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8章 新たな戦いの狼煙

#8-1.内戦は中盤戦へ

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 南部の雪融けも始まり、魔界全体がようやく暖かくなってきた頃の事である。
全域で猛威を振るい始めた反乱軍は、魔王軍各方面軍の反攻作戦が開始されるや、数によってそれを押さえ込もうと各地に防衛ラインを構築していった。
この状況下にあっても最強種族である吸血族と黒竜族は一行に動く気配はなく、結果としてそれぞれの監視領域に領土を構える魔族らが反乱に加わってしまうという負の連鎖が止まらずにいた。
今の魔王軍の大半は魔王支持の考えの為、会談成功によって離反する者は少なかったのだが、故郷とも言える自種族領の領主が反乱に加担してしまう事も少なからずあり、これにより兵士個人ごとの精神面の不安は相当なものとなっていった。

「――むう。戦力比が拮抗しているのか。練度で勝っているとは言え、守るべきものが増え始めてどうにも手が足らんな」
玉座の間では、ラミアと魔王が難しそうな面で宙空の映像魔法を見ていた。
魔界全域の戦況分析。現状では序盤の優勢は立ち消え、互いに攻めて攻められの泥沼に突入しつつあるのがよく分かった。
「戦地が拡大しつつあるのも好くないですわね。敵は、この戦に加担しない種族まで敵と見なしているようですから……」
「全く、私だけ殺そうとするならまだ可愛げもあるだろうに。これではただの虐殺ではないか」
種族間での実力差というのもある。弱小種族は反乱軍に狙い撃ちにされればひとたまりも無いのも事実で、それを恐れて反乱軍側に加わってしまう領主もいるはずであった。
地方領主達にとっては、事態は既に魔王支持か否かなどの主張の選択ではなく、生き死にに直結する選択を強いられる場面に突入しつつあるのだ。

「現状で軍関係抜きに陛下を支持しようという種族は全体の4割ほど。それも命を懸けてまでというのは限られるでしょうから、まあ、あてになるのはその半分も居れば良いほうでしょうか」
「4割も残ったのが意外と言えば意外だね。割と好き勝手やってたから、総スカンされても仕方ないと思っていたが」
正直な話、もっと劣勢でも仕方ないと魔王は思っていた位で、会戦当初の優勢もだが、そこそこに良い勝負が出来ているようで驚かされたのだ。
それだけに、想定外の悪魔王の裏切りは中々に痛恨であったが。
「まあ、戦争で消耗しすぎたからもうあまり数を減らしたくない、というのもあるのでしょうねえ」
「沢山死んだものなあ。生まれる数、育つ数に対して死ぬ数が多すぎたんだ。今の時代、戦争は割に合わんよ」

 人間と魔族の力関係の変化。
技術の進歩、体系の変化の影響で人間相手ですら余裕とは言えなくなった現代の戦争において、生育に時間がかかる魔族は人間と比べ、その数を短期間で用意する事が難しくなっていた。
小競り合いならいざ知らず、一度決戦を行えばそれだけ損耗が激しくなっていってしまう。
消耗と供給のバランスが崩れ、その負担は兵を供出している地方に襲い掛かる。
今の時代、嫌いだから・認めたくないからと感情任せに人間と戦争などやっていては、地方はいつまでたっても繁栄できなくなってしまうのだ。
それどころか、魔界全体が衰退への道を歩んでしまう。それだけに反乱軍の蜂起、そして全てを巻き込もうとするその暴挙は、全体から見ても危険なものであった。

「陛下のように戦争がバカらしいと公言する者は流石にそうは居りませんが、感情はともかく、現実を見るなら確かに人間との停戦は正しい判断とも思えますわ」
実際、魔王支持の姿勢をとっているのは、亜人種族などの一部熱狂的なシンパを除けば、そういった負担が増えるのを嫌った層が多いのである。
利益のみで考えるなら、これ以上の戦争はしない方が良いはずであった。
人間側と交流し、その技術を吸収して生活の地盤を強く固めていく方がいいはずなのだ。
そう考えるなら、魔王の行動は魔族世界の発展を考えたものとしてはあながち間違いではないのだろうとは、傍にいるラミアも解っていた。
「だが、このままではいかんなあ。見事に飛び火してしまっている。これでは、この戦そのものを反対する意見が出てくるぞ」
「このような状況下で第三勢力……それだけはちょっと、避けたいですわねえ」
この状況で最も恐ろしいのは、混乱に乗じてどちらの枠にも加わらず独自の枠組みを作ろうと目論む勢力が生まれてしまうことである。
一度生まれてしまえば無視する事も出来ず、かと言って悪戯に敵視すれば目先の敵と組んでしまう。
敵である事には変わりないので迎合も出来ないが、実に面倒くさい展開へと発展しかねない。
「敵と味方だけなら誰にでも簡単に判別できるが、これが第三局が加わると途端にややこしくなるからな。余計なものが生まれる前に戦い自体を終結させねばならん」
「幸い、雪融けに伴い東部で暴れまわっていた冬にしか活動できない種族が後退しましたわ。南部地域においては黒竜族が動く事も可能です。これによって一網打尽にしてしまいましょう」
今回の戦は、反乱の初期状況さえ押さえ込めれば勝ちの眼は明らかなものであった。
どれだけ悪魔王が反乱に肩入れしようと、最強種族である吸血族と黒竜族は魔王寄りである。
その二種族のどちらかが反乱の鎮圧に動けば、もうそれだけで反乱軍は雪崩を打って崩れるはずであった。
「まあ、そうだな。あまり頼りすぎると調子に乗るから、できれば黒竜族や吸血族は抜きでどうにかしたかったのだが。今のままではより面倒な事になると考えると投入もやむなしか」
小さくため息をつく。
魔王は、どうにも嫌な予感がするからと、南部の領主らの牽制もかねて黒竜族を動かさずにいたのだが、その所為でこんな状況を招いてしまった。
この期に及んで何か起こるかもと恐れるよりは、今は彼らに任せたほうが良いのだろうと、割り切る事にしたのだ。

「では、そのように。それと、悪魔王についてなのですが――」
「悪魔王か……」
今回の反乱、それに少なからず関わったと思われる悪魔王の所在についてであった。
「大悪魔領ベルセリエリの居城にて構えているようですわ。ウィッチ族が動けぬようにと牽制しているらしく、この為この地域の親魔王派種族はその全てが反乱軍の支配下に押さえられていると考えられます」
「表向きでもはっきりと活動し始めたという事か。全く、困った奴だ」
腹立たしげに手足を組んで唸ってみせる。
「申し訳ございません。そうと気づいた際には何らか罰する事が出来ればと手の者を向かわせたのですが、城に引きこもるのがわずかばかり早かったようでして」
「城で守りを固められては暗殺のしようもないだろうしなあ。これに関してはどうしようもない」
ラミアなりに対処しようとはしたらしいが、流石に末席とはいえ四天王の一柱である。その辺り抜け目無かった。
「それと……父親が反乱に加担していると知って、アルルの様子が若干……これに関しては、時を置かねば無理なのでしょうが」
「全く……娘を置いて反乱など、あの愚か者め。なんでこう、四天王というのは自分の娘の扱いが雑なのだ!」
半ば八つ当たり的ではあるが、誰も彼も娘の事を気にもかけずバカみたいな事をするのだ。
そんなのを親に持った娘の気持ちくらい考えればいいものを、なんでこうも愚かなのかと、魔王は苛立つ。
「まあ、男親というのはそんなものでは? 猫可愛がりするか距離感を掴めないまま疎遠になるかのどちらかかと思いますわよ?」
「むう……それはそうかもしれんが、もう少し、こう、だな――」
「大体、その色んなところから集めた娘に何も手出ししない陛下が言うようなことではございませんわ。せめて娘の一人でも持ってから言うべきかと」
失礼ながら、と、ラミアははっきり言ってのけた。
これには魔王も黙らざるを得なかった。

「ですが陛下、この戦が終わった後、仮に悪魔王を捕らえたとして、その後はどうなさるおつもりですか?」
「まあ、一応理由位は聞くだけ聞いてやるさ。四天王の後任は……まあ、私についてくれた種族の中で有力な者でもつければいいだろう」
そのあたりは任せる、と、魔王は適当に手を振った。
「ただ、できるだけアルルが辛くないように配慮だけはしてやって欲しい」
「……難しいですわ。父と娘で立場が違うとはいえ、親子である事には違いありませんから。城内の情報統制位は出来ますが、陛下の支持層の者達の中にも、アルルと悪魔王を関連付けて語る者は少なからずいますし、これをどうこうするのは無理かと」
ラミアも難しい顔をしていた。当然だ、人の心に生まれた疑心など、どのようにしたって狙って打ち消す事はできないのだから。
アルル自身のショックも大きいだろうが、アルルに対する周囲の見方も変わってしまった以上、これは避け様のない状況であった。
「いっそ僻地にでも一時的に軟禁した方が、却ってアルルの為にはいいかもしれませんわよ?」
「……しかし、それをやればアルルは立ち直る事すらできなくなるのではないか? 何より周囲の疑いの眼は晴れまい。いずれも一生『反乱を起こした悪魔王の娘』というレッテルが残るのなら、今は辛くともここに居続け、今までどおり職務を果たしてくれたほうが良いだろう」
これはきわめて難しい個人の心の問題でもあった。
だが、為政者である魔王はそれとは別に、『謀反者とその近親者の処遇』を考えなくてはならない。
「はぁ、悪魔王の処刑は当然としても、アルルには何の罪もないことのはずなんだがね……」
「近くにいる私どもはそう思えるでしょうが、皆が皆アルルの働きぶりを知っている訳でもありませんし。何より、地方領主から見ればアルルは目の上のたんこぶだったでしょうから、できれば引きずり降ろしたいのでは?」

 優秀な政務担当であるアルルは、地方を中心に魔界全域の財政や政治体制に大きく介入し、厳しい引き締めを行っていた。
この政治改革は確かに全体でコスト減・効率化され、人員や財政の再配分として考えるとメリットが大きかったように見えたが、その結果地方をまとめていた領主らは自分達主導で行っていた運営に文句をつけられたり、改革を強制されたりとストレスフルな状況に置かれる事になったのだ。
そのため、地方領主らは親魔王・反魔王関係なしに反アルルである事がほとんどであり、「次期魔王後継などとんでもない」という意見が多数であった。

 この点に関しては、魔王も否定できない部分である。
アルルはまだ年若く、何かと効率優先でモノを考えてしまうのだ。
そのため相手の感情を完全に無視して強行してしまう。権力があるので相手は逆らえないが、苛立ちは募るのだ。
本来は魔王がブレーキとなってやり過ぎないように見ていなければいけなかったのを、信頼しすぎて放置した結果がこれである。
この辺り、魔王は『信頼の置ける部下』に対して過剰に任せすぎてしまうきらいがあった。
興味のないことには横着になる性分が災いしているとも言える。

「私としては、次代の魔王というのはアルル位に頭が回るようでなくてはならんと思うのだがねえ」
いささか真面目すぎるのが玉に瑕だが、これからの時代には彼女のような政治的な決断が出来る者が必要だと、魔王は常々考えていた。
武力一辺倒な魔王では、戦争の世はそれでよくとも、その後に何も残らない。
魔族の歴史がこれだけ長く続いているのに人間のように文化らしいものが多く根付かないのは、戦馬鹿ばかりが組織の上層部に立ってしまうからだと、魔王は痛感していたのだ。
「まあ、それは私もそう思いますわ。時代の流れが変わろうとしているのに今までと同じような方が魔王になってしまっては、陛下の代で築き上げたものが壊れるだけですものね」
軍のトップとも言えるラミアの同意である。魔王的にも、これは心強く、嬉しかった。
「ただ、今はまだ、アルルを認めようとしない者も多いですわ。アルル本人も、魔王になりたいなどとは思ってもいないようですし」
「それに関しては私が勝手に言い出したことだからなあ。本人がその気にならないのなら仕方ないが、できれば次期魔王はそういった、智恵の回る者になってほしいと願うばかりだ」
そして、できれば自分の代で作り上げた今の魔王城のシステムを受け継いで欲しいとも思っていた。
ほう、と深い息。それはどちらのものだったのか。
年寄りじみた二人の、年寄りじみた哀愁であった。
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