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異変
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「んー、今日はどの辺にいるのかなーっと」
次の日の朝、いつも通り外を眺めていると、ある違和感に気付いた。
デカぶつが、昨日より近づいている。しかも、急激に。
もちろん旧型のヤモちゃんは移動速度や移動距離もまばらだ。何十メートル進むこともあれば、数メートルしか進まないこともある。
僕もその変化には慣れていたはずなのに、それでも明らかな違いを感じられるほどに、今日の移動距離は異常だった。
それに加えて、なんだかヤモちゃんの調子が良くないような気がした。
「どうしたんだろう、なあ、ヤモちゃん」
壁に触れた僕の手は、その違和感を確信へと変えた。
そこにいたのは、シロアリだった。
家が樹木である以上、シロアリを含めた様々な虫が家を好むのは仕方がないことだったが、それでも家の中に虫が出るというのは中々見ない光景だった。
緑溢れるこの世界でも、虫などの小動物を受け付けない人は多くいた。
そういう人達の為にも、室内には基本的に彼らが嫌う成分が充満しており、よほどのことがない限りは本能的に避けるようにできているのだった。
ヤモちゃんも例外ではなくそうだったはずだ。
それなのに今、シロアリは壁を食い破って僕の目の前に姿を現している。
つまり、今ヤモちゃんはシロアリがそこまでしてでも好むほどの質感になってしまっているということだ。
シロアリはふかふかの木を好む、と言われている。
例えるなら、腐敗しきったような、触るだけでほろほろと崩れるような、そんな木に生息しているのだ。
僕は目視で確認できたシロアリを全員潰し、外に捨てた。
幸い、ここまで食い破ってきた連中は数匹程度のものだったらしい。
しかしここまで穴ができている以上、さらに奥に潜むシロアリたちは相当な数なのだろう。
室内にそのような物質を充満させ続けられるような樹木だ、その成分を生み出している樹木そのものには更に濃い成分で満ちているはずなのに、どうしてここまで傷んでしまったのだろう。
いや、樹全体が傷んだから、全ての機能が弱ってしまったのだろうか。
―――パタパタパタ
頭がこんがらがっている僕に、追い打ちをかけるような羽音が聞こえた。
扉を開けると、そこには帰巣本能をいじられて手紙を届けられるようになった鳥がいた。
彼の足下には、綺麗な紙に包まれた手紙と、木の枝が置かれていた。
僕が手紙を受け取ったことを確認すると、その鳥は何処かへ飛んでいった。
ビリビリと破き中を覗くと、そこには嫌に綺麗な言葉で文がしたためられていた。
その内容を、僕は信じられなかったし、信じたくなかった。
手紙に書かれていた概要はこうだ。
今、ヤモちゃんは病気になっており、それを治せるのはデカぶつの遺伝子しかないという。
最新のウイルスはそこらの技術者では解決できず、強い抗体を持っているデカぶつに力を借りるしかない、とのことだ。
力を借りるには、最終的にデカぶつにヤモちゃんが取り込まれなくてはならず、そうなるとヤモちゃんは文字通りあれの一部になってしまうという。
本来、家に何かしらの異常が起きた場合、頼るべきは家のお医者さん、と呼ばれる人達だった。
正式名称は居住型樹木専門技術者? といったかな。
その人達が取る方法は基本的に添え木のようなものだった。
病にかかった樹木に、病を治した樹木の一部を加える。そうすることでその病に対抗できる抗体を手に入れ、その病を自然に排除できる、といった寸法だ。
しかし問題は、「どうやって病を治した樹木を作り出すか」という点だ。
研究者らは、分析、遺伝子改変、育成という順序でその点を解決しているという。
まず未知のウイルスが見つかったらその樹木の一部を採取し、それを分析する。問題点が分かったら、その樹木の遺伝子を解析してそのウイルスに強いように書き換える。そうして生み出された遺伝子で新たな樹木を育成し、その樹木を「病に対しての抗体」として保存し、要請があったらその一部を送るのだそうだ。
そこら辺にいる家のお医者さんがすることは、その樹木が「どの病にかかっているか」の判断と、添え木の選定らしい。
この方法の問題点として、初めの症例が見つかってから解決までに一定時間かかることがあげられる。
その間にそれらの樹木は病に倒れることもあるのだとか。
そうならないのがデカぶつの強みだ、と手紙の送り主は豪語している。
デカぶつの治療方法は、先ほどのようなものとは大きく異なるという。
なんと、デカぶつは先ほどの行程を自然に起こしてしまおう、と考えているのだそうだ。
デカぶつは数え切れないほどの樹木が一体となって形を成している。
そのうちの一つが病にかかれば、それは枝分かれ式に全体に広がってゆく。
一見するとピンチに見えるこの状況こそ、彼らの作戦なのだ。
一言でいうなら、その作戦は「これだけ数がいるならその中の誰かが抗体を作り出してくれるでしょう」といった感じだろう。
わざと全体に病の情報を行き渡らせ、どれかの遺伝子がその病に対応して抗体を作るのを期待する。
そして抗体ができればその情報を全体に行き渡らせてデカぶつの治療を図る。
こんな運任せに見えるような作戦が上手くいくのは、やはりその遺伝子数が原因なのだそうだ。僕らが想像できないほどの数の樹木があのデカぶつの中にあるおかげで、物量でごり押すことができるのだろう。いまいち実感は湧かないけれど。
僕らにとって大事なのは、デカぶつに取り込まれれば、ヤモちゃんが病に倒れることがない、という点だった。
取り込まれた後はヤモちゃんはデカぶつの一部となるわけだから、腐敗や著しい機能の低下などからは守られるのだそうだ。
それもそのはずだろう。病にかかった途端に毎回あれの一部が腐り落ちていたらきりがない。一体となる、というのは言葉だけではなく、本当に全体で助け合って形を保っているのだろう。
一通り手紙を読み終えて、僕は天井を見上げた。
生きているとはいえ、この家に感情や意思などの意識があるのかはわからない。けれど僕は、あれに取り込まれた時点でヤモちゃんは死んでしまうような気がした。
同時に、記憶の中にいる僕の両親も、僕から離れて行ってしまうような気もした。
「でもさ、ヤモちゃんは元気になりたいよな。僕もヤモちゃんには元気でいて欲しいんだ。ヤモちゃんはどうしたい?」
室内には沈黙が広がった。
「でもさ、取り込まれて新しい部屋になるんなら、僕をそこに住まわしてくれたっていいよな。お金をくれるだけじゃなくってさ。僕はヤモちゃんと離れたくないだけなんだからさ」
そう、僕があの決断を渋ってしまう理由の最たるものが、それだった。
取り込まれた結果、ヤモちゃんの病気は治る。
同時に、ヤモちゃんはデカぶつの一部となって作り替えられ、デカぶつの新たな部屋になる。
当然、僕なんかがあの中に住めるはずもなく、僕は金だけ渡されて他のどこかに移り住まなくてはならない。
それが僕にとっては寂しすぎる事実だった。
次の日の朝、いつも通り外を眺めていると、ある違和感に気付いた。
デカぶつが、昨日より近づいている。しかも、急激に。
もちろん旧型のヤモちゃんは移動速度や移動距離もまばらだ。何十メートル進むこともあれば、数メートルしか進まないこともある。
僕もその変化には慣れていたはずなのに、それでも明らかな違いを感じられるほどに、今日の移動距離は異常だった。
それに加えて、なんだかヤモちゃんの調子が良くないような気がした。
「どうしたんだろう、なあ、ヤモちゃん」
壁に触れた僕の手は、その違和感を確信へと変えた。
そこにいたのは、シロアリだった。
家が樹木である以上、シロアリを含めた様々な虫が家を好むのは仕方がないことだったが、それでも家の中に虫が出るというのは中々見ない光景だった。
緑溢れるこの世界でも、虫などの小動物を受け付けない人は多くいた。
そういう人達の為にも、室内には基本的に彼らが嫌う成分が充満しており、よほどのことがない限りは本能的に避けるようにできているのだった。
ヤモちゃんも例外ではなくそうだったはずだ。
それなのに今、シロアリは壁を食い破って僕の目の前に姿を現している。
つまり、今ヤモちゃんはシロアリがそこまでしてでも好むほどの質感になってしまっているということだ。
シロアリはふかふかの木を好む、と言われている。
例えるなら、腐敗しきったような、触るだけでほろほろと崩れるような、そんな木に生息しているのだ。
僕は目視で確認できたシロアリを全員潰し、外に捨てた。
幸い、ここまで食い破ってきた連中は数匹程度のものだったらしい。
しかしここまで穴ができている以上、さらに奥に潜むシロアリたちは相当な数なのだろう。
室内にそのような物質を充満させ続けられるような樹木だ、その成分を生み出している樹木そのものには更に濃い成分で満ちているはずなのに、どうしてここまで傷んでしまったのだろう。
いや、樹全体が傷んだから、全ての機能が弱ってしまったのだろうか。
―――パタパタパタ
頭がこんがらがっている僕に、追い打ちをかけるような羽音が聞こえた。
扉を開けると、そこには帰巣本能をいじられて手紙を届けられるようになった鳥がいた。
彼の足下には、綺麗な紙に包まれた手紙と、木の枝が置かれていた。
僕が手紙を受け取ったことを確認すると、その鳥は何処かへ飛んでいった。
ビリビリと破き中を覗くと、そこには嫌に綺麗な言葉で文がしたためられていた。
その内容を、僕は信じられなかったし、信じたくなかった。
手紙に書かれていた概要はこうだ。
今、ヤモちゃんは病気になっており、それを治せるのはデカぶつの遺伝子しかないという。
最新のウイルスはそこらの技術者では解決できず、強い抗体を持っているデカぶつに力を借りるしかない、とのことだ。
力を借りるには、最終的にデカぶつにヤモちゃんが取り込まれなくてはならず、そうなるとヤモちゃんは文字通りあれの一部になってしまうという。
本来、家に何かしらの異常が起きた場合、頼るべきは家のお医者さん、と呼ばれる人達だった。
正式名称は居住型樹木専門技術者? といったかな。
その人達が取る方法は基本的に添え木のようなものだった。
病にかかった樹木に、病を治した樹木の一部を加える。そうすることでその病に対抗できる抗体を手に入れ、その病を自然に排除できる、といった寸法だ。
しかし問題は、「どうやって病を治した樹木を作り出すか」という点だ。
研究者らは、分析、遺伝子改変、育成という順序でその点を解決しているという。
まず未知のウイルスが見つかったらその樹木の一部を採取し、それを分析する。問題点が分かったら、その樹木の遺伝子を解析してそのウイルスに強いように書き換える。そうして生み出された遺伝子で新たな樹木を育成し、その樹木を「病に対しての抗体」として保存し、要請があったらその一部を送るのだそうだ。
そこら辺にいる家のお医者さんがすることは、その樹木が「どの病にかかっているか」の判断と、添え木の選定らしい。
この方法の問題点として、初めの症例が見つかってから解決までに一定時間かかることがあげられる。
その間にそれらの樹木は病に倒れることもあるのだとか。
そうならないのがデカぶつの強みだ、と手紙の送り主は豪語している。
デカぶつの治療方法は、先ほどのようなものとは大きく異なるという。
なんと、デカぶつは先ほどの行程を自然に起こしてしまおう、と考えているのだそうだ。
デカぶつは数え切れないほどの樹木が一体となって形を成している。
そのうちの一つが病にかかれば、それは枝分かれ式に全体に広がってゆく。
一見するとピンチに見えるこの状況こそ、彼らの作戦なのだ。
一言でいうなら、その作戦は「これだけ数がいるならその中の誰かが抗体を作り出してくれるでしょう」といった感じだろう。
わざと全体に病の情報を行き渡らせ、どれかの遺伝子がその病に対応して抗体を作るのを期待する。
そして抗体ができればその情報を全体に行き渡らせてデカぶつの治療を図る。
こんな運任せに見えるような作戦が上手くいくのは、やはりその遺伝子数が原因なのだそうだ。僕らが想像できないほどの数の樹木があのデカぶつの中にあるおかげで、物量でごり押すことができるのだろう。いまいち実感は湧かないけれど。
僕らにとって大事なのは、デカぶつに取り込まれれば、ヤモちゃんが病に倒れることがない、という点だった。
取り込まれた後はヤモちゃんはデカぶつの一部となるわけだから、腐敗や著しい機能の低下などからは守られるのだそうだ。
それもそのはずだろう。病にかかった途端に毎回あれの一部が腐り落ちていたらきりがない。一体となる、というのは言葉だけではなく、本当に全体で助け合って形を保っているのだろう。
一通り手紙を読み終えて、僕は天井を見上げた。
生きているとはいえ、この家に感情や意思などの意識があるのかはわからない。けれど僕は、あれに取り込まれた時点でヤモちゃんは死んでしまうような気がした。
同時に、記憶の中にいる僕の両親も、僕から離れて行ってしまうような気もした。
「でもさ、ヤモちゃんは元気になりたいよな。僕もヤモちゃんには元気でいて欲しいんだ。ヤモちゃんはどうしたい?」
室内には沈黙が広がった。
「でもさ、取り込まれて新しい部屋になるんなら、僕をそこに住まわしてくれたっていいよな。お金をくれるだけじゃなくってさ。僕はヤモちゃんと離れたくないだけなんだからさ」
そう、僕があの決断を渋ってしまう理由の最たるものが、それだった。
取り込まれた結果、ヤモちゃんの病気は治る。
同時に、ヤモちゃんはデカぶつの一部となって作り替えられ、デカぶつの新たな部屋になる。
当然、僕なんかがあの中に住めるはずもなく、僕は金だけ渡されて他のどこかに移り住まなくてはならない。
それが僕にとっては寂しすぎる事実だった。
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