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幕間 ~ 雪の朝、花のように ~
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ユウとリンが「天花菜取《つくしどり》の銀狐」に泊まった翌日の事。
ぐっすりと寝て、気持ちよくおきたユウが最初に見たのは──
「うぇぇぇぇ…」
昨日あれほど賑やかだったのが嘘のような、妙な静けさの中に、ツクシの呻きだけが響く。
「うぅ、頭痛い」
壁際に押し込まれたテーブルに肘をついて、コメカミを抑えている。酷く蒼白な顔をして、ツクシは唸った。
浴衣の胸元が少しはだけていて、前の合わせからは、すらりと白く長い足が伸びて、蠱惑的な様子なのに、蒼白な顔が、全てを台無しにしていた。
「飲みすぎですよぅ、お水もらってきますね」
「うぅ、おおきに、ユウちゃん」
部屋を出ると、しかしすぐに、廊下の向こう側、ロビーの出入り口にお盆をもったヨギの姿があった。
(わかってるなぁ)
表情を変えることもなく、ただ無言で歩いてくるヨギ。
無骨な感じもするが、ツクシが起きるのをある程度見計らったかのようなタイミングに、ユウは思わずニヤリとしてしまう。
ヨギもユウに気がついて、少し早歩きで近づいてきた。
「ユウさん、これ、姐さんにお願いできますか?」
手に持っていたお盆には水差しと小さな包装紙が載っている。
「ヨギさんがもってったら~?」
「え、いや、その、じょ、女性の部屋に入るのは、少々……」
それまで無表情だったヨギに僅かに困惑の色が浮かぶ。
「ごめんごめん、わかった、任されますね~」
そんなヨギの様子にクスッと笑って、ユウは盆を受け取った。
「お願いします」と一言だけ言ってヨギは引き返していった。
「いいと思うんだけどなぁ……」
そんなヨギの背中を見ながら、ユウもぼそりと呟くのであった。
*
その少し前、朝早く起きたリンが見たのは、まだ唸っているツクシと、すやすや眠るユウ。
(珍しく勝った……!)
とガッツポーズをした後、昨日ツクシが持ってきた子供用の浴衣を思い出した。
「……こどもじゃ、ない……」
ツクシの立ち居振る舞いや、理想、言葉遣い。リンは小さな浴衣を見て思い悩む。
この服を着てみれば、格好だけでも彼女に近づけるのではないか。
――大人用は着れないけれど、でも”子供じゃない”のだ
少しだけ背伸びをしたい気持ちが勝ち、リンは袖を通した。
前を合わせ、帯をなんとなく締め、髪をまとめる。
傍目にはとんでもない着崩れだったが、リンは満足げに鼻息を鳴らした。
着替えが終わったら今度は冒険である。
昨日は移動や神火への参加でよくよく見て回れなかったから、この絵本に出てくる世界を冒険しなければいけない、とリンは意気込んだ。
ふと頼りになる大人を見やる。
ツクシは相変わらずうなっているし、ユウが起きるような気配もない。
頼りにならなかった。
いや、自分も子供ではないのだから、頼りになるのは自分だけだ。
改めて意気込みを確かに、リンは部屋を飛び出した。
飛び出した、のだが、ロビーで宿の中年の女性従業員に呼び止められてしまった。
「ちょっと、お客さん、あ、ユウさんの妹? さん。ちょっとそれあかんわぁ」
リンの姿を見止めて、思わず苦笑している。
リンの想像の中ではツクシのようにしゃんとした着付けのはずだったのだが、現実はなんだかよくわからない姿になっている。従業員も見かねて声をかけたのであった。
「おいで、姐さんみたくちゃんと着付けしはりますよ」
にっこりと笑う従業員。
リンは一瞬躊躇ったのだが、ツクシのように、が決めの一言だった。
おずおずと従業員の後についていくと、奥の女中部屋へと通された。
そこで、リンはまず、着物に着替えさせられ、髪を結い、かんざしを差された。
鏡の前で、すごい勢いで、ミニツクシができあがっていく。
リンはそんな自分の姿に目を丸くしていた。
「できあがりよ」
「おお…」
浴衣ではなく少し立派な着物に、ツクシの髪のように結い上げた髪。
かんざしも大きな花を模した物で、文字通りリンに華を添えた形になっている。
「あとは、これ」
従業員が小鉢から小指で赤を掬ってリンの唇にちょこんとつけた。
「なんということでしょう……」
思わず従業員がそんな言葉を漏らす。
もともと美少女なリンだったが、着物をきて、髪を結い、かんざしをつけたところに、唇に紅をさしてみたら、この世のものとも思えぬほどの美しさが出来上がってしまったのである。
さらにリンもこの地方に多い黒髪で、その髪の色と着物の色合いが程よくあっているから相乗効果がうまれてしまう。
その仕上がりに従業員も思わずうっとりとして、袖を広げてみたり鏡を覗き込んだりするリンを見つめてしまうほどだった。
その後、遅くまで飲んでいて、まだ目覚めていなかったツクシやユウをよそに、リンのお披露目がなされた。
紅が定着するまで少し待ってほしいと女中部屋でリンを待機させ、その間に、
「超絶美少女現る!」
とリンの着付けをしていた従業員が触れ回り、他の従業員や宿泊客が何の騒ぎかとロビーに集まったところで、リンがロビー奥の女中部屋から出てくる。
リンとしては、単に紅が定着する時間をまっていただけなのだが、非常にタイミングよく、多くの客や従業員が集まったところにでてきてしまったのだ。
「おおぉ……」
リンの姿をみて、そこに集まった人々は一様に同じ反応を示した。
ため息だ。
ため息しかでない美しさがそこにあったのだ。
「な……?」
一瞬固まってしまうリン。
リンとしては何故こんなにも多くの客が自分をみているのか理解できない。
部屋から出てきた瞬間、衆目にさらされ、一様にため息をもらされた。
「な……な……?」
ぱくぱくと口を開閉して呆気に取られる。
その一挙一動すら、周りの人間は注目している。
(かゆい……?)
なぜかそんな言葉が出てくる。
ふとそこでリンは思い出す。
昨日のツクシ。
そしていつものユウも――
リンは、一歩だけ勇気を出すことにした。
そう――
微笑んだ――
けれど周囲は放心するでもなく、ため息だけが続いた。
期待していような反応が得られず、リンが戸惑っていると――
「白い肌、対照的に黒い髪と紅い瞳、口紅。生えるような淡い青の着物。牡丹のかんざし。いやぁ、芸術……だねぇ?」
なんだか聞いたことがあるような声がした。
リンは思わず、その声の主を探す。知らない人の視線の中で僅かながらでも聞いたことのある声に縋りたいような気持ちだった。
一挙手一投足を注目されている中で、思うように視線もむけれず、声の主を探せないでいるリン。
「やぁ、リンリンこんなところで会うなんて、奇遇だねぇ。とても綺麗だよ?」
怪しげなフードローブを頭からすっぽりと被った怪しげな男が、まるで像を結んだかのように現れる。
今のリンとは対照的な風体のその男は、フーディだった。
*
ツクシに薬と水を飲ませると、ツクシは再び横になってうんうんとうなり始めた。
(宿の主人がこんなんで大丈夫なのか……)
とユウは思ったが、たぶんヨギや他の従業員がしっかりやっているのだろう。
「まぁ、なんだかんだでツクシさんもしっかりしてるし……あれ?」
呟きながらユウは、ツクシの隣に寝ていたはずのリンの姿がないことに気がついた。
「あれ……リン?」
布団をどかしてみても、もぬけの殻でリンの姿はない。
「あっ、えっ、リン!?」
思わず叫んで周りを見渡す、当然だが姿がない。
ツクシの開放に夢中になって、それにまだ寝ているものとばかり思っていたから、リンの事がすっかり抜け落ちていたのだ。
すっかりあせってしまったユウは押入れや布団の下、果ては枕の下や座布団の下、ありとあらゆる場所を探し回る。
「あれ、これリンの服……ん?浴衣がなくなってる。」
昨日ツクシが持ってこさせた浴衣がなくなっている。
リンは昨日、子供用だからと嫌がって着ようとしなかったのに、リンの服が残っていて、浴衣がなくなっているということは着ていったのだろうか。
「けど、着方わからないんじゃ…」
うぅむ、と唸ってしまうユウ。謎は深まるばかり……
その時、部屋の外から声が聞こえてきた。
「それにしても、ほんとに奇遇だねぇ、しかもこんな綺麗な服で~」
「うん、フーディはなんで?」
「僕は神火を見に着たんですよー」
(ん?フーディ?)
リンの声と、確かに聞き覚えのあるフーディの声も聞こえた。
まさかフーディがやってきて、リンを連れ出したのでは、いやまさか、でも。
「こらああー! フーディさん、うちのリンをどうす……る……」
思わず部屋から飛び出して、啖呵をきろうとしたユウの目に飛び込んできたのは、すっかり見違えたリンの姿だった。
「おやおや、ユウちゃんも。奇遇ですなぁ」
「えっ、え? 何? え? リン?」
あんぐりと口をあけて、リンを指差しながらフーディとリンの顔を交互に見やる。
何よりユウが一番驚いたのはリンの姿ではあるのだが、リンから一瞬でも目を放した焦りと、リンの見違えた姿、フーディの出現とすべてが重なり合ってとにかく困惑がとまらないのであった。
「綺麗でしょう? リンリン。僕もびっくりしましたよ。」
困惑しているユウをよそに、フーディは片膝をついてリンに向かって手をひらひらとさせ、リンを煽って見せた。
その様子をぽかんとして眺めるユウ。
リンは手をひらひらさせてるフーディを一瞥すると、改めてユウに向き直る。
「どう……?」
「ふぇっ?」
リンは少し顔を赤らめてユウを見上げる。
「どう?」
「ええ……うん、似合ってるし、綺麗だよ。でもどうしたの? それ」
「ここの人が、着せてくれた。」
「そうなんだ? ちゃんとお礼言った?」
「あ……」
すっかり見世物にされてしまったせいか、リンはその事がすっかり頭から抜け落ちていた。
ユウからも、何かしてもらったら御礼をするようにと何かにつけて言われている。
「ちょっといってくる」
「うん」
リンが慌てて踵を返した。
着物をきているせいか、歩幅も小さくて、つまずくんじゃないかと心配になったが、そんな心配をよそに、足早にロビーへと去っていく。
「それにしても、なんでフーディさんいるんですか?」
「なんでとはご挨拶ですねぇ。僕も神火を見に来たんですよ?」
「あはは、失礼しました。最近来ないなぁと思ってたらこっち方面にきてたんですね~」
「そういうユウちゃんこそ、お店はお休みですか? まぁ、客も滅多に来ないでしょうけども」
「余計なお世話ですよ」
そんな話をしていると、リンが帰ってきた。
「言ってきた!」
「うん、今度は忘れないようにねー」
「うん」
ユウがにっこり笑ったので、リンもにやっと笑う。
頭をぽんぽんしようと思ったのだが、綺麗に結われているのを崩すのも忍びなくて、ユウは笑顔のまま、親指を立てて見せた。
「んまあああぁぁぁ! なんこれ、超かわええやないのおおおぉ!」
そんなユウの後ろから悲鳴にも似た叫び声がした。
その声にそこに居た三人がビクッとして振り返る。
「うちの昔の服に、うちの髪型にぃ、でもうちよりよう可愛いぃぃ!」
目をらんらんと輝かせたツクシが鼻息も荒くまくしたてて、リンを抱きしめんと飛び掛った。
「ぶふぅ」
――が、リンはさっと避けたものだから、
勢いがついていたツクシは、そのまま床に激突してうめき声をあげた。
「あぁん、リンちゃんのいけずぅ」
ツクシはそのまま床に寝転がって手足をじたばたさせる。
「こどもか!」
ユウとフーディのツッコミが同時に入るのであった。
ツクシはじたばた。リンは困惑。フーディは笑いを堪えている。
その光景がなんだか可笑しくて、
ユウはふっと息をついた。
柔らかいユウの笑顔が、そっと三人を包み込む。
差し込む柔らかな陽光が、四人の影を、そっと寄り添わせた――
ぐっすりと寝て、気持ちよくおきたユウが最初に見たのは──
「うぇぇぇぇ…」
昨日あれほど賑やかだったのが嘘のような、妙な静けさの中に、ツクシの呻きだけが響く。
「うぅ、頭痛い」
壁際に押し込まれたテーブルに肘をついて、コメカミを抑えている。酷く蒼白な顔をして、ツクシは唸った。
浴衣の胸元が少しはだけていて、前の合わせからは、すらりと白く長い足が伸びて、蠱惑的な様子なのに、蒼白な顔が、全てを台無しにしていた。
「飲みすぎですよぅ、お水もらってきますね」
「うぅ、おおきに、ユウちゃん」
部屋を出ると、しかしすぐに、廊下の向こう側、ロビーの出入り口にお盆をもったヨギの姿があった。
(わかってるなぁ)
表情を変えることもなく、ただ無言で歩いてくるヨギ。
無骨な感じもするが、ツクシが起きるのをある程度見計らったかのようなタイミングに、ユウは思わずニヤリとしてしまう。
ヨギもユウに気がついて、少し早歩きで近づいてきた。
「ユウさん、これ、姐さんにお願いできますか?」
手に持っていたお盆には水差しと小さな包装紙が載っている。
「ヨギさんがもってったら~?」
「え、いや、その、じょ、女性の部屋に入るのは、少々……」
それまで無表情だったヨギに僅かに困惑の色が浮かぶ。
「ごめんごめん、わかった、任されますね~」
そんなヨギの様子にクスッと笑って、ユウは盆を受け取った。
「お願いします」と一言だけ言ってヨギは引き返していった。
「いいと思うんだけどなぁ……」
そんなヨギの背中を見ながら、ユウもぼそりと呟くのであった。
*
その少し前、朝早く起きたリンが見たのは、まだ唸っているツクシと、すやすや眠るユウ。
(珍しく勝った……!)
とガッツポーズをした後、昨日ツクシが持ってきた子供用の浴衣を思い出した。
「……こどもじゃ、ない……」
ツクシの立ち居振る舞いや、理想、言葉遣い。リンは小さな浴衣を見て思い悩む。
この服を着てみれば、格好だけでも彼女に近づけるのではないか。
――大人用は着れないけれど、でも”子供じゃない”のだ
少しだけ背伸びをしたい気持ちが勝ち、リンは袖を通した。
前を合わせ、帯をなんとなく締め、髪をまとめる。
傍目にはとんでもない着崩れだったが、リンは満足げに鼻息を鳴らした。
着替えが終わったら今度は冒険である。
昨日は移動や神火への参加でよくよく見て回れなかったから、この絵本に出てくる世界を冒険しなければいけない、とリンは意気込んだ。
ふと頼りになる大人を見やる。
ツクシは相変わらずうなっているし、ユウが起きるような気配もない。
頼りにならなかった。
いや、自分も子供ではないのだから、頼りになるのは自分だけだ。
改めて意気込みを確かに、リンは部屋を飛び出した。
飛び出した、のだが、ロビーで宿の中年の女性従業員に呼び止められてしまった。
「ちょっと、お客さん、あ、ユウさんの妹? さん。ちょっとそれあかんわぁ」
リンの姿を見止めて、思わず苦笑している。
リンの想像の中ではツクシのようにしゃんとした着付けのはずだったのだが、現実はなんだかよくわからない姿になっている。従業員も見かねて声をかけたのであった。
「おいで、姐さんみたくちゃんと着付けしはりますよ」
にっこりと笑う従業員。
リンは一瞬躊躇ったのだが、ツクシのように、が決めの一言だった。
おずおずと従業員の後についていくと、奥の女中部屋へと通された。
そこで、リンはまず、着物に着替えさせられ、髪を結い、かんざしを差された。
鏡の前で、すごい勢いで、ミニツクシができあがっていく。
リンはそんな自分の姿に目を丸くしていた。
「できあがりよ」
「おお…」
浴衣ではなく少し立派な着物に、ツクシの髪のように結い上げた髪。
かんざしも大きな花を模した物で、文字通りリンに華を添えた形になっている。
「あとは、これ」
従業員が小鉢から小指で赤を掬ってリンの唇にちょこんとつけた。
「なんということでしょう……」
思わず従業員がそんな言葉を漏らす。
もともと美少女なリンだったが、着物をきて、髪を結い、かんざしをつけたところに、唇に紅をさしてみたら、この世のものとも思えぬほどの美しさが出来上がってしまったのである。
さらにリンもこの地方に多い黒髪で、その髪の色と着物の色合いが程よくあっているから相乗効果がうまれてしまう。
その仕上がりに従業員も思わずうっとりとして、袖を広げてみたり鏡を覗き込んだりするリンを見つめてしまうほどだった。
その後、遅くまで飲んでいて、まだ目覚めていなかったツクシやユウをよそに、リンのお披露目がなされた。
紅が定着するまで少し待ってほしいと女中部屋でリンを待機させ、その間に、
「超絶美少女現る!」
とリンの着付けをしていた従業員が触れ回り、他の従業員や宿泊客が何の騒ぎかとロビーに集まったところで、リンがロビー奥の女中部屋から出てくる。
リンとしては、単に紅が定着する時間をまっていただけなのだが、非常にタイミングよく、多くの客や従業員が集まったところにでてきてしまったのだ。
「おおぉ……」
リンの姿をみて、そこに集まった人々は一様に同じ反応を示した。
ため息だ。
ため息しかでない美しさがそこにあったのだ。
「な……?」
一瞬固まってしまうリン。
リンとしては何故こんなにも多くの客が自分をみているのか理解できない。
部屋から出てきた瞬間、衆目にさらされ、一様にため息をもらされた。
「な……な……?」
ぱくぱくと口を開閉して呆気に取られる。
その一挙一動すら、周りの人間は注目している。
(かゆい……?)
なぜかそんな言葉が出てくる。
ふとそこでリンは思い出す。
昨日のツクシ。
そしていつものユウも――
リンは、一歩だけ勇気を出すことにした。
そう――
微笑んだ――
けれど周囲は放心するでもなく、ため息だけが続いた。
期待していような反応が得られず、リンが戸惑っていると――
「白い肌、対照的に黒い髪と紅い瞳、口紅。生えるような淡い青の着物。牡丹のかんざし。いやぁ、芸術……だねぇ?」
なんだか聞いたことがあるような声がした。
リンは思わず、その声の主を探す。知らない人の視線の中で僅かながらでも聞いたことのある声に縋りたいような気持ちだった。
一挙手一投足を注目されている中で、思うように視線もむけれず、声の主を探せないでいるリン。
「やぁ、リンリンこんなところで会うなんて、奇遇だねぇ。とても綺麗だよ?」
怪しげなフードローブを頭からすっぽりと被った怪しげな男が、まるで像を結んだかのように現れる。
今のリンとは対照的な風体のその男は、フーディだった。
*
ツクシに薬と水を飲ませると、ツクシは再び横になってうんうんとうなり始めた。
(宿の主人がこんなんで大丈夫なのか……)
とユウは思ったが、たぶんヨギや他の従業員がしっかりやっているのだろう。
「まぁ、なんだかんだでツクシさんもしっかりしてるし……あれ?」
呟きながらユウは、ツクシの隣に寝ていたはずのリンの姿がないことに気がついた。
「あれ……リン?」
布団をどかしてみても、もぬけの殻でリンの姿はない。
「あっ、えっ、リン!?」
思わず叫んで周りを見渡す、当然だが姿がない。
ツクシの開放に夢中になって、それにまだ寝ているものとばかり思っていたから、リンの事がすっかり抜け落ちていたのだ。
すっかりあせってしまったユウは押入れや布団の下、果ては枕の下や座布団の下、ありとあらゆる場所を探し回る。
「あれ、これリンの服……ん?浴衣がなくなってる。」
昨日ツクシが持ってこさせた浴衣がなくなっている。
リンは昨日、子供用だからと嫌がって着ようとしなかったのに、リンの服が残っていて、浴衣がなくなっているということは着ていったのだろうか。
「けど、着方わからないんじゃ…」
うぅむ、と唸ってしまうユウ。謎は深まるばかり……
その時、部屋の外から声が聞こえてきた。
「それにしても、ほんとに奇遇だねぇ、しかもこんな綺麗な服で~」
「うん、フーディはなんで?」
「僕は神火を見に着たんですよー」
(ん?フーディ?)
リンの声と、確かに聞き覚えのあるフーディの声も聞こえた。
まさかフーディがやってきて、リンを連れ出したのでは、いやまさか、でも。
「こらああー! フーディさん、うちのリンをどうす……る……」
思わず部屋から飛び出して、啖呵をきろうとしたユウの目に飛び込んできたのは、すっかり見違えたリンの姿だった。
「おやおや、ユウちゃんも。奇遇ですなぁ」
「えっ、え? 何? え? リン?」
あんぐりと口をあけて、リンを指差しながらフーディとリンの顔を交互に見やる。
何よりユウが一番驚いたのはリンの姿ではあるのだが、リンから一瞬でも目を放した焦りと、リンの見違えた姿、フーディの出現とすべてが重なり合ってとにかく困惑がとまらないのであった。
「綺麗でしょう? リンリン。僕もびっくりしましたよ。」
困惑しているユウをよそに、フーディは片膝をついてリンに向かって手をひらひらとさせ、リンを煽って見せた。
その様子をぽかんとして眺めるユウ。
リンは手をひらひらさせてるフーディを一瞥すると、改めてユウに向き直る。
「どう……?」
「ふぇっ?」
リンは少し顔を赤らめてユウを見上げる。
「どう?」
「ええ……うん、似合ってるし、綺麗だよ。でもどうしたの? それ」
「ここの人が、着せてくれた。」
「そうなんだ? ちゃんとお礼言った?」
「あ……」
すっかり見世物にされてしまったせいか、リンはその事がすっかり頭から抜け落ちていた。
ユウからも、何かしてもらったら御礼をするようにと何かにつけて言われている。
「ちょっといってくる」
「うん」
リンが慌てて踵を返した。
着物をきているせいか、歩幅も小さくて、つまずくんじゃないかと心配になったが、そんな心配をよそに、足早にロビーへと去っていく。
「それにしても、なんでフーディさんいるんですか?」
「なんでとはご挨拶ですねぇ。僕も神火を見に来たんですよ?」
「あはは、失礼しました。最近来ないなぁと思ってたらこっち方面にきてたんですね~」
「そういうユウちゃんこそ、お店はお休みですか? まぁ、客も滅多に来ないでしょうけども」
「余計なお世話ですよ」
そんな話をしていると、リンが帰ってきた。
「言ってきた!」
「うん、今度は忘れないようにねー」
「うん」
ユウがにっこり笑ったので、リンもにやっと笑う。
頭をぽんぽんしようと思ったのだが、綺麗に結われているのを崩すのも忍びなくて、ユウは笑顔のまま、親指を立てて見せた。
「んまあああぁぁぁ! なんこれ、超かわええやないのおおおぉ!」
そんなユウの後ろから悲鳴にも似た叫び声がした。
その声にそこに居た三人がビクッとして振り返る。
「うちの昔の服に、うちの髪型にぃ、でもうちよりよう可愛いぃぃ!」
目をらんらんと輝かせたツクシが鼻息も荒くまくしたてて、リンを抱きしめんと飛び掛った。
「ぶふぅ」
――が、リンはさっと避けたものだから、
勢いがついていたツクシは、そのまま床に激突してうめき声をあげた。
「あぁん、リンちゃんのいけずぅ」
ツクシはそのまま床に寝転がって手足をじたばたさせる。
「こどもか!」
ユウとフーディのツッコミが同時に入るのであった。
ツクシはじたばた。リンは困惑。フーディは笑いを堪えている。
その光景がなんだか可笑しくて、
ユウはふっと息をついた。
柔らかいユウの笑顔が、そっと三人を包み込む。
差し込む柔らかな陽光が、四人の影を、そっと寄り添わせた――
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