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四章.旅路の果てに待つもの
三十三話.教団の真実
しおりを挟む白塗りの建物の内部は、黒に塗れた要塞と化していた――
シルビアらに先んじて教団本部へと乗り込んだ騎士団長とハインズ。
だが、敵の迎撃は全くと言っていいほど無い。
最初こそ息を潜ませ慎重に進んでいた二人だったが、今では堂々と、敢えて気付かれる様に歩いているほどである。
「妙ですね、団長」
「ああ、こいつぁなにかにおうぜ……」
異様に静かなままの本部の様相に、二人ともはっきりとした違和感を覚えていた。
外での騒ぎくらい聞きつけているだろうに、様子を見に走る音すら聞こえない。
かといって、どこぞ見通しの悪い場所で隠れ潜んでいたりする様子もなく、扉を開ける度に拍子抜けしてしまうのだ。
流石に無防備過ぎて気味が悪く感じてしまっていた。
既に本部へと突入してしばらく経つが、未だに内部に迎撃の気配はない。
罠の可能性すら考えてしまう。
「団長。実は、話したい事が――」
警戒感が薄れてか、ハインズが躊躇いながらも何か言おうとした、その矢先。
ぴた、と、団長の足が止まった。
「……団長?」
「戻るぞ、どうにも嫌な気配がする」
団長は振り向き、そのまま来た道を戻ろうとしていた。
あまりにも何も居なさ過ぎるように感じられたのだ。
何よりこの本部のつくりが嫌に無機質なのが、彼にはどうしようもなく気持ち悪かった。
人の生活臭が全くと言っていいほどない。「本当にここが教団の本部なのか」と、違和感ばかりが先走る。
「引き返すのですか? ですが、それでは――」
「まさかとは思ったが、罠かも知れん。一旦安全な外側から全体を調べなおすぞ」
一刻の猶予も無いとばかりに、団長は来た道を引き返していく。
「わ、解りました……」
ハインズも、背後を警戒しつつその背を追った。
「シルビア、こっち」
一方、シルビアとセンカはというと、入り口付近の壁にもたれかかる死体を見て、団長らが先んじて突入していた事を察知し、後を追うように突入していた。
先を進むのはセンカ。
ところどころハインズの手によって目印がつけられており、これを見ながらに本部を進む。
ここまでは、事前にやり取りした手はず通りだった。
「後ろ、気をつけてねシルビア。私は、後ろからの気配を察するのが苦手みたいだから……」
少しだけ不安そうな顔をしながら、背後のシルビアにお願いするセンカ。
その妹のような顔に愛らしさを感じ、シルビアは「ふふっ」と笑ってしまう。
「ええ、解っていますわ。貴方の後ろは私がきちんとガードします」
ショートソードを構えながらに、にこりと微笑む。
本来ならこのような場合は腕の立つシルビアの方が前に立つのだが、不意打ちを恐れるセンカの提案で、このような前後の配置となっていた。
何よりこの教団本部、建物の規模の割に通路が狭い箇所が多く、存分に動くことができないのだ。
だが、センカ曰く「こういう建物には抜け穴がつきもの」らしく、いたる所に人の隠れられるような隙間が存在している可能性がある。
センカ自身も本部の構造はよく知らないらしいので、解り易い前方よりは、狙われたら困る背後の方がより強い警戒ポイントとなっていた。
「それにしても……どうにも、人の気配が感じられないのが不気味ね」
「うん……なんか、気持ち悪い……団長達の方に集まってるのかと思ったけど、その割に戦ってるような音も気配もしないし――」
本当に団長達が中に突入したのか、それすらも怪しく感じてしまうほどであった。
困惑は歩く速度にも影響し、警戒の強さもあって、次第に止まりそうになってしまう。
「団長達に万一が起きぬようにと、急いで駆けつけたつもりでしたが……一体、何が起こっているのかしら……?」
少なくとも、本部の入り口には信者と思しき男達がいたのだ。
その中には、自分を買い取って教団に売りつけようとしていたあの男の顔もあり、顔をしかめながらもそこが本部であると確信して突入した物だが。
だが、事実としてここには人が居ない。人の気配が全くないのだ。
おかしい。何かがおかしい。そう思い始めると、そこにいるのは危険な事のように感じてしまう。
「――シルビア。なんか、嫌な気配がするの」
「私もですわ。本当に、このまま進んでしまって良いのかしら……?」
そうして、完全に歩が止まってしまう。
困惑は、二人の足を完全に縛りつけ、その場に留めさせていた。
まるで、その空気が彼女たちに警戒を告げたかのように。
――直後、激しい揺れと爆発音が、二人の耳に襲い掛かった。
「痛っ――こ、これはっ」
「うぐ……あっ!」
耳から伝わる痛みに、二人は思わず身を竦めてしまう。
押し寄せる煙と熱気に、目が即座に乾いていく。
「シルビアっ、伏せてっ!!」
「きゃっ」
変異にいち早く気付いたセンカは、とっさに後ろのシルビアを押し倒す。
シルビアは仰向けに押し倒され、軽く頭を打って痛みに悶えたが、自分達の上を抜けてゆく熱風、尚も背から伝わる激しい振動に、すぐに姿勢を入れ替え、自分に覆いかぶさっていたセンカを抱きかかえるようにして上になった。
「――シルビアっ!?」
センカの驚くような声が聞こえ、それからすぐ後、自身の背に、腿に、ふくらはぎに、強い衝撃が幾度もぶつかってくるのを、シルビアは感じていた。
「うぐっ――だ、大丈夫、です。それよりセンカ、すぐにここから離れて――」
焼け付くような熱風自体はすぐに収まったが、それでも尚、焼き焦がすような熱が奥の方から吹き荒れ、朱色が迫っていた。
このままではまずい。逃げなくてはいけない。
そう思いながらなんとか膝を立て、自分の下からセンカを逃がそうとするシルビア。
「う、うん――シルビアも――っ!?」
するするとその下から抜け出し、姿勢を低くしながらも立ち上がるセンカ。
しかし、シルビアの背を見て、驚愕する。
赤に塗れた女騎士の背。いくつもの破片が突き刺さり、シルビアの白い肌を汚していた。
「背中……シルビア、このままじゃいけない。早くつかまって!」
手を差し出してシルビアを起き上がらせようとするセンカ。
しかし、シルビアは首を横に振り、困ったように笑っていた。
「ごめん、なさい。左足が――破片が突き刺さったらしく、動きそうにないわ」
ひくひくと足を痙攣させながら、シルビアはその場にくたり、顔をつける。
「……先にお行きなさい。私は、後から――」
「バカ言わないでっ、私が支えるから、早くっ――早くっ、シルビア!!」
もうダメかもしれない。シルビアのそんな様子を見て、センカはつい、そう思ってしまって。
だが、それを否定したくて、必死に拒もうとして、首をブンブン横に振り、シルビアの腕を掴もうとする。
「――お姉さんを助けるのでしょう? なら、お行きなさいな!」
「あっ!?」
しかし、シルビアはその手を跳ね除ける。
驚きの表情のまま、バランスを崩し尻餅を付いてしまうセンカ。
シルビアは、尚も厳しい表情のまま、センカを見つめていた。
「こんな事で死ぬのも馬鹿馬鹿しいでしょう? 大丈夫ですから。私、こう見えて、結構タフなのよ……?」
いいから放っておいて、と、この、妹のような少女に向け、シルビアは精一杯の虚勢を張っていた。
その虚勢が、少女にも解ってしまうのだ。だから、二人して涙ぐんでいた。
――更なる爆音が、すぐ近くで聞こえた。
「やれやれ、まさかこんな事になるとは思いもしなかった」
濡れた黒い服一枚を盾にしながら、影が一つ。
シルビアとセンカの前に立ち、新たに迫った爆風を防いでいた。
「――私も甘いな」
そうして、その男は「にぃ」と、皮肉気に笑うのだ。
「えっ――」
「あ、貴方――」
驚いたのは二人の方であった。彼は、その場にはいないはずの人物。
だというのに、何故かとても頼もしく映り――
「お前はまだ歩けるのだな? シルヴィは私が連れて行く。脱出するぞ!!」
「あっ、う、うんっ!」
「しっかり掴まれ! 走るぞ!!」
「は、はいっ」
何故ここにいるの? と、問いかける事すらできず、二人はその男の――ベルクの言うままに従っていた。
爆音は、それから三回ほど続き。
振動は巨大な本部を破壊し尽くしていった。
燃え盛る教団本部。石造りの部分だけをわずかに残し、木造部分は全て焼き尽くし。
だというのに、その場には悲鳴一つ聞こえず、静かにパチパチと焼かれていくのみであった。
「……爆薬ですわ」
「ああ、意図してのものか、それとも何らかの事故でこうなったのかは解らんが……酷いもんだな」
ボロボロに崩れた建物を遠目に眺めながら、脱出に成功した三人は、呆然とその光景を眺めていた。
荒い息を整えながらに。所々に走る身体の痛みなど忘れて、ただただ、その朱が揺らぐ様を見つめていた。
これが、彼の教団の末路だというのか。
それにしては、あんまりにも突然すぎるというか、予想外すぎる結末ではないだろうか、と。
三人が三人とも、どこか納得が行かないような顔であった。
「また、助けられてしまいましたわ」
自身を抱きかかえたままのベルクを上目で見ながらに、シルビアはぽそり、呟く。
「――本意ではなかった。私は、君を『ただの可哀想な村娘だった』と、信じたかったのだがな」
シルビアの腰に掛けられたままのショートソードの鞘。
剣身こそは炎の中に落とされたままだったが、その鞘と、あの場に彼女がいたことだけで、それまでの全ての信用は、疑いへと振り切れてしまっていた。
「……ごめんなさい。貴方に、迷惑をかけたくなかったのです」
どこか虚しげなベルクの表情に、シルビアは胸が軋み痛むのを感じながら、それでも尚、嘘を通さなくてはならなかった。
この場に、バルゴアの騎士団員がいる事が伝わっては困るのだ。
ベルクの正体は未だ掴みきれてはいないが、それでも、やはりあの場にいた彼はただものではないのだろう、と、彼女には察することができていた。
まだ自分の正体に気付いていないのなら、それをわざわざ報せる事もないはずだった。
「私は、このセンカの――友人の、教団に囚われたというお姉さんを救いたくて、この街に来たのです」
抱きかかえられながらに、傍に立つ妹のような友人へとなんとか手を向け、ベルクの視線を誘導する。
「……」
どこか複雑そうな顔。
センカとしては、あまり顔を合わせたくない相手なのだろう、と、シルビアには感じられたが。
「この娘は、かつて私が恋人と一緒にいた所を襲撃された覚えがある。あの時は恐ろしく感じてしまい、逃げてしまったが――」
ベルクはというと、縮こまっていたセンカを油断なく睨みつけていた。
睨みつけていたが、やがて本部が本格的に崩れていくのを見て、歩き出す。
「――だが、そうか。自分の姉を救うためだというなら、これ以上は言うまい」
あくまで自分はただの被害者に過ぎない、と語るベルクに、センカは何か言いたげであったが。
傷ついたシルビアがそのまま連れられていくのを見て、センカはその背を追わざるをえなかった。
「――なんだ、まだ生きてたのかい」
しばらく、人気のない夜道を歩いた頃であった。
月明かりに照らされた道を、影が一つ、塞いでいた。
「ロッキー!?」
「久しぶりだなベルクさん。あんたがここにいるなんて、驚きだ」
見慣れたその顔その仕草。
ちょいと悪そうに笑う男は、あろう事か悪友のロッキーであった。
「エリーはどうしたんだい? そんな可愛い女の子連れて――捨てたのか?」
にた、と、歪む口元。だが、眼は全く笑っていなかった。
その発言に、しかしクロウはぴく、と、眉間にしわ寄せ、睨み付ける。
「……お前、本当にロッキーか?」
ロッキーならば、エリーの事は『ちゃん付け』で呼ぶはずだった。
久しく会わなかったが、街で自分を送っていた時は変わった様子もなかった。
何より、このような場でこの男と会うのは、クロウにとっては想像だにしない事であった。
「『本当に』? 一々そんな事聞かなきゃならんほど、ベルクさんの中の俺ってのはあやふやな奴なのかい?」
ショックだぜ、と、両手をあげながらひらひらと振り、苦笑するロッキー。
「こんな場所にお前がいるなんてのは、それだけで違和感がたまらん。何故?」
「何故って。ただ俺の雇い主がここの教団だったってだけだよ。なんかやばい奴が迫ってきてるからって、爆弾の起爆役を任されてたんだ」
いつもと変わらぬ軽い調子で話すロッキー。
それ自体はクロウのよく見知った彼ではあったが、しかし。
「……お前が爆弾の扱いを知ってるなんて初耳だな」
「俺も、あんたが騎士団の女の子と浮気してたなんて初耳だぜ。エリーちゃんが泣いちまうよ?」
二人は、二人ともが、既にかつての相手とは思って居ない様子であった。
「……センカと言ったか。シルヴィを頼んだ」
大振りのロングソードをチキリと構えるロッキーを見て、クロウは抱いたままだったシルビアをセンカに預ける。
「あ、う、うん――」
預けられ、なんとかしゃがみこみながらシルビアが倒れこまぬよう支えるセンカ。
「……ベルクさん?」
「大丈夫だ。私は案外、戦える」
自身も腰につけた鞘からショートソードを引き抜き、ロッキーと対峙した。
「すまんなベルクさん。逃げる奴は皆殺せっていうのが今回の依頼なんだ」
「構わんさ。お前と私の間柄だ。当然、私がお前を斬り捨てても構わんのだろう?」
二人、睨みあい――どちらともなく駆け出した。
「そこは柄打ちで頼むぜっ」
「それは甘えだなっ」
がきり、という鉄の舐め合う音。夜風に響き、それを見る二人に、鉄の弾きあう火花を見せ付ける。
この場この時、クロウはベルクとして戦わねばならなかった。
暗殺者であると二人に気づかせぬまま、あくまで悪友と戦う羽目になった不幸な剣士を演じなければならぬ。
故に、その動きは相応に鈍く、その剣は彼の本質を包み隠す。
「――せいっ」
ロッキーの剣撃は凄まじく、重く。
ロングソードの重量をものともせず、その一撃はクロウの胴を狙った確実なものであった。
それを大きな動作でかしつつも、ショートソードの間合いに入ろうと距離を詰めようとするクロウ。
しかし、詰めた距離はすばやい返しの斬り付けで押し返されてしまう。
「ふふん、意外と速い。でも――近づかせなきゃ俺の勝ちだなっ」
点の速突は、やがて線の力薙ぎへと変異し。
必死に避けようとするクロウの動きを、徐々に制限してゆく。
逃げ道を封ぜられる恐怖。
いかに素早い獣といえど、避ける道筋が絶たれては如何ともし難い。
「これで――終わりだっ!!」
鉄が薙ぐ音。劣勢の中感じたその空気の変化に、クロウはその一撃を突きであると瞬時に判断し――前へと跳んだ。
「――シッ」
「なっ――」
驚愕。見開かれた目が見つめたのは、自分の突きを頬の外側に受けながら、尚も前進してくる烏の姿。
その突き、見たこともない程に鋭く、的確であり、何より――わずかなモノであった。
必要最低限の一撃。無駄な力の一切掛かっていないその威力は、人一人を丁度ぴたりと絶命させる程度に留まり。
だからこそ、ぴた、と足を止めたクロウは、その刃の切っ先をロッキーの喉仏丁度にあてがうにとどめていた。
「……終わりだロッキー。私はあんまり剣の腕が良くない。これ以上やったら殺してしまうかもしれん」
そこで留めながら、ため息混じりにロッキーに剣を降ろすよう伝える。
「ああ――ベルクさん、意外と強かったんだな」
からん、と、クロウの背後から鉄の落ちる音がし、クロウも刃を引いた。
こうして、ベルクとロッキーの戦いは終わった。
案外、あっさりとしたものであった。
「参ったなあ。これじゃ、報酬目減りさせられちまうよ」
センカらが拠点としていた宿屋にて。
傷ついたシルヴィの治療はセンカに任せ、クロウは別室にて、ロッキーを床に転がし休んでいた。
「縛り上げられても報酬の事を気にしてられるんだから、大したもんだよ」
「へへ、当たり前だろう? 俺は生きる為に仕事をしてるんだ。その仕事が何であれ、金がもらえなきゃ食いっぱぐれちまう。ベルクさんも、まだしばらくは戻ってこなさそうだしなあ」
ロッキーからすれば、ベルクの旅立ちというのは食事をたかれる相手がいなくなったも同然の事で、それがつらかったのだという話だが。
そうであっても、と、クロウはため息混じりにロッキーを睨み付ける。
「仕事の為に全力を尽くすのは構わんが、仕事そのものはもうちょっと選べ」
クロウからすればとんだ迷惑である。
ロッキーは確かにそんなに強くはなかったが、それでも一瞬、何か油断ならない空気を感じてしまっていた。
今ではそんな事もなく馬鹿げた事をのたまっているが、その一瞬はクロウをして『本気の殺し合い』を覚悟させてしまうほどで。
だから、このはた迷惑な悪友を、ただ笑って見逃す気にもなれなかったのである。
「悪かったって! でも、自分達の拠点をぶっ壊せなんて、随分変わった事を依頼してきたもんだぜ、あのシスター」
そうして、ロッキーは訳の解らない事をのたまった。
「……シスター?」
「そうだぜ? この街の教会を運営してるシスターな。あの女、とんでもねぇ喰わせもんだよな。そ知らぬふりをして街から若い娘をさらってまわって、片っ端から自分の創ったカルトに放り込んでるんだもん。金の為とはいえ、俺もちょっと嫌な気分になってたところだ」
ロッキーの言葉は、クロウの思考を完全に凍りつかせてしまう。
――あのシスターが、カルトを創った……?
「それは……本当なのかロッキー? お前、私を騙そうと――」
「いだっ、ちょっ、やめろって!」
肩を掴み揺するクロウに、揺すられるロッキーはグラグラと揺れながら器用に尻歩きし、なんとかその手から逃れる。
「――ったく、なんだってんだよ。俺がベルクさんに嘘ついたって仕方ないじゃんよ。俺に本部を爆破しろって依頼したのもあのシスターだったし、生き残った奴は信者も侵入者も関係無しに殺せって言ったのも同じ人だよ。これは本当の事だ!」
勘弁してくれ、と、ため息混じりにクロウを睨むロッキー。
当のクロウは、寄りかかる壁からずる、とズれ、そのまま倒れ込みそうになってしまっていた。
「おいおい、大丈夫かよベルクさん!?」
流石に心配になったのか、ロッキーが首を傾げながらまたも尻歩きで近づこうとするも。
「いや、大丈夫だ……そうか、あのシスターが、な……」
クロウは「気にするな」とばかりに、なんとか自力で起き上がる。
そして、考え込んでしまっていた。
まさかの黒幕であった。気付くはずも無い。
だが、確かにそういった視点で見れば、あの教会は色々おかしい部分も垣間見ることができた。
若い娘が誰一人いなくなったというのに、あの教会ではシスターをはじめ、若い娘ばかりがいたこと。
街の異変にシスターは気付いていたと言っていたが、このような事態になっているのに実際に他の地域に手配していたのは男手を回してもらう事のみだった、という点も怪しい。
それだけではない。教会というのは、その街、ひいては国に対して影響を与えうる巨大な組織だ。
街一つ動かすとはいえ、カルト教団風情にいいようにさせて黙っている等、教会組織としてはありえない状況のはずだ。
つまり、この街を、その教会を任されているあのシスターが、この問題を外部に一切伝えていないに違いない、という結論に至る。
「……ロッキー。あの本部、中にはシスターがいたのか?」
「いんや? 囮で外に信者を立たせた以外はもぬけの殻だよ。わざわざ侵入してきた奴らを爆破で抹殺するのが目的だったからな」
ぐんにゃりとした顔のまま床に寝転がるロッキー。
クロウは考えるように天井を眺める。
「――それに、だ。あの建物自体がブラフだよ。実際には建物のずーっと下に本部があるんだ。階段で隠れててさ――教会の地下とつながってるって話だ」
「なるほどな……壊してもさほど惜しくはない、ただのシンボルに過ぎない建物だった訳か」
「そういう事。もったいねぇけど、それでも邪魔者をぶっ殺せるならそれでよかったんだろうな。あのシスターにとっちゃ」
ぶっ飛んだ女だ、というのが、二人同時に思いついた言葉だった。
「だが、聞いてみればつまらん結末だったな。そうか、あのシスターが、な――」
――してやられた。だが、もう騙される事はあるまい。
ぎり、と歯を噛みながら立ち上がり、部屋を出ようとする。
「でも気をつけろよベルクさん。あのシスター、腕利きの若い娘が何人か傍についててさ。あの娘達は、俺なんかよりずっと強い」
「お前より強い奴なんて、どこにでもいすぎて比較として解りにくいぞ」
本心ではありがたいと思った忠告だが、ベルクである彼は皮肉屋でなくてはならなかった。
それが、彼と接する時のベルクという男なのだから。
「うぇ、ひどい言われようだ……気をつけてな」
「ああ」
それでも構わずに送り出してくれるこの悪友に、クロウはにや、と笑いながら去ってゆく。
「――さあて、どうなるかね」
縛られたまま部屋に残されたロッキーは、にた、と、口元を緩め、そのまま目を瞑った。
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