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5章 『勇者に勝ってしまった魔王』のその後

#13-3.黒竜姫の告白

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「陛下、お話があるのですが」
それきり、しばし何も語ることもなく、じーっと燃え盛る燃料を見ていた二人であったが、ふと思い立ち、黒竜姫が魔王の顔を見つめる。
「知っていただきたい事が一つあるのです」
「何かね?」
じっと見つめてくるその瞳の強さに、冗談ごとではないだろうな、と思いながら、魔王も見つめ返す。
それを同意と受け取ってか、黒竜姫は静かに話し始めた。

「少し前に、父の黒竜翁が亡くなったでしょう? 兄が殺したという」
「ああ、あれか。君の侍女に手をつけようとして、自分の倅に殺されたんだってな」
魔王なりに、あの息子にそれができるとは思わなかったが、そういう事になったのならそれでもいいかと流した話であった。

「……父を殺したのは、私ですわ」

 気まずそうに、それでも視線を逸らさず、黒竜姫は告白した。
聞いた魔王は「そうか」とだけ返し、しばし黙りこくる。
わずかの間が空いた後、再び言葉を発したのは魔王であった。
「やはりな。しかし、何故それがガラードの仕業に?」
「父殺しの汚名を、私に着せたくなかったのだとか……余計なお世話だと思いましたが、罪人としてでなく、こうして陛下の前に座っていられるのは、兄がかばってくれたおかげなのかもしれないと、最近思い至りました」
「汚名なあ……」
体面にこだわりがちな黒竜族である。
ガラード的に、兄としても可愛い妹が父を殺した、などという問題行動を起こした事を知られたくなかったのかもしれない。
しかし、黒竜姫は告白してしまった。何故なのか、魔王としてはそこが気になるところであった。
「何故今になって、わざわざそれを?」
「……陛下には、何一つ隠し事をしたくないからですわ。ずっと黙っているのも限界でした」
そういった素振りも全く見せなかったが、彼女なりに色々悩んだ末だったらしい。
「実際問題、なんで父親を手に掛けたのかね?」
「私の侍女のレスターリームに欲情し……手篭めにしようとしていたからですわ」
大体はガラードの説明に近いものだったらしい。
「前々から、父が私に対し、親子の情以上の何かを抱いていたのは知っていたのです。ですが、私の代替であの娘達を弄ぼうとした事、これはどうにも許せませんでした。仮に父がレスターリームではなく、私に直接手を出そうとしたなら、殺すまでする事もなかったと思いますが」
「つまり、自分の侍女に手を出されたのが我慢ならなかったと?」
魔王の指摘に、だが黒竜姫はふるふると首を小さく横に振った。
「あの娘達は、私にとって侍女であると同時に妹のようなもの。妹に手を出され、冷静で居られる姉がどこにいましょうか?」
「そういう事か」
普段は滅多にそういう大事なもの扱いしない癖に、実際のところは何よりも大事なものとして映っていたらしい。
彼女にとっては実の父よりも、血の繋がらない妹のような存在の方が大切だった、という事だろうか。
「これが、父がレスターリームを見初めて、きちんと口説いた上で同意の上で抱こうとしたならまだ違ったのですが。私の代わりに抱こうとした等と、許せることではありませんでした」
はあ、と大きく息を吐く。ずっと溜め込んでいたものを吐き出せた様子で、わずかばかり、表情がやわらかくなる。
「申し訳ございませんでした。陛下。四天王の一角を崩し、あまつさえ自分が四天王に納まる等と。父を殺したことは何一つ後悔しておりませんが、陛下やラミアに迷惑を掛けたことは、ずっと心につかえてしまっていて――」
「らしくないな」
「えっ……?」
そんな殊勝な態度を見せた黒竜姫に、しかし、魔王は強い違和感を感じていた。
「君らしくない。そんな程度のことを、告白じみて語るなど、いつもの君とも思えん。何を戸惑っているのかね? 何か大きなものに飲み込まれるのが不安で、こうして別の話を出して紛らわせようとしているように見える」
「……そんな、私は……」
途端に目をうろうろとさせる。図星だったらしい。いや、あるいは無意識にそうしていたのかもしれなかった。
ともあれ、何がしかそうしたものはあるらしく、黒竜姫が落ち着くまでは、魔王もそれ以上は指摘せずにいた。

「……不安、というなら、私は、今後のことが不安に思えてしまいます」
少し経ち、ようやく言葉を紡ぐ黒竜姫は、先ほどと違ってうつむいてしまっていた。
強い黒竜姫とも思えぬ、なんとも弱々しい仕草で、魔王はとても意外な一面を見たように思えた。
「すべてが上手く行ったとして、終わらない戦争が終わるようになったとして。果たして、その後の世界はどうなってしまうのでしょうか?」
「さて、な……」
姿勢を崩し、その場に横になる魔王。
自然、下から黒竜姫の顔を覗き込む形になる。
「一つだけ解かっていることがある」
寝転びながら、右手の人指し指を立ててみせる。
「何ですか?」
「その世界では、人間は滅びてしまう可能性がある、という事。魔族のみの世界に成り得る可能性もあるという事」
これが大切なんだ、と、魔王は笑う。
「彼らが滅びてしまうことに、何の問題があるのでしょうか? そもそも私たちは、その為に戦っているのではないですか」
それが不思議でならないのか、黒竜姫は疑問を呈した。
だが、魔王は大真面目な様子で黒竜姫を見つめる。
「大問題だよ。人間が滅びれば、魔族はそれ以上前に進めなくなる。昨今の魔界の技術進歩。戦術とかも含めてのね。これは、人類という目下の仇敵がいて初めて成り立つモノだ。戦争が在るからこそ、進歩したモノだ」
戦いのなくなった世界に、果たしてそのような進歩が起こりうるだろうか。魔王はNoと考えていた。有り得ないのだ、と。
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