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3章 約束

#2-4.人形救急センター魔王城支部

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「ぶぇっ……く……くぉーっ、微妙にくしゃみが半端な所で止まったぞ!!」
親父臭い半端なくしゃみとともに、なんとも情けない声が部屋にこだまする。
声の主は他ならぬ魔王であった。
私室の作業机にて人形達のメンテナンスをしていた中、突然のくしゃみである。
しかし、大事な人形に唾を吐きかけるわけにも行かず、すんでの所で我慢したのだ。
おかげですっきりしない。気持ち悪い感覚に襲われながら、とりあえず紙を取り出し鼻をかんだ。
『旦那様、風邪をひかれましたか?』
心配そうに眺めるのは手元の人形である。
「いや、違うと思うがね。誰かが噂でもしたんじゃないかな」
オカルトだとは思いながらも、冗談めかして笑いながら返す。
『ならいいのですが……』
不安そうに心配してくれる人形に可愛らしさを感じ、魔王は頭をそっと撫でてやった。
『んぅ……』
こそばゆそうに目を瞑る。その仕草も愛らしい。
「ありがとうなレイナちゃん。さあ、修理を続けようか」
『はい』
言いながら、レイナと呼ばれた人形はおずおずと右腕を差し出す。
細い腕は、肘から先が無くなっていた。先の戦いで腕を斬られたのだ。
糸で応急処置はできるものの、戦地で完全に繋げる事は出来ない為、今までこんな状態になっていた。
「可哀想になあ。すぐに直してあげるからね」
言いながら、作業机の棚から容器を取り出す。蓋には『ネ』と書かれた怪しげなマーク。
「これがあれば壊れた腕も簡単にくっつくからね」
筆を取り出し、容器に入った液体をレイナの腕の切り口に塗っていく。
『あっ、あっ――何か、スースーしますわ』
「揮発性の強い液体らしいからね。えっと、後は腕を……」
困惑するレイナににこやかに笑いかけながら、落とした方の腕を手際よく切断面に取り付けていく。
「左手で十分ほど抑えていてくれるかな」
『はい』
「よし、他は大丈夫だね? では次の子を」
言われたとおりレイナは左手で右腕の接続面を押さえ、机から降りる。

 次に机の上に来たのは身体中に刺し傷のある球体関節人形であった。五体満足ではあるものの、負傷という意味ではレイナよりも酷い。
『リースです。旦那様、申し訳ございません。御覧の有様でして……』
申し訳なさげにうつむいてしまう。
死ぬ事は無いとは言っても、やはり傷を負い、主にみっともない姿を晒すのは恥ずかしく、辛いのだ。
「大丈夫だよリースちゃん。傷の一つや二つ……君は十分可愛らしいと私は思う」
とても魔族の王とは思えない慈愛に満ちた笑顔であった。
優しく手の平に抱え、傷のついた部分をつぶさに観察する。
腹に三箇所。うち一箇所は貫通していて風穴が開いていた。
左腕は肘にあたる球体関節部分が断裂しかけていて、腕を形成する為の針金も露出してしまっている。
顔にも傷がつき、可愛らしい顔立ちが台無しになっていた。
長く美しいウェーブがかった赤髪は、そのいくらかが不自然に短くなっていた。実に痛ましい姿である。
「短くなった髪は一度植毛して、腹の傷は専用の修復剤で埋めて、断裂しかけている腕はそのまま外して別のを付け替えようか」
『はい、お願いします』
幸いにしてリースは、比較的簡易な構造でパーツ分けできる人形であった為、壊れたパーツは付け替えれば容易に修復できた。
これがアリスやエリーセルのような複雑な構造の人形だとこうはいかず、腕や足の一本が壊れれば胴体ごと親元のネクロマンサーに修理依頼を出さないといけないので、かかる手間も全く違う。
その分だけ動きもすばやく、傷を負う事も少ないので、魔王はその辺りはあまり心配していないのだが。
手際よく修復作業を進め、一時間ほどでそれを終わらせると、順番待ちの列はいつの間にか消化しきっていた。

「次は……負傷を受けた子はとりあえずこの位かな?」
『はい、ほとんどの子は負傷もなく、せいぜいが服の損傷で済みましたから』
机の隅っこで修理を手伝っていたエリーセルが、飴色のロングヘアーを弄りながら、主を見上げる。
「思ったより少なくてよかったよ。敵が当初の予想通りの数だけ居たら、こちらの損害も半端なものではなかったろうね」
魔王的に、クノーヘン要塞の五千人は、暴れようと思えば実に物足りない数ではあったが、興ざめした今では愛すべき人形達がこれ以上傷つかずに済んでよかったと心の底から思っていた。
『旦那様の為でしたら、私どもは傷を負う事を躊躇いませんが……』
「私が躊躇うよ。君たちは、戦うことが出来ても、私にとっては戦う為に居る子達ではないからね」
戦地においてはそうとばかり言ってられないので役立てるが、必要がなければ傷つけるようなことはしたくないというのが本心からの気持ちであった。
「まあ、またしばらくは戦うことは無いだろう。ゆっくり過ごそう」
『くす……旦那様の戦うところ。勇ましくてかっこよかったので私はまた間近で見たいですわ』
エリーセルは笑う。可愛らしい表情の中に怪しげに光る妖艶さが彼女の特徴だった。
『アリス様ばかり旦那様のお傍では、ずるいですもの』
「必要があったら呼ぶさ。その時には頼んだよ」
魔王はというと、そんな冗談めかした、主を困らせるようなことを言う人形に、同じように冗談めかして返してみせた。
『ふふ、かしこまりました』
それ以上は求める事無く、エリーセルはちょこちょこと歩き、机の上の片づけを始める。
魔王は作業机から立ち、ぱそこんの置いてある別の机に腰掛けた。
「ぱそこんは……最近魔力妨害されて使えないし、本でも読むか」
使おうと思ってから思い出し、隣の本棚から適当に本を抜き取った。
「ああ、これ出発前に読んだ奴だな。んー……」
どうにも興が乗らない。何をするにも落ち着かない。退屈だった。
「久しぶりに、図書館でも行ってみるか」
次に思い立ったのは、未知の溢れる無限書庫。城の地下にある広大な図書館である。
考えが巡ると行動は早い物で、魔王は立ち上がり、一人図書館へ向けて歩き出した。
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