36 / 147
やっと6歳
19
しおりを挟む
昨日はあれから、屋敷に戻って着替えを済ませ、お茶をしていたところに、慌てた様子のアレクシス様が訪れました。
なんでも、大公閣下に「ミリアという女性を知っていますか」と、ド直球で訊ねたらしい。
それとなく探る計画はどこへいったのですか。あ、ミリアはゲーム主人公の母の名です。
そうしたら物凄い剣幕で居場所を聞いてくる大公閣下に肩をつかまれて、驚いてそのまま逃げてきたとのことでした。
私の部屋を避難場所にするのはやめてください。
あーだこーだと話し合う二人を、耳を塞いで風魔法で口へ運んだクッキーをもぐもぐしながらしばらく眺めていたら、殿下に口パクで「もう帰るね」と言われました。嬉々として立ち上がって、耳を塞いだまま、玄関まで丁重にお二人をお送りしましたよ。
「明日は兄上の婚約披露パーティーだから、会えないよ。ごめんね」
とか馬車に乗る寸前に、殿下から申し訳なさそうに言われましたけど。いえ。全く残念ではありません。
そんなわけで、今日は、今日こそは! まだデビュー前で両親しかパーティーに呼ばれていない、弟とお留守番組の今日こそは。何もない、何でもない日なのです!!
「おはよう、オニキス!」
パチッと目覚めて、オニキスをがばっと全身でホールドして、その目元や頭、耳等にちゅっちゅすると、ベッドを飛び降ります。窓の外を見て、天気を確認しました。
「今日もいい天気!」
伸びをしていたところにノックする音がして、チェリが入ってきました。
「おはようございます。カーラ様」
「チェリ、おはよう!」
そわそわしながらチェリが顔を洗う用のたらいを置くのを待ち、がしっと後ろから抱き着きます。少し驚いた顔をした後、振り向いたチェリはにっこり微笑みました。
「ご機嫌ですね」
「ええ、とっても!!」
機嫌がいい時って、無性にハグしたくなりませんか? 鼻歌を歌いながら鍛錬着に着替えて、応接室に向かいます。
「おはようございます。カーラ様」
「クラウド、おはよう!」
両手を広げてクラウドに走り寄ると、察してくれたクラウドが膝をついて手を広げました。感動の再会とばかりに、その胸に飛び込みます。少しもよろめくことなく、クラウドは抱きとめてくれました。
「ご機嫌ですね」
「ええ、かなり!!」
かなり機嫌のいい時の私の扱いに慣れているクラウドと、先ほどのチェリと似たようなやり取りをしてから、互いに背をぽんぽんと軽く叩き合い離れます。
次にクラウドの横にいたモリオンを、ぐわしっと両手で抱き上げました。
『おはようございますっす』
「モリオン、おはよう!」
むぎゅっと抱きしめて頬をすりすりしてから、モリオンを床に下ろし、廊下につながる扉へ向かいます。
『ぎゃあああああ! オニキス様! やめっ』
いつの間にかオニキスの口元にぶらさがっていたモリオンを開放して、庭に向かいました。
「お父様、おはようございます!」
「おはよう。ずいぶんご機嫌だね、カーラ。・・・あぁ、ヘンリー殿下が来ないからか」
鍛錬を終えて汗を拭く父は、納得したように頷くと私の頭を撫でて去っていきました。
いつも通りの朝の鍛錬を終えて、部屋へ戻ります。
汗を吸った服を脱いで体を拭き、本日のチェリチョイスに着替えました。今日は春を感じさせる薄い黄色の、柔らかい素材のドレスでした。
ややぼさっとした髪をそのままに、応接室へ向かい、用意された姿見の前の椅子に座ります。
従者の服に着替えたクラウドが、嬉しそうに近づいてきました。そして鼻歌を歌いながら、私の髪をすいていきます。
これは昨日の「留守番」のご褒美を要求されましたので、快く応じた結果です。
驚くほど早く髪が編み込まれ、まとめられ、左肩に流されました。
「ありがとう。クラウド」
満足げに頷くクラウドに礼を言って、食堂へ向かいます。今日もまた一番乗りでした。次に父が来て、母と弟のルーカスが来ました。
今日の恵みに感謝してからいただきます。
「ルーカス。もう夜更かしはやめなさい」
標準仕様のかったいパンを優雅にちぎっていると、父が目をこするルーカスに話しかけました。母がそうじゃなくて精霊に話しかけることをやめさせてください的に、父を睨んでいます。
「はい。ごめんなさい」
しゅんとするルーカス。かわゆす。
「カーラが最近、午後の鍛錬に来ないと心配してるぞ」
「ごめんなさい。おねえさま」
ちょっと、父。なぜ、私に振るのですか。
あなたなら何とかできるかしら的に私を見る母。目をそらす父。うるうると私を見つめる弟。小声で何かとやり取りするオニキス。
『え・・・いや・・・我に聞くな・・・』
何やら相談を受けているようです。頑張って、オニキス。
「ルーカス。また一緒に鍛錬しましょうね」
「はい! おねえさま」
素直にうなずいて、ルーカスは食事を再開しました。
あぁぁぁ。午後の鍛錬にルーカスの参加が決定しました。今まで不定期だったのに。今日はお昼寝で不参加だとは思いますが。
テンション下降気味で食事を終えて部屋へ戻り、国境の町エンディアにある薬屋へ転移しました。
いつも通り忙しくなく暇でもない仕事をして薬屋を閉め、パン屋で売れ残りのパンをもらい、難民キャンプでパンと雑草を交換してダーブさんとお話ししてから、王都の自分の部屋に転移します。
「お帰りなさいませ。カーラ様」
「ただいま」
用意されていた昼食を、セバス族兄妹と共にいただきました。
さて。今日こそ、なんとなく形になりそうな、ミスリル作りでもしましょう。
『カーラ、集中できていないようだな』
うんうん唸りながらイメージをねる私に、オニキスが言いました。
そうなんですよ。今日は来ないとわかっているのに、金茶の髪が視界の端見える気がしてしまうのです。
『王子の気配はちゃんと王城にある。心配するな』
わかってはいるのですよ。わかってはいるのですが、今にもそこに悪魔が現れるような気がして、集中できないのです。これはかなり重症ですね。
「カーラ様・・・これは純金の短剣ですね。金は柔らかいので武器には向きません」
私の手元にあるのは悪趣味な金の短剣です。ため息をつきながら地面に置くと、すうっと消えました。私の失敗作の行先は、オニキスの異空間収納です。
オニキスさん、すいません。ありがとうございます。
とりあえず金属だっただけでも、よしとしましょう。
鍛錬の後、第二王子の婚約披露パーティーに向かう両親を見送り、次はお勉強タイムです。
しかし私に教えようという気概のある教師はなかなか見つからず、だいたい自習か、チェリ先生か、稀にクラウド先生です。あと、たまに母。
今日はチェリ先生のダンスレッスンの日です。お昼寝を終えたルーカスと練習します。
「おねえさまとだと、おどりやすいです!」
「ルーカスがすごいのですよ。もう私と踊れるなんて」
ゲーム補正なのか、ダンスはすぐ上達しました。悪役令嬢と、攻略対象がダンスできないのでは、恰好がつきませんからね。
特筆することもない夕食を終えて、入浴、就寝前のくつろぎタイムに入ります。
「今日は久々に何でもない一日でしたね」
『そうだな』
膝の上のオニキスの頭をもふもふしながら、ソファの背にもたれかかります。
テトラディル領に帰るまで、あと7日。何事も起きなければ・・・というか、殿下たちがいらっしゃらなければ、私の日常が帰ってくるのですよ。
「帰るのが早まったりしませんかね」
ため息をつきながら、隣に伏せているオニキスに覆いかぶさるように体を倒しました。
あぁ、気持ちいい。寝るにはだいぶ早いですが、もう寝てしまいましょうか。
目の前にあったオニキスの前脚を握って、肉球をさわさわします。肉球の間からこんにちはしている毛を触るのって、不思議に気持ちいいのですよ。
くすぐったいとかそういう感覚はないのか、オニキスはちらりと視線を向けただけで、されるがままでした。調子に乗って、もにもにします。
「癒される・・・」
『カーラ、寝るならベッドへ運ぶぞ?』
「まだ、だめです」
もうちょっともにもにしたいので、オニキスの背に顔をうずめて拒否します。
ベッドでオニキスとイチャコラするのは、なぜか最近、妙に意識してしまうので、避けたいのですよ。オオカミ犬の姿のオニキス相手に、何を意識するのかと聞かれても困るのですが、とにかく気恥ずかしいのです。
『・・・』
「オニキス?」
一瞬、オニキスの毛が逆立った気がして、体を起こします。
オニキスも体を起こして、ソファの上にお座りの姿勢になりました。ソファに腰かけた私より高い位置に、オニキスの頭があります。その新月の夜空のように暗く、深い闇色の瞳で見下ろされました。
目の前には、オニキスの黒々とした鼻先。
犬の鼻って、どんな味がすると思います?
『っ! なっ!』
どこぞの動物研究家よろしく、パクペロっとオニキスの鼻を口に入れて舐めてみました。オニキスが全身の毛を逆立てて、飛び上がり、ソファの背の向こうに着地します。
ちえ。何の味もしませんでした。オニキスはそこまで犬をコピーしていないようです。
「ぶっ・・・くくくっ・・・くく!」
クラウドが両手で口元を押さえて、肩をわななかせています。目元に涙までにじませて、隠しきれなかった声を漏らしながら笑っていました。
茫然としていたオニキスの頭が、ゆっくりとそちらを向きます。
『ク~ラ~ウ~ド~!!』
いつもの喧嘩が勃発するかと思いきや、笑いが止まらなかったクラウドが、あっさりとオニキスにマウントを取られてしまいました。相変わらず両手で口元を押さえたまま、うつぶせに寝転ぶクラウドの背で、オニキスが飛び跳ねています。
精霊って重みを感じないので、あれをやってもノーダメージだと思うのですが。
「す、すいませっ・・・ぶっくく」
謝る気があるんだか、ないんだか。笑い続けるクラウドの背を踏んでいたオニキスが、周りをうろうろしていたモリオンに目を止めました。
『・・・笑ったな?』
『ぎゃあああああああ!!!!』
逃げる間もなく、オニキスの口にぷらーんとぶら下げられるモリオン。
『うっ・・・うぅっ・・・申し訳ないっす』
笑ったんですね。
どこから見えていたのか、チェリがふうっとため息をつきながら、お茶のお代わりをくれました。
「ありがとう、チェリ」
温かそうな紅茶に手をのばしかけた時、オニキスが傍らに転移してきました。その視線は、窓の外に向いています。
「どうし・・・」
『来た!』
オニキスが覆いかぶさっていても感じるほどの、眩い光。刺すような眩しさに、目を開けることもできません。
『あの娘の所か。ずいぶん大きな真白が来たな』
光が収まっても目の前がチカチカする中、オニキスがつぶやきました。
ましろ・・・光・・・光の精霊! ゲーム主人公!! 彼女が光の精霊を呼び出すのは、もっと後のはずなのに。
どうやら、またシナリオが変わってしまったようです。
なんでも、大公閣下に「ミリアという女性を知っていますか」と、ド直球で訊ねたらしい。
それとなく探る計画はどこへいったのですか。あ、ミリアはゲーム主人公の母の名です。
そうしたら物凄い剣幕で居場所を聞いてくる大公閣下に肩をつかまれて、驚いてそのまま逃げてきたとのことでした。
私の部屋を避難場所にするのはやめてください。
あーだこーだと話し合う二人を、耳を塞いで風魔法で口へ運んだクッキーをもぐもぐしながらしばらく眺めていたら、殿下に口パクで「もう帰るね」と言われました。嬉々として立ち上がって、耳を塞いだまま、玄関まで丁重にお二人をお送りしましたよ。
「明日は兄上の婚約披露パーティーだから、会えないよ。ごめんね」
とか馬車に乗る寸前に、殿下から申し訳なさそうに言われましたけど。いえ。全く残念ではありません。
そんなわけで、今日は、今日こそは! まだデビュー前で両親しかパーティーに呼ばれていない、弟とお留守番組の今日こそは。何もない、何でもない日なのです!!
「おはよう、オニキス!」
パチッと目覚めて、オニキスをがばっと全身でホールドして、その目元や頭、耳等にちゅっちゅすると、ベッドを飛び降ります。窓の外を見て、天気を確認しました。
「今日もいい天気!」
伸びをしていたところにノックする音がして、チェリが入ってきました。
「おはようございます。カーラ様」
「チェリ、おはよう!」
そわそわしながらチェリが顔を洗う用のたらいを置くのを待ち、がしっと後ろから抱き着きます。少し驚いた顔をした後、振り向いたチェリはにっこり微笑みました。
「ご機嫌ですね」
「ええ、とっても!!」
機嫌がいい時って、無性にハグしたくなりませんか? 鼻歌を歌いながら鍛錬着に着替えて、応接室に向かいます。
「おはようございます。カーラ様」
「クラウド、おはよう!」
両手を広げてクラウドに走り寄ると、察してくれたクラウドが膝をついて手を広げました。感動の再会とばかりに、その胸に飛び込みます。少しもよろめくことなく、クラウドは抱きとめてくれました。
「ご機嫌ですね」
「ええ、かなり!!」
かなり機嫌のいい時の私の扱いに慣れているクラウドと、先ほどのチェリと似たようなやり取りをしてから、互いに背をぽんぽんと軽く叩き合い離れます。
次にクラウドの横にいたモリオンを、ぐわしっと両手で抱き上げました。
『おはようございますっす』
「モリオン、おはよう!」
むぎゅっと抱きしめて頬をすりすりしてから、モリオンを床に下ろし、廊下につながる扉へ向かいます。
『ぎゃあああああ! オニキス様! やめっ』
いつの間にかオニキスの口元にぶらさがっていたモリオンを開放して、庭に向かいました。
「お父様、おはようございます!」
「おはよう。ずいぶんご機嫌だね、カーラ。・・・あぁ、ヘンリー殿下が来ないからか」
鍛錬を終えて汗を拭く父は、納得したように頷くと私の頭を撫でて去っていきました。
いつも通りの朝の鍛錬を終えて、部屋へ戻ります。
汗を吸った服を脱いで体を拭き、本日のチェリチョイスに着替えました。今日は春を感じさせる薄い黄色の、柔らかい素材のドレスでした。
ややぼさっとした髪をそのままに、応接室へ向かい、用意された姿見の前の椅子に座ります。
従者の服に着替えたクラウドが、嬉しそうに近づいてきました。そして鼻歌を歌いながら、私の髪をすいていきます。
これは昨日の「留守番」のご褒美を要求されましたので、快く応じた結果です。
驚くほど早く髪が編み込まれ、まとめられ、左肩に流されました。
「ありがとう。クラウド」
満足げに頷くクラウドに礼を言って、食堂へ向かいます。今日もまた一番乗りでした。次に父が来て、母と弟のルーカスが来ました。
今日の恵みに感謝してからいただきます。
「ルーカス。もう夜更かしはやめなさい」
標準仕様のかったいパンを優雅にちぎっていると、父が目をこするルーカスに話しかけました。母がそうじゃなくて精霊に話しかけることをやめさせてください的に、父を睨んでいます。
「はい。ごめんなさい」
しゅんとするルーカス。かわゆす。
「カーラが最近、午後の鍛錬に来ないと心配してるぞ」
「ごめんなさい。おねえさま」
ちょっと、父。なぜ、私に振るのですか。
あなたなら何とかできるかしら的に私を見る母。目をそらす父。うるうると私を見つめる弟。小声で何かとやり取りするオニキス。
『え・・・いや・・・我に聞くな・・・』
何やら相談を受けているようです。頑張って、オニキス。
「ルーカス。また一緒に鍛錬しましょうね」
「はい! おねえさま」
素直にうなずいて、ルーカスは食事を再開しました。
あぁぁぁ。午後の鍛錬にルーカスの参加が決定しました。今まで不定期だったのに。今日はお昼寝で不参加だとは思いますが。
テンション下降気味で食事を終えて部屋へ戻り、国境の町エンディアにある薬屋へ転移しました。
いつも通り忙しくなく暇でもない仕事をして薬屋を閉め、パン屋で売れ残りのパンをもらい、難民キャンプでパンと雑草を交換してダーブさんとお話ししてから、王都の自分の部屋に転移します。
「お帰りなさいませ。カーラ様」
「ただいま」
用意されていた昼食を、セバス族兄妹と共にいただきました。
さて。今日こそ、なんとなく形になりそうな、ミスリル作りでもしましょう。
『カーラ、集中できていないようだな』
うんうん唸りながらイメージをねる私に、オニキスが言いました。
そうなんですよ。今日は来ないとわかっているのに、金茶の髪が視界の端見える気がしてしまうのです。
『王子の気配はちゃんと王城にある。心配するな』
わかってはいるのですよ。わかってはいるのですが、今にもそこに悪魔が現れるような気がして、集中できないのです。これはかなり重症ですね。
「カーラ様・・・これは純金の短剣ですね。金は柔らかいので武器には向きません」
私の手元にあるのは悪趣味な金の短剣です。ため息をつきながら地面に置くと、すうっと消えました。私の失敗作の行先は、オニキスの異空間収納です。
オニキスさん、すいません。ありがとうございます。
とりあえず金属だっただけでも、よしとしましょう。
鍛錬の後、第二王子の婚約披露パーティーに向かう両親を見送り、次はお勉強タイムです。
しかし私に教えようという気概のある教師はなかなか見つからず、だいたい自習か、チェリ先生か、稀にクラウド先生です。あと、たまに母。
今日はチェリ先生のダンスレッスンの日です。お昼寝を終えたルーカスと練習します。
「おねえさまとだと、おどりやすいです!」
「ルーカスがすごいのですよ。もう私と踊れるなんて」
ゲーム補正なのか、ダンスはすぐ上達しました。悪役令嬢と、攻略対象がダンスできないのでは、恰好がつきませんからね。
特筆することもない夕食を終えて、入浴、就寝前のくつろぎタイムに入ります。
「今日は久々に何でもない一日でしたね」
『そうだな』
膝の上のオニキスの頭をもふもふしながら、ソファの背にもたれかかります。
テトラディル領に帰るまで、あと7日。何事も起きなければ・・・というか、殿下たちがいらっしゃらなければ、私の日常が帰ってくるのですよ。
「帰るのが早まったりしませんかね」
ため息をつきながら、隣に伏せているオニキスに覆いかぶさるように体を倒しました。
あぁ、気持ちいい。寝るにはだいぶ早いですが、もう寝てしまいましょうか。
目の前にあったオニキスの前脚を握って、肉球をさわさわします。肉球の間からこんにちはしている毛を触るのって、不思議に気持ちいいのですよ。
くすぐったいとかそういう感覚はないのか、オニキスはちらりと視線を向けただけで、されるがままでした。調子に乗って、もにもにします。
「癒される・・・」
『カーラ、寝るならベッドへ運ぶぞ?』
「まだ、だめです」
もうちょっともにもにしたいので、オニキスの背に顔をうずめて拒否します。
ベッドでオニキスとイチャコラするのは、なぜか最近、妙に意識してしまうので、避けたいのですよ。オオカミ犬の姿のオニキス相手に、何を意識するのかと聞かれても困るのですが、とにかく気恥ずかしいのです。
『・・・』
「オニキス?」
一瞬、オニキスの毛が逆立った気がして、体を起こします。
オニキスも体を起こして、ソファの上にお座りの姿勢になりました。ソファに腰かけた私より高い位置に、オニキスの頭があります。その新月の夜空のように暗く、深い闇色の瞳で見下ろされました。
目の前には、オニキスの黒々とした鼻先。
犬の鼻って、どんな味がすると思います?
『っ! なっ!』
どこぞの動物研究家よろしく、パクペロっとオニキスの鼻を口に入れて舐めてみました。オニキスが全身の毛を逆立てて、飛び上がり、ソファの背の向こうに着地します。
ちえ。何の味もしませんでした。オニキスはそこまで犬をコピーしていないようです。
「ぶっ・・・くくくっ・・・くく!」
クラウドが両手で口元を押さえて、肩をわななかせています。目元に涙までにじませて、隠しきれなかった声を漏らしながら笑っていました。
茫然としていたオニキスの頭が、ゆっくりとそちらを向きます。
『ク~ラ~ウ~ド~!!』
いつもの喧嘩が勃発するかと思いきや、笑いが止まらなかったクラウドが、あっさりとオニキスにマウントを取られてしまいました。相変わらず両手で口元を押さえたまま、うつぶせに寝転ぶクラウドの背で、オニキスが飛び跳ねています。
精霊って重みを感じないので、あれをやってもノーダメージだと思うのですが。
「す、すいませっ・・・ぶっくく」
謝る気があるんだか、ないんだか。笑い続けるクラウドの背を踏んでいたオニキスが、周りをうろうろしていたモリオンに目を止めました。
『・・・笑ったな?』
『ぎゃあああああああ!!!!』
逃げる間もなく、オニキスの口にぷらーんとぶら下げられるモリオン。
『うっ・・・うぅっ・・・申し訳ないっす』
笑ったんですね。
どこから見えていたのか、チェリがふうっとため息をつきながら、お茶のお代わりをくれました。
「ありがとう、チェリ」
温かそうな紅茶に手をのばしかけた時、オニキスが傍らに転移してきました。その視線は、窓の外に向いています。
「どうし・・・」
『来た!』
オニキスが覆いかぶさっていても感じるほどの、眩い光。刺すような眩しさに、目を開けることもできません。
『あの娘の所か。ずいぶん大きな真白が来たな』
光が収まっても目の前がチカチカする中、オニキスがつぶやきました。
ましろ・・・光・・・光の精霊! ゲーム主人公!! 彼女が光の精霊を呼び出すのは、もっと後のはずなのに。
どうやら、またシナリオが変わってしまったようです。
105
あなたにおすすめの小説
転生しましたが悪役令嬢な気がするんですけど⁉︎
水月華
恋愛
ヘンリエッタ・スタンホープは8歳の時に前世の記憶を思い出す。最初は混乱したが、じきに貴族生活に順応し始める。・・・が、ある時気づく。
もしかして‘’私‘’って悪役令嬢ポジションでは?整った容姿。申し分ない身分。・・・だけなら疑わなかったが、ある時ふと言われたのである。「昔のヘンリエッタは我儘だったのにこんなに立派になって」と。
振り返れば記憶が戻る前は嫌いな食べ物が出ると癇癪を起こし、着たいドレスがないと癇癪を起こし…。私めっちゃ性格悪かった!!
え?記憶戻らなかったらそのままだった=悪役令嬢!?いやいや確かに前世では転生して悪役令嬢とか流行ってたけどまさか自分が!?
でもヘンリエッタ・スタンホープなんて知らないし、私どうすればいいのー!?
と、とにかく攻略対象者候補たちには必要以上に近づかない様にしよう!
前世の記憶のせいで恋愛なんて面倒くさいし、政略結婚じゃないなら出来れば避けたい!
だからこっちに熱い眼差しを送らないで!
答えられないんです!
これは悪役令嬢(?)の侯爵令嬢があるかもしれない破滅フラグを手探りで回避しようとするお話。
または前世の記憶から臆病になっている彼女が再び大切な人を見つけるお話。
小説家になろうでも投稿してます。
こちらは全話投稿してますので、先を読みたいと思ってくださればそちらからもよろしくお願いします。
生まれ変わりも楽じゃない ~生まれ変わっても私はわたし~
こひな
恋愛
市川みのり 31歳。
成り行きで、なぜかバリバリのキャリアウーマンをやっていた私。
彼氏なし・趣味は食べることと読書という仕事以外は引きこもり気味な私が、とばっちりで異世界転生。
貴族令嬢となり、四苦八苦しつつ異世界を生き抜くお話です。
※いつも読んで頂きありがとうございます。誤字脱字のご指摘ありがとうございます。
オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!
みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した!
転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!!
前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。
とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。
森で調合師して暮らすこと!
ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが…
無理そうです……
更に隣で笑う幼なじみが気になります…
完結済みです。
なろう様にも掲載しています。
副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。
エピローグで完結です。
番外編になります。
※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。
自業自得じゃないですか?~前世の記憶持ち少女、キレる~
浅海 景
恋愛
前世の記憶があるジーナ。特に目立つこともなく平民として普通の生活を送るものの、本がない生活に不満を抱く。本を買うため前世知識を利用したことから、とある貴族の目に留まり貴族学園に通うことに。
本に釣られて入学したものの王子や侯爵令息に興味を持たれ、婚約者の座を狙う令嬢たちを敵に回す。本以外に興味のないジーナは、平穏な読書タイムを確保するために距離を取るが、とある事件をきっかけに最も大切なものを奪われることになり、キレたジーナは報復することを決めた。
※2024.8.5 番外編を2話追加しました!
小説主人公の悪役令嬢の姉に転生しました〜モブのはずが第一王子に一途に愛されています〜
みかん桜
恋愛
第一王子と妹が並んでいる姿を見て前世を思い出したリリーナ。
ここは、乙女ゲームが舞台の小説の世界だった。
悪役令嬢が主役で、破滅を回避して幸せを掴む——そんな物語。
私はその主人公の姉。しかもゲームの妹が、悪役令嬢になった原因の1つが姉である私だったはず。
とはいえ私はただのモブ。
この世界のルールから逸脱せず、無難に生きていこうと決意したのに……なぜか第一王子に執着されている。
……そういえば、元々『姉の婚約者を奪った』って設定だったような……?
※2025年5月に副題を追加しました。
ヒロイン気質がゼロなので攻略はお断りします! ~塩対応しているのに何で好感度が上がるんですか?!~
浅海 景
恋愛
幼い頃に誘拐されたことがきっかけで、サーシャは自分の前世を思い出す。その知識によりこの世界が乙女ゲームの舞台で、自分がヒロイン役である可能性に思い至ってしまう。貴族のしきたりなんて面倒くさいし、侍女として働くほうがよっぽど楽しいと思うサーシャは平穏な未来を手にいれるため、攻略対象たちと距離を取ろうとするのだが、彼らは何故かサーシャに興味を持ち関わろうとしてくるのだ。
「これってゲームの強制力?!」
周囲の人間関係をハッピーエンドに収めつつ、普通の生活を手に入れようとするヒロイン気質ゼロのサーシャが奮闘する物語。
※2024.8.4 おまけ②とおまけ③を追加しました。
悪役令嬢に転生しましたが、行いを変えるつもりはありません
れぐまき
恋愛
公爵令嬢セシリアは皇太子との婚約発表舞踏会で、とある男爵令嬢を見かけたことをきっかけに、自分が『宝石の絆』という乙女ゲームのライバルキャラであることを知る。
「…私、間違ってませんわね」
曲がったことが大嫌いなオーバースペック公爵令嬢が自分の信念を貫き通す話
…だったはずが最近はどこか天然の主人公と勘違い王子のすれ違い(勘違い)恋愛話になってきている…
5/13
ちょっとお話が長くなってきたので一旦全話非公開にして纏めたり加筆したりと大幅に修正していきます
5/22
修正完了しました。明日から通常更新に戻ります
9/21
完結しました
また気が向いたら番外編として二人のその後をアップしていきたいと思います
悪役令嬢に転生したので地味令嬢に変装したら、婚約者が離れてくれないのですが。
槙村まき
恋愛
スマホ向け乙女ゲーム『時戻りの少女~ささやかな日々をあなたと共に~』の悪役令嬢、リシェリア・オゼリエに転生した主人公は、処刑される未来を変えるために地味に地味で地味な令嬢に変装して生きていくことを決意した。
それなのに学園に入学しても婚約者である王太子ルーカスは付きまとってくるし、ゲームのヒロインからはなぜか「私の代わりにヒロインになって!」とお願いされるし……。
挙句の果てには、ある日隠れていた図書室で、ルーカスに唇を奪われてしまう。
そんな感じで悪役令嬢がヤンデレ気味な王子から逃げようとしながらも、ヒロインと共に攻略対象者たちを助ける? 話になるはず……!
第二章以降は、11時と23時に更新予定です。
他サイトにも掲載しています。
よろしくお願いします。
25.4.25 HOTランキング(女性向け)四位、ありがとうございます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる