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第2章
第41話 静かな決意
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ルークが自身のスマホ画面を見せてきた途端、急に冷気に包まれたように身震いした。
「ほら、これリオじゃない?」
目の前のディスプレイに映っているのは、高校の制服を着た俺だった。通学中に隠し撮りされたような写真で、どこかを見る横顔がしっかりと映っている。言い逃れができないくらい、俺だった。
「……この写真、どこで見つけたの?」
「News siteで見たよ。ちょうど母の実家に帰ってたときに、このニュースを見たんだ」
首元を引っ捕まえられて、一気に2年前に戻されたような虚脱感に襲われた。
「……人違いだよ」
顔が引き攣らない程度の、自然な笑顔を作って見せた。
「Ah…そうだよね。この写真の人もすごくキレイだと思ったんだ」
ルークがこれ以上深追いしてこなくて助かった。ルークには悪いが、あの事件のことを誰にも話すつもりはない。
ルークは自身の机にスマホを置いて、タオルをバッグに詰め始めた。その直後、背後からドアの開く音が耳に入ってきた。
「ごめん、待たせたね。りょう、優心さんに迎えに来てもらうことになったから」
佐野が汗でぬれた髪をタオルで拭きながら、部屋に入って来た。電話で優心と話し終わったようだ。
「……これくらいの時間なら、1人で帰れるが」
「りょう、お願いだから俺のいうこと聞いて。1人では帰らせられないよ。俺が送ってもいいんだけど、優心さん時間あるみたいだから」
「……分かった」
納得した俺を見て、佐野が破顔する。佐野の微笑は、俺の鼓動を速くして全身を熱くする。先ほどまで冷えていた指先にも、熱が流れ込むようだ。
「りょう、一瞬待ってて。シャワー浴びてくるから、俺たちが帰って来たら一緒に食堂行こう。お腹空いてるでしょ?」
そう言われてみれば、昼から何も食べていなかった。佐野が住む寮を初めて訪れた興奮から、空腹を感じる余裕などなかった。だが実感するとすぐに、胃がグルグルと飢餓感を叫び始めた。
タイミング良く鳴る腹に腹立たしさを覚えるのと同時に、恥ずかしさも押し寄せてきて頬が紅潮するのを感じた。
「やっぱり。あとちょっとだけ、待っててね」
「ここの食事は美味しいよ」
ルークは風のように笑って、佐野と一緒に部屋を出た。
1人部屋に取り残されると、深い森の中にいるような静寂に包まれた。寮を隠すように多くの針葉樹が立ち並び、迫るような自然に囲まれた場所だ。車が走る音も、犬の吠え声も、何かのサイレンも聞こえない。
佐野のベッドに横たわると、セックスのときに強く感じる、佐野のにおいがした。安心する佐野の残香。深呼吸すると、佐野に中まで犯されている感覚になる。俺の血液、神経、内臓の中まで、佐野の左手が侵入してくるようだ。
「んっ…」
何度こうして、佐野を想って自身の欲望を慰めただろう。気持ちが良いのに切なくて、佐野を近くに感じるのに遠い。
佐野と抱き合いたい。キスがしたい。セックスがしたい。
「うっ……あぁっ…」
屹立から排出される白濁は、虚しいほどに粘ついて、何度拭っても違和感を残していく。
乱れた呼吸を整えていくと、少しずつまた現実に戻されていく。先ほどルークに見せられたあの画像を思い出した。浮かれている今の俺へ、過去の俺からの警告のような気がしてならない。
ルークは、佐野にもあの画像を見せるのだろうか。そうしたら佐野はなんて言うのだろう。どう思うのだろう。また事件を思い出して、辛くなったりしないだろうか。
俺は我慢できる。嘘も吐ける。何年、いや何十年、ネット上に散らばる写真や記事に追いかけられても、俺は問題ない。佐野が幸せに、生きていてくれれば——
これから佐野はどんどん有名になっていくだろう。ルークが見せてくれた試合後の集合写真には、光り輝く未来を背負った佐野がいた。その未来を、高校生の俺が閉ざしてしまわないだろうか。
「佐野…」
感情の波が溢れ、佐野の枕に顔を埋める。枕は、俺の乱れた感情を全て受け止めてくれるが、現実は変わらない。穢らわしい、ふしだらなオメガ——
俺はド変態のオメガだ。今だって、佐野のにおいで絶頂に達した。ネット上に書き込まれたような、所構わず発情してフェロモンを振り撒く、社会に望まれない存在。
それでも良いとずっと思ってきたが、今は自分の性が憎い。こんな俺が嫌になって、いつか佐野がどこかへ行ってしまうかもしれない。そうしたら俺は、耐えられるだろうか。
濡れた顔を拭い、仰向けになって天井を見上げた。再会したあの瞬間は、運命だと思った。だが今は、そうではないかもしれないと思う。潮の満ち引きのように心が揺れて、1人深海に突き落とされたような絶望感に襲われる。いっその事、番になって佐野を縛ってしまおうか。
「……それはないな」
もし、俺の存在が佐野の迷惑になったら、佐野から離れる覚悟を決めよう。
ただ今は、佐野と同じ空気を吸えている。この宝物みたいな時間全てを、俺は大事にすると決めている。少しでも会えるなら、冷たい雨に打たれても、何時間も待たされても会いに行こう。
「ほら、これリオじゃない?」
目の前のディスプレイに映っているのは、高校の制服を着た俺だった。通学中に隠し撮りされたような写真で、どこかを見る横顔がしっかりと映っている。言い逃れができないくらい、俺だった。
「……この写真、どこで見つけたの?」
「News siteで見たよ。ちょうど母の実家に帰ってたときに、このニュースを見たんだ」
首元を引っ捕まえられて、一気に2年前に戻されたような虚脱感に襲われた。
「……人違いだよ」
顔が引き攣らない程度の、自然な笑顔を作って見せた。
「Ah…そうだよね。この写真の人もすごくキレイだと思ったんだ」
ルークがこれ以上深追いしてこなくて助かった。ルークには悪いが、あの事件のことを誰にも話すつもりはない。
ルークは自身の机にスマホを置いて、タオルをバッグに詰め始めた。その直後、背後からドアの開く音が耳に入ってきた。
「ごめん、待たせたね。りょう、優心さんに迎えに来てもらうことになったから」
佐野が汗でぬれた髪をタオルで拭きながら、部屋に入って来た。電話で優心と話し終わったようだ。
「……これくらいの時間なら、1人で帰れるが」
「りょう、お願いだから俺のいうこと聞いて。1人では帰らせられないよ。俺が送ってもいいんだけど、優心さん時間あるみたいだから」
「……分かった」
納得した俺を見て、佐野が破顔する。佐野の微笑は、俺の鼓動を速くして全身を熱くする。先ほどまで冷えていた指先にも、熱が流れ込むようだ。
「りょう、一瞬待ってて。シャワー浴びてくるから、俺たちが帰って来たら一緒に食堂行こう。お腹空いてるでしょ?」
そう言われてみれば、昼から何も食べていなかった。佐野が住む寮を初めて訪れた興奮から、空腹を感じる余裕などなかった。だが実感するとすぐに、胃がグルグルと飢餓感を叫び始めた。
タイミング良く鳴る腹に腹立たしさを覚えるのと同時に、恥ずかしさも押し寄せてきて頬が紅潮するのを感じた。
「やっぱり。あとちょっとだけ、待っててね」
「ここの食事は美味しいよ」
ルークは風のように笑って、佐野と一緒に部屋を出た。
1人部屋に取り残されると、深い森の中にいるような静寂に包まれた。寮を隠すように多くの針葉樹が立ち並び、迫るような自然に囲まれた場所だ。車が走る音も、犬の吠え声も、何かのサイレンも聞こえない。
佐野のベッドに横たわると、セックスのときに強く感じる、佐野のにおいがした。安心する佐野の残香。深呼吸すると、佐野に中まで犯されている感覚になる。俺の血液、神経、内臓の中まで、佐野の左手が侵入してくるようだ。
「んっ…」
何度こうして、佐野を想って自身の欲望を慰めただろう。気持ちが良いのに切なくて、佐野を近くに感じるのに遠い。
佐野と抱き合いたい。キスがしたい。セックスがしたい。
「うっ……あぁっ…」
屹立から排出される白濁は、虚しいほどに粘ついて、何度拭っても違和感を残していく。
乱れた呼吸を整えていくと、少しずつまた現実に戻されていく。先ほどルークに見せられたあの画像を思い出した。浮かれている今の俺へ、過去の俺からの警告のような気がしてならない。
ルークは、佐野にもあの画像を見せるのだろうか。そうしたら佐野はなんて言うのだろう。どう思うのだろう。また事件を思い出して、辛くなったりしないだろうか。
俺は我慢できる。嘘も吐ける。何年、いや何十年、ネット上に散らばる写真や記事に追いかけられても、俺は問題ない。佐野が幸せに、生きていてくれれば——
これから佐野はどんどん有名になっていくだろう。ルークが見せてくれた試合後の集合写真には、光り輝く未来を背負った佐野がいた。その未来を、高校生の俺が閉ざしてしまわないだろうか。
「佐野…」
感情の波が溢れ、佐野の枕に顔を埋める。枕は、俺の乱れた感情を全て受け止めてくれるが、現実は変わらない。穢らわしい、ふしだらなオメガ——
俺はド変態のオメガだ。今だって、佐野のにおいで絶頂に達した。ネット上に書き込まれたような、所構わず発情してフェロモンを振り撒く、社会に望まれない存在。
それでも良いとずっと思ってきたが、今は自分の性が憎い。こんな俺が嫌になって、いつか佐野がどこかへ行ってしまうかもしれない。そうしたら俺は、耐えられるだろうか。
濡れた顔を拭い、仰向けになって天井を見上げた。再会したあの瞬間は、運命だと思った。だが今は、そうではないかもしれないと思う。潮の満ち引きのように心が揺れて、1人深海に突き落とされたような絶望感に襲われる。いっその事、番になって佐野を縛ってしまおうか。
「……それはないな」
もし、俺の存在が佐野の迷惑になったら、佐野から離れる覚悟を決めよう。
ただ今は、佐野と同じ空気を吸えている。この宝物みたいな時間全てを、俺は大事にすると決めている。少しでも会えるなら、冷たい雨に打たれても、何時間も待たされても会いに行こう。
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