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邂逅 ~驚いただけなんですってば~
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その日の朝は格別に早かった。
緊張していたのかもしれないし、ワクワクしていたのもあるかもしれない。
とにかく、まだ薄暗いうちに目を覚まして、のそのそと毛布からはいでる。
目の前には火の番をしている、魔法使いの少女の付き人で、スカウトのトッチの姿があった。
「まだ寝てて大丈夫だ」
火種を消さないようにと、薪をくべながらトッチが言う。
ホヴィは一瞬ぼうっとして、目をこすりながら声をかけてくれたトッチの方に向き直る。
「いえ、もうすぐ夜明けですし、火の番くらいなら俺でもできます」
「……少し力んでいるな。けれど、その年ではまだ良い方か」
トッチが立ち上がって、ホヴィに薪を一本手渡してきた。
「じゃあ、頼む。ここいらに危険な動物や魔物の類はいないようだからな」
薪を受け取ったホヴィを一瞥したトッチは、腰のナイフを外して火のそばで横になった。
「ありがとうございます」
さっきまでトッチが座っていた場所へと移動すると、受け取った薪を火の中に放り入れる。トッチのいる所と焚き火をはさんで反対側の方には戦士のウォルが横になっている。
完全には寝ておらず、何かあったらすぐにでも剣を抜いて飛び出してきそうな気配すら感じられた。
その研ぎ澄まされた感覚は、やはりホヴィにはないものであった。
外の音や気配に気をつけながら横になっていたのだが、いつの間にか熟睡してしまっていたのだから。
ウォルの場所から少し離れたところには、鋭い視線をもった執事服の男、ジッチが番をしているテントがあり、そこでは名家のお嬢様がぐっすりと寝ているのだろう。
ホヴィはちょっとため息をついた。
これまで帝都周辺の依頼をこなしていたホヴィ、同年代では難しいといわれる魔物の退治までやったことがあった。
それゆえに、そこそこの自信を持っていた。
しかし、実際にベテランと呼ばれる冒険者と一緒に行動をすると、自分の粗や、自信過剰だった事に気づかされる。
ホヴィの若い心は、それでも自分はできるんだと叫んでいるのだが、ベテラン冒険者の技術を目の当たりにすると、その声は小さくなっていくのがわかった。
剣術ではウォルに及ばず、サバイバル技術はトッチに及ばない。ジッチにしても、
「執事はお嬢様を守るために、いくつもの作法や暗殺術を――」
とにかく強くて、色んなことができるようだった。
わからないのは名家のお嬢様、リリーだ。
少し値がはりそうなテントを持ち込んでみたり、荷物をジッチやトッチに持たせて、お遊び気分でやっているのかとすら思えた。
残念ながら、今回の旅では、これまで彼女の真の力をみるような事はなかった。
それはホヴィにしても同じ事だったが。
ホヴィは思う。
おそらくウォルがほしかったのは、トッチやジッチという戦力で、お嬢様はおまけ程度だったのではないか、と。
もちろん、それを言ってしまえばホヴィも同じようなものなのだが、それには気づかない。
ちなみに、リリーは誰から見てもかなりの美少女といえるだろう。が、それは今回は旅に花を添えるくらいにしかなっていなかった。もしかしたら、ウォルはそういう女っ気というか花がほしくてこの三人に声をかけたのかもしれない。
ホヴィにも矜持はある。リリーが、従者の能力に任せて物見遊山で冒険者をやっているようなら、今後関わりたくない、とも思っていた。
とにかく、ホヴィがリリーの真意や実力を知るのは、まだまだ先の話だった。
ホヴィが火の番を変わってまもなく、朝日が昇ってきて、最初にウォルが起きた。
続いてテントからリリーが姿を現して、それを確認したジッチがテントをたたみ始める。
トッチもいつの間にか起きていて、自分の携帯していた袋から人数分の保存食をだして配ってくれていた。
トッチの保存食を朝食代わりにして、今日の予定を話し合う。
まずは依頼主の村へ行き、依頼内容の確認と報酬の確認。それと食料や雑貨の確保。
その後、目的地へと向かう。速やかに確認と、出来るなら排除、出来なければ確認に留めて、もう一つの依頼主の村へ向かう。
ほぼ同時に食べ終わった全員がうなずくと、手早く荷物をまとめて、その一団は村への旅路を急いだ。
村で歓迎され、手早く依頼の確認と補給を済ませたホヴィ達は、今日中に目的のオーガ親子の正体を確認し、もう一つの依頼主の村へ向かうために、足早に村を後にした。
街道を進み、森を抜けてしばらく歩く。
まもなく、街道から小道が分かれている地点までくると、近くにログハウスが見えた。
確かに古びているが、廃屋といった様子ではない。むしろ手入れがされていて、雰囲気の良い宿か喫茶店のようだった。
「ん? 何これ?」
リリーが分かれ道におかれたあるものに気づく。
「ねぇ、ウォルさん。そこに看板があるんですけど」
「ん?」
リリーが指差した先には、割と新し目の看板が設置されていて、
喫茶店『小道』
とある。
ウォルは難しい顔をしてその看板を眺めていた。
「前の家主が喫茶店でもやっていたのでしょう」
ジッチが言う。
「それにしては新しくないか?」
注意深くその看板を観察していたトッチの言葉だ。
「小道……随分ストレートなネーミングだな」
続けて難しい顔をしていたウォルが口を開いた。
「え、そこ?」
てっきり、罠の可能性とか、何か手がかりになりそうだとか考えているものだとばかり思っていたホヴィが、予想外の答えに肩透かしをくらう。
「んー? 微かにコーヒーの香りが……」
リリーがくんくんと鼻を鳴らして言う。
その様子は可愛くて、ホヴィは一寸ドキッとしてしまう。そして次の瞬間にはそんな自分に自己嫌悪してしまっていた。
「まずは、警戒しながら近づくぞ」
ウォルの言葉に、思い思いの事を話していた面々は、一瞬で引き締まった顔になり、話を止める。
ゴブリンと見間違えたのであれば、そう問題なくこの仕事は終わるだろう。
ただ、本当にオーガだったら――
もし、オーガ族の親子であるならば、親は子を守るために必死で牙をむくだろう。
ベテランの強者が三人もいるとはいえ、苦戦は必至。下手したら命を失う者も出るかもしれない。
「トッチが警戒、索敵を頼む。俺がオフェンスでジッチさんが中衛、お嬢様は後方支援を頼む。ホヴィはお嬢様の護衛だ、頼むぞ!」
ウォルの号令の下、全員が瞬時に動いてフォーメーションを組む。
「待て、誰か出てくる!」
トッチの声に、全員が武器を構え、固唾を呑んでログハウスの玄関を凝視する。
扉を開けて出てきたのは、小さな女の子だった。何故かウェイトレス服を着ている。
しかし、その耳は人間のものより少し長く、とんがっている。何よりも額の小さな二本の角、そして紅い瞳。
話に聞くオーガの特徴そのものだった。
その少女は武器を構えたホヴィ達に視線を向けると、一瞬目を大きく見開いて勢いよく家の中に戻っていったしまった。
「まずい! 親を呼びにいかれたぞ!」
トッチが叫ぶ。
ホヴィとリリーは始めて見る、子供とはいえ滅多に見ることのないオーガに動けないでいる。
「やべぇ、どうする? 逃げるか――」
ウォルが一瞬判断を鈍らせて、思わず独りごちる。
「いや、もう間に合いませんな」
ジッチがいつの間にかウォルの隣に出てきていて、戦闘体制をとっていた。
「ちぃっ!」
ウォルも大剣を構えて、開け放しにされたログハウスの扉に目をやった。
それと同時に二つの人影が姿を現した。
「あれ……?」
その人影をみたウォルが間抜けな声を上げた――
*
「いやぁ、まさか、こんなところで会うなんて」
ウォルが満面の笑みで言う。
カウンターにウォル、ホヴィ、リリーが座っていて、リリーの後ろには執事のジッチが控えている。トッチはというと、腕を組んで玄関横の壁にもたれかかるようにして立っている。
一応警戒をしているようだった。
「あはは……リンが突然客だーって飛び込んできたときは何事かと思いましたよ」
ユウはそういいながら、人数分のコーヒーを置いていく。
ウォルは相変わらずニマニマ、リリーは出されたコーヒーやユウの顔を何度も見比べながら目をキラキラさせている。
ホヴィはなんだか複雑そうな顔だ。
「む、これは!」
ジッチが受け取ったコーヒーの香りに、突然声を上げた。
「芳醇な香り、豆の挽き方が完璧だ。そして、この味、適温で丁寧にドリップされていて、酸味と苦味が調和している!」
目から光線でも出そうなくらいクワッと目を見開いて、コーヒーを睨むジッチ。
「ほんと、凄く美味しい! こんなに美味しいコーヒーは滅多にお目にかかれません。凄いです、ユウ様!」
続いてリリーがコーヒーを絶賛する。
「ありがとう!」
ジッチとリリーの言葉にユウが微笑んだ。
(――これは毒だ。こんな笑顔は見た事が無い。やばい――)
カウンターの奥で、コーヒーを褒められて照れ笑いを浮かべるユウに、ウォル以外の四人は放心しながら同じことを思ったという。
ウォルはすでに毒されているようだが、この笑顔を前にしたら、それも無理は無いだろう。
「どうぞ」
そこへトレイに自作の菓子を乗せたリンが姿を現す。
カウンターの三人にはそれぞれ後ろから丁寧に、ジッチとトッチには直接皿を渡す。
そして、ユウの傍まで戻ると、その紅い目を爛々とさせて客一人一人を順番に見つめている。
ウェイトレス服の、紅い瞳で、角のある美少女。それが給仕をする。
その事に、最初五人は目を丸くさせて呆気に取られてみていたが、リンの純粋な瞳が早くお菓子を食べてみてくれとせがんでるように思えて、五人はほぼ同時に手元のお菓子を見た。
「むむ、甘さの主張がほどよくて、香りの良いマドレーヌだ。何より、このコーヒーとマッチする。これは美味い」
最初に動いたのは、やはりジッチであった。
マドレーヌを一口で頬張ると、やはり目をカッと開いて皿に乗っていた残りのお菓子を瞬く間に平らげてしまった。
「これは?」
「こちらのリンが作りましたー!」
ジッチの視線の意図を理解して、ユウが両手をヒラヒラさせながらリンを囃し立てる。
「なんと……こんな小さな子がこれほどまで……」
「子供じゃないよ」
「はっはっは、そうでございますな。これほどのお菓子を作れるのです、一人のパティシエとして認めるべきですな!」
少しいかつい顔の執事が顔をくしゃりとさせて笑った。
そんなジッチとリンのやり取りの間、ウォルやリリーもリンお手製の菓子を頬張ってその味に舌鼓を打っていた。トッチはコーヒーやお菓子には手をつけず、ずっと玄関横の壁に腕を組みながらもたれかかっている。
その視線は店の中と外を警戒するように見渡してはいたが、何度見回しても最終的にコーヒーと菓子にたどり着く。
ジッチもそうなのだが、ジッチにせよトッチにせよ自分の役割というものに忠実なのだろう。それにしても、すぐそばに置かれているコーヒーとお菓子が気になって仕方がないようではあったが。
ホヴィはというと、複雑な表情で目の前に置かれたコーヒーと菓子をにらんでいる。
オーガがでるか、ゴブリンがでるか、緊張と同時にワクワクしながらやってきたのに、出てきたのは勇者だった。いや、元勇者だった。一応オーガ族の子供がでてきたは出てきたには出てきたのだが、何故か、元勇者とオーガ族の子供と和気藹々とお茶をしている。
ホヴィは毒気を抜かれてしまったというか、わけがわからなかった。
ウォルとリリーは満面の笑みで、特にリリーはしきりにユウに話しかけているし、オーガ族の子供とジッチも言葉少なだが、通じ合うものがあるようだ。トッチは後ろの方にいるので何をしているかわからなかったが、わざわざ振り返って話しかけるのも変な気がして、とにかくホヴィは目の前に置かれたものを睨むことしかできなかった。
「たべない?」
声をかけられて、ホヴィははっとして振り返ると、すぐ横にリンの顔があった。
「っ!」
突然の事におどろいて、思わず椅子から転げ落ちそうになる。
「おいおい、大丈夫か?」
その物音に全員がホヴィに注目した。
「あ、大丈夫です……」
片手をひらひらとさせて、なんでもないというジェスチャーを送る。
「平気? 甘いの、だめ?」
「ああ、いや、そうじゃないんだけど…」
傍らでリンが少し心配そうに、ホヴィを見ている。
ホヴィはちょっとバツが悪くて、リンの方を見ないように目の前の菓子を凝視する。
「まぁ、食ってみろって、味は保障するぜ?」
ウォルがそう声をかける。
リンは何も言わずにホヴィを見ているようだ。ホヴィはその視線を感じて、やがて、
「い、いただきます……」
とマドレーヌを口に放り込んだ。
「あ、うま……」
思わずこぼれた台詞に、すぐ横から歓喜する気配がして思わず見ると、そこにはこぼれそうなほどの笑顔になっているオーガの子供がいた。
(うぁ……)
その笑顔を見たとき、ユウの笑顔を見たときとはまったく異質の衝撃がホヴィを襲った。
あったかいような、くすぐったいような、何と言い表して良いのか、ホヴィは言葉を持たない。何故か顔が熱くなってきて、赤くなっているのがわかったが、その理由もわからずにいた。
「よかった!」
そう微笑んでリンはユウの傍に戻っていく。ホヴィはその姿から目を離せずにいた。
ユウとウォルは面識があったこともあって、思い出話に花を咲かせていた。リリーはその話に聞き入っている。ホヴィはその話を聞くべきなのだろうが、何故かジッチと話しているオーガ族の少女から目が離せない。
一時間くらいそこにいただろうか?
報告もあるしそろそろ行かなければならない、とウォルが立ち上がり、他の面々も支度を始めた。
帰る段になって、ようやくトッチがコーヒーとお菓子に手をつける。
せっかくなので、とユウがコーヒーを淹れ直して、トッチに渡していた。
トッチは飽くまで無表情でコーヒーとマドレーヌを口に入れていたが、目を瞑り首を横に小刻みに震わせていた。美味かったのだろう。
「また来てくださいねー」
背中越しにユウの声が聞こえた。
振り返るとユウとリンが手を振っているのが見えた。
「これ、なんて報告するんですか?」
ニコやかに手を振り返すなんて事をしながら、一行が最初に看板を見つけたところまでやってきたところで、リリーがウォルに問いかけた。
「ああ、うん、どうしよう? 害はないってことだけうまく報告すりゃいいんじゃねーかな?」
ウォルが空を見上げながらため息をついた。
リリーはまだ鼻息すら荒くして、事あるごとにウォルにユウの話を振っている。ホヴィは相変わらず複雑な表情だ。
頭からあの顔が離れない。ユウの笑顔も確かに頭から離れないレベルなのだが、それよりも強く残っているのはリンの笑顔だった。
この感情が何なのか、ホヴィは知らない。
「ホヴィくんはあの鬼っ子に顔真っ赤にしてたよねぇ?」
突然のリリーの言葉にホヴィはハッとして顔をあげる。
「え、ち、違いますよ。あんな子供に驚かされて恥ずかしくなっただけですよ!」
否定するホヴィの顔は、真っ赤になっている。
「今も顔赤いよ?」
「夕焼けのせいですよ!!」
「ていうか何に驚いたの?」
「う……い、いろいろですよ、いろいろ」
不意打ちのような笑顔に、とはいえない。言ってはいけないような気がしたホヴィだった。
「驚いただけなんですってば!」
緊張していたのかもしれないし、ワクワクしていたのもあるかもしれない。
とにかく、まだ薄暗いうちに目を覚まして、のそのそと毛布からはいでる。
目の前には火の番をしている、魔法使いの少女の付き人で、スカウトのトッチの姿があった。
「まだ寝てて大丈夫だ」
火種を消さないようにと、薪をくべながらトッチが言う。
ホヴィは一瞬ぼうっとして、目をこすりながら声をかけてくれたトッチの方に向き直る。
「いえ、もうすぐ夜明けですし、火の番くらいなら俺でもできます」
「……少し力んでいるな。けれど、その年ではまだ良い方か」
トッチが立ち上がって、ホヴィに薪を一本手渡してきた。
「じゃあ、頼む。ここいらに危険な動物や魔物の類はいないようだからな」
薪を受け取ったホヴィを一瞥したトッチは、腰のナイフを外して火のそばで横になった。
「ありがとうございます」
さっきまでトッチが座っていた場所へと移動すると、受け取った薪を火の中に放り入れる。トッチのいる所と焚き火をはさんで反対側の方には戦士のウォルが横になっている。
完全には寝ておらず、何かあったらすぐにでも剣を抜いて飛び出してきそうな気配すら感じられた。
その研ぎ澄まされた感覚は、やはりホヴィにはないものであった。
外の音や気配に気をつけながら横になっていたのだが、いつの間にか熟睡してしまっていたのだから。
ウォルの場所から少し離れたところには、鋭い視線をもった執事服の男、ジッチが番をしているテントがあり、そこでは名家のお嬢様がぐっすりと寝ているのだろう。
ホヴィはちょっとため息をついた。
これまで帝都周辺の依頼をこなしていたホヴィ、同年代では難しいといわれる魔物の退治までやったことがあった。
それゆえに、そこそこの自信を持っていた。
しかし、実際にベテランと呼ばれる冒険者と一緒に行動をすると、自分の粗や、自信過剰だった事に気づかされる。
ホヴィの若い心は、それでも自分はできるんだと叫んでいるのだが、ベテラン冒険者の技術を目の当たりにすると、その声は小さくなっていくのがわかった。
剣術ではウォルに及ばず、サバイバル技術はトッチに及ばない。ジッチにしても、
「執事はお嬢様を守るために、いくつもの作法や暗殺術を――」
とにかく強くて、色んなことができるようだった。
わからないのは名家のお嬢様、リリーだ。
少し値がはりそうなテントを持ち込んでみたり、荷物をジッチやトッチに持たせて、お遊び気分でやっているのかとすら思えた。
残念ながら、今回の旅では、これまで彼女の真の力をみるような事はなかった。
それはホヴィにしても同じ事だったが。
ホヴィは思う。
おそらくウォルがほしかったのは、トッチやジッチという戦力で、お嬢様はおまけ程度だったのではないか、と。
もちろん、それを言ってしまえばホヴィも同じようなものなのだが、それには気づかない。
ちなみに、リリーは誰から見てもかなりの美少女といえるだろう。が、それは今回は旅に花を添えるくらいにしかなっていなかった。もしかしたら、ウォルはそういう女っ気というか花がほしくてこの三人に声をかけたのかもしれない。
ホヴィにも矜持はある。リリーが、従者の能力に任せて物見遊山で冒険者をやっているようなら、今後関わりたくない、とも思っていた。
とにかく、ホヴィがリリーの真意や実力を知るのは、まだまだ先の話だった。
ホヴィが火の番を変わってまもなく、朝日が昇ってきて、最初にウォルが起きた。
続いてテントからリリーが姿を現して、それを確認したジッチがテントをたたみ始める。
トッチもいつの間にか起きていて、自分の携帯していた袋から人数分の保存食をだして配ってくれていた。
トッチの保存食を朝食代わりにして、今日の予定を話し合う。
まずは依頼主の村へ行き、依頼内容の確認と報酬の確認。それと食料や雑貨の確保。
その後、目的地へと向かう。速やかに確認と、出来るなら排除、出来なければ確認に留めて、もう一つの依頼主の村へ向かう。
ほぼ同時に食べ終わった全員がうなずくと、手早く荷物をまとめて、その一団は村への旅路を急いだ。
村で歓迎され、手早く依頼の確認と補給を済ませたホヴィ達は、今日中に目的のオーガ親子の正体を確認し、もう一つの依頼主の村へ向かうために、足早に村を後にした。
街道を進み、森を抜けてしばらく歩く。
まもなく、街道から小道が分かれている地点までくると、近くにログハウスが見えた。
確かに古びているが、廃屋といった様子ではない。むしろ手入れがされていて、雰囲気の良い宿か喫茶店のようだった。
「ん? 何これ?」
リリーが分かれ道におかれたあるものに気づく。
「ねぇ、ウォルさん。そこに看板があるんですけど」
「ん?」
リリーが指差した先には、割と新し目の看板が設置されていて、
喫茶店『小道』
とある。
ウォルは難しい顔をしてその看板を眺めていた。
「前の家主が喫茶店でもやっていたのでしょう」
ジッチが言う。
「それにしては新しくないか?」
注意深くその看板を観察していたトッチの言葉だ。
「小道……随分ストレートなネーミングだな」
続けて難しい顔をしていたウォルが口を開いた。
「え、そこ?」
てっきり、罠の可能性とか、何か手がかりになりそうだとか考えているものだとばかり思っていたホヴィが、予想外の答えに肩透かしをくらう。
「んー? 微かにコーヒーの香りが……」
リリーがくんくんと鼻を鳴らして言う。
その様子は可愛くて、ホヴィは一寸ドキッとしてしまう。そして次の瞬間にはそんな自分に自己嫌悪してしまっていた。
「まずは、警戒しながら近づくぞ」
ウォルの言葉に、思い思いの事を話していた面々は、一瞬で引き締まった顔になり、話を止める。
ゴブリンと見間違えたのであれば、そう問題なくこの仕事は終わるだろう。
ただ、本当にオーガだったら――
もし、オーガ族の親子であるならば、親は子を守るために必死で牙をむくだろう。
ベテランの強者が三人もいるとはいえ、苦戦は必至。下手したら命を失う者も出るかもしれない。
「トッチが警戒、索敵を頼む。俺がオフェンスでジッチさんが中衛、お嬢様は後方支援を頼む。ホヴィはお嬢様の護衛だ、頼むぞ!」
ウォルの号令の下、全員が瞬時に動いてフォーメーションを組む。
「待て、誰か出てくる!」
トッチの声に、全員が武器を構え、固唾を呑んでログハウスの玄関を凝視する。
扉を開けて出てきたのは、小さな女の子だった。何故かウェイトレス服を着ている。
しかし、その耳は人間のものより少し長く、とんがっている。何よりも額の小さな二本の角、そして紅い瞳。
話に聞くオーガの特徴そのものだった。
その少女は武器を構えたホヴィ達に視線を向けると、一瞬目を大きく見開いて勢いよく家の中に戻っていったしまった。
「まずい! 親を呼びにいかれたぞ!」
トッチが叫ぶ。
ホヴィとリリーは始めて見る、子供とはいえ滅多に見ることのないオーガに動けないでいる。
「やべぇ、どうする? 逃げるか――」
ウォルが一瞬判断を鈍らせて、思わず独りごちる。
「いや、もう間に合いませんな」
ジッチがいつの間にかウォルの隣に出てきていて、戦闘体制をとっていた。
「ちぃっ!」
ウォルも大剣を構えて、開け放しにされたログハウスの扉に目をやった。
それと同時に二つの人影が姿を現した。
「あれ……?」
その人影をみたウォルが間抜けな声を上げた――
*
「いやぁ、まさか、こんなところで会うなんて」
ウォルが満面の笑みで言う。
カウンターにウォル、ホヴィ、リリーが座っていて、リリーの後ろには執事のジッチが控えている。トッチはというと、腕を組んで玄関横の壁にもたれかかるようにして立っている。
一応警戒をしているようだった。
「あはは……リンが突然客だーって飛び込んできたときは何事かと思いましたよ」
ユウはそういいながら、人数分のコーヒーを置いていく。
ウォルは相変わらずニマニマ、リリーは出されたコーヒーやユウの顔を何度も見比べながら目をキラキラさせている。
ホヴィはなんだか複雑そうな顔だ。
「む、これは!」
ジッチが受け取ったコーヒーの香りに、突然声を上げた。
「芳醇な香り、豆の挽き方が完璧だ。そして、この味、適温で丁寧にドリップされていて、酸味と苦味が調和している!」
目から光線でも出そうなくらいクワッと目を見開いて、コーヒーを睨むジッチ。
「ほんと、凄く美味しい! こんなに美味しいコーヒーは滅多にお目にかかれません。凄いです、ユウ様!」
続いてリリーがコーヒーを絶賛する。
「ありがとう!」
ジッチとリリーの言葉にユウが微笑んだ。
(――これは毒だ。こんな笑顔は見た事が無い。やばい――)
カウンターの奥で、コーヒーを褒められて照れ笑いを浮かべるユウに、ウォル以外の四人は放心しながら同じことを思ったという。
ウォルはすでに毒されているようだが、この笑顔を前にしたら、それも無理は無いだろう。
「どうぞ」
そこへトレイに自作の菓子を乗せたリンが姿を現す。
カウンターの三人にはそれぞれ後ろから丁寧に、ジッチとトッチには直接皿を渡す。
そして、ユウの傍まで戻ると、その紅い目を爛々とさせて客一人一人を順番に見つめている。
ウェイトレス服の、紅い瞳で、角のある美少女。それが給仕をする。
その事に、最初五人は目を丸くさせて呆気に取られてみていたが、リンの純粋な瞳が早くお菓子を食べてみてくれとせがんでるように思えて、五人はほぼ同時に手元のお菓子を見た。
「むむ、甘さの主張がほどよくて、香りの良いマドレーヌだ。何より、このコーヒーとマッチする。これは美味い」
最初に動いたのは、やはりジッチであった。
マドレーヌを一口で頬張ると、やはり目をカッと開いて皿に乗っていた残りのお菓子を瞬く間に平らげてしまった。
「これは?」
「こちらのリンが作りましたー!」
ジッチの視線の意図を理解して、ユウが両手をヒラヒラさせながらリンを囃し立てる。
「なんと……こんな小さな子がこれほどまで……」
「子供じゃないよ」
「はっはっは、そうでございますな。これほどのお菓子を作れるのです、一人のパティシエとして認めるべきですな!」
少しいかつい顔の執事が顔をくしゃりとさせて笑った。
そんなジッチとリンのやり取りの間、ウォルやリリーもリンお手製の菓子を頬張ってその味に舌鼓を打っていた。トッチはコーヒーやお菓子には手をつけず、ずっと玄関横の壁に腕を組みながらもたれかかっている。
その視線は店の中と外を警戒するように見渡してはいたが、何度見回しても最終的にコーヒーと菓子にたどり着く。
ジッチもそうなのだが、ジッチにせよトッチにせよ自分の役割というものに忠実なのだろう。それにしても、すぐそばに置かれているコーヒーとお菓子が気になって仕方がないようではあったが。
ホヴィはというと、複雑な表情で目の前に置かれたコーヒーと菓子をにらんでいる。
オーガがでるか、ゴブリンがでるか、緊張と同時にワクワクしながらやってきたのに、出てきたのは勇者だった。いや、元勇者だった。一応オーガ族の子供がでてきたは出てきたには出てきたのだが、何故か、元勇者とオーガ族の子供と和気藹々とお茶をしている。
ホヴィは毒気を抜かれてしまったというか、わけがわからなかった。
ウォルとリリーは満面の笑みで、特にリリーはしきりにユウに話しかけているし、オーガ族の子供とジッチも言葉少なだが、通じ合うものがあるようだ。トッチは後ろの方にいるので何をしているかわからなかったが、わざわざ振り返って話しかけるのも変な気がして、とにかくホヴィは目の前に置かれたものを睨むことしかできなかった。
「たべない?」
声をかけられて、ホヴィははっとして振り返ると、すぐ横にリンの顔があった。
「っ!」
突然の事におどろいて、思わず椅子から転げ落ちそうになる。
「おいおい、大丈夫か?」
その物音に全員がホヴィに注目した。
「あ、大丈夫です……」
片手をひらひらとさせて、なんでもないというジェスチャーを送る。
「平気? 甘いの、だめ?」
「ああ、いや、そうじゃないんだけど…」
傍らでリンが少し心配そうに、ホヴィを見ている。
ホヴィはちょっとバツが悪くて、リンの方を見ないように目の前の菓子を凝視する。
「まぁ、食ってみろって、味は保障するぜ?」
ウォルがそう声をかける。
リンは何も言わずにホヴィを見ているようだ。ホヴィはその視線を感じて、やがて、
「い、いただきます……」
とマドレーヌを口に放り込んだ。
「あ、うま……」
思わずこぼれた台詞に、すぐ横から歓喜する気配がして思わず見ると、そこにはこぼれそうなほどの笑顔になっているオーガの子供がいた。
(うぁ……)
その笑顔を見たとき、ユウの笑顔を見たときとはまったく異質の衝撃がホヴィを襲った。
あったかいような、くすぐったいような、何と言い表して良いのか、ホヴィは言葉を持たない。何故か顔が熱くなってきて、赤くなっているのがわかったが、その理由もわからずにいた。
「よかった!」
そう微笑んでリンはユウの傍に戻っていく。ホヴィはその姿から目を離せずにいた。
ユウとウォルは面識があったこともあって、思い出話に花を咲かせていた。リリーはその話に聞き入っている。ホヴィはその話を聞くべきなのだろうが、何故かジッチと話しているオーガ族の少女から目が離せない。
一時間くらいそこにいただろうか?
報告もあるしそろそろ行かなければならない、とウォルが立ち上がり、他の面々も支度を始めた。
帰る段になって、ようやくトッチがコーヒーとお菓子に手をつける。
せっかくなので、とユウがコーヒーを淹れ直して、トッチに渡していた。
トッチは飽くまで無表情でコーヒーとマドレーヌを口に入れていたが、目を瞑り首を横に小刻みに震わせていた。美味かったのだろう。
「また来てくださいねー」
背中越しにユウの声が聞こえた。
振り返るとユウとリンが手を振っているのが見えた。
「これ、なんて報告するんですか?」
ニコやかに手を振り返すなんて事をしながら、一行が最初に看板を見つけたところまでやってきたところで、リリーがウォルに問いかけた。
「ああ、うん、どうしよう? 害はないってことだけうまく報告すりゃいいんじゃねーかな?」
ウォルが空を見上げながらため息をついた。
リリーはまだ鼻息すら荒くして、事あるごとにウォルにユウの話を振っている。ホヴィは相変わらず複雑な表情だ。
頭からあの顔が離れない。ユウの笑顔も確かに頭から離れないレベルなのだが、それよりも強く残っているのはリンの笑顔だった。
この感情が何なのか、ホヴィは知らない。
「ホヴィくんはあの鬼っ子に顔真っ赤にしてたよねぇ?」
突然のリリーの言葉にホヴィはハッとして顔をあげる。
「え、ち、違いますよ。あんな子供に驚かされて恥ずかしくなっただけですよ!」
否定するホヴィの顔は、真っ赤になっている。
「今も顔赤いよ?」
「夕焼けのせいですよ!!」
「ていうか何に驚いたの?」
「う……い、いろいろですよ、いろいろ」
不意打ちのような笑顔に、とはいえない。言ってはいけないような気がしたホヴィだった。
「驚いただけなんですってば!」
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