異能専科の猫妖精

風見真中

文字の大きさ
99 / 103
贖罪編

交錯しない思い

しおりを挟む

「飽きた……」
 ボフッと枕に頭を乗せ、俺は目を瞑って意識を投げ出そうとした。
「ダメだよ。ほら、起きて」
 ずるっと枕を抜かれ、崩れるジェンガのように頭がマットレスに沈む。
「……もう嫌だ」
「怒るよ?」
 ムッと凄まれ、俺は渋々体を起こす。
 ベッドに備え付けられた簡易テーブルの上には、筆記用具とノートと参考書、つまり、勉強道具が揃っている。
「……本当に嫌だ。もう飽きた。外に行かせてくれ」
「ダメに決まってるでしょ。まだまともに歩けないんだし、そもそも今日雨だよ」
「じゃあせめて寝かせてくれ」
「時間は有効活用するの」
 そういってベッドの横のパイプ椅子座るに八雲は、俺にシャーペンを押し付ける。
「……大日本帝国異能軍、奴等は一体」
「現実逃避しない。そういうのはプロの霊官に任せて、学生には学生のやることがあるでしょ」
「…………」
 六月も終わりに差し掛かった今日この頃、未だ明けない梅雨に気分も沈む中、俺は病室で勉強に勤しんでいた。
 理由は単純明快、もうすぐ異能専科の期末テストなのだ。
 異能専科は異能者の管理と育成を目的にした学校だが、一般的には普通の小中高一貫学校。それもそれなりの名門校である。
 一般大学に進学する者も多いこの学校は、異能者としてだけではなく、普通に学生としての学力も求められる。
 しかし普通の高校よりも特殊な事情を抱えている生徒が多いことを考慮され、回数は年に四回と決まっており、七月、十二月、二月の学期末と四月の実力テストのみ行われる。
 中学の頃からまともに勉強しておらず、編入直後から厄介事に巻き込まれることも多かった俺は勉強が遅れ気味で、こうして入院期間を利用して勉強を見てもらっている。
 講師を買って出てくれた八雲は四月の実力テストで学年二位を獲った秀才で、先日まで休学していたにも関わらずその学力は俺より遥かに上だ。
「大体俺たちは今回の事件で結構活躍したんだから、テストくらい免除してくれても良さそうなもんじゃないか?」
 まともに持てないシャーペンを苦心しながら包帯の間に挟み、何とか字を書けるようにしながらボヤく。
「結果的には事件を解決できたけど、命令違反と報告義務違反、その他諸々でとんでもない処分が下るところだったんだよ?」
「そりゃそうだけどよ……」
 そうなのだ。
 俺は自室謹慎を破り、さらに資格を凍結されていたにも関わらず勝手に動いたことも相まって、二週間の追加謹慎と百科事典でも作れそうな量の始末書を書かされた。
 トシは独断行動と報告義務違反で厳重注意、ネコメは責任のある正規の霊官という立場を考慮されて減俸になってしまった。
 それでも諏訪先輩が庇ってくれたおかげで軽く済んだもので、本来なら全員ブタ箱行きでもおかしくなかったほどのことらしい。
 一応顔を隠していたことでマシュマロは無関係ということになったが、庇ってくれた諏訪先輩は藤宮を死なせてしまったことと、俺たちに対する監督不行き届きで支部に呼び出しまで食らったそうだ。
 そして、八雲は……。
「……そうだよな、八雲の方が大変だったもんな」
「……そんなことないよ。あたしは平気。もともと自分の意思でなった訳でもないしね」
 八雲に下された処分は、霊官資格の剥奪。早い話が霊官をクビになった。
 事情を考慮されて法的な措置は免れたが、五月の事件と今回の件を鑑みて霊官として相応しくないと判断されてしまったのだ。
「……不躾な話だけど、今後はどうするんだ? その、生活とか……」
 八雲には今のところ頼れる大人がいない。
 親と言える藤宮は死んでしまったし、金銭的な意味で生活が危ういのは想像に難くない。
「うーん、異能専科に通ってる間はそんなにお金かからないし、霊官のお仕事の貯金も結構あるから、大学出るくらいまでは余裕だよ」
「そうは言っても、住むところとかだって……」
 異能専科は全寮制だが、夏休みなどの長期休暇には寮が閉まってしまう。その間の宿代だけでも、バカにならない金額だろう。
「夏休みとかはネコメちゃんのとこに泊めてもらうんだ。ネコメちゃん、実質一人暮らしだから」
「一人暮らし? 柳沢さんと住んでるんじゃないのか?」
 ネコメの保護者、柳沢アルトさん。霊官の中部支部の支部長で、ネコメの名付け親でもある人だ。
「ネコメちゃんは別に柳沢さんの養子って訳じゃないし、年頃の女の子だからって中等部の頃から別々に暮らしてるんだよ。ネコメちゃんはちょっと寂しそうだったけど」
 なるほどな。二人は一見して親子って感じには見えないし、柳沢さんにも世間体とかあるんだろう。
「それにしても、夏休みか……」
 期末テストが近い。つまり、夏休みも近い。
 サボりがちだった中学時代やフリーターをやっていた時期は休みって感覚が曖昧だったけど、考えてみるとやっぱり楽しみだ。
「夏休みにさ、皆んなでどこか行かない?」
「どこかって?」
「どこでもいいよ。海とか、キャンプとか、お祭りとか」
「散財する気満々じゃねえかよ」
 多額の負債を抱えている身で言えた義理ではないが、遊びっていうのはとにかく金がかかるものだ。
 余裕があるというのは嘘ではないと思うが、いいのかよそんな心持ちで。
「……じゃあ、大地くんが霊官で偉くなって養ってくれる? 永久就職ってやつ」
 上目遣いでそんなことを言ってくる八雲から顔を背け、俺は突き離すように否定する。
「……何で俺がお前を養うんだよ。霊官以外でも働きようはあるだろうが」
「あ、あは。そうだよね~」
 ばつが悪そうに笑う八雲だが、俺は笑う気にはなれなかった。
(……悪いな、八雲)
 心の中で謝りつつ、俺は誤魔化すように参考書に視線を落とした。
 目が覚めた日の翌朝、俺は病室で八雲の残り香を感じた。
 リルを問い詰めても何も言わなかったが、夜中のうちに八雲が俺の病室に来ていたのは明白だ。
 そして、ほんのわずかに俺の顔からも、八雲の匂いがした。
 その残り香が何なのか、八雲がどういうつもりでそんなことをしたのか分からないほど、俺も鈍くはない。
 しかし、俺には八雲の気持ちを受け入れるつもりはない。
 今の八雲はどこか浮ついていて、俺への感謝と好意を間違えている可能性だってある。
 それに、もし八雲が本気だったとしても、悪いが俺は誰かと交際するつもりはない。
(……本当に、ごめん)
 今も胸の奥に残る、数年前の思い出。
 楽しく、優しく、暖かかった。
 しかし同時に、思い出すだけで怖気のする記憶。
 あの出来事を忘れられない限り、俺は、誰とも付き合ったりできないのだろう。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

転生したら世界一の御曹司だった〜巨乳エルフメイド10人と美少女騎士に溺愛されています〜

まさき
青春
異世界転生した最強の金持ち嫡男、 専属エルフメイドと美少女騎士に囲まれて至福のハーレム生活   現代日本で「地味だが実は超大富豪」という特殊な人生を送っていた青年は、ある日事故で命を落とす。   しかし目を覚ますと、そこは魔法と様々な種族が存在する異世界だった。   彼は大陸一の富を誇る名門貴族―― ヴァン・バレンティン家の嫡男カイルとして転生していたのだ。   カイルに与えられたのは ・世界一とも言える圧倒的な財力 ・財力に比例して増大する規格外の魔力   そして何より彼を驚かせたのは――   彼に仕える十人の専属メイド全員が、巨乳美少女だったことである。   献身的なエルフのメイド長リリア。 護衛騎士でありながら隙あらば誘惑してくる女騎士シルヴィア。   さらに個性豊かな巨乳メイドたち。   カイルは持ち前の財力で彼女たちの願いを叶え、最高級の装備や生活を与えていく。   すると彼女たちの忠誠心と愛情はどんどん加速していき――   「カイル様……今日は私が、お世話をさせてください」   領地を狙う貴族を金と魔力で圧倒し、 時にはメイドたちの愛が暴走して甘すぎる時間に巻き込まれながらも、   最強の御曹司カイルは 世界一幸せなハーレムを築いていく。 最後までお読みいただきありがとうございました。よろしければ応援をお願いいたします。

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

巻き込まれた薬師の日常

白髭
ファンタジー
神に選ばれ、魔素の循環する界へと送り込まれたのは――現代の薬師。 剣も魔法も扱えない彼が憑依したのは、戦闘力ゼロの商人見習いの少年だった。 彼の武器は、知識と経験。商品を生み出し、人脈を築き、産業を広げていく。 「居場所を見つけたい」その願いが、やがて世界を変える力となる。 これは、一人の薬師が紡ぐ研究と開発、そして成長の物語。 【カクヨムでも掲載しています】 表紙は紹介文をもとに、ai【adobe firefly】で作成したものです。(参考程度に……)

【完結済】25年目の厄災

恋愛
生まれてこの方、ずっと陽もささない地下牢に繋がれて、魔力を吸い出されている。どうやら生まれながらの罪人らしいが、自分に罪の記憶はない。 だが、明日……25歳の誕生日の朝には斬首されるのだそうだ。もう何もかもに疲れ果てた彼女に届いたのは…… 25周年記念に、サクッと思い付きで書いた短編なので、これまで以上に拙いものですが、お暇潰しにでも読んで頂けたら嬉しいです。 ∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽ ※作者創作の世界観です。史実等とは合致しない部分、異なる部分が多数あります。 ※この物語はフィクションです。実在の人物・団体等とは一切関係がありません。 ※実際に用いられる事のない表現や造語が出てきますが、御容赦ください。 ※リアル都合等により不定期、且つまったり進行となっております。 ※上記同理由で、予告等なしに更新停滞する事もあります。 ※まだまだ至らなかったり稚拙だったりしますが、生暖かくお許しいただければ幸いです。 ※御都合主義がそこかしに顔出しします。設定が掌ドリルにならないように気を付けていますが、もし大ボケしてたらお許しください。 ※誤字脱字等々、標準てんこ盛り搭載となっている作者です。気づけば適宜修正等していきます…御迷惑おかけしますが、お許しください。

《完結》「パパはいますか?」ある日、夫に似た子供が訪ねて来た。

ヴァンドール
恋愛
嫁いですぐに夫は戦地に赴いた。すると突然一人の男の子が訪ねて来た「パパはいますか?」 その子供の顔は戦地に行った夫にそっくりだった。

半世紀の契約

篠原皐月
恋愛
 それぞれ個性的な妹達に振り回されつつ、五人姉妹の長女としての役割を自分なりに理解し、母親に代わって藤宮家を纏めている美子(よしこ)。一見、他人からは凡庸に見られがちな彼女は、自分の人生においての生きがいを、未だにはっきりと見い出せないまま日々を過ごしていたが、とある見合いの席で鼻持ちならない相手を袖にした結果、その男が彼女の家族とその後の人生に、大きく関わってくる事になる。  一見常識人でも、とてつもなく非凡な美子と、傲岸不遜で得体の知れない秀明の、二人の出会いから始まる物語です。

処理中です...