俺だけ毎日チュートリアルで報酬無双だけどもしかしたら世界の敵になったかもしれない

宍戸亮

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第十八章 VS傀儡君主

第230話 傀儡師物語8

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「なんだよ、これ……」

 ボクは夢でも見てるんじゃないかと思った。それも当然だろう。森の深い場所に忽然と姿を現したお菓子の家。いったい誰が想像できるのか。
 でも踏みしめる土の匂い、葉っぱがこすれる音、空気を吸った肺を感じ、そして目に焼き付ける家の実物は本物だとわかる。

 グレーゼルがこのお菓子の家に入ったのは容易く想像できる。むしろそれしかありえない。忍び足で近づくと甘い匂いが鼻腔をくすぐる。同じだった。グレーゼルの甘い匂いと。

 明らかに異様な光景。それだと言うのに、ボクの好奇心故か足が竦むどころかむしろ進んでいく。

(グレーゼル……君はいったい……)

 この家に入ったグレーゼルはいったい何者なのか。いや、兄のヘンテルからしても疑ってしまう。もしかしたら今、ウィッチ兄妹の秘密を体感しているのかも知れない。

 そう思っていると、いつの間にかビスケット型のドア前へと着いていた。飴のドアノブを手に握り、ゆっくりと捻ってドアを開けた。

 隙間から甘い匂いが漂ってきて、誘われる様に中へ。

「――ッ!?」

 ボクは目を見開き驚いた。

 一軒家なお菓子の家だと言うのに、家の中は説明がつかないほどの広さと天井の高さだった。

 床はキャンディ、壁はクッキー、テーブルと椅子は飴細工。それらがボクを出迎えてくれたけど、まだまだ奥へと歩けるほどの広さ。

(……どうなってんだよ)

 飴細工の椅子に触れて見ると、肌触りは本当に飴の硬さだった。

(……舐めてみようかな)

 現実離れした現実。すでにボクの思考が有する許容範囲が限界を突破し、自分でも何を考えてるか分からないほど。

 そして。

「――カルール」

「ッ!?」

 名前を呼ばれてハッとした。そして声のする方に顔を向けると――

「――なんでここに居るの」

 光を無くしたオレンジ色の瞳がボクを見ていた。

 普段はからかい上手のグレーゼルだけど、今のグレーゼルはまったくの無表情。普段見せない裏の顔をボクに見せている様に見えた。

「グレーゼル……」

 いったいここは何なのか。いったい君たちは何者なのか。聞きたい事は多々あるけど、口にできたのは彼女の名前を呼ぶ事だけだった。

 ボクの戸惑いを察したのか、グレーゼルは少しだけ口を開かせると、こう言ってきた。

「カルール。いずれ私と結ばれたらここの事も話すつもりだったけど、早すぎたようね……」

「は、早いも遅いも無いよ! ボクはキミの全部を受け止めたい!! だからさあ!! そのナイフをしまってよ!!」

 グレーゼルと結ばれる。願ってもない事が彼女の口から紡がれたけど、怪しく光沢を放つナイフの姿にボクは気が気じゃない。

 だけどボクの説得虚しく。

 ――ドン!!

「――くあ!?」

 物凄い力で体を押され、気づけばクッキーの壁へと叩きつけられた。

 迫るナイフ。

「グレーゼル待って――」

「――さよなら」

 ――――ザク

 目を瞑ってしまったボクが聞いたのは、クッキーの壁が裂かれた音だった。

 恐る恐る瞼を開けると、そこには。

「っぷ! あっはははははは!!」

 お腹を抱え涙目で笑うグレーゼルの姿だった。

 ボクの顔の横には突き刺さったナイフ。

「っひ!?」

 生きている。と、嫌な汗が体全体に流れていると感じたボクはへなへなと脚から崩れて尻もちをついた。

 しきりに笑ったグレーゼルが視線を合わせえて膝を抱えた。

「怖かった?」

「勘弁してよぉぉ……。死ぬかと思ってお漏らしちゃった……」

「え゛!?」

 ドン引きしながらもボクのズボンを見たグレーゼル。

 もちろん漏らしてなんかいない。

「もう! 漏らしてないじゃん!」

「仕返しだよグレーゼル。でも、本当に怖かった」

 手を差し伸べられよいしょと起き上がった。

「とりあえず座ろっか!」

「う、うん」

 まだ爆発しそうな程に心臓がバクバクと動く中、キャンディの椅子に座ると言う人生で初めての経験を達成した。

「っで? 何が聞きたい? 話せる事なら余すところなく話すけど?」

「え、いいの?」

 どう話を切り出すか実は悩んでたけど、まさかグレーゼルから聞いても良いとのお達し。答えてくれるとは言ってくれたけど、正直何を聞いていいのか分からない。もう、現実離れしてて脳がパンクしている。

 そしてボクはこう聞いた。

「ぜ、全部……」

「全部? 全部って全部?」

「うん……」

「一から十まで?」

「うん」

 何なんだこいつはと言いたげなグレーゼル。こればっかりはボクも折れない。折れる要素が無い。

 そう思っているとニカっと笑った彼女。

「よーし! 話が長くなるかもだし、飲み物でも用意しようかなー。ホットミルクでいい?」

「う、うん」

「ふふーん♪」

 ボクの返事を聞いたグレーゼルが立てた人差し指をクルクル回して横を見た。

 ボクも釣られて横を見ると。

「」

 独りでに浮いたポットが傾き、カップに熱々のミルクが注がれた。

 そして注がれたカップとソーサーが独りでに浮き、そっとボクの目の前に着地した。

 開いた口が塞がらないとはこの事だった。

「大丈夫カルール?」

「う、うん!」

 もう何が何やら。条件反射でうんと言ってしまった。

「んーどこから話そっかなぁー。あ、最初はねぇ――」

 飢餓によって二人は両親に捨てられた。それが切り出しだった。

 食べる物も無く、お金も無い。そんな両親に捨てられた兄妹。なんて残酷な話なんだと思ったけど、すぐに突拍子もない展開に。

「――それでこのお菓子の家には人食いの魔女が住んでたの!!」

 人食い魔女の老婆。グレーゼル曰く人里離れた所に住む程の変わり者で、尚且つ頭が可笑しかった模様。そもそも人食いなんて常軌を逸した食癖はもちろんのこと、こんな家に住むくらいの変態。……なんか鳥肌が立ってきた。

「――それでヘンテルを食べようとしたけど、何とか誤魔化して二人で成敗したの」

「きゅ、急に成敗したんだ……。結局ヘンテルは食べごろにならなかったんだね」

「まぁね。うん……」

「……」

 目を逸らしたグレーゼル。明らかに何か隠してる風だけど、言える事は言うと言っていたから深くはツッコめない。

「――まぁ両親はアレだし、結局二人で生きていく事になったけど、私たちは魔女が住んでいたこの家で見つけたの」

「何を?」

「魔法を使える術《すべ》と大いなる存在――君主《ルーラー》になる方法を……」

「――」

「あ、ちなみに魔法って言ったけど、私が使えるのは物を少しだけ動かす魔法だけねー。それも私が持てる重量に限る!」

「そ、そうなんだ。十分凄いと思うけど……」

 大いなる存在。それが何か分からないけど、ふと、脳裏に霞んだのはヘンテルが冗談で言っていた言葉。――君主《ルーラー》。 それと魔法を使える術と言われたけど、実際に浮いたポットとカップを見たから嘘じゃない。

 ボクは唾を飲み込んだ。

「お兄ちゃんが言ってた事は本当でね。今回は魔女の本に記された遺跡に行っちゃった」

「今回はって事は、何回か街を出て遠出したことあるのか」

「うん。前までは私も付いて行ったけど、今はカルールって言う用心棒が居るし、それにしんどいし数日お風呂も入れないから嫌だったの」

「頼られるのは嬉しいけど、お風呂に入れないからっての言うのが本音だったり」

「あ、バレた。えへー」

 笑ってホットミルクを飲んだグレーゼル。

「って言うかさ、まさか本当に魔法が存在するなんて思ってもみなかったよ」

「まぁねぇー。ほら、魔法ってお話の中だけの力でしょ? 私も最初戸惑ったけど、もう慣れちゃった」

 そう。路銀稼ぎのマリオネットは魔法で動いているみたいだと言われた事あったけど、本気で魔法はあるなんて言った日には伊達や酔狂だと思われるのがオチだ。

 それが分かっていたから、いや、別の理由もあるかもだけど、二人は静かに暮らしていたのだろう。

「ズズ……」

 ホットミルクを飲んで一息つく。

 魔女の存在。お菓子の家の存在。魔法の存在。そして兄妹の存在。

 口頭ではあるけど、全てを知ってしまったボク。

 ふと客観的にこの考えていたら、こう思った。

 ――ボクはそう、殺されるのでは。と。

 今まで何度かあったグレーゼルの闇。ボクを何とかしようと凶器を突き立てた。本人は冗談だと笑って飛ばすけど、襲われたボクは本当に殺されると思った。
 だからきっと、ボクは二人の目が行き届いた範囲でしか生きれない、もしくは口封じされる運命が決まったも同然だと思う……。

「あ、ミルクのおかわりは?」

「……もらおうかな」

 それは早計だと誰れかが思うかもしれない。でも、目の前で独りでにミルクを注ぐポットを目にすると、早計だなんて馬鹿らしいと中指を立ててしまいたい気持ちになる。

 そんな事を思っていると。

 ――――◆■◆

「え?」

「ん?」

 ――――◆■◆

 風が吹いて鼓膜が震える様に、誰かがボクの名前を呼んでいる。でもそれは目の前グレーゼルではない。

 ――――◆■◆◆■◆

 立ち上がって辺りを見渡す。

「……聞こえる」

「カルール?」

 ボクの行動にグレーゼルは怪訝な顔をして眉をひそめた。そんな彼女の事をほったらかし、聞こえている声がどこから来るのか、ボクは執拗に辺りを見渡した。

 甲高くもあり重低音。淀んだような、澄んだような、そんな声に呼ばれて自然と脚が進む。

「……」

 すぐ後ろにはボクをつけるグレーゼルの気配。

 さっきまで不気味さと怖さでいっぱいだったボクの心。呼ぶ声を聞いていると、不思議と負の感情は消え去って行った。

 お菓子の家。クッキーやキャンディ、飴細工と文字通りおかしな壁に沿って歩く。知らない道だと言うのに、まるでボクの意志ではない脚は知っていると言う風に、迷いなく進んだ。

 そして辿り着いたのは幾つものロウソクが灯った大きなテーブルがある場所だった。

 テーブルの中央に開かれた分厚い本があり、書かれた魔法陣が怪しく発光していた。

「――ッ!? 本が光ってる!? 私たちの時と同じ……」

 ――――◆■◆

「……わかった」

 本から聞こえた声――――触れろ。

 ボクはまるで見えない何かにそっと操られる様に近づき、発光する本に右手で触れた。

 瞬間――――

「――――――」

 ボクは意識を失った。
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