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第507章 腰の双剣『壊のシヴァル』『絶死タナトシア』
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「……よろしくお願いしますです!」
プルト城の王女ネィムが明るい声を出す。光の女神ティアが、ネィムの小さな肩に優しく手を載せた。
「ネィムはヒーラーなの。仲良くしてあげてね」
輝久は少し緊張しつつ、ユアンとクローゼの顔を見やる。つい先程、出会ったばかりの新しい仲間だ。上手くやっていけるのだろうか、という輝久の不安は杞憂。ユアンもクローゼもネィムを見て、親しげに微笑んだ。
「ネィムは妹みてえで可愛いな!」
「僕はユアン。よろしくね、ネィム」
「はいです! こちらこそよろしくお願いしますです!」
それなり会話して皆が打ち解けた後、クローゼが輝久の手を引いた。強引なクローゼに驚きつつも、輝久は武芸都市ソブラを案内される。ソブラの大通りは、意外にも閑散としていた。
「数日前に武芸大会があったんだ! テルと一緒に回れなくて残念だよ!」
「そうなんだ。ちょっと見たかったかも」
祭りの後だから、通りに人が少ないのかも知れないと輝久は思った。ユアンが顎に手を当てて武芸大会を回想する。
「本当に凄かったよね! 今回の優勝者!」
「ああ! 前回に続き、V2を達成しやがった! 今回は剣を三本も飲み込んだんだ!」
「け、剣を!? 凄いのです!! ネィムも見てみたかったのです!!」
輝久達はそんなたわいのない会話で盛り上がりながら、ソブラを歩いていた。ソブラは武芸都市であり、奇抜な格好や独特な格好をした者達が沢山居る。
だから――着物の男が、輝久の真横を通り過ぎて、ティアに向かったことに気を払う者など誰もいなかった。
「……かひゅ」
掠れたティアの声が聞こえ、輝久は後ろを振り返る。
「え……?」
ティアは首から血を流して倒れていた。目を大きく見開いたまま、ビクビクと体を痙攣させている。傍には血に濡れた剣を持った着物の男が居て、哄笑していた。
「ひははははははは! まずは女神!」
「て、ティア!? 嘘だろ!?」
「下がってろ、テル!」
ティアが殺害されて動揺する輝久の肩を、クローゼがぐいと引いた。輝久の前にはクローゼ。怯えて震えるネィムの前には、ユアンがかばうように立ちはだかる。
着物の男――覇王サムルトーザは自らのこめかみを押さえながら、口元を歪めていた。
「てめえら見つけるのに随分、手間取っちまった。こめかみの辺り、ビキビキきてっからよー。楽に死ねると思うなよ?」
言いながらサムルトーザは腰の剣を抜く。それはフェンシングのような細身の剣で先端が針のように尖っていた。
「邪技の弐!『破戒』!」
刹那、サムルトーザの姿が輝久の視界から消えた。砂利を踏む足音が聞こえ、輝久は振り返る。サムルトーザはいつの間にか輝久達を通り過ぎていた。
「……っ?」
輝久は軽い痛みを感じて、自らの両腕を見る。鎧で防御しきれていない部分に赤い斑点が数カ所、浮き出ていた。
「ユアンさん!」
ネィムの声が響き、輝久はユアンの方を窺う。ユアンの全身には、輝久よりも多い数の斑点が浮き出ている。
「ね、ネィムをかばってくれたのです!」
泣き声で言う。ハッと気付いて輝久はクローゼを見た。思った通り、クローゼにもユアンと同じ大量の斑点が。クローゼは輝久の前に立っていた。だから、より激しい攻撃を受けてしまったようだ。
クローゼは笑顔で輝久に親指を立てる。
「たいしたことねえ! 掠り傷だ! アイツ案外、非力だぜ!」
「そ、そうか! かばってくれてありがとな、クローゼ!」
だが輝久が感謝を言った途端、クローゼの体中の斑点から血液が溢れ出た。思い切り蛇口を捻ったように、小さな傷痕から大量に出血する。
「な、何だ、こりゃあ……血が止まらねえ……?」
「ひはははははは! 誰が非力だって? バカ女!」
サムルトーザが嗤う。唸り声が聞こえて、輝久はユアンの方を見た。ユアンの全身からも、小さな傷口に見合わない激しい出血があった。
「うう……っ!」
輝久は怯えながら着物の男を見る。トドメを刺しに来ると思ったからだ。だが、サムルトーザは余裕の表情で剣を肩にトントンと載せ、この状況を楽しんでいるようだった。
「壊の剣シヴァルから繰り出す『破戒』で出来た傷は回復不能だ。出血多量で、ゆっくり死んでくれよ」
「か、回復不能? 何だよ、それ……!」
輝久は呟くように言う。輝久の体の斑点からも出血が始まっていた。時間が経つごとに、勢いよく血液が噴出する。手で押さえて止血しようにも、指の隙間から血液が溢れ出る。
「ぐっ!」と唸り、絶望する輝久を見て、サムルトーザは口を三日月にして笑った。
「けどまぁ、そうだな。優秀なヒーラーがいりゃあ、出血を止められるかも知れないぜ?」
咄嗟に、輝久はネィムに視線を向ける。
「ネィム! 回復魔法だ!」
「わ、分かりましたです! で、でも誰を最初に……?」
既にユアンは激しい全身の出血により、地面にくずおれていた。這々の体のユアン。それでも最後の力を振り絞るように言う。
「僕より先に……クローゼを助けてやって……たった一人の妹なんだ……」
「あ、あの……っ! ネィムはどうしたら……?」
助けを求めるように、ネィムは輝久に視線を向けていた。クローゼもユアンもどちらも重傷である。一方を治癒するということは、つまり、もう片方を見捨てることと同義であり、優しいネィムは判断が出来なかったのだ。
「オラオラ。さっさと決めろよ。どっちも死んじまうぜ?」
輝久は焦っていた。自分だって出血がある。輝久自身も早くネィムに治して貰わねばならない。
輝久はアタフタと戸惑うネィムに叫ぶ。
「何してんだよ! ユアンが言ったろ! まずはクローゼからだ!」
「は、はいです!」
ネィムにも無論、出血はあった。それでもネィムは、自分のことなど忘れたかのように一目散にクローゼに向かう。そして、治癒魔法を発動。淡い光を放つ両手をクローゼに向ける。
だが、出血は止まらない。多量の出血で意識を失っているクローゼの体から、勢いよく噴出し続ける。ネィムの背後から輝久が、けしかけるように言う。
「もっとだ! もっと、治癒の力を強くしろ!」
「こ、これ以上は出来ないのです……ごめんなさいです……」
ネィムは目に涙を溜めて謝っていた。その様子に、輝久の怒りはより一層、強くなる。
「お前、ヒーラーだろ! 何やってんだよ! 全然、使えねえじゃんか!」
「許してくださいです……許してくださいです……!」
輝久は舌打ちして、ユアンを振り返る。体の血液の半分以上が溢れ出た大きな血だまりの中、ユアンはもうピクリとも動いていなかった。
「ゆ、ユアン……!」
ユアンの死は、輝久の焦りに拍車を掛ける。このままでは、自分も死んでしまう! 出血多量で、惨めに地に伏せたまま……!
「ごめんなさいです、ごめんなさいです」
「だから、謝る暇があったら、もっと治癒の力を出せってんだよ!!」
輝久に怒声をぶつけられて、ネィムは更に泣きじゃくる。その時――。
「……やめてやれ、テル」
出血で一時的に気を失っていたクローゼが、意識を取り戻した。クローゼは自分に向けて治癒魔法を施しているネィムの小さな頭を優しく撫でる。
「ネィムは一生懸命やってる」
サムルトーザが笑い声を上げた。
「ひははは! それで全力かよ! 使えねえなあ、ド三流ヒーラー! テメーなんぞ、世界にゃ腐るほどいるぜ!」
サムルトーザの言葉に震えるネィム。クローゼは血塗れのまま、ネィムの頭に手を当てて、ニカッと笑った。
「気にすんな、ネィム」
そして、打って変わって獰猛な目をサムルトーザに向ける。
「世界に腐る程いるだと? 怪我してる仲間の為に涙を流せる――こんな優しいヒーラー、ネィム一人しかいねえよ!」
「ほう。一人しかいねえんだ?」
サムルトーザはネィムに歩み寄りながら、腰からもう一対の剣を抜く。黒い刀身の剣を見て、クローゼの顔が青ざめた。
「て、てめえ……何を?」
「邪技の惨!『必絶殺』!」
サムルトーザは黒い剣を、治癒魔法を発動しているネィムの背中に突きつけた。瞬時に、ネィムの全身がドット絵のように細かく分解される。そして――空気に溶けるように飛散。叫び声を上げる間もなく、ネィムはこの世から消失した。
「ネィム……!」
クローゼが愕然と呟く。頭に手を載せていたネィムは、一欠片の肉片も残さず、完全に消え失せてしまった。サムルトーザが狂ったように笑う。
「ひひひひははははははは! 一人しかいねえ大事なヒーラーが消えちまったなあ!」
「この……クソ野郎……!」
目を血走らせてサムルトーザを睨むクローゼ。だが、そんなクローゼに斬りかかることなく、サムルトーザはただ剣を肩に載せて見物していた。
「てめえらは、じきに出血多量で死ぬ。死に際はどんな哀れな顔を見せてくれんだ?」
輝久はゼェゼェと呼吸を荒くする。ユアンの死も、ネィムの死も、関係なかった。ただ徐々に自身の血液が失われていく恐怖。死にたくない、死にたくない!――それだけが輝久の頭の中、充満していた。
やがて体温が失われて、寒くなってくる。死を身近に感じて輝久は叫ぶ。
「ど、どうして俺がこんな目に! 何が神の恩赦だよ! 何処が、ほのぼの世界だよ! 地獄みたいな異世界じゃねえかよ!」
その時、近くで同じようにくずおれていたクローゼが、血だまりの中で口を開いた。
「テル……」
「何だよ! そんな目で見るんじゃねえよ! こんな奴が勇者なのかって思ってんだろ! そうだよ! 俺は勇者なんて名ばかりの、」
怒りと恐怖で絶叫する。すると、クローゼは優しい笑顔で、右手を輝久の方へと伸ばした。
「テル……守れなくてごめんな……」
「……クローゼ?」
伸ばした手が力を無くして、血だまりに落ちる。サムルトーザが片方の口角を上げた。
「随分、粘ったが女も死んだな。後はてめえ一人だ」
瞬間、輝久は体の痛みも死の恐怖も忘れて、クローゼの死に顔を呆然と眺めた。
「何を……やってんだ……俺は……?」
輝久はゆっくりと振り返り、ネィムとユアンの亡骸を見た。胸の奥から、死ぬよりもずっと辛い悔恨の念が這い上ってくる。
「皆……俺を守って死んで……なのに、仲間に毒づいて……」
手を伸ばす途中で事切れたクローゼに近寄ろうとした。意味はなかった。ただ、差し出されたクローゼの手をどうしても握りたかった。だが、既に出血多量で輝久の体は思うように動かせない。
クローゼまで後、数十センチのところで輝久は動けなくなり、地面に伏した。体の感覚は既に無い。
「クローゼ……ユアン……ネィム……ごめん……ごめん……」
体は動かない。だが、輝久の目からは涙が溢れ、大量の血液と共に地面を濡らした。
朦朧とする意識。いつの間にか、輝久の前にサムルトーザが立っていた。血と涙に塗れてぐしゃぐしゃになった輝久の顔を見て、邪悪な笑みを浮かべる。
「いいねえ。良い面が最後に拝めて、俺ァ、満足だよ」
そしてサムルトーザは、輝久の頭部に剣を振り下ろした。
プルト城の王女ネィムが明るい声を出す。光の女神ティアが、ネィムの小さな肩に優しく手を載せた。
「ネィムはヒーラーなの。仲良くしてあげてね」
輝久は少し緊張しつつ、ユアンとクローゼの顔を見やる。つい先程、出会ったばかりの新しい仲間だ。上手くやっていけるのだろうか、という輝久の不安は杞憂。ユアンもクローゼもネィムを見て、親しげに微笑んだ。
「ネィムは妹みてえで可愛いな!」
「僕はユアン。よろしくね、ネィム」
「はいです! こちらこそよろしくお願いしますです!」
それなり会話して皆が打ち解けた後、クローゼが輝久の手を引いた。強引なクローゼに驚きつつも、輝久は武芸都市ソブラを案内される。ソブラの大通りは、意外にも閑散としていた。
「数日前に武芸大会があったんだ! テルと一緒に回れなくて残念だよ!」
「そうなんだ。ちょっと見たかったかも」
祭りの後だから、通りに人が少ないのかも知れないと輝久は思った。ユアンが顎に手を当てて武芸大会を回想する。
「本当に凄かったよね! 今回の優勝者!」
「ああ! 前回に続き、V2を達成しやがった! 今回は剣を三本も飲み込んだんだ!」
「け、剣を!? 凄いのです!! ネィムも見てみたかったのです!!」
輝久達はそんなたわいのない会話で盛り上がりながら、ソブラを歩いていた。ソブラは武芸都市であり、奇抜な格好や独特な格好をした者達が沢山居る。
だから――着物の男が、輝久の真横を通り過ぎて、ティアに向かったことに気を払う者など誰もいなかった。
「……かひゅ」
掠れたティアの声が聞こえ、輝久は後ろを振り返る。
「え……?」
ティアは首から血を流して倒れていた。目を大きく見開いたまま、ビクビクと体を痙攣させている。傍には血に濡れた剣を持った着物の男が居て、哄笑していた。
「ひははははははは! まずは女神!」
「て、ティア!? 嘘だろ!?」
「下がってろ、テル!」
ティアが殺害されて動揺する輝久の肩を、クローゼがぐいと引いた。輝久の前にはクローゼ。怯えて震えるネィムの前には、ユアンがかばうように立ちはだかる。
着物の男――覇王サムルトーザは自らのこめかみを押さえながら、口元を歪めていた。
「てめえら見つけるのに随分、手間取っちまった。こめかみの辺り、ビキビキきてっからよー。楽に死ねると思うなよ?」
言いながらサムルトーザは腰の剣を抜く。それはフェンシングのような細身の剣で先端が針のように尖っていた。
「邪技の弐!『破戒』!」
刹那、サムルトーザの姿が輝久の視界から消えた。砂利を踏む足音が聞こえ、輝久は振り返る。サムルトーザはいつの間にか輝久達を通り過ぎていた。
「……っ?」
輝久は軽い痛みを感じて、自らの両腕を見る。鎧で防御しきれていない部分に赤い斑点が数カ所、浮き出ていた。
「ユアンさん!」
ネィムの声が響き、輝久はユアンの方を窺う。ユアンの全身には、輝久よりも多い数の斑点が浮き出ている。
「ね、ネィムをかばってくれたのです!」
泣き声で言う。ハッと気付いて輝久はクローゼを見た。思った通り、クローゼにもユアンと同じ大量の斑点が。クローゼは輝久の前に立っていた。だから、より激しい攻撃を受けてしまったようだ。
クローゼは笑顔で輝久に親指を立てる。
「たいしたことねえ! 掠り傷だ! アイツ案外、非力だぜ!」
「そ、そうか! かばってくれてありがとな、クローゼ!」
だが輝久が感謝を言った途端、クローゼの体中の斑点から血液が溢れ出た。思い切り蛇口を捻ったように、小さな傷痕から大量に出血する。
「な、何だ、こりゃあ……血が止まらねえ……?」
「ひはははははは! 誰が非力だって? バカ女!」
サムルトーザが嗤う。唸り声が聞こえて、輝久はユアンの方を見た。ユアンの全身からも、小さな傷口に見合わない激しい出血があった。
「うう……っ!」
輝久は怯えながら着物の男を見る。トドメを刺しに来ると思ったからだ。だが、サムルトーザは余裕の表情で剣を肩にトントンと載せ、この状況を楽しんでいるようだった。
「壊の剣シヴァルから繰り出す『破戒』で出来た傷は回復不能だ。出血多量で、ゆっくり死んでくれよ」
「か、回復不能? 何だよ、それ……!」
輝久は呟くように言う。輝久の体の斑点からも出血が始まっていた。時間が経つごとに、勢いよく血液が噴出する。手で押さえて止血しようにも、指の隙間から血液が溢れ出る。
「ぐっ!」と唸り、絶望する輝久を見て、サムルトーザは口を三日月にして笑った。
「けどまぁ、そうだな。優秀なヒーラーがいりゃあ、出血を止められるかも知れないぜ?」
咄嗟に、輝久はネィムに視線を向ける。
「ネィム! 回復魔法だ!」
「わ、分かりましたです! で、でも誰を最初に……?」
既にユアンは激しい全身の出血により、地面にくずおれていた。這々の体のユアン。それでも最後の力を振り絞るように言う。
「僕より先に……クローゼを助けてやって……たった一人の妹なんだ……」
「あ、あの……っ! ネィムはどうしたら……?」
助けを求めるように、ネィムは輝久に視線を向けていた。クローゼもユアンもどちらも重傷である。一方を治癒するということは、つまり、もう片方を見捨てることと同義であり、優しいネィムは判断が出来なかったのだ。
「オラオラ。さっさと決めろよ。どっちも死んじまうぜ?」
輝久は焦っていた。自分だって出血がある。輝久自身も早くネィムに治して貰わねばならない。
輝久はアタフタと戸惑うネィムに叫ぶ。
「何してんだよ! ユアンが言ったろ! まずはクローゼからだ!」
「は、はいです!」
ネィムにも無論、出血はあった。それでもネィムは、自分のことなど忘れたかのように一目散にクローゼに向かう。そして、治癒魔法を発動。淡い光を放つ両手をクローゼに向ける。
だが、出血は止まらない。多量の出血で意識を失っているクローゼの体から、勢いよく噴出し続ける。ネィムの背後から輝久が、けしかけるように言う。
「もっとだ! もっと、治癒の力を強くしろ!」
「こ、これ以上は出来ないのです……ごめんなさいです……」
ネィムは目に涙を溜めて謝っていた。その様子に、輝久の怒りはより一層、強くなる。
「お前、ヒーラーだろ! 何やってんだよ! 全然、使えねえじゃんか!」
「許してくださいです……許してくださいです……!」
輝久は舌打ちして、ユアンを振り返る。体の血液の半分以上が溢れ出た大きな血だまりの中、ユアンはもうピクリとも動いていなかった。
「ゆ、ユアン……!」
ユアンの死は、輝久の焦りに拍車を掛ける。このままでは、自分も死んでしまう! 出血多量で、惨めに地に伏せたまま……!
「ごめんなさいです、ごめんなさいです」
「だから、謝る暇があったら、もっと治癒の力を出せってんだよ!!」
輝久に怒声をぶつけられて、ネィムは更に泣きじゃくる。その時――。
「……やめてやれ、テル」
出血で一時的に気を失っていたクローゼが、意識を取り戻した。クローゼは自分に向けて治癒魔法を施しているネィムの小さな頭を優しく撫でる。
「ネィムは一生懸命やってる」
サムルトーザが笑い声を上げた。
「ひははは! それで全力かよ! 使えねえなあ、ド三流ヒーラー! テメーなんぞ、世界にゃ腐るほどいるぜ!」
サムルトーザの言葉に震えるネィム。クローゼは血塗れのまま、ネィムの頭に手を当てて、ニカッと笑った。
「気にすんな、ネィム」
そして、打って変わって獰猛な目をサムルトーザに向ける。
「世界に腐る程いるだと? 怪我してる仲間の為に涙を流せる――こんな優しいヒーラー、ネィム一人しかいねえよ!」
「ほう。一人しかいねえんだ?」
サムルトーザはネィムに歩み寄りながら、腰からもう一対の剣を抜く。黒い刀身の剣を見て、クローゼの顔が青ざめた。
「て、てめえ……何を?」
「邪技の惨!『必絶殺』!」
サムルトーザは黒い剣を、治癒魔法を発動しているネィムの背中に突きつけた。瞬時に、ネィムの全身がドット絵のように細かく分解される。そして――空気に溶けるように飛散。叫び声を上げる間もなく、ネィムはこの世から消失した。
「ネィム……!」
クローゼが愕然と呟く。頭に手を載せていたネィムは、一欠片の肉片も残さず、完全に消え失せてしまった。サムルトーザが狂ったように笑う。
「ひひひひははははははは! 一人しかいねえ大事なヒーラーが消えちまったなあ!」
「この……クソ野郎……!」
目を血走らせてサムルトーザを睨むクローゼ。だが、そんなクローゼに斬りかかることなく、サムルトーザはただ剣を肩に載せて見物していた。
「てめえらは、じきに出血多量で死ぬ。死に際はどんな哀れな顔を見せてくれんだ?」
輝久はゼェゼェと呼吸を荒くする。ユアンの死も、ネィムの死も、関係なかった。ただ徐々に自身の血液が失われていく恐怖。死にたくない、死にたくない!――それだけが輝久の頭の中、充満していた。
やがて体温が失われて、寒くなってくる。死を身近に感じて輝久は叫ぶ。
「ど、どうして俺がこんな目に! 何が神の恩赦だよ! 何処が、ほのぼの世界だよ! 地獄みたいな異世界じゃねえかよ!」
その時、近くで同じようにくずおれていたクローゼが、血だまりの中で口を開いた。
「テル……」
「何だよ! そんな目で見るんじゃねえよ! こんな奴が勇者なのかって思ってんだろ! そうだよ! 俺は勇者なんて名ばかりの、」
怒りと恐怖で絶叫する。すると、クローゼは優しい笑顔で、右手を輝久の方へと伸ばした。
「テル……守れなくてごめんな……」
「……クローゼ?」
伸ばした手が力を無くして、血だまりに落ちる。サムルトーザが片方の口角を上げた。
「随分、粘ったが女も死んだな。後はてめえ一人だ」
瞬間、輝久は体の痛みも死の恐怖も忘れて、クローゼの死に顔を呆然と眺めた。
「何を……やってんだ……俺は……?」
輝久はゆっくりと振り返り、ネィムとユアンの亡骸を見た。胸の奥から、死ぬよりもずっと辛い悔恨の念が這い上ってくる。
「皆……俺を守って死んで……なのに、仲間に毒づいて……」
手を伸ばす途中で事切れたクローゼに近寄ろうとした。意味はなかった。ただ、差し出されたクローゼの手をどうしても握りたかった。だが、既に出血多量で輝久の体は思うように動かせない。
クローゼまで後、数十センチのところで輝久は動けなくなり、地面に伏した。体の感覚は既に無い。
「クローゼ……ユアン……ネィム……ごめん……ごめん……」
体は動かない。だが、輝久の目からは涙が溢れ、大量の血液と共に地面を濡らした。
朦朧とする意識。いつの間にか、輝久の前にサムルトーザが立っていた。血と涙に塗れてぐしゃぐしゃになった輝久の顔を見て、邪悪な笑みを浮かべる。
「いいねえ。良い面が最後に拝めて、俺ァ、満足だよ」
そしてサムルトーザは、輝久の頭部に剣を振り下ろした。
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