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4章 死する英傑

#12-1.ノーブル・クラッシュ

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「……きたか」
夜間、何者かの侵入。行方の知れぬエリーシャ。そして戦闘に軋み響く城。
先日同様に、場合によってはそれ以上の実力を持った魔族が侵入してきたのかもしれなかった。
――城内は静かであった。
ただ、誰かと誰かとが戦うような音が響き、そしてそれも今しがた聞こえなくなった。
彼は、皇帝シブーストは、四階のバルコニーから見える夜の街を眺めていた。
愛しげに、慈愛と愛着の籠められた瞳で。
その左右両腰にはそれぞれ、美しい宝石のついた宝剣が鞘に納まり下げられていた。
一方は彼の愛剣『邪宝剣ネクロアイン』。
そしてもう一方は、一度はエリーシャに貸与し、そして彼女を娶った際に返却させた『宝剣シュツルムバルドー』。
もう二度と戦わすまいと思っていたエリーシャはしかし、恐らくは侵入した『魔王』を止める為挑んでいるのだろう、と彼は考えていた。
「全く、エリーシャにも困ったもんだ」
皇后にまでなって、まるで勇者のような行動力である。
結局あの娘はその生き方を忘れられないらしい、と、小さく溜息をついてしまう。
「まあ、一緒にゼガに謝るしかねぇな」
亡き親友を思いながら、両手に宝剣の柄を握る。

「待たせたな。魔王ドール・マスター」

 そして振り向く。
「感傷に耽るのは、もういいのかね?」
広いバルコニー。
皇帝の他には、黒の外套を羽織った、長身の中年紳士が立っていた。
「ああ、かまわねぇ。覚悟はできている。『手紙』は受け取ったからな」
「そうか。それはよかった。わざわざ手紙を書いた甲斐があったというものだ。では、始めようか」
魔王は、そこに君臨していた。
両手に宝剣を構える皇帝を前に。
月光に照らされる宝剣を見て、どこか嬉しそうに笑いながら。


「早く、シブースト様の元に――っ」
疲労の抜けきっていない身体のまま、エリーシャは全力で回廊を駆けていた。
階段を上りきり、すぐさま四階の皇帝の私室へ。
わざわざこんな所まで魔王が来て、何を企んでいるかなど考えるよりも明らかだった。
解りきっていたのに止められなかったのだ。
あのオーク族の勇者を前に、背を向け追いかける事など出来るはずもない。
戦闘時間はわずか数分だが、これは走って追いつくかも怪しい時間差である。
息をするのも忘れ、エリーシャは駆ける。疲労と苦痛に軋む身体は時間の経過と共に癒されていく。
(後もう少し――)
あとわずか。それまでの間生きていて欲しい。
そう願いながら、角を曲がりラストスパートをかけようとした矢先であった。

「――ふっ!!」

何か嫌な予感がし、とっさに飛びのく。
「やぁっ」
「覚悟っ!!」
直後。エリーシャは自分の居た位置に、二つの影が襲い掛かったのが見えた。
即座に距離を取る。三歩、四歩飛びのき、一瞬で距離を詰められないように警戒した。
「あら、かわされてしまいましたわぁ」
「本当。タイミングは完璧だと思ったのに。これが人間の持つ『勘』というものなのかしら?」
それは、魔王の後ろを歩いていた二人の人形であった。
両手に短剣を構えるガーネット色の髪の人形と、ショートソードを構えた飴色の人形。
どちらもどこかで見たような顔つきであった。
思わずエリーシャも「うん?」と二人の顔を凝視してしまう。
「……アリスに似てると思ったけど、違うのよね?」
背丈も体型もアリスと大差ない。
顔はアリスより大人びていたり目つきが違っていたりするものの、恐らく同じような格好をすれば見分けがつけにくいのではないか。
それ位にはこの二人は、アリスに良く似ていた。
「私はエリーセル」
飴色の髪の人形が浅葱色のスカートを持ち、お辞儀する。
「私はぁ、ノアールと申しますわぁ。以後お見知りおきを」
続いて、ガーネットカラーの髪の人形が、間延びした声でエリーセルと全く同じ仕草を取った。
こちらは桜色のワンピース。そしてリボンが多目であった。
「私達とアリス様は、三人とも同じお父様によって一から作られた人形ですから。似ているのも無理はないかもしれませんわ。他の娘は旦那様がどこかから連れてきた娘ばかりですが」
そしてエリーセルが表情を変えないまま説明を続ける。
「なるほど。あんた達もアレなパーツで出来てる訳ね……」
「人間の方の視点で見ればそうかもしれませんわねぇ。生まれてきた私達にどうこう言われても、それは困りますがぁ」
エリーシャの容赦の無い皮肉にノアールは困ったように眉を下げる。
「まあ、生まれが選べないのは人間も人形も同じだし。非難するつもりは無いけどね」

 急ぎだというのにすぐさま戦闘に入らないのは、それがエリーシャにとって都合が悪いからである。
現状、手持ちの武器はオークの勇者に止めを刺したアリスのペーパーナイフ一本しかない。
魔法攻撃もできるが、話に聞いた限り、魔王の連れまわしている人形の対魔法防御は生半可なものではなく、エリーシャの手持ちの魔法でそれを突き破れるかは怪しい。
何より、魔力は先ほどの対勇者戦の攻防と身体能力ブースト、そして戦闘後の治癒でかなり消費してしまっていた。
持ち出した長剣も圧し折られてしまったし、勇者の武器は重すぎで転用できそうになかったし、挙句の果てにアリスと同型の人形二人対自分一人という圧倒的不利な状況に置かれてしまっていて、さすがにエリーシャも冷静にならざるを得なかった。

「アリスと同系統の人形って事なら、戦い方も同じなのかしら?」
結局、すぐにでも皇帝の元に駆けつけなければならないのに、会話によって時間を稼ぐという矛盾した行動を取るハメになってしまっていた。
「アリス様は大剣や長剣での大雑把な戦いが得意な方ですから、私達とは全く違いますわねぇ」
「私どもはどちらも、対集団よりも対個人の方が得意ですわ」
お互いに顔を見て、頷き人形達は動き出す。時間稼ぎは終わってしまったのだ。

 一歩、二歩。ゆったりと歩いたように見せ――三歩目で一気に距離を詰める!!
「近づかないと攻撃できないってのは良く解ったわ」
エリーシャは一歩後退し、衛星魔法を発動させる。
「シュート!!」
そして周りに浮かんだ五つの衛星に、即座に攻撃発動を命じる。
次の瞬間、無数の光のラインが衛星から飛び交い、エリーセルとノアールに直撃した!!
「甘いですね」
「そんな魔法効きませんわぁ!!」
バシバシと直撃していく高速の魔法を完全に無視してエリーシャの懐に飛び込んでくる。
「くっ――」
――思ったより素早い。
エリーシャがそう感じた直後、エリーセルがショートソードを下段姿勢から振り上げようとしてきたのが見えた。
下がっても無意味だと悟ったエリーシャは、後ろに預けていたバランスを一気に前に倒し、襲い掛かってきたエリーセルの真横をすり抜け前転した。
「なっ――」
それが予想外の動きだったのか、エリーシャの後ろに回り込もうとしていたノアールが驚きの声をあげていた。
その隙に一気に駆け抜け、二人との間に距離を作る。

「ノアール、思ったより早いわ。気をつけましょう」
「そうですわねぇ」
衛星魔法による一瞬の身体能力ブースト。
それを知らない二人にとって、エリーシャの動きはとても不可解なモノに映ったに違いなかった。
実際、今二人の人形は困惑気に間合いを詰めかねていた。
今一度詰めても、また同じようにかわされてしまうのではないか。そう思ってしまったのだ。
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