異能専科の猫妖精

風見真中

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贖罪編

とある姉妹の普通の会話

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 大地たちは日が落ちるまで、奈雲の病室で談笑した。
 学校のこと、今までのこと。何気ない普通の会話を、ただ楽しんだ。
 日が暮れてネコメと悟志、ましろと彩芽が学校に戻るために退室し、しばらく入院する大地もほどなくして自分の病室に戻ると、八雲と奈雲の二人だけが病室に残された。
 八雲は今日は病室に泊まっていいと、担当医と彩芽に許可を貰ったのだ。
「本当に、いい友達を持ったね、八雲」
 ベッドに横になりながら、据え置きの花瓶に活けられたネコメのお見舞いの花を見て、奈雲は嬉しそうに微笑んだ。
「うん、自慢のお友達!」
 八雲は自分のこと以上に、友人のことを褒められたことが嬉しかった。
 そんな八雲の様子を見て、奈雲の中にはほのかな寂しさと嫉妬心、そして、悪戯心が芽生える。
「……特に大地君は、やっぱりいい子だよね。あんな優しくて頼もしい人、なかなかいないと思うな~」
「やっぱりお姉ちゃんもそう思う⁉」
 パッと顔を輝かせ、八雲は椅子から立ち上がって心を踊らせる。
「大地くんはね、本当に優しいんだよ。あたしが一番辛かった時にも、あたしのこと信じてくれたし、それにあたしのこと大好きだって……」
「聞いたよ。でもそれって友達としてってことでしょ?」
「それは、分かってるけど……」
 こういった八雲の友人の自慢話を、奈雲は目が覚めてから何度も繰り返し聞かされた。
 その中で奈雲は妹が自分の元を巣立ってしまったような寂しさを感じ、八雲の口振りからあの少年への想いも感じ取っていたのだ。
「……私も、チャンスあるかな?」
「え?」
 だからこそ、どこか舞い上がっている妹をからかってみたくなってしまった。
「ほら、私はもちろん男の子と付き合ったことなんてないし、処女のままでっていうのも……」
「ちょ、お姉ちゃん、何いってるの⁉」
 突然の姉の言葉に八雲は激しく動揺し、言葉を詰まらせる。
「今から大地君の病室に行って、『君にキズモノにされちゃったから責任取って』って言えば、一回くらいなら抱いてくれそうじゃない?」
「だ、だだ、抱くって……⁉」
「大地君にとっても悪い話じゃないんじゃないかな? 自分で言うのも何だけど、体はこの通り綺麗だし、顔だって悪くはないでしょ? そんな女と後腐れなくデキるんだったら……」
「お姉ちゃんっ⁉」
 動揺し、動転し、顔を真っ赤にして、ついには目尻に涙まで溜めてしまった八雲に、奈雲は楽しそうに笑った。
「あはは、冗談だよ八雲。あの子はそんな簡単に割り切れるタイプじゃなさそうだもん」
 大地のプロファイリングが全くの当てずっぽうというわけではないが、少なくとも後腐れないということはないだろうと奈雲は確信していた。
 抱いたとしても、彼は間違いなく自分のことをずっと引きずってしまう。
 そう思った奈雲だから、大地の心の中に居座り続けるつもりにはならなかったのだ。
「もうっ、変なこと言わないでよ……」
 呼吸を乱しながら椅子に座る初心な妹に笑みを向けつつ、「でもね」と奈雲は続けた。
「ちゃんとアプローチしないと、多分その内誰かに取られちゃうよ。ネコメちゃんとか、彩芽さんとかに」
「や、やっぱり、そう思う……?」
 ビクッと怯えたようになり、八雲は控えめに声を震わせた。
「うん。恋愛っていうのとはチョット違うと思うけど、ネコメちゃんと大地君って信頼し合ってる感じでしょ? ほんの少しのキッカケで簡単にくっついちゃいそうに見えるよ」
「あう……」
 奈雲の言葉を聞いて、八雲には思い当たる節がいくつもあった。
 ネコメと大地は共に困難に立ち向かった戦友のような関係だし、ネコメの生い立ちのような秘密も共有している。
 何よりネコメには、八雲の知る限り大地ほど親しい異性の友人は他にいない。
「彩芽さんは、なんだか大地君のことをペット扱いしている感じだけど、油断できないよ。親愛だって愛情の一つ、いじめるのだって愛情表現かもしれないしね」
「あ、あう……」
 すっかり萎縮してしまった妹に、奈雲はぎこちなく手を伸ばし、その頭を撫でてやる。
「頑張るんだよ、八雲」

 ・・・

 病院の消灯時間を過ぎ、院内が暗く寝静まった頃。非常灯のみがぼんやりと灯る廊下を、寝巻き姿の八雲が歩く。
 穏やかな寝息を立てる奈雲を起こさないようにこっそりと見舞い人用の寝具から抜け出し、足音を警戒してスリッパも履かないでいる。
 目的地である大地の病室の前に立ち、八雲は気持ちを整えるように静かに深呼吸した。
 そっと鍵のかかっていないドアを引き、そろりそろりと病室に入る。
『アウ?』
「ッ⁉」
 人間が起きるほどの音ではなかったが、鋭敏な獣の聴覚がドアを引く音を捉えてしまったらしく、リルが起きてしまった。
「ご、ごめんね、リルちゃん……」
 起こしてしまったことを小声で謝りつつ、唇に人差し指を当てて『静かにしてて』のジェスチャーを送る。
 八雲とリルは会話による意思の疎通が出来る訳ではないが、知能の高いリルには意味が伝わったらしく、スッと目を閉じてくれた。
「大地くん……」
 八雲はゆっくりと大地の眠るベッドに近付き、間近でその寝顔をじっと見つめる。
 寝相が悪く、毛布を蹴飛ばしてしまっている大地の体には、至る所に包帯が巻かれている。
 削ぎ落とされた片耳、ぐしゃぐしゃになった手、関節を砕かれた肩。その全てが、自分が彼に負わせた傷だと八雲は思っていた。
 自分が助けを求めたから、彼の体はこんなに傷つき、また、奈雲の事で心にも傷を負った。
 その事実に胸を痛める八雲だが、一方で一抹の優越を感じてもいた。
 彼は自分のために、こんなに傷を負ってくれた。
 つまり、彼にとって自分は、この傷に見合うだけの価値があるのだと、そんなことを思ってしまった。
(酷いな、あたし……)
 本当に自分は、どうしようもなく歪んでいる。
 大地の体の傷一つ一つが、まるで自分への愛情の証明であるかのように錯覚し、八雲は深い自己嫌悪に陥った。
(あたしはやっぱり、あたしのことが嫌いだよ……)
 積み重なった自分への嫌悪感は、そう簡単に消えてくれない。
 汚い自分が嫌い。
 嘘つきな自分が嫌い。
 歪んだ自分が、大嫌い。
(でも、そんなあたしを、大好きだって言ってくれたよね……)
 八雲は自分を認めてくれた大地に感謝し、そっと顔を近付けた。
「だからね、大地くん」
 眠る大地の耳元に、囁くような小声で誓う。

「あたしね、頑張ってみるよ。自分を好きになれるように。君の、特別な『大好き』になれるように」

 八雲はスッと髪をかきあげ、大地の頰にそっと口づけをした。
「…………」
 真っ赤に染まった顔を離し、左手で自分の唇に触れる。
 右手の小指を大地の頰に当て、自分の唇が触れていた箇所をそっとなぞる。
「……予約だよ。『大好き』の責任、取ってもらうんだから」
 時間にしてほんの数秒、触れるだけの稚拙なキスではあったが、今の八雲にとっては精一杯の勇気を振り絞った結果だ。
「ナイショにしてね」
 一部始終を見ていたリルに釘を刺し、八雲はそっと大地の病室を後にした。

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