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8章 新たな戦いの狼煙

#3-1.反乱軍蜂起

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 会談が終わってから二月目の事であった。
例年ならばこの年は翌年開催される四天王会議シルベスタの準備の為、魔王城は忙しない空気に追い立てられるのだが、今年はどうも風向きが違っていた。
会談の強行により反魔王の流れが大きくなっていた魔族世界は、中央方面軍のアレキサンドリア線への後退という、事実上の停戦により、歯止めが利かない状態にまで進んでしまった。
人間世界同様、魔族世界もまた、同胞同士での戦争へと流れが変わったのである。

「現状では、反旗を翻した領主達の勢力はそれほど大きくはございません。かねてより反抗的だった北部の魔族はどうにもなりませんが……」
謁見の間にて、魔王の前で現状の説明をするラミア。
映像魔法によって宙空に表示された魔界の地図。
方々合わせて四分の一ほどが白で埋め尽くされていた。このたび正式に魔王に刃を向けた反乱軍の旗色である。
「中央部は私ども蛇女族や、オロチ族、その他亜人種族など、陛下に対しても比較的理解のある種族が支配下においている地域がほとんどですので、心配もないでしょう」
そう言いながらラミアが赤い指揮棒を地図の中心にあてると、そのあたりが波揺れした。
「仮に先制を取られたとしても、ここを中心に反撃が可能という事か」
玉座にて、足を組みながらふんぞり返る魔王。難しげな表情であった。

「南部、西部、東部はどうなっているのだ?」
「南部は黒竜族のグランドティーチがありますわ。黒竜族が同地域のほかの領主らに睨みを利かせているはずですから、反乱が拡大する事は考えにくいでしょう」
地図の南部地域を棒で指す。
「アンナが頑張ってくれているようだな」
「ええ。頼りになる娘ですわ」
四天王としてはまだまだ新参であるが、黒竜の姫君であるアンナスリーズは、魔王が為一族の方針を親魔王へと固定化させてくれていた。
実際は妹馬鹿な兄達が可愛い妹の言う事をそのまま受けてるに過ぎないが、それでも魔王達には大変ありがたいものであった。

「西部は、それほど有力な魔族がおりません。中・下級魔族らが各々好き勝手に支配してるような地域ですので……」
引き続き、ラミアが地図の西側に丸をくれる。赤いラインが棒に追随し、赤い丸が地図に描かれていった。
「ただ、魔王城から最も遠く、言ってみれば、私どもの支配があまり及ばない地域ですので、この地域での反乱の拡大を食い止めることは不可能と言えるでしょう」
魔族世界における西部地域は、アレキサンドリア線をはさんでの人間世界との緩衝地帯とも言える壁のような扱いであった。
特別大きな城や砦は用意されておらず、領主らも格別力の強い者はいない。
その代わりと言ってはなんだが、地域としての総面積は大変広大で、大小さまざまな種族のその全てが敵となった場合、相当な数が向こうに回る事が予想できた。
「数が多いという事は、音頭を取れる者が現れた時が脅威だな。まとまりがない内に潰してしまったほうが良い訳か」
「はい。今でこそ各地域、反乱軍はばらばらに行動しておりますが、仮にこれをまとめる者が現れた場合、最も厄介になるのはこの西部地域の反乱軍ですわ」
今の時代、戦争は数だけでは決まらない。
だが、だからと無視できるほど安いものではなかった。

「東部地域は、大悪魔族、及びウィッチ族を中心に魔法が得意な種族をまとめる領主が多いですが、これも先にあげた二種族がにらみを利かせているはずですから、それほど脅威にはならないかと」
地図の東側に丸印。これも赤く記されていった。
「だが、東部地域はこの魔王城のある極東からもっとも近い。周囲の山岳地帯は、軍勢での踏破こそ無理だろうが、空を飛べる種族やワイバーンを活用できる者にはあまり意味がないからな……」
この地域に存在している反乱軍が、位置的には最も危険な敵であると言えた。
「はい。ですから、私はまず、この丸をつけた西部地域と東部地域。この双方の反乱軍を開幕で同時攻撃する事を提案いたしますわ」
魔王城から東部地域へ、アレキサンドリア線から西部地域へ、それぞれ赤の矢印が描かれていく。
「まずは、魔王城の常備兵力三万の内、二万を東部地域へと向けます。現地のこちら側に協力的な領主らの兵力も接収し、東部地域を一気に解放しますわ」
東部地域の一部に色づけされていた白が、赤へと変化する。
「同時攻撃として、アレキサンドリア線に駐留している中央方面軍七万を西部地域に向けます。西部の反乱軍の規模は十万ほどですが、これは一部領主直属を除き正規の訓練も受けていない魔物兵や民兵中心でしょうから、今ならば撃破は容易いでしょう」
東部と同じように、ラミアの説明と共に白が赤へと塗り替えられていった。
これにより、魔族世界の白はそのほとんどが消えていた。
「次に、東部から進撃した軍を半数に分け、これによって南部の反乱勢力を潰します」
おまけのように南部は赤く塗り替えられた。
「最後に、北部を攻略しますわ。北部の反乱勢力は、練度のある領主直属の戦力だけでも六万ほど。魔物兵や民兵を含めれば……八万ほどに膨れ上がるでしょうか?」
「戦力的に見ても、彼らの中には魔女族やハエ頭、液魔族など中堅どころが揃っているのか。数が用意されるようになると面倒だなあ」
かすかに記憶に残っていた北部領主の面子を思い出しながら、魔王は面倒くさそうに息をついていた。
ラミアも魔王の呟き自体は否定する気がないのか、苦笑するだけである。

「とりあえず、当面の間はこのように推移しようと思うのですが。陛下のご意見などありましたら、参考までにお聞きしたいと思いまして」
いつの間にかけたのか、眼鏡のずれを直しながら、魔王の顔を覗き込む。
「一ついいかね?」
頬杖を付きながら、魔王が手を挙げた。
「どうぞ」
「各地の領主の城からは、この魔王城への交互の転送陣が張られているはずだ。反乱軍が、今この瞬間にでもこの城に入ってくる可能性はないのかね?」
以前魔王城が人間の軍勢に襲撃された事件。自分の主は、これを懸念しているのではないかと、ラミアは思いこんだ。
「ご安心を。既に転送陣の機能は一時的に停止させました。反乱軍を鎮圧するまでの間、どの地域からも魔王城への直接転送は不可能となっていますわ」
なので、その懸念を払拭すべく、予め取った対処を丁寧に説明した。少しばかり自慢げに。
「……つまり、今この時点で、魔王城は完全に孤立している、とも取れるね?」
ラミアの対処は別に間違ってはいない。だが、同時に高いリスクを孕むものではないか。魔王は裏も考えていた。
「ですが、こうしないと魔王城は、また以前のように際限なく攻撃にさらされ続けるかもしれませんわ。手立てがございません」
予想より少し違った魔王の反応に、少し困ったように眉を下げながら、ラミアは魔王の顔を見る。
ラミアなりに自分が何を考えているのか、それを読み取ろうと必死になっているのがわかったのか、魔王はにやりと笑って見せた。
「私が言いたいのはな、ラミア。『これを利用して』罠に嵌める事が出来るんじゃないか、という事だ」
魔王陛下は、大変やる気に満ち溢れていた。


 魔王の提案により、魔王城への転送陣は再起動され、再び魔界の各地から転送できるようになった。
反乱軍の中でも多くの種族はこれを警戒したが、後先を考えないいくつかの軍勢は我こそはと魔王城へと突入し、出た先で待ち構えていた防衛部隊の集中攻撃を受け、あえなく蹴散らされていった。
これにより、明確に転送陣は罠であると周知され、逆に同じように罠にかけてやろうと、あるいは転送陣からの奇襲を恐れ、各地の転送陣の周囲に兵を固める領主が続出。
反乱軍にとっては貴重な戦力が、これにより盛大に無駄遣いされる事となった。
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