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贖罪編
それぞれの覚悟
しおりを挟む奈雲さんの葬儀は、いわゆる密葬の形で執り行われた。
異能犯罪に加担しており、また八雲と違って戸籍さえ無い奈雲さんを正規の方法で弔うことはできなかった。
八雲はそれでもいいと、こういうのは気持ちの問題だと言って、葬儀の指揮をとってくれた。
俺たちも参列させてもらった葬儀は、本当に簡素なものだった。
霊官の息がかかった坊さんが経を読み上げるだけで、式自体はものの一時間ほどで終わった。
火葬された遺体は、投薬と異能結晶でボロボロになっていたせいで遺骨さえほとんど残らなかった。
それでもお墓だけは、立派なものが用意された。
「お墓って高いんだね。上みたらキリなかったよ」
そう言って苦笑いを浮かべる八雲の手には、わずかな遺灰だけが入った箱が抱えられている。
骨がほとんど無いのに、『納骨』といっていいのだろうか、なんて冗談を交えながら、奈雲さんの葬儀は幕を閉じた。
「みんな、ありがとうね」
帰りのバスの中で、八雲がおもむろにそう言った。
「ありがとうって、何がだ?」
「お姉ちゃんのお葬式、来てくれて」
「何言ってんだお前?」
何を言うのかと思えば、そんなこと当然だろうに。
「そうですよ、私たちが行きたくて行ったんです。お礼を言われるようなことじゃありません」
ネコメの言葉にトシも頷き、八雲はそれを見て笑った。
「うん。でも、ありがとう……」
そう言って八雲は俯いた。
僅かに震える肩に隣に座るネコメが手を乗せると、八雲は崩れ落ちるようにその胸に顔を埋め、声を殺して泣き出した。
「…………」
笑顔で見送った。
さようならは言わなかった。
奈雲さんは、救われたと言ってくれた。
(でも、それでも……‼)
自分の無力は何も変わっちゃいない。
(強く……なりたい……‼)
俺がもっと強ければ、奈雲さんの命を削り切る前に藤宮を捕まえられたかも知れない。
俺は、強くなりたい。
今よりもっと、ずっと。
もう二度と八雲に、誰にもこんな悲しい涙を流させたくない。
(強く……強くなるっ‼)
震える八雲の背中を見て、俺は心に誓った。
絶対に、強くなると。
・・・
東雲奈雲の葬儀に参列した後、諏訪彩芽はボディーガードの烏丸叶を連れてある場所を訪れていた。
市内の繁華街、駅から徒歩で数分のところにある、なんの変哲も無いビル。
カラオケや居酒屋チェーン店などのテナントが入るビルの四階にある、紫色の看板を掲げた店。いわゆるバーだ。
それもただのバーではなく、トランスジェンダーの女性(この場合の女性とは精神面のことを指す)が店主を務める、オカマバーである。
準備中のプレートを無視してドアが開いたことを告げるベルの音に、特徴的な見た目の店主は顔をしかめる。
「悪いけど、まだ準備中……あら?」
「カタイこと言わないでよ、ヘビ姐」
オレンジ色の間接照明に照らされるカウンターの内側で目を丸くする坊主頭の店主に、彩芽は乾いた笑みを向ける。
中部支部所属の霊官、上原スネイクは、店の雰囲気にそぐわない二人の来客に表情を消した。
公務員は本来なら副業を禁じられているが、存在そのものが秘匿されている霊官は世を忍ぶ仮の身分としての兼業が、例外的に認められている。
「……うちは高校生の来る店じゃないわよ。雪村さんのところ行ったら?」
二人から視線を逸らし、開店準備のためにグラスを磨く作業に戻る上原だが、彩芽と叶は御構い無しにカウンターの一角を陣取る。
彩芽は車椅子から背の高いカウンターの椅子に叶の手を借りて座り変え、頬杖をつく。
「飲みたいの」
「バカ言ってんじゃないわよ。アタシが罰せられるのよ」
店の経営者として未成年に酒を出す訳にはいかないと当たり前のことを言う上原だが、彩芽は引こうとしない。
「平気よ、制服じゃないんだからバレやしない。それに実家の神事でお酒は慣れてるし」
「そういう問題じゃ……」
説教をしてやろうと向き直った上原だが、そこでようやく彩芽の様子がおかしいことに気付いた。
彩芽も叶も黒いスーツに身を包んでおり、叶に至ってはネクタイまで黒い。
喪服であることはすぐに分かった。
「……一杯だけよ」
「ありがと。紅茶のサワーお願い」
ため息と共に磨いていたグラスを棚に戻し、冷蔵庫から缶チューハイの紅茶味を取り出す。
「えー、市販のやつ?」
「文句言うんじゃないわよ。紅茶淹れる用意なんてウチにはないんだから」
小言を言いながらも、上原は手早く一杯の酒を出してくれた。
「叶ちゃんは?」
「烏龍茶を」
「はいよ」
彩芽の前にグラスに注いだチューハイとビスケットを、叶の前には市販の烏龍茶を出し、もう一つグラスを手に取る。
「……どんなのがいい?」
「…………」
上原の問いかけに、彩芽はしばし黙った。
彩芽がこんな顔をして自分の店に来るときは、決まってもう一杯飲み物を出す。
もう戻ってこない誰かへの、弔いの一杯を。
「……カクテル。黄色と黒で、縞模様にしてくれる?」
「なるほどね……」
霊官としてことの顛末を聞いていた上原は、それ以上何も言わないでカクテルを作った。
グラスにオレンジジュースを一センチほど注ぎ、層を作るためのストローで黒いカルーアをグラスの底に入れる。
何度か同じ作業を繰り返し、美味くはないであろうが見事な縞模様のカクテルが完成した。
「……あの子、亡くなったのね?」
「うん……」
カクテルのグラスをカウンターに置き、上原はため息を吐いた。
ポケットからタバコを取り出し、店の名前が書かれたマッチを擦って紫煙を揺らめかせる。
「……あの子のやったことを、アタシは忘れない。でも、償う機会さえ与えられなかったのね」
「…………」
病院で行われた事情聴取により、奈雲が霊官二名と大木トシノリを殺害した実行犯であるという証言が取れている。
殺害された霊官の飯島と古川は、上原にとって同僚。それも同じ任務を何度か遂行したことのある、戦友だった。
藤宮の支配下にあった以上、そのことで奈雲を責めるのはお門違いだと頭では分かっていても、心はそう簡単に割り切れるものではない。
「……また、救えなかった」
「彩芽ちゃん……」
懺悔するように呟き、彩芽はグラスを満たす琥珀色の液体を一気に飲み干した。
空になったグラスをカウンターに叩きつけ、彩芽は涙を流しながら溜め込んだ思いをぶちまける。
「私は医者なのに、また目の前で人を死なせたっ……‼ 私が治せれば、あの人は罪を償う時間だってあったし、もっと八雲とも一緒にいられたハズなのにっ‼」
「お嬢様……」
カウンターに突っ伏して肩を震わせる彩芽に、叶は手を差し伸べようとして、引いた。
慰めなどで、彼女の心が癒されることはないと、理解していたからだ。
「……驕るんじゃないわよ」
「え?」
上原はそんな彩芽に、紫煙と共に厳しい言葉を投げかけた。
「人を救う救わないなんて、そんなのは傲慢よ。アンタは確かに医者だけど、まだ酒も飲めないガキじゃないの。不自由な体とその細っい腕で、一体どれだけ抱えようとすれば気が済むのよ?」
「ヘビ姐……」
アルコールで赤くなった頰を一筋の涙で濡らし、彩芽は「でも……」と言葉を零す。
「でも、じゃないわよ。諏訪の姫巫女だろうと、国内最強の異能使いだろうと、それ以前に今のアンタはただの子どもなの。だから……」
灰皿でタバコを揉み消し、カウンターに乗り出して上原は彩芽と視線を合わせる。
「だから、全部を未来への糧にしなさい。救えなかった人の千倍の人を救うの。将来ね」
そう言って上原は、くしゃくしゃと彩芽の頭を撫でた。
男のように粗雑に、女のように淑やかに。
「……うん。ありがとう、ヘビ姐!」
彩芽は微笑みながら頷き、スーツの袖でゴシゴシと涙を拭う。
そして置いてあったグラスを手に取り、弔いのカクテルを口に含む。
「あ、ちょっと……」
混ざり合ってマーブル模様を描く黄色と黒。
口の中に広がるオレンジの甘味と酸味、カルーアの濃厚な甘さとコーヒーの苦味に、彩芽は眉間に皺を寄せた。
「……美味しくない。この黒いの、コーヒー?」
「カルーアよ。味なんて考えて作ってないんだから、当然でしょ。普通はミルクと混ぜるの」
しかめっ面でグラスを覗き込む彩芽は、意を決したように混ざり合った液体を飲み干した。
「バカっ、何してんの⁉」
「この味で、忘れにゃい! にゃぐもさんの、ことぉ……?」
言葉を言い終える前に、彩芽はカウンターの椅子からくらりと滑り落ちた。
「お嬢様っ⁉」
間一髪床に落ちる前に叶がその体を抱き止めると、彩芽は顔を真っ赤にして目を回していた。
未成年で酒に詳しくない彩芽が知るはずもないが、カクテルに使用されたカルーアという酒はコーヒーを使った蒸留酒で、アルコール度数は二十パーセント前後ある。
対して彩芽が先ほど口にした市販のチューハイはほんのニ、三パーセント。オレンジジュースと混ざっていたことを加味しても、約五倍である。
もともとチューハイを一気飲みしていたこともあり、覚悟を示す盃のつもりで流し込んだ酒に、彩芽は完全に沈黙した。
「何してんのよっ⁉ 叶ちゃん、これ飲ませて‼ すぐにトイレで吐かせなさい‼」
「は、はい‼」
ビール用の大ジョッキにミネラルウォーターをなみなみ注いだものをドンッと置き、上原は慌ててカウンターから飛び出す。
叶は出された水を彩芽の口元に持っていき、何とか飲ませようとする。
「お嬢様、口を開けてください‼」
「窒息するから無理に飲ませちゃダメよ‼ 飲めないなら早くトイレに連れてって‼」
未成年の急性アルコール中毒により、あわや書類送検の危機に瀕した上原スネイク(偽名)だったが、迅速な対応のおかげで何とか救急車を呼ぶような事態には陥らなかった。
彩芽は文字通りの苦い経験を、生涯忘れることはない。
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