異能専科の猫妖精

風見真中

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贖罪編

東雲奈雲

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 アラームの電子音が耳朶を打ち、微睡みの中から意識を持ち上げる。
 うっすらとまぶたを開けると、カーテンの隙間から差し込む朝日がボンヤリとした視界に明滅する。
 気持ちのいい朝だ。
 二段ベッドを降りながらがらんとした部屋を見回す。ルームメイトの女子は部活の朝練で、この時間はいないのがいつものことだ。
 部屋着から制服に着替え、きちんと施錠して寮の自室を出る。
 すでに廊下には食堂へ向かう生徒たちが溢れており、その人波に流されるように私は歩みを進める。
 食堂に着くとまずは食券を買うための券売機に並ぶ。寮の一階をほぼ丸々使った広い食堂だが、全校生徒が決まった時間に朝食を取るため毎朝大混雑だ。
 カウンターで朝食の乗ったトレーを受け取って空いている席を探していると、人でごった返す中に見知った顔を見つけた。
「おはよ、ネコメちゃん」
「あ、奈雲さん、おはようございます!」
 四人がけのテーブル席に座る茶色いセミロングの髪の女の子、猫柳瞳ちゃんが明るい顔で挨拶を返してくれる。
「相席いいかな?」
「もちろんです」
 笑顔でそう返してくれながら、ネコメちゃんはトレーをテーブルの端に寄せてくれる。
 お礼をいいつつ席に着き、自分のトレーをテーブルに置いてからネコメちゃんの正面、自分の隣に座る顔を見て、苦笑を漏らす。
「八雲、おはよー」
「ふぁ……。お姉ちゃん?」
 私の最愛の妹、東雲八雲は、まだ半分寝ているような状態でもそもそと朝食を咀嚼している。
 正面に座るネコメちゃんが口の周りや食べこぼしを片付けてくれているのを見て、姉としては微笑ましいやら気恥ずかしいやら、不思議な感覚だ。
「ごめんね、ネコメちゃん。うちの八雲の面倒見てもらって……」
「面倒なんて、そんなことないですよ。あ、八雲ちゃん、袖にご飯粒ついてますよ」
 話しながらもネコメちゃんは甲斐甲斐しく八雲の世話をしてくれている。全く、我が妹ながらだらしないことだ。
「八雲、あなたもう少しシャキッとしなさい」
「ふぁぃ……」
 返事はあくび。本当にだらしない。
 八雲は別に朝が弱いわけではないが、たまにこんな風に半覚醒状態で食堂に現れることがある。どうせ遅くまでゲームでもしていたのだろう。
 身内の情けない姿に朝からため息を吐いていると、人混みをかき分けて席を探す男の子と目が合った。
「あ、大地君。おはよう」
「ふぇ⁉︎」
 私の呼び掛ける声を聞いて、隣で八雲が素っ頓狂な声を漏らす。
「奈雲さん、ネコメ、はよっす」
「おはようございます、大地君」
 大地君、大神大地君。
 八雲とネコメちゃんのクラスメイトで、三年生の私にもたまにタメ口が出てしまう、ちょっと口の悪い男の子。
 足元には彼の相棒のオオカミ、リルちゃんの姿もある。
「ネコメ、席いいか?」
「どうぞ」
 ネコメちゃんの返事を書き終える前に大地君は朝食のトレーをテーブルに置いている。この光景もいつものことだ。
 大地君のルームメイトである円堂悟史君は私のルームメイト同様に部活の朝練があるので、このメンバーで朝食を取ることは多い。
「おっす、八雲」
「お、おはよう、大地くん……」
 八雲は先ほどまでのだらしない様子を改め、しきりに前髪をいじったりそわそわしたりと、落ち着きがない。
 それもそのはず、この大地君は八雲が絶賛片思い中の男の子。こんなだらしない妹でも、好きな男子の前では取り繕ったりするものらしい。
「大地、席あったか?」
「おう、俺の分はあった」
「いや俺の分は⁉︎」
 大地君がテーブルの下にリルちゃんのご飯が入った深皿を置いていると、人混みの中から悟史君が現れた。どうやら今日は部活の朝練がなかったらしい。
「席とっといてくれって頼んだじゃんかよ⁉︎」
「混んでんだから仕方ないだろ。床で食えよ、リルの横で」
「仕方ない仕様とは思えねえよ‼︎」
 何気ない朝のやり取り。それを見て、私は心の奥が暖かくなっていくのを感じた。
(楽しそうだな……。楽しいな……)
 ずっとこの子達を見ていたい。
 ずっとこの輪の中にいたい。
 そんなことを思ってしまった。
「……いいよ。私もう行くから」
 しかし、それはできない。
 私とこの子達は、もう一緒にはいられないんだ。
「行くって、奈雲さん?」
「どこ行くんすか?」
 トレーに食事が残っているのに席を立った私を、みんなは不思議そうな顔で見上げる。
「お姉ちゃん?」
「八雲……」
 キョトンとする八雲に顔を近づけ、コツン、と額同士をくっつける。
「ちょっと、お姉ちゃん⁉︎」
「…………」
 姉らしいことなんて、それほどできたとは思えない。
 むしろ私のせいで、この子には随分辛い思いをさせてしまった。
 八雲だけじゃなく、大地君もネコメちゃんも悟史君も、私のせいで心に傷を負ったことだろう。
 本当に、申し訳ないと思う。
 私がいなければ、私と出会わなければ、みんなは傷ついたりしなかった。
 でも、私は悲観したりしない。
 出会えたことを、後悔なんて絶対しない。
「……頑張れ、八雲。お姉ちゃんが応援してる」
 決して届かないメッセージ。
 私の独りよがりの言葉を最後に、世界は白く染まった。

 ・・・

「どうもありがとう。えっと……」
 真っ白な世界に、一人の少女の姿がある。
 綺麗な着物に身を包んだボブカットの女の子。日本人形のようなその少女の顔には見覚えがあるが、この少女を彼女の名前で呼んでいいものか躊躇う。
「好きなように、呼んでくれていいよ」
 どこか感情の薄い、まるっきり人形のようなその少女がゆっくりとそう言った。
「じゃあ、座敷童さん、でいいかな?」
「私は構わない」
 私に贈り物をくれた少女、里立四季と同じ顔のこの存在は、人間ではない。
 彼女の異能。彼女の手から私に贈られた座敷童の異能が、彼女の姿を象ったものだ。
「本当にありがとう。みんなの中にいる私、楽しかったよ」
 私の望み、私の幸せ。
 みんなの中で、当たり前の生活がしたい。
 その願いを、彼女の異能はほんのわずかに叶えてくれた。
 私の意識が消える最後の瞬間に、束の間の夢を見せてくれた。
 最後に見る夢に、私の願いを映してくれた。
「満足したの?」
 首を傾げながら聞いてくる座敷童さんに、私は思わず吹き出してしまう。
「まっさか。全然満足なんてできないよ。もっともっと、見たい夢はいっぱいあるんだから‼︎」
 クラスメイトと授業を受けたい。
 八雲と一緒に部活がしたい。
 彩芽さんたちのいる生徒会に入ってみたい。
 人のわがままは、本当に際限がない。
「……残念だけど、それは無理よ。もう時間が……」
「分かってるよ」
 今のこれは、ロスタイムの中のロスタイム。
 意識を失ってから生命活動が停止するまでの、ほんの一瞬のうちの出来事だ。
 意識の中での時間は現実の時間とは比例しないが、それにしたって限度はあるだろう。
「分かってる。だから、もう大丈夫……」
 着物姿の座敷童に、私は精一杯微笑みかける。
「ずっとずっと未来、いつかみんなが、おじいちゃんおばあちゃんになってから、こっちに来たとき……」
 願わくばそれは、本当に遠い未来であって欲しい。
 一人でいるのは少し寂しいけど、すぐに来てくれとは到底思えないから。
「今度はちゃんと、お姉さんらしくしてみせるよ」
 自分が泣いているのか笑っているのか、もう分からなくなっていた。
 でも、少なくとも悲しんではいない。
 それだけは、自信がある。
「……あなたに」
 白い世界が、更なる白に塗りつぶされる。
 世界が、東雲奈雲という世界が、終わりを迎える。
「あなたの旅路に、幸運あれ……‼︎」
 目を閉じ、終わりを受け入れる。
 ふわりとした浮遊感と、多幸感。
(見守ってるよ、八雲、みんな……)
 人より少し、短いけれど。
 人より少し、辛かったけれど。
 それでも、今この瞬間は、

 私は、東雲奈雲は、幸せでした。

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