれだけの事態で死者が一人も出なかったのは彼の功績だと思いますが?」
「それは……分かってるけど……」
(あれ?)
 もしかして今、烏丸先輩が俺のこと庇ってくれた?
 意外なことに驚いていると、烏丸先輩は嘆息しながら諏訪先輩に説教を始めてしまう。
「大神のことが心配だったのは分かりますが、まずはその功績を労ってやるのが筋ではないのですか? 藤宮の目的がネコメだった事を考えれば、大神は彼女や鎌倉達クラスメイトを救ったのですよ?」
 烏丸先輩の説教は止まらない。
 烏丸先輩は諏訪先輩のボディーガードみたいなものだったはずだが、どうやら内面的な力関係は烏丸先輩に分があるのかもしれない。
 くどくどと雪崩れ込む説教に、諏訪先輩は「わー!」と両手を振り上げてジタバタし始めた。
「ちょ、先輩、ここ病院じゃ……⁉」
 病室内で騒ぐとか非常識な、と思い注意しようとするが、先輩は「うっさい!」とそれを一蹴する。あんたの方がうっさいわ。
 ぜーはーと息を荒げた先輩だが、次第に落ち着いたのか、普段の余裕のある態度に戻ってビシッと俺を指差した。
「分かった、褒めてやるわ! よくやったわね、大地」
「は、はあ……」
 なんだかよく分からないが、褒められたらしい。
「これでもお嬢様はお前の事を心配していたんだ、大神。素直に喜べ」
「余計なこと言わないで、叶!」
 頰を赤らめて諏訪先輩がそんな事を言っていると、何やらケータイの着信音らしき音が響いた。
「あら、何かしら?」
 当たり前のように先輩はポケットからケータイを取り出した。だから病院じゃねぇのかよ、ここ。
「はい。あ、もうお着きになったんですか? はい、すぐ伺います」
 電話を取り何やら話している諏訪先輩を見ていると、グッと腕を首に回され、烏丸先輩が顔を寄せて来た。
「おい」
 そしてドスを効かせた低い声で、脅しをかけてくる。
「お嬢様のお気に入りだからといって、調子に乗るなよ? お嬢様に対して変な気を起こしたら、どうなるか分かっているだろうな、犬コロ?」
「…………⁉」
 コイツも拗らせてんのかよ⁉
 心の中でそう叫ばずにいられなかった。霊官って変な奴ばっかだなオイ。
「叶」
「はい、お嬢様」
 電話を終えた諏訪先輩に呼び掛けられると、烏丸先輩は素早く俺を解放して諏訪先輩に向き直った。
「柳沢さんがいらっしゃったわ。案内するから、付いて来て」
「はい、お嬢様」
 恭しく頭を下げ、俺をひと睨みして烏丸先輩は病室を出て行った。最近妙に睨まれるよね、俺。下手すると町でチンピラやってた時より睨まれてるかも。
「大地、これから霊官の上役の方がいらっしゃるから、失礼のないようにね」
 そう言って諏訪先輩も病室を出て行ってしまう。
「上役?」
 一人になった病室で首を傾げていると、何やら病室の外、廊下の辺りが騒がしい。
「お! 起きてる起きてる!」
「もう大丈夫なのか?」
「…………」
 ガラッとドアを引いて現れたのは、制服姿の目黒、石崎、鎌倉の三馬鹿だった。
「な、何しに来たんだよ、お前ら……⁉」
 意外な連中の登場に困惑していると、三人はそそくさとベッドの周りに集まって来た。お礼参りかな?
「何って見舞いだよ」
「忍び込むの大変だったんだぜ。お前の病室隔離されてる上に俺ら今謹慎中だから」
 コイツらが、俺の、見舞いぃ?
 あまりにも予想外の展開に怪訝な顔をしていると、目黒が申し訳なさそうに笑いながら「そんな顔すんなよ」と言ってきた。
「俺たち、お前にあんなひでぇことしたのに、お前は俺たちのことも助けてくれただろ?」
「俺たちお前に謝りてえんだよ」
 目黒と石崎がそう言うと、それまで黙っていた鎌倉がバッと両手を床について、頭を下げてきた。いわゆる、土下座だ。
「悪かった、大神。どうか俺を好きに殴って構わねえから、モモとショウゴは許してやってくれ」
「ちょ、光生君!」
「そんなのやめようって言ったじゃん!」
 自分たちを庇う鎌倉に、二人が困惑の声を上げる。ホント仲良いよな、コイツら。
「主犯は俺だ! 俺が罰を受ける!」
「水臭えよ!」
「カッコつけんなよ!」
 三人の熱い友情を見せ付けてもらっているところ悪いが、何やらこの後お偉いさんが来るらしいので、三馬鹿には早いとこお引き取り頂きたい。
「いや、もういいから。気にしてねえから。なんか人来るみたいだから、ちょっと出てって……」
「いや、それじゃ俺の気が済まねえ!」
 めんどくせぇ‼
「あー、じゃあ、ちょっとこい」
 仕方なく鎌倉を手招きし、その額に一発、デコピンを見舞う。
 ジンジンするであろう額をさすりながら、鎌倉は困惑したように俺を見る。
「それでチャラだ」
 そう言ってやると、鎌倉は深く項垂れ、コクリと頷いた。
「大神、これだけでも受け取ってくれ。俺たちからの見舞いだ」
 そう言って三人はズボンの背中にでも隠していたのか、一人一つずつ中の見えない紙袋を取り出し、渡してきた。
「お前の好みに合うといいんだけど……」
 少し照れながらはにかむ目黒に、抜群に嫌な予感を覚える。
 とりあえず三つとも受け取って封を開けてみると、中からは本らしき物が現れた。
 タイトルはそれぞれ、『淫らなナース』『好色お姉さん』『コミックエロス』。
「エロ本じゃねぇか‼」
 バンッとベッドの上に叩きつける。
「見舞いつったらやっぱエロ本だろ!」
「コンビニもエロ本置かなくなるって話なのに、病院にこんなもん持ち込むんじゃねぇ‼」
 しかも何が気に入らないって、漫画本らしき『コミックエロス』の表紙のあられもない格好の女の子が、茶髪でセミロングで、猫耳のカチューシャを付けていることだ。
「これなんか猫柳っぽいじゃん?」
「ぽいから何だ⁉」
 クーリングオフしてやろうと怒鳴りながら袋に詰め直すが、その間に三人はすでにドアの外で手を振っていた。点滴打ってて動けないから、追いかけることもできない。
「んじゃなー」
「お大事にー」
 愉快そうに手を振る目黒と石崎。鎌倉は「フッ」と爽やかに微笑んで颯爽と去っていった。いや、なにいい雰囲気にしてんの?
「おい待て、なんか失礼があっちゃいけない人が来るって‼」
 虚しいことに、俺の叫びに答える声はない。
「……どーすんだこれ?」
 霊官の上役とやらが来るというのに、エロ本を置いておくとか失礼が過ぎる。
 仕方なくベッドのシーツの下に本をねじ込むと、丸まって寝ていたリルを起こしてしまった。
『ん、ダイチ?』
「あ、悪いリル。起こしたか」
 今更だが、リルの声が頭の中に響く。
 あの時は状況が状況だっただけにすんなり受け入れていたが、よく考えるととんでもないことだよな。
 リルの声は声帯から出ているというより俺の頭に直接響くような感じで、ひょっとしたらテレパシーみたいなものかもしれない。
『ダイチ、もう大丈夫なのか?』
「ん、ああ、何ともないよ。お前こそ、平気か?」
『何ともない!』
 そう言ってリルは俺に飛びつき、ベロベロと顔を舐め回してくる。
「わっぷ、こら、リル!」
 じゃれつくリルと戯れていると、再びガラッとドアが引かれる。
「大地君、目が覚めたんですね!」
 そう言って早足で寄ってくるのは、猫柳瞳、ネコメだ。
「ネコメ!」
 俺はリルをベッドの上に放り、枕元まで寄ってきたネコメの顔に手を伸ばしてセミロングの髪の右側をそっと掻き上げた。
「ひゃ⁉ だ、大地君⁉」
 ビクッと体を強張らせるネコメの顔の横には、キチンと耳があった。
「耳が……」
 ホッと安堵する。
「か、会長に治療していただきましたよ……」
 顔を赤らめてはにかむネコメを見て、俺は女子の顔や髪に触れるという、なんとも出過ぎた行いをしていることに気付いた。
「あ、すまん……!」
「へ、平気ですよ」
 そんな俺とネコメのやり取りを見て、「ふふふ」という笑い声を上げる人物がいた。
「瞳がここまで気を許せる人物に出会えるとは、私としては嬉しいやら、寂しいやら」
 そう言いながら病室に入ってきたのは、三十歳前後と思われる男性だった。
 百八十センチはありそうなスラっとした体でブランド物と思しきスーツを着こなし、短く切り揃えられた髪はワックスで清潔に纏められている。
 柔らかく微笑むその顔は結構なイケメンで、人当たりの良さそうな感じだ。
 俺が謎のイケメンを観察していると、廊下で控えていた諏訪先輩と烏丸先輩が「柳沢さん」と呼びかけた。
「事後処理をましろに任せっきりなので、私たちはこれで失礼しますね」
 どうやら諏訪先輩達がネコメとこのイケメンを病室に案内してらしい。さっきも「柳沢さん」と言っていたし、このイケメンが霊官のお偉いさんで間違いないだろう。
「ああ、ご苦労様諏訪君。烏丸君も」
 柔和な笑みで自分たちを労うイケメンに頭を下げて、諏訪先輩は俺をビシッと指差す。
「私たちはこれで帰るけど、安静にしてなさいよ! あと柳沢さんに失礼のないようにね」
「へーい」
 気のない返事を返すと、諏訪先輩はスッと目を細めて俺の左腕に視線を向けた。
「もう一回腕をダメにしたら、今度はその左腕サイコガンにするからね」
「出来んの⁉」
 もし出来るなら、ちょっとやってみて欲しい。
 二人が立ち去るのを見届けると、改めてこのイケメン、柳沢さんとやらに向き直る。
「大地君、こちらは柳沢アルトさん。霊官の中部支部の支部長さんです」
 ネコメの紹介を聞き、俺は「支部長……」とその言葉を反芻する。
 異能を管理する国家機関である霊官は、全国にその根を張っているらしい。
 中部支部とやらが名前の通り日本の中部地方全体を取り仕切っているとしたら、そこの支部長ってのは結構な大物だぞ。
「アルトさん、こちらは大神大地君。私の友達なんだよ」
 ネコメが簡潔に俺のことも紹介してくれるが、霊官の研修生とかクラスメイトではなく、友達と紹介されたのが何ともむず痒い。
「はじめまして、大神君。中部支部長の柳沢アルトです。瞳の保護者のようなものだよ」
「ネコメの……⁉」
 ネコメは、長い間母親から虐待を受けていた。
 ケット・シーの異能が発現したことがきっかけで霊官に保護されたと言っていたが、その時に始めて名前を付けてもらったらしい。
 猫の異能と、瞳に強く出た特徴。そして保護した霊官の名前から、猫柳瞳と名付けられたと。
「じゃあ、あんたがネコメの名付け親の……」
 俺の予想に満足したように、柳沢さんは「ふむ」と頷いた。
「聞いていた通り、良い観察眼を持っているね。地頭の良さが伺えるよ」
「そりゃ、どうも……」
 どうやら褒められたらしいが、なんだかこの人と話してるとモヤモヤするな。
「瞳、すまないが売店で何か買って来てくれるか。少し大神君と二人で話したいこともあるんだ」
 そう言って柳沢さんは財布から五千円札を取り出し、ネコメに渡す。
「二人で話すこと? それって私が居ちゃダメなの?」
「男同士の話だよ、大したことじゃない。ほら、お釣りはあげるから」
 子どもをあやすようにそう言う柳沢さんに、ネコメはムッとした様子で食ってかかる。
「アルトさん、私ももうキチンとお給料もらって霊官やってるんだよ⁉ いつまでもそんな子ども扱いしないで‼」
「はいはい、分かった分かった」
「絶対分かってないじゃん‼」
 まるで普通の子どものようにわめくネコメを見て、俺はこのモヤモヤの正体が分かった。
 先輩方はもちろん、俺たち同い年の友人にも例外なく敬語を使っていたネコメが、柳沢さんにだけはタメ口で話しているのだ。
「あー、飲み物とかなら、ホラ、棚の上にあるし……」
 ちょっと温いかもだけど。
「それはダメですよ、大地君。これは大地君へのお見舞いなんですから、私たちがいただくわけにはいきません」
 俺の提案をあっさり却下して、ネコメは病室を出て行こうとする。
「あ、待てよネコメ! そういやこの見舞い誰からなんだ?」
 見舞いの品は飲み物も食べ物も、全て俺の好きなものばかりだ。
 ネコメや里立がここまで俺の好物を知ってるとは思えないし、謹慎中の三馬鹿はこんなマトモな物を持ってくるとは思えない。
 誰から貰ったかも分からない物を食べるのには抵抗があったのだが、ネコメは俺の質問を聞くと柔らかく微笑んで廊下に出てしまう。
「大地君のことを心配して、大地君に早く元気になってもらいたいって思ってる人ですよ」
 心底嬉しそうにそんなことを言って、ネコメは立ち去ってしまう。
 誰だそりゃ、と俺が首を傾げていると、柳沢さんが「ふふ」と笑い声を漏らす。
「瞳があんな顔を見せるとは、本当に君に心を許しているようだね」
「……俺もそう思ってたんっすけどね。まだ距離あるみたいじゃないすか?」
 あんたに比べれば、という言葉を隠した俺の答えに柳沢さんは「ははっ」と声を上げ、破顔した。
「私も人の上に立つことが多いので、人の心の機微には敏感な方なんだよ。君の今の感情は、嫉妬のようなものかな?」
「そんなんじゃないっすよ……」
 ただなんか、モヤモヤするだけだ。
「おや、外したか。まあだとしても気にするほどの事でもないさ」
 そう言って柳沢さんはポケットからミントのタブレット菓子を取り出し、二、三粒口に放り込む。俺も勧められたが、丁重にお断りした。
「改めて、お礼を言わせて貰うよ。正規の霊官ではないにも関わらず、君は異能による凄惨な事件を解決に導く立役者になってくれた。そして次の世代を担う異能者の皆や瞳を、何より東雲君を救ってくれた」
 柳沢さんは腰を曲げ、深く、深く、頭を下げる。
「ありがとう」
 東雲を救ったのは俺じゃない、と思ったが、柳沢さんが頭を上げるのを待って、俺は気になっていた事を聞いてみることにした。
「あの……藤宮と東雲は、どうなったんですか?」
「……藤宮は檻の中で裁判を待っている。東雲くんに関しては……今回の件は単純な傷害、殺人未遂だけでなく、異能による国際テロの発端にもなり得た事態だ。主犯でないとはいえ、彼女も無罪放免というわけにはいかない」
「そうですか……」
 それは、東雲自身も覚悟していたことだが、やはり改めて聞くと胸の中にズシンとのし掛かってくるものがある。
 表情を暗くする俺を心配するように、リルがチロリと指先を舐めた。
「しかし、彼女の特殊な事情を鑑みれば、情状酌量の余地があるのは我々も分かっている」
「え?」
 バッと顔を上げる俺に、柳沢さんは柔和な笑みを浮かべた。
「安心したまえ。彼女にはそう遠くないうちに会えるよ」
 その言葉を聞いて、俺はホッと安堵した。
「さて、ここからが本題なんだが……」
 しかし安堵したのも束の間、柳沢さんは急に神妙な顔になり、病室に備え付けてあったパイプ椅子を開いて腰を掛け、顔を寄せて話してきた。
「君は、藤宮の考えをどう思う?」
「藤宮の、考え?」
 それは、あの思想の事か?
 異能を軍事利用し、他国に戦争を仕掛けるという、あの思想。
「そりゃ、戦争なんて嫌だとしか……」
 戦争の経験なんてない俺たちの世代は、その実態を授業や創作の中でしか知らない。
 しかし、戦争を法律で禁じている日本以外の国だって、全ての国が常に戦火に晒されているわけではないし、藤宮の言うように戦争が経済を回すのもまた事実だ。
 俺の答えに「ふむ……」と頷いた柳沢さんは、静かに足を組み、ゆっくりと語り出す。
「大神君、私は……いや、霊官の多くは、彼女の思想が大きく間違っているとは思わないんだ」
 柳沢さんのその言葉を聞いて、俺は激しく動揺した。
「な、何言ってんだ⁉︎」
 それは藤宮のやり方を、東雲のような人工異能者を作ることを肯定するって事か⁉︎
 俺が表情を強張らせると、柳沢はおどけた様子で「誤解しないでくれ」と手を振った。
「もちろん、東雲君のような事例を認めるわけじゃない。ただ、異能を武力と捉え、軍事利用する。他国との交渉の武器として扱うというのは、必要なことなんだ」
「そ、そんなこと、本当に必要なのか……?」
 俺たちの世代は戦争なんて実感が湧かないし、そもそも政治とか他国との外交だってニュースの中だけの話にしか思えない。
「必要だよ。どんなことでも交渉のカードになる。軍事力も経済力も、異能も。特に日本は、世界有数の異能先進国でもある。アメリカのように比較的新しい国にはない、有効なカードだ」
「そんな……」
 異能、霊官は軍事力である。
 その事実を改めて突きつけられ少なからず動揺する俺に、柳沢さんは追い討ちをかけるように言葉を続ける。
「霊官は国家公務員、言わば異能の自衛官だ。今回のような国内の件だけでなく、他国と異能の戦争が起これば、真っ先に死ぬのは我々だ。霊官には皆、その覚悟がある」
「覚悟……」
 霊官の、覚悟。
 確かにそれは、異能という脅威に向き合う者にとって、必要不可欠のものなのだろう。
 霊官の研修員という立場の俺に、果たしてその覚悟はあるのか?
「瞳や君たちのような若者にこんな重荷を背負わせるのは心苦しいが、今の世界情勢は非常に不安定だ。いつどの国が戦争を起こすか分からない」
 確かに、ニュースを見ればそんなことも言っているし、火種はそこかしこにあるのだろう。
「ネコメや、諏訪先輩たちも、そういう覚悟を持っているんですかね……」
 呆然と呟く俺に、柳沢さんは何も答えてはくれなかった。
「……つまらない話をしてしまったね。私はもう行くよ。瞳には仕事に戻ったと言っておいてくれ」
 柳沢さんは立ち上がり、最後にベッドの上であくびをしているリルに視線を向けた。
「……フェンリル、北欧の最強の狼。そしてその異能混じりのウェアウルフ、大神大地君。君たちが霊官を目指すなら、私としても心強い。ただ、忘れないでくれ、今の話を。霊官としての、覚悟を」
 毅然とした態度で大人らしいことを言ってくれた柳沢さんは、スーツの襟を正して病室を出て行った。
 残された俺はベッドに寝転がり、真っ白な天井を見上げて「覚悟か……」と呟く。
 当然、そんな覚悟などあるはずもない。
 俺が霊官を目指すのはもともと諏訪先輩への負債のせいだし、出来ることなら平和ボケした日本人らしく平和に暮らしたい。腕がコロコロ取れるような生活はゴメンだ。
 しかし、俺が霊官を目指さなかったとしても、今回のようにネコメや東雲や里立、あとはまぁ、三馬鹿に同じような危険が訪れたら、俺は多分同じように戦うと思う。
 それは果たして、覚悟と呼べるのだろうか?
 そんなことを考えていると、
「……ん? この匂い……」
 部屋の外から、嗅ぎ覚えのある匂いが漂って来た。
 遠ざかって行く柳沢さんの匂いと、一人はネコメ、もう一人は……。

 ・・・

 廊下を歩く柳沢アルトは、病室の側で立ち止まり、そこにいた人物を見て笑みを浮かべる。
 そして何も言葉を交わすことなく、会釈をして立ち去った。
「…………」
 その人物は持っていた荷物に一瞬だけ目を落とし、柳沢が立ち去った方に踵を返した。
「会っていかないんですか?」
 立ち去ろうとする人物に向け、通路で控えていたネコメがそう声をかけた。
「……会っても、喧嘩になるだけですよ」
 その人物、大地の父親である大神進一郎は持っていた荷物、大地への見舞いの品をネコメに手渡した。
「毎日お見舞いにいらしているのに、そんなこと……」
 寂しそうに目を伏せるネコメを見て、進一郎は少し嬉しくなり、口角を上げた。
「私はあいつに、親らしいことは何もしてやれなかった。いや……そもそも私は、人の親に相応しい人間じゃなかった」
 自虐気味にそう呟いた進一郎は、気まずそうに目を泳がせるネコメにスッと頭を下げた。
「愚息がご迷惑をお掛けすると思いますが、どうか、よろしくお願いします」
「……はい」
 息子を思う父親の顔になった進一郎に、ネコメはニコリと微笑んだ。
「お願いされます!」
 ネコメのその言葉に満足し、進一郎は踵を返して病室から離れようとした。
 その背中に、
「親父ッ‼」
 点滴を引き抜き、リルを連れて病室を飛び出した大地が呼びかけた。
「……大地。犬嫌いのお前が、どういう風の吹き回しだ」
 まともな親子らしい会話などしてこなかった進一郎は、そんなことしか言えなかった。
「……」
 不器用な親子を見て、ネコメは邪魔にならないように大地の病室に入って行った。
「……こいつは、リル。俺の相棒だ」
「そうか」
「犬嫌いは、まあ、治った」
「そうか」
「……今は、その、色々バタバタしてるけど……」
 気まずそうに頰を掻く大地は、それでも進一郎を見据え、ハッキリと口を開いた。

「そのうち、ちゃんと帰る」

「……そうか」
 それを聞き届けると、進一郎はゆっくりと歩き出した。
「体に気をつけろ。あまり、心配させるな」
 不器用な親子の会話は、それっきりだった。
 お互い気まずそうに笑うその顔は、親子らしく、とてもよく似ていた。

 ・・・

 病室に戻ると、絶望が待っていた。
 おそらくシーツを変えようとしたのだろう、ネコメが布団を退かし、ベッドのシーツを剥がしていた。
 そして、ネコメの手の中には……
「ネコメ、さん?」
 顔を真っ赤にしているネコメの手の中には、どことなく自分に似た少女が、あられもない格好で表紙を飾る本。コミックエロスが握られていた。
「違うんですよネコメさん、それはさっき鎌倉達が……」
 思わず敬語になってしまう俺に、ネコメは真っ赤な顔で涙目になり、頭の上にピョコっと猫耳が出現する。
「よ……」
「よ?」

「寄らないで下さい、この、ケダモノー‼」

 ネコメの絶叫が、病室にこだまする。
 誤解を解くのは大変そうだが、まぁ、

 鬼退治よりは、楽だろう?

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