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5章 『勇者に勝ってしまった魔王』のその後

#Ex3-1.魔王様のお土産

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 魔王達がディオミスから帰還した翌日の事である。
魔王は自らが選び、買い集めた土産物を分配すべく、アリスと二人、手ぶらのまま城内を歩き回っていた。
「エルゼにはもうあげたから、まずはセシリアだな。塔の娘達にはきちんと一人ひとり渡していかんと」
帰還したその日のうちに、エルゼには自室で渡し終えていた。
次は塔の娘達の番。
順当にいって、いつも塔で楽しいひと時を演出してくれるセシリアが最初だろう、と魔王は既に決めていた。

 因みにエルゼ用のお土産は可愛らしい猫の絵が手縫いで描かれているハンカチーフと、エルゼの銀髪に似合いそうな赤い髪留め。
普段はストレートのままあまり髪形を変えないエルゼだが、「こういうのもいいだろう」と、なんとなく買ったのだ。
基本的にお土産は一人一品なのだが、弟子はあまあまに贔屓ひいきするのが魔王という男であった。
無論、エルゼは大はしゃぎでそれを受け取ってくれたので、魔王も良い気分であった。

「なんとなく、グロリアさんやエクシリアさんと一緒になりそうな気がしますけどね」
一緒に歩くアリスはというと、城内の人物リストを見ながらに、主の後ろを付かず離れず、きっちりとしたペースで歩いていた。
「それはそれで。照れがなくて済むし、手間も減るしね」
エルゼに渡す時もそうであったが、やはり人にモノをプレゼントするというのは、結構恥ずかしかったりするのだ。
相手の反応がどうなるのか解らなくて怖いのもあり、その辺り、魔王はあまり得意には思えなかった。
「旦那様ご自身で選んだものですから。どのようなものでも、嫌がる方は居ないと思いますが……」
「そうだといいがね。うん、もう着いてしまったか。話しながらだと早いなあ」
通い慣れた道ではあったが、実際に塔に到着してしまうともう、笑うしかない。
「――よし、行こう」
とはいえ、悪い事をするわけではないので、気負いし過ぎずに、魔王は塔へと踏み込んでいった。


「――陛下が、私にお土産をっ!?」
部屋にて、なにやらオーブンで焼く準備をしていたセシリアであったが、魔王の来訪に耳をピクピク、驚いた様子で慌てだしていた。
因みに、まだ魔王はこの階層にすら来ていない。
塔の入り口の段階で耳に入ったのだ。エルフの耳のよさは伊達ではなかった。
「まあおひい様、大変ですわね。練習用のパイなんて焼いてる場合じゃございませんわ。ささ、早く下着から替えませんと」
必要の無くなった調理器具を片付けていた侍女セリエラは、飄々ひょうひょうとした面持ちで慌てふためく主をからかう。
「下着を替える必要はないわよね!? どさくさに変なことを言わないでちょうだい!!」
「何を仰るのですかおひい様、全く、これだから異性とまともに話した事のない年増は――」
恨みがましげに侍女にツッコミを入れるセシリアであったが、侍女は余裕を崩さなかった。

「いいですか? 殿方はいつだって、下心をプレゼントで隠しながら現れるのです。花束やアクセサリーや服など、きらびやかなもので女の眼を惹き、自らのどす黒い欲望を油断した女にぶちまけるのですわ」
「貴方、男性に何か恨みでもあるの……?」
したり顔で語る侍女に、セシリアはどん引きであった。
「いえ、別に。おひい様がそうなったら楽しそうだなあと」
「自分の主をなんだと思ってるのよ貴方は……」
「……面白い玩具? それとも、からかい甲斐のある小動物でしょうか……」
ううん、と、視線を上に向けながら、割と本気で悩みだすセリエラ。
「――もういいわよっ、そんな事やってる間に陛下がきちゃう!! 早く着替えないとっ、ああもうっ、ドレスドレス!!」
階段を登る音が刻一刻とこの階層へ近づいてきているのだ。
魔王達が歩く速度はそんなに早くはないが、急がないと大変な事になってしまう。
セシリアは、慌てていた。
「おひい様、ドレスでしたらこの間新調した物はいかがでしょうか? ちょっと露出激しい奴です」
クローゼットを自分で漁りながら、あれでもないこれでもないとドレスをとっかえひっかえするセシリアに、セリエラが提案する。
「あれは――肩口だけじゃなくお腹とか背中とかまるっと出てるのでしょ!? あんな変態みたいな格好できないわよ!! しかも昼間から!!」
「なんとまあ。女らしさに乏しいお身体のセシリア様でも相手を誘惑できるように、と、このセリエラ、様々なフェティシズムを狙って作りましたのに」
「陛下は……その、そういう、特殊な方とは違うから。多分……」
なんてものを狙ったのよ、と、呆れそうになりながらも、一応自分に合わせてつくってくれた事には怒りを覚えている訳でもなく、なんとも言えない複雑な気分のまま、セシリアは自分でドレスを選別し終え、そのまま着替え始めた。
「それよりも手伝ってちょうだい。髪のセットは任せるわ。いつもと同じで良いから。あ、でも髪留めは緑の、エメラルドがついてるのが良いわ」
「かしこまりました。ではいつものようにボンバーヘアーで」
「いつも通りにしてよ!? お願いだから!!」
「おひい様は本当、余裕が無い方ですわねぇ」
すぐに噛み付いてくるセシリアににまにましながら、侍女は言われた通り、セシリアの髪にクシを通していった……
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