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第二片 襲来、奮闘。そして――
第二片 襲来、奮闘。そして―― 2
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「央霞先輩」
放課後、日課であるロードワークを終え、更衣室に向かおうとした央霞を、ひとりの女生徒が呼び止めた。
「山茶花か」
先端がすこしはねたショートヘアに、人形を思わせる硬質な美貌。
背丈は、長身の央霞とくらべると頭ひとつ分ほど低い。
剣道着姿の彼女の名は、三善山茶花という。
央霞とは、中学の剣道部でも先輩後輩の関係だった。
休憩中か、と訊ねる央霞にうなずきを返してから、彼女はもう一度、先輩、と呼びかけた。
「練習、来てくださいよ」
ねだるような内容とは裏腹に、棘のある声音だった。
「道場には顔を出してるだろ」
「それだって、たまにじゃないですか。ボクは――」
終わりまで口にせず、山茶花は言葉を呑み込んだ。
央霞のほうでも、あえて指摘はしない。
自らの気持ちを切り替えるためでもあるのか、山茶花は話題を変えた。
「今日の合同練習の相手、園田西高なんですよ」
「奈須原綾女のいるところか」
「憶えてるんですね」
山茶花が意外そうな顔をする。
「戦った相手は全員憶えている。去年の県予選、一回戦であたった」
「桜ヶ丘はどうした! って……奈須原の奴、えらい怒ってました」
それは悪いことをしたな、と苦笑しながらも、央霞に会いにこうという気はないようすだった。
昨年、インターハイの個人戦で全国優勝して以来、央霞は剣道部の練習に参加していない。
顧問と部長の懇願で籍こそ抜かずにおいているが、事実上退部したと言っていい。
てっきり高校でもおなじ部活で汗を流せると思って入部してきた山茶花は、そのことで央霞を恨んでいた。
「……どうしてなんですか?」
山茶花の語尾がかすれた。
本当はもっとちがうことを話したいのに、結局そこへもどってしまう――そのことが嫌でしかたがないという表情だった。
「目的を果たしたからだ」
そっけなく言いつつ、央霞は山茶花の前を通りすぎた。
去り際にちいさく、すまない、と呟く。
央霞の背中を見送る山茶花の拳が震えた。
「謝るくらいなら……!」
抑えきれなくなった震えを止めるように、山茶花は校舎の壁に拳を叩きつけた。
ロードワークのあとは、生徒会の仕事を手伝うか、適当に時間を潰すかしてから、みずきといっしょに帰路につくのが、央霞のいつものパターンだった。
まだ新年度がはじまったばかりということもあり、生徒会が本格稼働するまでには、いますこしの猶予がある。
早めに帰れるということは、その分央霞とたくさんすごせるということで、みずきは上機嫌だった。
それでも、会えない時間が淋しさを募らせるものらしく、周囲に人がいなくなったとみるや、がばっと央霞に抱きついた。
「へへー」
子猫が甘えるような声を出しながら、みずきは央霞の胸に顔をうずめる。
「まったく……汗臭いからやめろと、いつもいってるだろう」
「央霞ちゃんの汗なら、ぜんぜん嫌じゃないもん。……はああ、すんすん。オウカミン補給~」
「なんだ、その謎物質は。そんなものを、私は体内で生成してるのか」
口では困ったように言いながら、央霞も嫌がる素振りは見せない。みずきの髪を、愛おしむように撫でる。
ふいに、みずきが顔をあげた。
「どうしたの、央霞ちゃん」
「うん?」
「考え事してたでしょ」
そう言って、さぐるように央霞の目を覗き込む。
「いや、なんだ……相変わらずきれいだな、と思って」
とたんに、みずきの顔が茹であがったように赤くなり、突きとばすようにして央霞から身を離した。
「も、もう! 央霞ちゃん、いつもいつも、そう言っとけばごまかせると思ってるでしょ!」
「そんなことは微塵も思っていないが」
「それならわたしも言わせてもらいますけど、きれいというなら、央霞ちゃんだってとっても美人よ?」
してやったりとい言いたげに鼻息を荒くするみずき。対して央霞は、困惑するように首をひねっただけだった。
「なんなんだろうな。このやりとりは」
「あ……あれ……? どうして央霞ちゃんは照れないの?」
「どうしてと言われても……私は自分を知っているからな。見てのとおりがさつで、たおやかさに欠ける」
「そこは否定しないけどっ」
「否定せんのか」
「でも、そこが央霞ちゃんの素敵なところだから! わたしは、央霞ちゃんは世界一きれいな女の子だと思ってるよ!」
そう必死に主張するみずきの姿に、央霞は口許をほころばせた。
しばらく、ふたりは並んで歩いていたが、ふと央霞が、何事か思案するように、あごに手をあてた。
「ん、また」
みずきは不満げに頬をふくらませる。
公の場ではつんと取り澄ましているのに、央霞とふたりだけのときは、ほんとうに表情がよく動く。
「すこし、不思議に思ったんだ。私はみずきを世界一きれいだと思っているのに、みずきは私のほうこそ世界一きれいだと言う」
「そんなの、美に絶対の基準なんて存在しないもの。でもいいの! わたしにとっては、わたしの基準が唯一にして絶対なんだから」
「そう、それだ」
央霞の立てた人差し指を、みずきは怪訝そうに見つめた。
「みずきにそう思わせているもの、私たちにそうさせているものとは、いったいなんだ?」
「央霞ちゃんは、ときどき変なことを考えるよね」
「お前ほどじゃないと思うが」
呆れる央霞の横で、う~ん、と唸りながら、みずきは視線を左右にさまよわせた。
「みずきは私よりずっと頭がいい。お前なら、なにかしらの答えを出せるんじゃないか?」
「そうねえ……たぶん、央霞ちゃんの言ってることって、“人はなぜ人を好きになるのか?”っていう問いに近いと思うのよ」
それはどういう意味か、と訊ねかけて、央霞は立ち止まる。
みずきも、緊張した面持ちで後退り、央霞の袖をにぎりしめた。
ちょうど、分厚い本とにらめっこしながら、カリンがやってくるところだった。
ふたりに気づくと、カリンは慌てて本を鞄にしまった。なにが入っているのか、その鞄もずいぶん重そうだ。
一瞬、央霞たちとのあいだに張りつめた空気が生まれる。しかし、いまは戦うべきではないと判断したのか、カリンはくるりと踵を返した。
「待て!」
「いっちゃだめ!」
みずきが、恐怖に駆られたように叫ぶ。
袖をつかむ手にも、央霞をいかせまいと、よりいっそうの力がこもる。
「お願い……いかないで」
カリンの姿はすでに消えている。央霞は、あとを追うのをあきらめ、みずきの肩に手を置いた。
「……そうだな。私をお前から引き離す作戦かもしれない」
カリンの走り去ったほうを見つめながら、央霞はぼりぼりと頭をかいた。
「……うん。それもあるけど……」
安堵と不安の入り混じった表情で、みずきは息をつく。
そのふたりに、背後から近づいてきた人物が声をかけた。
「桜ヶ丘、白峰。相変わらず仲がいいな」
「清兄《せいにい》」
「ここでは菊池先生だ。――また、背がのびたみたいだな」
視線を上にずらしながら、その男性教諭は言った。
セットが面倒という理由から短くしている髪に、すこし下がった優しげな目許。やせ型だが、ぎりぎりラフではない程度に着崩したスーツがよく似合っている。
彼は菊池清一郎。着任から二年目の新米教師である。
「いま通ったの、留学生の倉仁江だな。お前たち、知り合いなのか?」
「ええ。ちょっと」
一瞬、言葉を濁しておいてから、央霞はいたずらっぽい笑みを浮かべた。
「なんですか、菊池先生。かわいい留学生に、さっそく目をつけたってわけですか?」
「な、なに……」
「普段から女子にはモテモテですもんね。イケるとか思っちゃいましたか?」
「馬鹿言うな。モテモテってのは、お前やお前の兄貴みたいなのを言うんだ。仁京の奴なんか、モテてる自覚がないくせに愛想ばかりいいもんだから、勘違いした女子としょっちゅうトラブルになってただろうが」
昔を思い出してげっそりとなっている菊池に、央霞はくすくすと笑った。
「ああー。そのたびに先生が尻ぬぐいしてたんでしたっけ。遊びにきたとき、よく私に愚痴ってましたもんね」
「なのに、その妹がおなじことを繰り返したあげく、いわれのない罪で俺をなじるんだ……もう勘弁してくれ」
「ごまかそうったってダメですよ」
央霞がなおも菊池を責めようとする。するとそこへ、意外な方向から助け船が出された。
「菊池先生が彼女のことをご存じなのって、副担任をなさっているからですよね?」
「お、おお。その通りだ、白峰……けど、なんでそんなこと知ってるんだ?」
「生徒会長の当然の義務として、全校生徒二千百十八名、全員の顔と名前とプロフィールは把握していますから」
みずきはにっこりと笑った。
「以前もそんなこといってた気がするが、本当なのか、それ」
「信じるか信じないかは先生次第ですけど」
菊池が疑わしそうな目を向けたが、みずきの笑顔は微塵も崩れなかった。
「そういうことだから、央霞ちゃん」
「どういうことだ、みずき。今日に限って清兄の味方なんか――」
菊池いじりを邪魔された央霞は、不機嫌とまではいかないまでも、困惑しているようすだった。
「それはねえ……誰かさんが、誰かさんのことを、かわいいとか言うからよ」
「う……」
わずかに見ひらいたみずきの目が急速に冷え、央霞の口をつぐませた。
「ま……まあ、とにかくだ」
気まずい沈黙を、菊池が打破した。
「倉仁江なんだが、日本語はほとんど完璧だけど、習慣とか歴史とか、まだまだわからないことが多いそうなんだ。学年はちがうけど、気に懸けてやってくれるか?」
「ええ。もちろん」
淀みなくうなずいたみずきを、央霞は胡乱げな目つきで見やった。
「放課後は毎日、図書館で勉強してるみたいだぞ」
「図書館、ですか……」
央霞はもう一度、カリンの消えたほうを見やり、ふむ、とひとつ息をついた。
放課後、日課であるロードワークを終え、更衣室に向かおうとした央霞を、ひとりの女生徒が呼び止めた。
「山茶花か」
先端がすこしはねたショートヘアに、人形を思わせる硬質な美貌。
背丈は、長身の央霞とくらべると頭ひとつ分ほど低い。
剣道着姿の彼女の名は、三善山茶花という。
央霞とは、中学の剣道部でも先輩後輩の関係だった。
休憩中か、と訊ねる央霞にうなずきを返してから、彼女はもう一度、先輩、と呼びかけた。
「練習、来てくださいよ」
ねだるような内容とは裏腹に、棘のある声音だった。
「道場には顔を出してるだろ」
「それだって、たまにじゃないですか。ボクは――」
終わりまで口にせず、山茶花は言葉を呑み込んだ。
央霞のほうでも、あえて指摘はしない。
自らの気持ちを切り替えるためでもあるのか、山茶花は話題を変えた。
「今日の合同練習の相手、園田西高なんですよ」
「奈須原綾女のいるところか」
「憶えてるんですね」
山茶花が意外そうな顔をする。
「戦った相手は全員憶えている。去年の県予選、一回戦であたった」
「桜ヶ丘はどうした! って……奈須原の奴、えらい怒ってました」
それは悪いことをしたな、と苦笑しながらも、央霞に会いにこうという気はないようすだった。
昨年、インターハイの個人戦で全国優勝して以来、央霞は剣道部の練習に参加していない。
顧問と部長の懇願で籍こそ抜かずにおいているが、事実上退部したと言っていい。
てっきり高校でもおなじ部活で汗を流せると思って入部してきた山茶花は、そのことで央霞を恨んでいた。
「……どうしてなんですか?」
山茶花の語尾がかすれた。
本当はもっとちがうことを話したいのに、結局そこへもどってしまう――そのことが嫌でしかたがないという表情だった。
「目的を果たしたからだ」
そっけなく言いつつ、央霞は山茶花の前を通りすぎた。
去り際にちいさく、すまない、と呟く。
央霞の背中を見送る山茶花の拳が震えた。
「謝るくらいなら……!」
抑えきれなくなった震えを止めるように、山茶花は校舎の壁に拳を叩きつけた。
ロードワークのあとは、生徒会の仕事を手伝うか、適当に時間を潰すかしてから、みずきといっしょに帰路につくのが、央霞のいつものパターンだった。
まだ新年度がはじまったばかりということもあり、生徒会が本格稼働するまでには、いますこしの猶予がある。
早めに帰れるということは、その分央霞とたくさんすごせるということで、みずきは上機嫌だった。
それでも、会えない時間が淋しさを募らせるものらしく、周囲に人がいなくなったとみるや、がばっと央霞に抱きついた。
「へへー」
子猫が甘えるような声を出しながら、みずきは央霞の胸に顔をうずめる。
「まったく……汗臭いからやめろと、いつもいってるだろう」
「央霞ちゃんの汗なら、ぜんぜん嫌じゃないもん。……はああ、すんすん。オウカミン補給~」
「なんだ、その謎物質は。そんなものを、私は体内で生成してるのか」
口では困ったように言いながら、央霞も嫌がる素振りは見せない。みずきの髪を、愛おしむように撫でる。
ふいに、みずきが顔をあげた。
「どうしたの、央霞ちゃん」
「うん?」
「考え事してたでしょ」
そう言って、さぐるように央霞の目を覗き込む。
「いや、なんだ……相変わらずきれいだな、と思って」
とたんに、みずきの顔が茹であがったように赤くなり、突きとばすようにして央霞から身を離した。
「も、もう! 央霞ちゃん、いつもいつも、そう言っとけばごまかせると思ってるでしょ!」
「そんなことは微塵も思っていないが」
「それならわたしも言わせてもらいますけど、きれいというなら、央霞ちゃんだってとっても美人よ?」
してやったりとい言いたげに鼻息を荒くするみずき。対して央霞は、困惑するように首をひねっただけだった。
「なんなんだろうな。このやりとりは」
「あ……あれ……? どうして央霞ちゃんは照れないの?」
「どうしてと言われても……私は自分を知っているからな。見てのとおりがさつで、たおやかさに欠ける」
「そこは否定しないけどっ」
「否定せんのか」
「でも、そこが央霞ちゃんの素敵なところだから! わたしは、央霞ちゃんは世界一きれいな女の子だと思ってるよ!」
そう必死に主張するみずきの姿に、央霞は口許をほころばせた。
しばらく、ふたりは並んで歩いていたが、ふと央霞が、何事か思案するように、あごに手をあてた。
「ん、また」
みずきは不満げに頬をふくらませる。
公の場ではつんと取り澄ましているのに、央霞とふたりだけのときは、ほんとうに表情がよく動く。
「すこし、不思議に思ったんだ。私はみずきを世界一きれいだと思っているのに、みずきは私のほうこそ世界一きれいだと言う」
「そんなの、美に絶対の基準なんて存在しないもの。でもいいの! わたしにとっては、わたしの基準が唯一にして絶対なんだから」
「そう、それだ」
央霞の立てた人差し指を、みずきは怪訝そうに見つめた。
「みずきにそう思わせているもの、私たちにそうさせているものとは、いったいなんだ?」
「央霞ちゃんは、ときどき変なことを考えるよね」
「お前ほどじゃないと思うが」
呆れる央霞の横で、う~ん、と唸りながら、みずきは視線を左右にさまよわせた。
「みずきは私よりずっと頭がいい。お前なら、なにかしらの答えを出せるんじゃないか?」
「そうねえ……たぶん、央霞ちゃんの言ってることって、“人はなぜ人を好きになるのか?”っていう問いに近いと思うのよ」
それはどういう意味か、と訊ねかけて、央霞は立ち止まる。
みずきも、緊張した面持ちで後退り、央霞の袖をにぎりしめた。
ちょうど、分厚い本とにらめっこしながら、カリンがやってくるところだった。
ふたりに気づくと、カリンは慌てて本を鞄にしまった。なにが入っているのか、その鞄もずいぶん重そうだ。
一瞬、央霞たちとのあいだに張りつめた空気が生まれる。しかし、いまは戦うべきではないと判断したのか、カリンはくるりと踵を返した。
「待て!」
「いっちゃだめ!」
みずきが、恐怖に駆られたように叫ぶ。
袖をつかむ手にも、央霞をいかせまいと、よりいっそうの力がこもる。
「お願い……いかないで」
カリンの姿はすでに消えている。央霞は、あとを追うのをあきらめ、みずきの肩に手を置いた。
「……そうだな。私をお前から引き離す作戦かもしれない」
カリンの走り去ったほうを見つめながら、央霞はぼりぼりと頭をかいた。
「……うん。それもあるけど……」
安堵と不安の入り混じった表情で、みずきは息をつく。
そのふたりに、背後から近づいてきた人物が声をかけた。
「桜ヶ丘、白峰。相変わらず仲がいいな」
「清兄《せいにい》」
「ここでは菊池先生だ。――また、背がのびたみたいだな」
視線を上にずらしながら、その男性教諭は言った。
セットが面倒という理由から短くしている髪に、すこし下がった優しげな目許。やせ型だが、ぎりぎりラフではない程度に着崩したスーツがよく似合っている。
彼は菊池清一郎。着任から二年目の新米教師である。
「いま通ったの、留学生の倉仁江だな。お前たち、知り合いなのか?」
「ええ。ちょっと」
一瞬、言葉を濁しておいてから、央霞はいたずらっぽい笑みを浮かべた。
「なんですか、菊池先生。かわいい留学生に、さっそく目をつけたってわけですか?」
「な、なに……」
「普段から女子にはモテモテですもんね。イケるとか思っちゃいましたか?」
「馬鹿言うな。モテモテってのは、お前やお前の兄貴みたいなのを言うんだ。仁京の奴なんか、モテてる自覚がないくせに愛想ばかりいいもんだから、勘違いした女子としょっちゅうトラブルになってただろうが」
昔を思い出してげっそりとなっている菊池に、央霞はくすくすと笑った。
「ああー。そのたびに先生が尻ぬぐいしてたんでしたっけ。遊びにきたとき、よく私に愚痴ってましたもんね」
「なのに、その妹がおなじことを繰り返したあげく、いわれのない罪で俺をなじるんだ……もう勘弁してくれ」
「ごまかそうったってダメですよ」
央霞がなおも菊池を責めようとする。するとそこへ、意外な方向から助け船が出された。
「菊池先生が彼女のことをご存じなのって、副担任をなさっているからですよね?」
「お、おお。その通りだ、白峰……けど、なんでそんなこと知ってるんだ?」
「生徒会長の当然の義務として、全校生徒二千百十八名、全員の顔と名前とプロフィールは把握していますから」
みずきはにっこりと笑った。
「以前もそんなこといってた気がするが、本当なのか、それ」
「信じるか信じないかは先生次第ですけど」
菊池が疑わしそうな目を向けたが、みずきの笑顔は微塵も崩れなかった。
「そういうことだから、央霞ちゃん」
「どういうことだ、みずき。今日に限って清兄の味方なんか――」
菊池いじりを邪魔された央霞は、不機嫌とまではいかないまでも、困惑しているようすだった。
「それはねえ……誰かさんが、誰かさんのことを、かわいいとか言うからよ」
「う……」
わずかに見ひらいたみずきの目が急速に冷え、央霞の口をつぐませた。
「ま……まあ、とにかくだ」
気まずい沈黙を、菊池が打破した。
「倉仁江なんだが、日本語はほとんど完璧だけど、習慣とか歴史とか、まだまだわからないことが多いそうなんだ。学年はちがうけど、気に懸けてやってくれるか?」
「ええ。もちろん」
淀みなくうなずいたみずきを、央霞は胡乱げな目つきで見やった。
「放課後は毎日、図書館で勉強してるみたいだぞ」
「図書館、ですか……」
央霞はもう一度、カリンの消えたほうを見やり、ふむ、とひとつ息をついた。
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