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五章.暗殺ギルドの終焉
四十七話.神の家という名の聖域
しおりを挟む騎士団の行動は、ここにきてようやく慌ただしく展開され始めていた。
王都北門へと戦力を集中、そのまま街の外にある廃屋へと突入せんとしていたのだ。
だが、ここにきて騎士団は、想定外の邪魔によって妨害される事となる。
「あいや待たれぃ! 騎士団の街の外への出撃は、政務担当ハスミス公の許可が必要のはず! 我々は、そのような話は全く聞いていない!」
街の入り口を固める衛兵隊。これが、騎士団の前に立ちはだかったのだ。
「ここ数日、街を騒がせている犯罪者が潜んでいる拠点が判明したのだ。例の暗殺ギルドの隠れ家かもしれん。ただちに制圧せねば、後々に差し障る。退いてもらおう!!」
騎士らを従える隊長・ライオットは、ギラリとした視線を衛兵らに、ねめつけるように向けながら声を張り上げる。
「ならぬ! 許可無く街の外に出るというなら、その騎士の出で立ち、ここで脱ぎ捨ててからにしてもらおう!!」
しかし、門を守る衛兵らも退く気はなく、二人、鋼鉄の槍をバッ字に構えてこれを封じる。
両者のにらみ合いは、しかし、そう長くは続かなかった。
「――何事だ! 天下の往来で騎士と衛兵が睨みあいとは! 民にどう説明するつもりだ!!」
怒声と共に割って入ってきたのは、王宮近衛隊の隊長・グリーブ=エレメントであった。
眉間に皺を寄せながら、近衛隊の騎士を引き連れ巡回の様子であった。
「はっ、これは近衛隊長どの――」
「クッ……巡視任務でしたか」
エレメントの姿を見るや、ビシリと敬礼する両名。
しかし、衛兵隊が敬意を以ってこれを迎えるのに対し、騎士団員達は心底鬱陶しそうな、悔しげな顔立ちであった。
「……うむ。衛兵隊と騎士団が不仲なのは役目上やむなしとは思うが、人目につく場所でいがみ合うなどもってのほかだ。そのような有様では、民が、そして我らが陛下が嘆かれる。特に騎士団よ、貴公らはもう少し、自覚というモノを持つべきではないか?」
エレメントは衛兵に対しては手をあげ敬礼を解かせるが、騎士団に対してはこれを行わず、そのまま敬礼させたまま、つかつかとライオットの正面に立ち、じろり、その顔を見やった。
「……はっ」
これにはライオットもたまらず、視線を直に受けることもできず、背けてしまう。
「……ふん」
つまらなさそうに背を向け、一歩、二歩、離れる。
そうしてぴたりと足を止め、再び振り向きながら、また口を開いた。
「貴公らの権限が働くのはあくまで王都の中に限る事。それより外で捜査権限を扱いたくば、まずはハスミス公に話を通さねばならぬ、という事は知っての通りだが。何故無理を通そうとした?」
国王の側近とも言える近衛隊長の責める様な言葉に、騎士団の一隊長に過ぎないライオットは嫌な汗をかきながら、震える唇をようやく動かしていく。
「そ、それは……この先の、街の外の廃屋が、例の暗殺ギルドの拠点なのではないか、と有力な情報が手に入ったのです。彼奴らは足が速いのです。今追い詰めなければ、逃がしてしまうかもしれないのです」
「ほう、暗殺ギルドの、な。確かに奴らは我々にしても厄介この上ない存在だ。貴族街でも何件か、奴らの仕事らしき殺人事件があった故、それに関しては我々も理解はしてやりたい、が――」
このライオットの言い訳に、エレメントは敢えて乗ってみせる風に語りながら、しかし、衛兵隊の方を向き、にやりと笑った。
「知っての通り、街の外での犯罪者の取り締まりは衛兵隊の管轄だ。貴公らが王都の警護を、我々近衛隊が王宮と貴族街の警護を行うように、街の外では衛兵隊がこれを取り締まるのが習わし。騎士団は出しゃばったりせず、自らの管轄に眼を向け続けるがよかろう」
「し、しかしっ――」
「それとも、衛兵隊のみならず、我々近衛隊も敵に回すかね?」
それでも構わんが、とでも言いたげに、反抗しようとしたライオットをじろり、睨み付ける。
その眼光の鋭さ、重圧。騎士団長と比べてもそん色ない、本格の力が備わっていた。
「うぐ……」
ライオットは、これに完全に呑まれてしまう。
彼とて騎士団の隊長である。
相応に剣の腕には覚えがあり、三人居た隊長の中でも自身が一番強いという自負があった。
その剣で切り捨てた悪人の数も両手では数え切れぬほどで、自信を持っていたのだが。
そんな自信が引っ込んでしまうほど、近衛隊長殿の気迫はただならぬものがあったのだ。
「――騎士団が許可無く王都から出ること、まかりならん。廃屋に関しては衛兵隊が調べればよかろう。それに関して追って調査結果も伝えるよう私から衛兵隊長へと取り計らってやる。それで引き下がれ」
これ以上手間取らせるなとばかりに、騎士らに睨みを利かせ――そのまま衛兵らの前に立つ。
「あの廃屋は元はと言えば衛兵隊の宿舎だったもの。ならば、それを調べるのも衛兵隊が道理だ」
「はっ」
「お任せくださいっ」
衛兵らにも厳しい口調のまま語るも、衛兵らは「我が意を得たり」とばかりに嬉しげに口元を緩め、再びエレメントに敬礼する。
「くっ……撤退だ。副団長殿に報告しなくてはならん」
「それでいい。文句があるならば衛兵隊にではなく、私に遠慮なく向けるがいい。副団長めが私に直に文句をつけられるのならば、な!」
逃げ帰るように引き下がるライオットらに、追撃するように言葉を向けるエレメント。
「……伝えておきますよ」
無言のまま去るのが耐えられなかったのか、ライオットは一言、振り絞るようにそう言ってのけ、ズカズカと不機嫌そうに去って言った。
その後の衛兵隊の調査結果は、完全に白であったと伝えられる事となる。
暗殺ギルドの人員など一人もおらず、そこにいたのは騎士団による搾取を恐れ逃げてきた被害者ばかりとあっては、衛兵隊も捕らえるつもりも無く。
むしろ、協力するくらいのつもりでその廃屋の使用許可や物資の提供を申し出たほどであった。
さて、廃屋にいたはずの騎士団長他、真なる騎士達はと言えば、既に手狭になりつつあった廃屋から離れ、新たな拠点へと移っていた。
それが、聖堂教会である。
「……まさか、教会を占拠されるとは思いもしませんでしたわ」
教会の主・アンゼリカは呆れたようにため息をつきながら、クロウを見やる。
先日の事もあり、最初こそ怯えた視線を向けていたが、今では慣れてきたのか、以前とそう変わりない態度であった。
「占拠だなどと人聞きが悪いな。教会は困った者には手を差し伸べるのだろう? 困った騎士を助けたって良いではないか」
細かい事を気にするなとばかりに、クロウは壁にもたれかかり、アンゼリカに皮肉げに返す。
「そもそもこれは、お前たちにとっても悪くない事のはずだ。ここから騎士団長らが巻き返しを図り、成功すれば、聖堂教会にも箔がつく」
「それは……そうかもしれませんが。貴方がたをかくまうのって、アレックス王に痛くないお腹を探られる事になりそうで嫌だわ……」
よほど嫌なのか、頬に手を当てながら大きくため息。
教会組織の幹部というのも、これで色々大変らしかった。
「その辺りは気にするな。それよりアンゼリカ、あんたは今後どうするつもりだ?」
「どうする、と言いますと?」
その有様が楽しくて仕方ないとばかりに、クロウは口元をにやつかせながら、アンゼリカに問いかける。
「まだ傍観を続けるつもりか? それとも、何がしかアクションを起こす気になったか?」
「……っ、貴方という人は……!」
それが堪らなく悔しいのか、アンゼリカは歯を食いしばりながら、しかし吐きそうになった暴言を押し込め、なんとか一息。
口から出そうになっていた言葉を引っ込めた代わりに、じろ、と睨みつけてこれを返答とした。
「なるほどな、安心した。本当に傍観しているだけのつもりなら、どうやって引きずり出してやろうかと考えていたところだ。余計な手間が増えずに済んで何よりだな」
「……恐ろしい人。何故貴方、騎士団長なんかに肩入れを……」
「それが仕事であるならば、果たしてみせるのが私という生き方だ。手段は選べるなら選びたいが、選べないならどんな手でも使うさ」
不安げに見つめてくるアンゼリカに、クロウは不敵に笑って見せる。
「……貴方のような生き方、とても恐ろしく感じますわ。『仕事である』という免罪符さえあれば、何を犠牲にしても構わないと思っているような……」
「大体合っていると思うがな。なんだ、存外良く解っているではないか。だが、ひとつだけ決定的に違う部分があるな」
「……?」
「私は、免罪符としてそれを使っているのではない。自身で思い込むことによって、そのように生きる。『そういう』生き方しかできない生き物なのだ……」
その違いが、しかしそれ以上に悲しい生き方なのだと、それを自覚しているのだと、アンゼリカは気付いてしまう。
そうして更に恐ろしさを感じ、『これ以上は問うてはいけない』と、更に問おうとしていた口を手で押さえ、黙りこくる。
「いやー、すまねぇなあシスター。急に押しかけちまって! あ、奥の部屋に適当に入らせてもらったぜ。ベルクの顔見知りなんだってな!」
そうして沈黙の内に、それを壊すかのように現れた騎士団長とセンカ。
「この国の教会ってこんなにキラキラしてるんだね……なんか、すごく綺麗」
既に我が家のような顔をしている団長に対して、センカは子供の感性そのままにはしゃいでいた。
「……困った方には手を差し伸べるのが、私ども神の子の役目ですので。ですが、どうか教会内での争いはお控えくださいね?」
先ほどのクロウの言葉の意趣返しなのか、アンゼリカはしれっとした顔で団長らに微笑みかけていた。
「もちろんさシスター! 俺達ゃただの迷った羊だ。めーめー鳴いちまうぜ」
「めーめー」
「まあ! 騎士団の団長様と言えば恐ろしげな方のイメージを持っていましたが、思ったよりもユニークな方でしたのね」
小洒落た言い回しに、アンゼリカは表向き、にこやかあに微笑んでみせる。
フィアーほどではないにしろ、大した役者っぷりであった。
「へへ。それほどでもねぇわさ。ま、しばらくの間頼む。まだまだ、人手が足りない分は集めないといけねぇ」
「できる限り人を集めたいところだしな」
「ああ、そろそろ奴らも動き始めるだろうからな。こうやって俺らが裏で動いてるのをそれとなくでも気付かせれば、あいつらだって馬鹿じゃねぇ。『何かがおかしい』と考えて、街を荒らすのを一旦止めるはずだ」
街から少しずつ人がいなくなっているのだ。当然、騎士団も怪しむはずであった。
それを見越した上で、少しでも被害者を減らすための方策だったのだ。
とりあえずは今のところ、団長の考えは上手くいっていると言える。
「本格的にあいつらが動き出した時に、ある程度の人手がいないと、俺達の方が不利になっちまう。頭を潰せば散り散りにはなるだろうが……それをやっちまうのは却って不味い。あの不良副団長には、確実に処刑台の上で散ってもらわにゃならんのだ」
「副団長を潰す訳にも行かず、追い詰めすぎて自害されても困る、と考えると、攻勢に移ってからはあまり時間を掛けるのはよくないようだな」
「そういうこったな。面倒くさい限りだが、我慢してもらうほかねぇ」
今まではじわじわと進めてきたが、騎士団の劣勢の期間が長引けば、その間に副団長が逃げ出したり、自害したり、仲間割れの末に殺されてしまう恐れもあった。
首魁である副団長は、確実に捕らえなくてはならない、という一点のみが今回の肝であり、かつ難易度を跳ね上げさせている要因でもあった。
これがなければクロウが単身突入し、副団長の首を落とせばそれで終わる話だったのだが。
存外、世の中上手く行かないものであった。
「ともあれ、ここから逆転の狼煙か」
「ああ、ここからだ」
こうして新たな拠点を確保し、『真なる騎士団』は更なる作戦へと向け、行動を始めた。
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