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5章 『勇者に勝ってしまった魔王』のその後

#Ex3-2.真夏にコートのプレゼント

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 そうして、ドアをノックされる音が三つ。
コンコンコン、と部屋に鳴り響く。
「は、はいっ」
ぎりぎり支度が間に合ったものの緊張にガチガチなのをなんとかしようと、目元をつん、と指先で引っ張り笑顔を作っていたセシリアは、ノックの音にびくん、としながらも立ち上がり、ドアを開けた。
「やあ、セシリア。こんにちは。今、良いかね?」
解りきった事ながら、ドアの前に立っていたのは魔王であった。
すぐ後ろにアリスが見えていたが、やはりこれも想定済み。
セシリアは高鳴る胸に声が上ずってしまいそうになっていたが、なんとか胸元を押さえながら、にこやかぁに微笑みかける。
「はい、もちろんですわ。ようこそいらっしゃいました♪」
表面上は違和感がないように、だが内面的には爆発しそうなくらいにどきどきとしていて、そのギャップがセシリアには苦しかったが。
なんとかボロを出さずに魔王を部屋へと案内しようとする。
「いや、今日は土産物を届けにきただけだからね、折角だが、渡すものを渡したら失礼しようと思う。ここで結構だよ」
だが、魔王は手を前に、人のよさそうな顔でやんわりと拒否していた。
もともとの魔王の目的を考えれば仕方のない事とはいえ、セシリアとしては少し、いや、かなり残念であった。
「そ、そうですか……いえ。私の方こそ。陛下がお土産を持ってきてくださるなんて、それだけでも感激ですわ!」
落胆しそうになるのをなんとか我慢し、セシリアは魔王をじ、と見つめる。
(ああ、この渋い大人びたお顔……見ているだけでもう……死んでしまいそうだわ)
乙女心はもう爆発寸前であった。

「えーっと、セシリアには……アリスちゃん?」
「はい、セシリアさんには、こちらになりますわね」
予めアリスに預けていたものを取り出してもらい、それを魔王が受け取る。
そうして差し出された土産物は――羽毛のコートであった。
「この辺りの気候は、君たちの住んでいた森と比べて寒暖の差があるようだからね。冬の間、何がしか役に立つ物でも、と思って買ったのだが」
手渡しながらに、この土産物を選んだ経緯を伝える。
どこか照れくさそうに、しかし、じ、と、セシリアの瞳を見つめながらの言葉。
「ま、まあ……このような、高価な品を……セリエラ、見て、陛下が、こんなに素敵なコートを私にって!!」
耐えられなくなったのはセシリアの方であった。
わざとらしくセリエラに話題を振りながら、そっぽを向いてしまう。セシリアはチキンだった。
「あらあら、素敵なコートです事。よかったですわねおひい様。とてもよくお似合いですわ。これは、陛下にきちんとお礼をいたしませんと」
「あ、ええ、そう、ね……うん。お礼、しないと」
どうしよう、と、迷いながらもセリエラの言葉にそわそわし始めるセシリア。
「ああ、君にも勿論買ってあるよ。アリスちゃん」
「はい、どうぞ、セリエラさん」
この辺り、魔王はとても細かく考えていた。
きちんと塔の娘達だけでなく、その世話係の侍女や使い魔たちにも買ってきているのだ。
「え……私に?」
アリスから手渡されたセリエラは、少し驚いたように目を白黒させていたが。
「そうですか、まあまあ、私にまでこんな素敵な……手袋を」
セリエラへのプレゼントは皮の手袋。ふわふわとしたウサギの毛がついていて、とても暖かく可愛らしかった。
「ふふっ、それでは私が陛下にお礼をしなくてはいけませんわね」
ひとしきり嬉しそうに微笑んだ後、今度は妖艶な雰囲気をまといながら、何故かブラウスのボタンを外してゆく。
「ちょっ、何やってるのセリエラっ!?」
驚いたのは魔王だけでなく、セシリアもであった。
侍女の突然の行動に、唖然としながらもしっかり突っ込みを忘れない。
「なにって、お土産を頂いたら身体でお返しをするって言ってたではないですか、おひい様も」
「なんっ!?」
これには魔王もびっくりであった。思わずセシリアを見てしまう。
「ぎゃいん!? ち、違いますからっ、そんな事――セリエラがやれとか言ってて困ってただけですからっ!!」
突然のとばっちりに、セシリアはパニックに陥り涙目になりながらも必死に否定する。
「ああ、うん……まあ、がんばりたまえ」
魔王は曖昧な笑顔を向け、そのまま去っていってしまった。
アリスも「どうしようこれ」といった様子で、眉を下げながらも主についていく。

「……あーあ、帰っちゃいましたね。おひい様がもっと積極的に身体を活用すればいけたかもしれないのに」
このチキン姫が、と、じと眼で見る侍女。
「う、うるさいわよ!! だからってあの状態で自分が脱ぎだす事ないじゃない!? 意味わかんないわよ!!」
セシリアはセシリアで、不甲斐ない自分とそれをからかって遊んでる侍女に嫌気が指していて、もう叫ばずにはいられなかった。
「セリエラの、ばかぁぁぁぁぁっ」


「いやあ、びっくりしたねえ」
「びっくりしちゃいましたね」
魔王はというと、セシリアの叫び声を背に、先ほどのシーンを思い出し胸をなでおろしていた。
「ただお土産を渡すというのも大変なんだなあ」
「いきなり最初からハプニングが発生すると、後がより大変に感じてしまいますね……」
先行きが危ぶまれる一人目であった。
「……とりあえず、次に行こうか」
「そうですね。次はグロリアさんです」
気を取り直して次に行こうかと思った魔王であったが、次がある意味一番の問題児であった。
「ぐ、グロリアかあ……うむ、気を引き締めていこう」
変な雰囲気に飲み込まれないように、と、頬をぱん、と叩き、気合を入れ、歩き出した。
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