俺だけ毎日チュートリアルで報酬無双だけどもしかしたら世界の敵になったかもしれない

宍戸亮

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第十八章 VS傀儡君主

第229話 傀儡師物語7

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「――ありがとうございました!!」

 コントローラーを操って糸に繋がれたハンプティダンプティもお礼のお辞儀をした。

 まばらな拍手。ヨレヨレのハットの中には少なくはないチップが投げ込まれていた。

 隣で演奏するミュージシャンたちにお礼として集めたチップの一部をカップの中へと投入。既に次の曲を演奏する彼らからウインクを貰い、ボクは帰り支度をするのだった。

「よっと。忘れ物なし」

 街に来て数日。旅をしてきて一年ほど経ったけど、これほど長く同じ街に滞在したのは初めてだったりする。

 ここより大きな街で路銀を稼ごうと思っても芳しくない時が多い中、この街の人々は比較的心とサイフの余裕があるのか、けっこうな額をくれたりする。
 お金を多く稼げるのはいいけど、それよりも何回もリピートしてくれる子連れや物好きのおじさんが居て、つまりは固定客がいて嬉しい気持ちが勝っている。

「おい兄ちゃん。明日は親戚の坊主が遊びに来るんだ。明日もやってるだろ?」

「あ、はい! ちょうど同じ時間帯でショーをしようと思ってます」

「そいつは重畳《ちょうじょう》だ。兄ちゃんのマリオネットは本当に生きてるって思えるから楽しいんだよ。きっと坊主も気に入ると思う」

「あ、ありがとうございます!」

 リュックを背負っていざという時に、おじさんがエンカウント。何だと話を聞くと明日もまたやって欲しいとのオファー。嬉しくないはずがないとボクは笑顔で返事した。

「ところで、兄ちゃんは旅人だろ? ここ数日顔を見かけるから、この街で暮す算段でもついたのかい?」

「暮らすって程じゃ……。ただ友達の家でおじゃまになってるだけです。ボクもすぐに出て行く予定でしたけど、なんだかこの街の事気に入っちゃって」

「うんうん、そうだろうそうだろう。この街の連中はみな心が穏やかだからな。もちろん、ワシも含めてな」

「ふふ、そうですね!」

 どこか得意げに胸を張るおじさん。しわくちゃな笑顔がボクの心を和ませる。

「では気を付けてな」

「はい。おじさんも気を付けて」

 常連のおじさんとお別れし、ボクは街の裏門を出た。

 そのまま森へと入っていき、少しだけ深く森の奥へと入ると、煙突から煙を出している一軒家がぽつんと現れた。

 ウィッチの家。つまりヘンテルとグレーゼルの家だ。

 木製のドアをコンコンと叩き、そっとドアを開けた。

「おじゃましまーす」

「あ、おかえりカルール!」

 ぐつぐつと煮えたぎる鍋を見ていたエプソン姿のグレーゼル。ボクの登場に笑顔で出迎えてくれた。鍋を放置してトコトコと歩いて来るグレーゼル。

 羽織っているコートを脱いでいるとグレーゼルが手を差し伸べてきた。

「ほら貸して」

「ボクは子供じゃないんだよ? ラックに掛けるくらい子供だってできるよ」

「そんなの分かってるぅ。私がそうしたいからしてるだけー」

 頬を膨らませるグレーゼル。こうなってしまっては彼女は折れない。

「ハハ、負けたよ」

「ふ~ん♪」

 鼻歌を歌いご機嫌にラックに掛けた彼女。このやり取りは既に数回。ボクはお客さんだからおもてなしするんだと言ってきかない。

「今日も公演お疲れ様。どうだった」

「いつも見てくれるおじさんに明日も頼むってお願いされた」

「ふ~んいいじゃん」

 手を後ろに組んで上目づかいでボクを見るグレーゼル。綺麗な白髪を束ねた三角巾とエプロン姿が凄く似合ってる。

「じゃあさぁ、私のお願いも聞いてよ」

「なに? ボクに出来る事ならいいけど」

 ニシシと笑う笑顔に優しい目を送るボク。

「明日も明後日も、ずっとここに居てよ」

「え!? そ、それはどうかなぁーー」

 もじもじと体を動かしながら顔を赤らめて言ったグレーゼル。その反応と堪らないお願いにボクの心がくすぐられる。

 裸で起きたあの日以降、似た様な言葉を口にし続けるグレーゼル。最初はドキドキでいっぱいだったけど、正直のところボクもグレーゼルもまんざらでもない。と思う。

「ほら、人も良いし空気も良いし、いい街でしょここ。それにこんな可愛い友達もいるし、言う事ないじゃない」

 ズイと近づいて来る。

「でもさ、私は友達以上の関係になりたいなぁ……」

「グ、グレーゼル……」

 目と目が合う瞬間、好きだと気づいた。

 あなたは今、どんな気持ちで――

 ――ッドン!!

「――お゛い!! 兄貴がいる目の前でよくもいちゃつく事できるなあゴラ!!」

 怒鳴り声でテーブルにの前に座っていたヘンテルに気付いた。綺麗な金髪を揺らし、ボクに対してブチ切れた。

「ッ!? あ、ああごめんヘンテル。今日は早いんだね……」

「どうやら最近妹のまわりにウロチョロとちょっかいをかける輩が居るからなぁ! 今日は早めに切り上げて様子を伺ってんだよ!」

「え、グレーゼルにちょっかい!? 誰だよそれ!! ボク許さないぞ!!」

 ――ブチッ!! ←青筋が立つ音。

「ぶっ殺すぞ!? お前の事だよお前!!」

 やっぱりかとボクはしゅんとした。

「ちょっとお兄ちゃん! カルールはお客さんだから優しくして!」

「いくらグレーゼルのお願いでもそれは無理な相談だな! それとな、明日も明後日も、ずっとここに居させるのはお兄ちゃん断固として反対です!! 許さない!!」

「この分からず屋ああああああ!! そんなんだから――」

 またもや始まった兄妹喧嘩。喧嘩するほど仲が良いとはよく言うけど、その渦中にボクが居るのは凄い複雑な気持ちだったり……。
 確かにすっごく仲が良い兄妹だけど、ボクのせいで喧嘩になるんだったら離れた方がいいよね。と思う反面、正直居心地が良すぎるから甘えたい一心もある。

「――まったく、どこの馬の骨かも分からん奴に食わせる飯はねぇよ。はむ……」

「文句ばっかりなんだからお兄ちゃん。ちなみに今食べたお肉、カルールが買って来たお肉だったりぃー」

「っう!?」

 明らかに動揺したヘンテル。

「な、なかなか美味えじゃねーか……。しょうがねーから今晩は泊めてやるよ……」

 一瞬目が合ったヘンテル。恥ずかしいのかすぐに目を逸らされた。

「良かった。今晩泊めてくれるんだね。ありがとうヘンテル」

「か、勘違いするなよ! お前のおかげで晩飯の数が増えたからそのお礼だ! いいかカルール。俺はお前のことが好きじゃ無いし、さっさと出て行けって思ってる。でもお前が出て行くとグレーゼルがうるさいから仕方なくだなぁ……」

 つらつらと言葉を並べるヘンテル。そんなヘンテルにボクは思わずクスリと笑ってしまい、ムッとした顔になったヘンテルに目を合わせた。

「ボクはヘンテルのこと、好きだけどなぁ」

「っな!?!?」

 顔を真っ赤にするヘンテル。

「あれれー? お兄ちゃん赤くなってるよー? クスクス」

「ち、ちげーし!! あ、暑いからだからな!! なんか暑いよなぁなんか。あー暑い暑い。もうすぐ暑い季節だしなぁ仕方ないかぁ……」

 手をパタパタとさせわざとらしく振舞うヘンテルに対し、ボクらはクスリと笑って――

「「――あっはははは!!」」

「なに笑ってんだああああああ!!」

 何気ない一時を楽しんだ。

 それからヘンテルとグレーゼルに甘えた二日後、唐突にヘンテルが遠出する事となった。

「お仕事大変だね。そう言えば何の仕事してるんだっけ」

 玄関先でグレーゼルと見送るボク。ヘンテルは大きなカバンを用意して鍔の長い帽子を被った。

「詳しい事は言えねぇがそうだなぁ……」

 一瞬考えたヘンテル。

 その一瞬でボクは気づいた。いつも笑顔なグレーゼルが、この時だけは無表情でヘンテルを見ていた。

 そして思いついたようにヘンテルは笑った。

「まぁアレだな。研究してんだよ――」

 ――君主《ルーラー》に成れる方法。

「――」

 一瞬、この場の空気が凍り付いた。

 それは決して気まずいとかじゃない。

 本当に空気が冷たくなり、体の芯が震えた。

「――?」

 と思ったけど、どうやら寒気がしただけで気のせいだった。

「君主? 王様に成りたいだなんて、ヘンテルもたまには面白い事言うんだね」

「っま、そういうこった!」

 そう言って笑顔になるヘンテル。

 その顔のままヘンテルはグレーゼルに近づき、二人は抱き着いた。

「気を付けてね、お兄ちゃん」

「ああ。お前こそな。人払いの――――」

 後半、ヘンテルがグレーゼルに何を言ったのか聞き取れなかった。

 そう思っていると、次はお前だとヘンテルが突然抱きついてきた。

「ヘ、ヘンテル!!」

 嬉しさ半面、驚き半面。

 ボクの肩に顔を乗せた。

「仕方ないからグレーゼルを守るカカシに任命してやる。ありがたく思えよ」

「う、うん! 任せてよ!」

 ボクはヘンテルに認められたと思い嬉しさで涙が出そうになった。

 すると、突然小声で耳打ち。

「あと妹に手を出したらコロス。誘われてもコロス。いいな」

「……ハイ」

 殺害予告されて涙目になった。

「じゃなーーーー!!」

「「いってらっしゃーい!!」」

 二人で手を振ってヘンテルを見送った。

 それからボクは支度し毎度の如く街へと向かう。

「いってらっしゃい」

「うん。行ってきます」

 本日二度目のいってらっしゃいを言ったグレーゼル。ボクはその言葉を後押しに歩を進めたけど、街の門を通る間際にある事を思い出した。

(あ、予備のコントローラー忘れたかも)

 リュックの中を確認するもやっぱり忘れてしまったようだ。一応コントローラーはメンテナンスしてるけど、何事ももしもがあるから油断ならない。

「……取に帰るか」

 そう思って街から振り返り、グレーゼルが居る家へと足を運んだ。

 森を進んでいくと、木の葉の間に家から出てきたグレーゼルの姿を見かけた。

「――」

 おーいと呼びかけようとしたけど、どこか雰囲気が違うと感じてしまい、出掛かった声を喉で止めた。

(森の奥へ……?)

 ダメだと、いけないと思いつつも静かにグレーゼルの後をついて行く。

 奥へ奥へと迷いなく進んでいく彼女。森も深くなっていき、青々とした木々が太陽の明りを遮断するほど。

 そしてフッと大きな木の陰に居なくなってしまったグレーゼル。

 ボクは静かに移動し、大きな木まで辿り着いた。

 木の裏を覗き込む様に見たボクは驚愕した。

(――――何だ……これ……)

 グレーゼルの甘い香り。

 その正体は――

「――お菓子の……家……?」

 甘いお菓子で形成された家がそこにはあった。
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