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笑顔の勇者と魔族の娘
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からんからん……
「リン、扉が開くたびにそれやるのやめようか?」
扉が開くのにあわせて、リンは声で「からんからん」という。
帝都で見てきた喫茶店の扉に据え付けられた鈴の音が、いたく気に入ったようだった。
「おや、見ない、顔、だ」
カウンターによじ登って、入ってきたユウの顔を見ながらリンが言う。
「いや、見飽きるくらい毎日みてますよね?」
「うん」
あ、そこはうなずくんだ? と思ったが口には出さないユウ。
今のリンの台詞も帝都で寄ってきた酒場の女将の言葉だ。
帝都には顔なじみが結構いる。
というか知ってる人から知らない人まで、ユウの事は知れ渡っているから、どこへいっても、まぁ、いい顔はされる。
知名度のなせるわざか、とユウは思っているが、実際のところは違う。
彼女のとびきり笑顔は、どこへいっても歓迎されるのだ。
「はい、みているこっちまで幸せな気持ちになりますね、彼女の笑顔は」
そう証言するのは、少し前まで悪徳高利貸しと言われていた消費者金融の代表である。
かつては、勇者とはいえ小娘、物入りだろうし、リターンも望める。最悪、身売りさせてしまっても十分に元が取れると打算的に近づいたのだが、今ではすっかり彼女の笑顔の虜であった。
勇者笑顔、とか、ユウスマイルとかいって、若者たちの間で熱狂的に支持されていたりするのだが、ユウ本人はそんなことは露知らずいつものように笑顔を振りまいている。
「彼女のとびきり笑顔、ええと、ユウスマイルっていうんでしたっけ?それもいいですけど、隣国国王の祝賀会の時の困ったような笑顔も素敵でしたよ」
運送業を営む中年の男の証言だ。
その祝賀会のパレードにユウは招待され、国王の隣で一緒に手を振っていた。沿道につめかけた人の多くはユウスマイルを見に来ていたのだが、
「わし、こんなにも支持されてる!」
と、勘違いした国王が柄にも無くはしゃいでユウとかぶった事に顰蹙を買っていたことを、国王もユウも知らない。
むしろユウにしてみれば、
「ここの国王様は民の信望が厚いのですねぇ」
とすら思っていた。
結果的に、国王は不信を育て、クーデターが起こってしまうのだが、それはまた別の話だ。
リンは、帝都で見るすべてのものが物珍しくて、あれはなんだ、これはなんだと目に付くもの全てをユウに聞いていた。
きらびやかなブティックのショーウィンドウに目を丸くし、沢山の食材が並べられた市場ではしゃぎながらも食材の吟味に余念が無い。
初めて入った喫茶店では、扉が開くたびに鳴る鈴の音に何度も反応して、出された甘味に舌鼓を打てば、滅多に見れない笑顔になっていた。
酒場では女将に、見ない顔だね、とにんまりとした笑顔を向けられ、その台詞をしばらく何度も復唱していた。
ユウもついつい笑ってしまう。
その度にちょっとむっとするリンだったが、すぐに目新しい物に興味が移っていく。
馬車の手配にいけば、厩にずらりとならんだ馬に興奮してもいた。
目まぐるしく表情が変わるリンは、ユウにしても珍しくて、またそのうちリンを連れてこようとさえ思わせた。
けれど――
道行くユウとリンの姿に帝都の人々は一瞬ぎょっとして、次の瞬間にはにへらっとだらしない笑みをうかべて去っていく。
言うまでも無いだろうが、子供とはいえ、魔族と認識されているオーガ族の子供にぎょっとして、次の瞬間にはユウスマイルで撃退されてしまうのだ。
リンの見た目は、目の色と角を除けばほぼ人間に近い。
むしろ美少女といえるくらいの器量のよさがある、整った顔立ちだった。
しかし、小さいとはいえ額の二本の角と、人間には発現しない赤い目は特徴的で、いくら人間に近い美少女とはいえ、一目でそれとわかってしまう。
それにしても、何故勇者たるユウがオーガの子供をつれているのか、二人の姿を見たものは疑問を覚えた。
ユウの知り合いの中には聞いてきたものもいたが、笑顔でごまかされてしまう。あまり追求するのも憚れるし、何よりあの笑顔には勝てない。
結局誰一人真相を知ることも無く、ユウとリンは帝都をあとにしていった。
「子供じゃないよ!」
さて、喫茶店『小道』だが、当然のことながら、周知もされていないし、誰に連絡したわけでもないのだからお客が来る、なんてことは滅多にない。
近くの集落の人や街道を通る人はこの家がある事を知っていたのだが、いつのまにか喫茶店になっているとは思わないし、看板にも気付かず通り過ぎてしまう人も少なくない。
一時期、オーガの親子が住み着いているという噂さえ立ったこともある。
恐らく外で作業していたリンの姿をみて、恐怖でユウの姿までそう見えてしまったのだろう。
その噂に冒険者の一パーティが派遣されてきたこともあった。
どうにか誤解をといたというか、所謂ユウスマイルで追い返されたというか、とにかく冒険者達は勇者とオーガの子供の組み合わせに釈然としないものを覚えながら帰ったらしい。
その報告を受けた冒険者ギルドのマスターが様子を見に来たこともあった。
ユウは見知った顔の訪問を喜んだが、コーヒーの一杯も飲まずに帰ってしまったので、残念そうにしていた。
そんなこんなで今日も閑古鳥が鳴いている、喫茶店『小道』
ユウは別段そんな事を気にする風でもなく、カウンター席に座って先日帝都で手に入れた本をコーヒー片手に読んでいた。
その隣では、リンが絵本をにらみながらペンを片手に何事か書き付けていた。
時折、ユウにたずねたりしながら、書き進めていく。
神妙な顔をして本を読んでいるユウだったが、リンの問いかけには顔をぱっと明るくして、笑顔で応えていた。その度にリンの頭を撫でるのだが、よほど書き物に集中しているのか、ユウのその手を軽く払いのけてしまう。そしてその度にがっかりした顔をして読書に戻るユウであった。
陽はまだ高くて、そよ風に木々がかすかにゆれている。
それに気付いたユウは本を閉じると、窓を開けて、さらに玄関の扉まで開け放した。
「いい風……」
肩より少し長いくらいの黒髪が、そよ風に揺れる。
背中を覆うほどのリンの髪も風にゆれていたが、それにも目もくれずリンは目の前の絵本と紙にむかっていた。
玄関から見える空は、青くて、雲がところどころに見える。
地上のそよ風と違って、上空では風が強いのだろうか?
雲が形を変えながらゆっくりと流れていく。
ふと思いついて、ユウは店内にあった二人がけのテーブルを持って外に出た。
続いて椅子を二つ、最後にリンを持って外に設置したテーブルに向かう。
「いそがしい」
小脇に抱えられたリンは絵本と紙を握り締めて仏頂面でされるがままになっていた。
突き出した屋根の下に設置されたテーブルと椅子にリンを座らせて、ユウはその真正面に座る。
ほどなく作業を再開したリンの姿を目の前から、両手を組んでそこに顎を乗せたユウがニコニコとしながら見守っていた。
時折優しい風が吹いて、二人の髪を揺らす。
視線が気になるのか、リンは時々ちらっとユウを見ては作業にもどる。
リンは絵本を参考に字の書き取りをしているところだった。
人語を解せるし、話もできるが、字は読めなかったし、書けなかったのだ。
最初はユウが本を読んでくれていたが、自分で読みたいと、自尊心からかそれとも向上心からなのか、それはわからなかったが、リンがそう告げてきたので練習させることにしたのだ。
それが思いのほか楽しいらしくて、放って置くとずっと練習している。
そのうち、ユウにもわからない難しい単語を持ち出してあわてさせるのだが、それはまだ先の話だ。
流れていく雲、柔らかな日差し、時々木々が騒ぐ。
草原を駆ける風が、二人の髪を揺らす。
いつもとちょっと違うけれど、ゆっくりと過ぎていく時間は、いつもと同じ。
目の前にいる小さな子はいつでもユウをびっくりさせてくれる、笑顔にさせてくれる。
そんなとびきりの笑顔は、真剣な眼差しの小さな子をいつまでも優しく、見守っているのだった。
「リン、扉が開くたびにそれやるのやめようか?」
扉が開くのにあわせて、リンは声で「からんからん」という。
帝都で見てきた喫茶店の扉に据え付けられた鈴の音が、いたく気に入ったようだった。
「おや、見ない、顔、だ」
カウンターによじ登って、入ってきたユウの顔を見ながらリンが言う。
「いや、見飽きるくらい毎日みてますよね?」
「うん」
あ、そこはうなずくんだ? と思ったが口には出さないユウ。
今のリンの台詞も帝都で寄ってきた酒場の女将の言葉だ。
帝都には顔なじみが結構いる。
というか知ってる人から知らない人まで、ユウの事は知れ渡っているから、どこへいっても、まぁ、いい顔はされる。
知名度のなせるわざか、とユウは思っているが、実際のところは違う。
彼女のとびきり笑顔は、どこへいっても歓迎されるのだ。
「はい、みているこっちまで幸せな気持ちになりますね、彼女の笑顔は」
そう証言するのは、少し前まで悪徳高利貸しと言われていた消費者金融の代表である。
かつては、勇者とはいえ小娘、物入りだろうし、リターンも望める。最悪、身売りさせてしまっても十分に元が取れると打算的に近づいたのだが、今ではすっかり彼女の笑顔の虜であった。
勇者笑顔、とか、ユウスマイルとかいって、若者たちの間で熱狂的に支持されていたりするのだが、ユウ本人はそんなことは露知らずいつものように笑顔を振りまいている。
「彼女のとびきり笑顔、ええと、ユウスマイルっていうんでしたっけ?それもいいですけど、隣国国王の祝賀会の時の困ったような笑顔も素敵でしたよ」
運送業を営む中年の男の証言だ。
その祝賀会のパレードにユウは招待され、国王の隣で一緒に手を振っていた。沿道につめかけた人の多くはユウスマイルを見に来ていたのだが、
「わし、こんなにも支持されてる!」
と、勘違いした国王が柄にも無くはしゃいでユウとかぶった事に顰蹙を買っていたことを、国王もユウも知らない。
むしろユウにしてみれば、
「ここの国王様は民の信望が厚いのですねぇ」
とすら思っていた。
結果的に、国王は不信を育て、クーデターが起こってしまうのだが、それはまた別の話だ。
リンは、帝都で見るすべてのものが物珍しくて、あれはなんだ、これはなんだと目に付くもの全てをユウに聞いていた。
きらびやかなブティックのショーウィンドウに目を丸くし、沢山の食材が並べられた市場ではしゃぎながらも食材の吟味に余念が無い。
初めて入った喫茶店では、扉が開くたびに鳴る鈴の音に何度も反応して、出された甘味に舌鼓を打てば、滅多に見れない笑顔になっていた。
酒場では女将に、見ない顔だね、とにんまりとした笑顔を向けられ、その台詞をしばらく何度も復唱していた。
ユウもついつい笑ってしまう。
その度にちょっとむっとするリンだったが、すぐに目新しい物に興味が移っていく。
馬車の手配にいけば、厩にずらりとならんだ馬に興奮してもいた。
目まぐるしく表情が変わるリンは、ユウにしても珍しくて、またそのうちリンを連れてこようとさえ思わせた。
けれど――
道行くユウとリンの姿に帝都の人々は一瞬ぎょっとして、次の瞬間にはにへらっとだらしない笑みをうかべて去っていく。
言うまでも無いだろうが、子供とはいえ、魔族と認識されているオーガ族の子供にぎょっとして、次の瞬間にはユウスマイルで撃退されてしまうのだ。
リンの見た目は、目の色と角を除けばほぼ人間に近い。
むしろ美少女といえるくらいの器量のよさがある、整った顔立ちだった。
しかし、小さいとはいえ額の二本の角と、人間には発現しない赤い目は特徴的で、いくら人間に近い美少女とはいえ、一目でそれとわかってしまう。
それにしても、何故勇者たるユウがオーガの子供をつれているのか、二人の姿を見たものは疑問を覚えた。
ユウの知り合いの中には聞いてきたものもいたが、笑顔でごまかされてしまう。あまり追求するのも憚れるし、何よりあの笑顔には勝てない。
結局誰一人真相を知ることも無く、ユウとリンは帝都をあとにしていった。
「子供じゃないよ!」
さて、喫茶店『小道』だが、当然のことながら、周知もされていないし、誰に連絡したわけでもないのだからお客が来る、なんてことは滅多にない。
近くの集落の人や街道を通る人はこの家がある事を知っていたのだが、いつのまにか喫茶店になっているとは思わないし、看板にも気付かず通り過ぎてしまう人も少なくない。
一時期、オーガの親子が住み着いているという噂さえ立ったこともある。
恐らく外で作業していたリンの姿をみて、恐怖でユウの姿までそう見えてしまったのだろう。
その噂に冒険者の一パーティが派遣されてきたこともあった。
どうにか誤解をといたというか、所謂ユウスマイルで追い返されたというか、とにかく冒険者達は勇者とオーガの子供の組み合わせに釈然としないものを覚えながら帰ったらしい。
その報告を受けた冒険者ギルドのマスターが様子を見に来たこともあった。
ユウは見知った顔の訪問を喜んだが、コーヒーの一杯も飲まずに帰ってしまったので、残念そうにしていた。
そんなこんなで今日も閑古鳥が鳴いている、喫茶店『小道』
ユウは別段そんな事を気にする風でもなく、カウンター席に座って先日帝都で手に入れた本をコーヒー片手に読んでいた。
その隣では、リンが絵本をにらみながらペンを片手に何事か書き付けていた。
時折、ユウにたずねたりしながら、書き進めていく。
神妙な顔をして本を読んでいるユウだったが、リンの問いかけには顔をぱっと明るくして、笑顔で応えていた。その度にリンの頭を撫でるのだが、よほど書き物に集中しているのか、ユウのその手を軽く払いのけてしまう。そしてその度にがっかりした顔をして読書に戻るユウであった。
陽はまだ高くて、そよ風に木々がかすかにゆれている。
それに気付いたユウは本を閉じると、窓を開けて、さらに玄関の扉まで開け放した。
「いい風……」
肩より少し長いくらいの黒髪が、そよ風に揺れる。
背中を覆うほどのリンの髪も風にゆれていたが、それにも目もくれずリンは目の前の絵本と紙にむかっていた。
玄関から見える空は、青くて、雲がところどころに見える。
地上のそよ風と違って、上空では風が強いのだろうか?
雲が形を変えながらゆっくりと流れていく。
ふと思いついて、ユウは店内にあった二人がけのテーブルを持って外に出た。
続いて椅子を二つ、最後にリンを持って外に設置したテーブルに向かう。
「いそがしい」
小脇に抱えられたリンは絵本と紙を握り締めて仏頂面でされるがままになっていた。
突き出した屋根の下に設置されたテーブルと椅子にリンを座らせて、ユウはその真正面に座る。
ほどなく作業を再開したリンの姿を目の前から、両手を組んでそこに顎を乗せたユウがニコニコとしながら見守っていた。
時折優しい風が吹いて、二人の髪を揺らす。
視線が気になるのか、リンは時々ちらっとユウを見ては作業にもどる。
リンは絵本を参考に字の書き取りをしているところだった。
人語を解せるし、話もできるが、字は読めなかったし、書けなかったのだ。
最初はユウが本を読んでくれていたが、自分で読みたいと、自尊心からかそれとも向上心からなのか、それはわからなかったが、リンがそう告げてきたので練習させることにしたのだ。
それが思いのほか楽しいらしくて、放って置くとずっと練習している。
そのうち、ユウにもわからない難しい単語を持ち出してあわてさせるのだが、それはまだ先の話だ。
流れていく雲、柔らかな日差し、時々木々が騒ぐ。
草原を駆ける風が、二人の髪を揺らす。
いつもとちょっと違うけれど、ゆっくりと過ぎていく時間は、いつもと同じ。
目の前にいる小さな子はいつでもユウをびっくりさせてくれる、笑顔にさせてくれる。
そんなとびきりの笑顔は、真剣な眼差しの小さな子をいつまでも優しく、見守っているのだった。
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