ようこそ、喫茶店『小道』へ ~AIにすら見放された”無風小説”は、テンプレ暴風域で“無風地帯”となるか~

はっち

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二頁目「とある昼下がりにて」

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 からんからん――

 扉が開くたび、リンが声で鈴を鳴らしてみせる。
 帝都で見た、喫茶店の扉に付いた銀の鈴が、よほど気に入ったらしい。

「リン、扉が開くたびにそれやるのやめようか?」

「おや、見ない、顔、だ」

 カウンターによじ登るようにして、戻ってきたユウの顔を覗き込んだ。

「いや、毎日みてますよね?」

「うん」

 そこは素直に頷くのか、とユウは小さく笑った。

 今のリンの台詞も帝都で寄ってきた酒場の女将の言葉だ。

 帝都には顔なじみが結構いる。

 というかユウの知り合いから知らない人まで、勇者としての名はすっかり知られていて、どこへ行っても歓迎される。
 知名度のなせるわざか、とユウは思っている。
 けれど、本当のところは……

 彼女の無自覚なとびきり笑顔は、どこへいってもその威力を発揮してきたのだ──

 *

  「はい、みているこっちまで幸せな気持ちになりますね、彼女の笑顔は」

   そう証言するのは、少し前まで悪徳高利貸しと言われていた消費者金融の代表である。
   かつては、勇者とはいえ小娘、物入りだろうし、リターンも望める。最悪、身売りさせてしまっても十分に元が取れると打算的に近づいたのだが、今ではすっかり彼女の笑顔の虜であった。

   勇者笑顔、とか、ユウスマイルとかいって、若者たちの間で熱狂的に支持されていたりするのだが、ユウ本人はそんなことは露知らず、いつものように笑顔を振りまいていた。 

「彼女のとびきり笑顔、ええと、ユウスマイルっていうんでしたっけ?それもいいですけど、隣国国王の祝賀会の時の困ったような笑顔も素敵でしたよ」

   運送業を営む中年の男の証言だ。

   その祝賀会のパレードにユウは招待され、国王の隣で一緒に手を振っていた。沿道につめかけた人の多くはユウスマイルを見に来ていたのだが、

  「わし、こんなにも支持されてる!」

   と、勘違いした国王が柄にも無くはしゃいでユウとかぶった事に顰蹙を買っていたことを、国王もユウも知らない。

   ユウにしてみれば、

  「ここの国王様は民の信望が厚いのですね」

   とすら思っていた。
   結果的に、そのすれ違いが不幸な事件を産んでしまうのだが、それはまた別の話だ。

 *

 リンは、帝都で見るすべてのものが物珍しくて、あれはなんだ、これはなんだと目に付くもの全てをユウに聞いていた。

 きらびやかなブティックのショーウィンドウに目を丸くし、
 沢山の食材が並べられた市場ではしゃぎながらも、食材の吟味に余念が無い。

 初めて入った喫茶店では、扉が開くたびに鳴る鈴の音に何度も反応して、出された甘味に舌鼓を打てば、滅多に見れない笑顔になっていた。

 酒場では女将に、見ない顔だね、とにんまりとした笑顔を向けられ、その台詞をしばらく何度も復唱していた。


 ユウもついつい笑ってしまう。

 その度にちょっとむっとするリンだったが、すぐに目新しい物に興味が移っていく。

 馬車の手配にいけば、厩にずらりとならんだ馬に興奮してもいた。

 目まぐるしく表情が変わるリンは、ユウにしても珍しくて、またそのうちリンを連れてこようとさえ思わせた。

 けれど――

 道行くユウとリンの姿に帝都の人々がぎょっとして、次の瞬間に脱力した笑みを浮かべる――
 それが、ユウと一緒に歩くリンの見慣れた光景になっていた。

 小さな角と赤い瞳。
 それでも、リンの顔立ちは驚くほど整っていて、
 人間であれば美少女と言われるに違いない。

 ユウがその子を連れている理由を、
 誰も深く聞こうとはしなかった。
 問いかけようとするたびに、
 彼女の笑顔がふわりと押し返してしまうから。

 けれど、ユウを知る誰もが思っていた。その子供は一体何なのか。なぜその子供を連れているのか。その子供は――

「子供じゃないよ!」

 誰に向けたのか定かではない、リンの叫びが青空に響き渡った。

 *

 喫茶店『小道』は、今日もいつも通りの静けさだった。

 ユウは帝都で買った本を片手に、コーヒーの香りに沈む。
 隣ではリンが絵本を睨みつけ、ペンを握っている。

 リンは、言葉を覚えるのは早かったけれど、
 字だけはまだ苦手で、
 書き取りをしては、すぐに額にしわを寄せていた。

 時折、ユウにたずねたりしながら、書き進めていく。

 神妙な顔をして本を読んでいるユウだったが、リンの問いかけには顔をぱっと明るくして答える。
 理解した時の顔があたら可愛くて、リンの頭を撫でるのだが、その手を軽く払いのけられてしまう。
 そしてその度にユウはしょんぼりした顔をして読書に戻る。

 陽はまだ高くて、そよ風に木々がかすかにゆれていた。

 ユウはふと席を立って、窓を開けた。
 ついでに扉も開くと、風が青く優しい香りを運んでくれる。

「いい風……」

 肩より少し長いくらいの黒髪が揺れ、リンの長い髪も静かに揺らしていた。

 彼女は、それを気にも留めずに、書き取りに集中している。


 見上げると、青の隙間に白い塊が、その尻尾を伸ばす様に静かに流れていく。

 柔らかい光が、その白を、空のキャンバスにくっきりと浮かび上がらせる。

 遠くで、木々が揺れた―― 

 ふと、ユウは店内の二人がけのテーブルを外に運び出し、続いて椅子を、ついでにリンを席ごと抱えて、新しく設えた席へと移動した。

「いそがしい」

 腕の中で、仏頂面を浮かべるリンを座らせて、ユウはその向かいに腰を下ろす。

 リンは絵本を見ながら字の練習を続け、
 ユウは指を組んで頬をのせ、
 その様子をただ嬉しそうに眺めている。

 小さな横顔。真剣な瞳。
 時折、くすぐったそうに視線を上げては、
 また紙の上に戻っていく。


 いつもとちょっと違うけれど、ゆっくりと過ぎていく時間は、いつもと同じ。

 目の前にいる小さな子はいつもユウを驚かせてくれる、笑顔にさせてくれる。

 ユウの胸にあたたかいものが灯って、その光は、真剣な瞳をいつまでも優しく、見守っていた。


  ――ここは喫茶店『小道』


  あたたかい笑顔が見守る素敵なお店。  


  おすすめはコーヒー。ほんの少しだけ違う“今日”を添えて――
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