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5章 『勇者に勝ってしまった魔王』のその後

#4-4.速攻のセシリア

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「失礼します。陛下、以前言っていた蜂蜜酒の新しいのが飲み頃になったのですが……」
そして今度はエルフの姫君・セシリアが部屋を訪れた。
今日は一体何の日だというのか。つくづく今日は来客が多い一日だと魔王は笑った。

「5です」
そして当然のようにセシリアも加わっていた。
最初は乗り気ではなかったのだが、エルゼの「師匠と遊びにいける権利がもらえるんです」という言葉に急に乗り気になっていた。
「また6……」
エルゼは相変わらず6ばかり引く。
「また1か……」
そして魔王は1ばかり引いていた。
「……2ですわ」
エリーセルは順調に順番を落としていた。
「4ですね」
「あら奇遇ね、私もだわ」
アリスとラミアは4。
「ではお先にどうぞ」
「そう? ありがとう」
そして控えめなアリスはラミアに譲っていた。
「では、順番はエルゼさん、セシリアさん、ラミアさん、アリス様、エリーセル、旦那様……という順番ですわね、ではゲーム開始ですわぁ」
こうして三セット目が始まった。


「エルゼさんに対してカードを使います。『効果・移動妨害1』」
「カード使用宣言承りましたわぁ。移動妨害1の効果は、対象者の移動できるマス目が自動的に1になってしまう効果です~」
中盤以降、セシリアの容赦のないカード攻勢に始まり、第三セットは激しい応酬が繰り広げられていた。
「はぅ……効果はどれくらいですか?」
「エルゼさんがダイスを振って、出た目の間だけ効果が続きますわ。数字が小さい方が被害が少ないですわねぇ」
ノアールの指示の通りダイスを振るエルゼ。出た目は……やはり6だった。
「あぅぅ……」
エルゼは涙目になった。
「ここにきて強運が裏目に出ましたね」
アリスも頬に汗する。セシリアはエルゼの運のよさを逆手に取ったのだ。
「次は私の番ですわね。ではセシリア姫にカードを。『効果・横殴り3』」
「はい、承りましたぁ。横殴り3の効果は、対象者の持つカードを最高で三枚、任意の人にプレゼントできてしまいます~」
「結構強力なカードだったんだな……」
これにより七枚カードを持っていたセシリアは、残り四枚まで減ってしまう事となる。
カードを一枚どこかで手に入れないと、そのままのゴールはできない形となった。
「自分で貰うのは無理なのよね?」
「そうですねぇ。あくまで自分と対象者以外のどなたか、という事になりますわぁ」
眼鏡をくいっと上げ、誰に渡そうか、と見回すラミア。
「ふむ、エリーセルにあげましょうかね。三枚」
少し悩んだ末、現在ビリのエリーセルにプレゼントされた。
「は……はは、ありがとうございます、ですわ……」
回を増すごとにやる気を失っていったエリーセルであったが、今では既にトップ勢の争いを傍観する位しかできなくなっていた。
何せ、今回は魔王よりも遅く一番後ろを回っているのだ。
セシリアやエルゼ、そしてラミアらトップ勢はゴール目前だというのに。
最早絶望しかない。今更何が起きても勝てないだろうと思えた。
「では私はダイスを振りますね」
カード手持ちの少なめなアリスは、カード攻勢には加わらずそのままダイスを振る。出た目は4。
「あら、イベントマスですわ」
「カードゲットですわね。この中からお好きなのを一枚どうぞー」
そう言いながら裏向きのカードをアリスに差し出す。
「ではこれを」
適当なのを一枚抜き取り、手札に入れる。

「やっと私の番なのですね……」
ようやく順番が来たエリーセル。既にぐたりかけていたのだが、その瞳は妙にぎらついていた。
「セシリアさんにカード使用!! 『効果・移動妨害2』!!」
そしてその牙は、現状最も優勢だったセシリアに向けられた。
「はぅっ……エルゼさんに放った矢が自分にまで返ってくるなんて……」
「カード使用ねぇ~、ではセシリアさんは、ダイスを振って出た目のターンだけ移動が2になりますわぁ」
「……6だけは出ませんように」
ゴールまでのマス目やイベントマスの場所を確認し、最悪の事態だけは避けようと願うセシリア。
振って出た数字は……2だった。
「ほっ……これ位ならまだ余裕がある」
「あらあら」
辛うじて難を逃れた形となったセシリア。ラミアは特に何を言うでもないが、にやにやとしていた。
魔王は順位的に傍観者的な立ち位置になってしまっていたが、ラミアの恐ろしさを思い知っていた。
トップのセシリアの手持ちカードを削りつつ、現状を投げかけているエリーセルにそれを手渡す事で、自分以外のトップ勢を妨害させようと目論んだのだ。
それは見事にハマり、これによりセシリアはエリーセルのカード攻勢をモロに受け続けてしまう事となった。


 こうして激しい応酬の末、第三セットは地道に1マスずつ進んだエルゼの勝利となった。
二位はアリスで、出目自体はあまり順調ではなかったが、セシリアの攻撃がラミアに向いている間にちゃっかりゴールする。
三位はなんと魔王。誰からも何もされず特に何事もなく上位になってしまっていた。まさかの勝ち組であった。
この時点で残りの三人は負け組確定。ゲーム終了となった。
セシリアはエリーセルの執拗なカード攻勢をモロに受け落とされ、エルゼとセシリアが足を遅くしていた間に先を行こうとしていたラミアはセシリアの妨害を受けた挙句イベントマスで振り出しに戻されてしまった。
エリーセルは人の足ばかり引っ張っていた為全然進めなかったので解りきった結果であったが、皮肉な事にカード攻勢を進めていた三人が三人とも負け組になるという教訓じみた結末となった。

「……結果的に私は勝者になってしまったから、エルゼとはハイキングにはいけないね」
「残念です……」
敗者の三人を見て、エルゼは残念そうに小さく溜息をつく。
こんな時に限って、上手い所魔王は罰ゲームを回避していた。
「ではとりあえず、エリーセルさんには全裸でお城を歩いてもらって……」
「そ、そんなっ!?」
まさかの鬼畜ルートであった。
「……というのは冗談ですが」
冗談でよかった、と心底ほっとしたのは他ならぬ魔王である。ラミア以上に冗談に聞こえなかった。

「それでは、セシリアさんの指、見せてください」
「えっ? 指……?」
「はい、指です」
言いながら、セシリアの右手を取る。困惑気ながら、逆らう事も出来ず、セシリアは困った顔でされるがままになっていた。
「ん……」
エルゼは何を思ったか、セシリアの人差し指を口に含んだ。
「えっ、ちょっ、何をっ――痛っ」
突然の事に混乱しかけていたセシリアだったが、浅い痛みを感じ、びくりと身を震わせた。
しかし、エルゼはセシリアの指を離さない。
静まり返った部屋の中、ぴちゃ、と静かな水音だけが響く。
「ん……んっ……ふふっ、美味しぃ」
指を含みながら、機嫌よさげに笑うエルゼ。
魔王には、可愛らしいはずのその表情すら、今は妖艶に感じられた。
次第にエルゼが何をしているのか悟ったのか、セシリアの顔が青ざめていくのが見て取れる。
「あっ、あの……やめっ……」

――血を吸われているのだ。忘れられがちだが、エルゼは吸血族の姫君である。

 当然、彼女にとって血液はパンやコメと同等か、それ以上に重要な食料であり、まして乙女の生き血ともなれば、吸血族が最も好む『嗜好品』であった。
「ふぅ……美味しかったです♪」
ひとしきり吸い終えたのか、チュパッという音と共にセシリアの指を解放したエルゼは、その指をハンカチーフで丁寧に拭き取りながら、ニコニコ笑顔で頭を下げた。
「ご馳走様でした」
それは食材への感謝の言葉に他ならない。
「は、はは……どういたしまして……」
セシリアはぐったりとしていた。精神的な意味で。というかあまりの恐怖に泣いてしまっていた。
「あ、あの、ねぇ、エルゼさん? 私、このままゾンビとかになってしまうのかしら……?」
ふるふると身を震わせながら、自分のその後を想い、涙を流していた。

 セシリアが恐れたのは、吸血族の持つ強力な感染毒である。
一度吸血族に牙を立てられれば即座に感染し、彼らの同族やゾンビ・グールといった意思のないアンデッドへと成り果ててしまうと言われている。
それを知っていたからこそ、吸血族の姫君であるエルゼにそれをやられ、死の恐怖に怯えていたのだ。
「ふぇ? あ、いえ……感染毒は任意の相手にしか流し込みませんから、大丈夫だと思いますけど……ただ血を吸うだけの相手にはいちいち流しませんよ?」
血を吸った相手が皆ゾンビとかになったら嫌ですし、と、エルゼは手をふりふり否定する。
「そ、そう……ならいいんだけど……」
心底ほっとしたのか、控えめな胸を抑えながら、セシリアは深い溜息をついた。
「……いや、見ていた私も焦ったんだが」
まさか罰ゲームで人の命に関わるようなことになるなんて、と、魔王も呆然としていた。
吸血族は同じ魔族から見ても結構謎の多い種族で、その全容はあまり知られていないのだ。
だから、先行したイメージのみで考えてしまいがちだった。

「とりあえず、今日のところはもうこれで終わりにしようか。セシリアも具合が悪そうだ」
顔を真っ青にしたままのセシリアを見て、流石にこれ以上は無理そうだと判断した魔王は、お開きの宣言をする。
「そうですわね、中々に楽しめました。ではこれで失礼致しますわ」
ラミアはあっさりと部屋から出ていった。
「あの……セシリアさん、大丈夫ですか? 私、もしかして血を吸いすぎてしまったのかも……」
「いえ、大丈夫ですわ……血というか、その……ちょっとどころではなく怖い思いをして、ドキドキしてるだけですから」
エルゼも心配げにセシリアを見つめていたのだが、むしろセシリアはその視線をこそ恐れているらしく、ビクビクと身を強張らせる。
「……とりあえず、エルゼはもう帰りなさい。セシリアは私が送るから」
「はい、それでは失礼しますね」
ペコリ、と頭を下げ、エルゼも退室していった。

 後に残ったのは魔王とセシリア、そして人形達。
「……すまない、エルゼには悪意はなかったんだと思う」
小さく息を整えるセシリアに、魔王は頭を下げた。
「あ、いえ……陛下が頭を下げるまでも……ただ、私がよく知らなかっただけですから……」
エルゼが近くから居なくなり、心なしいくらか表情が和らいだ様子のセシリアだったが、それでもまだまだ緊張が抜けきれていないらしかった。
「とにかく、部屋まで送ろう。立てるかね?」
「……実は、立ち上がろうとしてて、ずっと力が入らなくって」
どうやらあまりの恐怖に腰が抜けてしまっていたらしい。
「そうか。ならば仕方ない、少し我慢してくれよ?」
「えっ?」
小さく溜息を吐く魔王。そのまま身を低くし、足下からセシリアを抱きかかえた。
「ひゃっ!?」
突然の事に目を白黒するセシリア。
気が付けば、魔王の顔が目の前にあったのだ。
「さて、行こうか」
息も吹き掛からん距離。目線はいったりきたりしてしまう。
何より、セシリアの鼓動は先ほどより早まっていて、身体は震えが止まらなくなっていた。
「……大丈夫かね? その、あまり辛いなら、無理に運ばず、ここで横になっても良いのだぞ?」
「そ、そんなことになったら死んでしまいます!!」
耳まで真っ赤にしながら、セシリアは興奮気味に首を横に振った。
「そうか。なら行くか。アリスちゃん、悪いが一緒に来てくれ。この姿勢、扉を開けられないとな……」
「かしこまりました」
セシリアの反応にくすくすと笑いながら、アリスは魔王の前に立った。

 こうしてセシリアを楽園の塔の彼女の私室まで送った魔王であったが、両腕で抱きかかえながら城内や塔を闊歩するその様は多くの女官や魔物兵達の目に入り、様々な憶測や噂が広まっていく事となってしまった。
当然、それを耳にしたアンナスリーズが不機嫌さを露にしたのは言うまでもない。

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