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未来

最強タッグ、再臨

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 揚羽が自首して逮捕された、というニュースは瞬く間に広まり、彼は”文学賞の盛り上がりを利用し、反政府勢力を手のひらで操った、小さく哀しい恐ろしい犯罪者”として取り上げられることとなった。―――なんか要素が盛りだくさん過ぎるのではないか、とも思ったけど、どれも言い得て妙な感じがして少し笑ってしまった。







 彼の懲役は二年、ということになった。編集長が用意してくれた弁護士いわく、なんならもっと少ない刑期にもすることができたかもしれない、とのことだったが、きっと揚羽がそのままにして欲しいと申し出たんだろうな。なんだか彼らしいといえば彼らしい。







 まずい、俺はあいつが帰ってくる前にすごい作品を創っておかなくてはいけないんだった。こんな日々のニュースをだらだらと見ている暇はないぞ。そうこうしていると、今や見慣れた連絡先から連絡が入った。







 「有栖川先生、おはようございます」



 「―――竜胆さん、もう昼の三時ですよ。僕がこの電話で起きた前提の挨拶止めてください」



 「あら、違いましたか。経験上、その可能性の方が高いと思いまして。で、何時に起きたんですか、今日は」



 「昼の一時ですけど―――」



 「ほぼ変わらないし、おはようございますで合ってるじゃないですか」







こういうのはいつも、ははは、と笑ってごまかす。こんな感じのとりとめもない会話も、担当編集さんの仕事だそうだ。大変な仕事だなとつくづく思う。







 「あ、そういえば新作の提案をしたいんでした」



 「これまた唐突ですね。どんな内容なんですか」竜胆さんは少し身を乗り出して話に乗ってきてくれた。



 「未来人が日常をぶっ壊していくお話です。斬新で、しかも政府に目を付けられる事もない。面白いでしょう」



 「何を言い出すかと思ったら―――」



 「―――ダメですか」



 「―――今度原稿をお持ちください」



 「お―――?」俺は思っても見ない反応に戸惑う。



 「話はそれからです」



 「すぐに書きます、はい!」







二つ返事で俺は執筆に励む。実際の出来事などを含ませれば、それだけで少し解像度が高くなる。揚羽に教えてもらったことだ。大丈夫、俺には揚羽と一緒に過ごした時間がある。二人で常に相談しながら”怨嗟の鬼”を創りあげ、その結果大作ができたという自信がある。書きながら揚羽に言われたことを思い出しながら、書いてみよう。彼に好きだと行って貰えた俺の表現力も、余すことなく出し切って。















 ある日、俺はあのカフェで絶賛行き詰まっていた。やっぱり話の作り込みが課題だな―――。勿論書き始める段階で設定や世界観は時間をかけて作ってはいるものの、書きながらどんどん頭の中で曖昧になってしまうような気がする。揚羽がいたら







 「そこの設定、もう一度作り込んだ方が良いかもしれませんよ」







とか言ってくれるんだろうな。いや、はもう揚羽がいなくなってから割と長いんだから、そういうのは自分で気付かなくてはいけないんだっての。だけど今回は頭の中の揚羽がアドバイスしてくれたから助かった。もう一回設定を見直してみるか―――。







 「ちょっと、何無視してくれてるんですか。なんとか言ったらどうですか。僕らしい良いアドバイスだと思うんですけどね」







なんだ、今日に至っては俺の中の揚羽の主張が激しいな。いや、揚羽にしてはなんだか若干声が低いような気がする。わかったよ、ありがとうありがとう―――。そう頭で唱えていると、俺の目の前を手が行ったり来たりして視界を妨げている。少し目を上げるとそこには謎の美少年がいた。なんだか懐かしい感じがするが―――。







 「でもまさか、未来人をモチーフにした話でまた大賞を獲ってくるとは―――なんだか複雑な気持ちですよ、こちらとしては」



 「まさか―――揚羽か!」



 「えぇ、そうですけど―――そんなに変わりました?僕」



 「変わってるどころの騒ぎじゃないだろ、全然違うよ―――身長も顔も声も何もかも違うじゃないか」



 「丁度成長期を牢屋の中で迎えちゃったんですかね、僕は毎日自分の顔しか見てなかったんで気付かなかったです」







将来イケメンになる、という俺の予想は大きく当たっていた。しかも俺とそこまで身長も変わらなくなって―――なんだろう、少し悲しくなってきた。







 「とりあえず、おかえり、揚羽」



 「ただいま戻りました、有栖川さん」







そうして俺たちはまたいつも通り、小説の執筆に取り組んだ。隣にいる少年は姿がまるで変わっているはずだったのに、すぐにあの頃に戻れた気がした。そう、二人で魂を削り合った、あの日々に。
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