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二人なら作れる

怨嗟の鬼の向かう先

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 モーニングを食べている最中も、揚羽は文学賞のことしか考えられていない様子だった。その様子がなんだか面白くて、俺はからかいたくなってしまう。







 「なあ、揚羽が前俺になんでそんな貯蓄があるのか聞いてきたよな。でも今ほとんどのお金を割り勘してくれてるじゃんか。俺こそなんでただの中学生がそんな金持ってるのか気になるんだけど」そう聞くと揚羽は眉にしわを寄せながら答える。







 「んーまぁ確かに異質ではありますよね。実を言うと僕の親族が少し前に死んでて、残った保険金とかを少し僕が持ってたんです。こっちに来るときに都合良くその金額分は持ってこれた感じですかね、どちらにせよ何で持ってこれてるかは僕にもよく分かりませんけど」



 「お、おうなるほどな。変なこと聞いて悪かった」







揚羽の思いもよらぬ告白にたじろいでいる俺を見て、揚羽も「別に気にしないでください。それよりもよくそんなに冷静でいられますね」とぶっきらぼうにいいながら、目の前のバナナジュースをぐいっと吸い込んだ。彼の身にそんなことが起きていたとは。しかしそれではまるで、ましろのようではないか。あれほどましろの設定を揚羽が思い描けたのは、もしやそういうことなのだろうか。







 「そんなことより帰りましょ、有栖川さん。もうそろそろですよ、大賞の発表」







考えを妨げられるように揚羽がすくっと立ち上がる。俺もそれに続くが、何か引っかかる。まあいいか、今は大賞のことの方が気になるし。







 家に帰った瞬間、二人は前回の発表と同様の準備を進めた。直近で賞から外れていたのとすぐ後に最後の大賞発表があったからか、今回は二人とも心に余裕があるように思える。揚羽も文学賞のページを開きながら、一杯、また一杯と水をごくごく飲んでいる。―――なんかさっきからずっと飲み続けてないか。あれ、もしかして前回より緊張してる?







 準備できました、と揚羽がパソコンを二人が見える位置に持ってくる。とうとう二つ目の大賞発表が始まる。今回と前回で違うことといえば、俺と揚羽の熱意くらいだろうか。さっきから俺が何を話しかけても、えぇそうですね、とかなるほど、とかしか返事が返ってこず、目はずっと時計とにらめっこしている。お化け屋敷に入ったときに友達が自分より怖がっていると、なんだか怖いものが苦手なはずの自分の恐怖が薄れてしまう、みたいなものだろうか。今の俺はそこまで緊張している訳ではなかった。本当に今まで通り、といった感じだ。















 そういうわけで、俺は一度深呼吸を挟んだら、すぐに発表画面に移った。隣で揚羽が「ちょ、ためらいがなさすぎませんか」とあたふたしていたが、そんなこと言っていたら一生結果がみられやしない。俺は前の揚羽のように開いた途端にページを下に送った。







 俺の裾をつかみながら画面を注視している揚羽とともに、受賞者欄をなめるように見ていく。ちがう、ちがう、ちがう。ざっと見たが今回もダメだったようだ。俺は今まで通り、あまり感情が動いていなかったが、これからいくつも文学賞に応募するにおいては、こんな感じのメンタルの方が良いのかもしれない。とっとと画面から目を離していた俺はしらみつぶしに名前を探しているのだろう揚羽に「なあ、気分転換に温泉にでも行かないか」と提案してみる。







 「やばいです、やばいですよこれは」







俺の言葉が耳に届いてなさそうな揚羽が何かブツブツつぶやいている。







 「どうした、俺の名前が最優秀賞の欄にでも見えたか?そんなまさか―――」







ホラーの演出のようにゆっくりと俺の方をふり返り、これまたゆっくりと首を縦に振る。







 「おいおい、それが冗談だったら今すぐ家から追い出すぞ」



 「追い出されるのは困りますけどそんなことはどうでもよくて、有栖川さんも見てくださいよ。僕今自分の目が信用できないんです」







怖いものに近づくかのようにへっぴり腰で揚羽の横に移る。そこにはそのページ内で一番大きな文字で書かれた”最優秀賞「怨嗟の鬼」有栖川照也”の文字があった。ありきたりな方法ではあるけれど、頬をつねってみたり目をこれでもかとこすってみたりもした。しかしパソコンに浮かぶ文字は少しもブレない。







 その後の俺たちを一言で表すなら、狂乱だったと思う。二人で隣の部屋のことも考えずに叫んだかと思えば、手をブンブン振り回したりジャンプしてみたりと思いついたことを全部している状態だった。一通り動き回って疲れたら、二人でまた発表画面を見てはまたテンションがおかしくなる―――のループを繰り返し、それを超えたら二人とも天井を見上げるように大の字になって倒れ込んでいた。







 止まって考えてみると、俺たちはとんでもないことをしてしまったと自覚する。しかもこの文学賞もとても大きなもので、映画とかになっている作品や、何万部と売り上げている作品を生み出したものでもあったのだ。これからの人生、どうなってしまうのだろう。正直俺は、作家として生きていくことは諦めていた。そうして夢を諦め、興味の無い分野でお金を稼ぎながら生命活動を維持していくのだと。それもこれも、俺の日常に未来から大きすぎるほどの刺激を与えにきてくれた揚羽のおかげかもしれない。思えば彼は、未来での憧れの人物、というだけでここまで尽くしてくれたんだ。彼にとって俺がどれほどの存在だったのかは分からないにしても、こんなことは中々できることではない。隣で瞳孔をかっぴらきながら横たわっている彼に、いつか恩返しをしなくてはならないな。
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