機械仕掛けの最終勇者

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第4893章 封剣アダマ・エヴァ

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 武芸大会を翌日に控え、輝久はユアンと一緒にソブラの服屋に向かっていた。

 クローゼの剣の演舞に、ネィムとティアも合同で参加することになった。三人は演舞の練習で忙しい為、輝久とユアンが彼女らの衣装や、飾り付けを担当したのだ。

 大通りから逸れた人気ひとけの無い路地裏を歩きながら、輝久は楽しげな気分でユアンに話しかける。

「しっかし、ネィムは良いとして、ティアまで参加するとはなあ」
「あはは。クローゼに無理矢理誘われて、って感じだったけど」
「確かに!」

 ユアンと一緒に笑う。準備の期間、ほとんどユアンと一緒にいたせいで、二人は親友のように仲良くなっていた。

 もうすぐ路地裏を抜けるという時。ふと、輝久の目の前に、逆光に照らされるようにして、幾本もの剣を背負った着物の男が立っている。

 懐中時計のような物を見て、男はにやりと笑った。

「先に勇者に出会っちまったな。……おい。女神は何処だ?」

 男から醸し出される剣呑な雰囲気を感じ取り、輝久はごくりと生唾を飲み込んだ。

「女神の所まで案内しな。そしたら殺さねえでやっても良いぜ?」

 冗談で言っている気がしない。コイツをこのまま通せば、ティア、クローゼ、そしてネィムはおそらく殺される。理由や説明の無いことが大嫌いな輝久だったが、それでも何故かそう直感していた。

 輝久は男を睨む。

「お前みたいな危なそうな奴、仲間に会わせられる訳ないだろ!」

 男の体から醸し出される、殺意と死の気配。輝久は内心、震え上がっていた。それでも、絶対に此処で止めなければならないと思った。

 ネィムもクローゼも、もっと言えばティアでさえ、出会ってまだ日が浅い。見知ったばかりの仲間のことを、どうしてここまで親身に真剣に思うのか、輝久自身も不思議だった。

 ごきり、と。覇王サムルトーザが片手の拳を鳴らす。

「……テル。下がって」

 ユアンが真剣な表情で、輝久の一歩前に歩み出た。

「見るからに彼は剣士。そして、僕は魔法使い。単純に考えれば、僕が有利だ」

 ユアンが呪文を詠唱しながら両手を広げる。ユアンの前方に火球が十数個、出現した。

「火炎魔法で彼の動きを止める。人を傷付けるこんな魔法、ホントは使いたくないんだけどね」

 初めてユアンの魔法を見て、輝久は驚く。瞬時にして作り出した十数個のファイアボール。平和な異世界アルヴァーナで、この魔力はなかなかのものではないだろうか。

「ケッ。笑わせんじゃねえよ。初級魔術に毛が生えた程度じゃねえか」

 しかし、サムルトーザはユアンの作った火球を一笑に付した。

「確かに剣士と魔術師なら魔術師の方が有利だろうよ。だがな。俺ァ、今までてめえなんぞと比べものにならねえ上級魔術師と戦ってきた……」

 そして、背から一本の剣を抜く。まだら色の刀身の剣は、瘴気のようなオーラをまとい、驚くことに呻き声を発していた。

「これが対魔術師用――『封剣アダマ・エヴァ』だ」

 呪念を固めて出来たような、おぞましい剣をサムルトーザは横一文字に薙ぐ。途端、剣から漏れ出たように暗闇が発生する。空間に黒のペンキをブチ撒けたように闇が飛翔し、ユアンが作り出した火球を全て飲み込んで消滅させた。

「こ、こんな……!」
「ひははははは!」

 嗤いながらサムルトーザは、言葉を失うユアンに突進した。そして、剣の柄をユアンの顔面に叩き付けた。「ぐっ」と呻きながらユアンが倒れる。

「ユアン!」

 叫んだ輝久の目前、既にサムルトーザは方向を変えて至近している。同じように剣の柄で、みぞおちを抉られ、輝久はうずくまる。

「あがっ! かはっ!」

 悶絶する輝久の前。どうにか立ち上がったユアンが、よろよろと歩いて、輝久をかばうように立ちはだかる。サムルトーザの笑い声が響く。

「何だ、そりゃあ? てめえらなんぞ殺そうと思えば、二人まとめて簡単に殺れるんだぜ?」

 男の言葉は真実だと輝久は思った。ユアンの魔法を消失させた技に加え、瞬間移動のような速度。今、首をはねなかったのは、自分達が絶望する姿を見たかったからに違いない。

「ひははは! 弱すぎて、実力差も分からねえか?」

 そう言いながら、サムルトーザはユアンの腹部に左拳を突き立てる。強烈な拳でユアンの体が宙に浮いた。ユアンは胃液を吐きながら、うずくまる。

 ボロボロのユアン。それでも膝に手を当て、また立ち上がる。

「ユアン! もう良い! 逃げてくれ!」

 自分の代わりにサムルトーザに殴打されているユアンを直視出来なくて、輝久は叫んだ。しかし、ユアンは血に濡れた口角を上げて、首を振ると、サムルトーザに視線を向けた。

「き、君の言う通りだよ。確かに僕は弱い。それでも、テルを守らなきゃ。テルは僕らの希望。アルヴァーナを救う勇者なんだ」
「ユアン……!」

 ユアンの言葉を聞いて、サムルトーザはにやりと口元を歪め、輝久を見据える。額にあるサムルトーザの第三の目が赤く輝く。

「面白れえことを教えてやるよ。攻撃力35に、防御力21。てめえが命がけで守ってる勇者は、てめえ以下のゴミカスだ」

 輝久の能力値を読み取り、サムルトーザは一層、楽しげに嗤った。

「ひひはははは! たとえ百回生まれ変わったとしても! どんな奇跡が起きようと! コイツは、どの覇王にも勝つことは出来ねえ!」

 サムルトーザはユアンの顔が絶望に染まるのを見たかったのだろう。だが、ユアンは苦しげな顔のまま、にこりと微笑んだ。

「テルは勇者……今は弱くても、いつかきっと強くなる……僕達の希望だ……」

 余裕ぶって笑っていたサムルトーザの顔は、ユアンを見て、憤怒の形相へと変化した。

「ビキッときたぜ。こめかみの辺りがよ」

 サムルトーザは封剣アダマ・エヴァを大きく振りかぶる。まだら色の剣が生き物のように、怨念の籠もった唸り声をあげた。

「ただじゃあ殺さねえ。低級世界の弱小魔術師に領域レベルの違いを見せてやる。消えちまえよ! 入口はあっても出口のない常闇の世界に!」

 そしてサムルトーザはアダマ・エヴァを地面に叩き付ける。

「邪技の肆!『溶獄』!」

 サムルトーザが、剣で地を抉ったのは自身の足元である。なのに、輝久とユアンの立っている地面にブラックホールのような黒円が広がり――二人はその内部へと吸い込まれる。

「うわあああっ!?」

 
 ……気付けば、輝久は一寸先も見えない漆黒に包まれていた。

「テル! テル! 無事かい?」
「ユアン? ああ、よかった!」

 暗闇の中、ユアンの声が聞こえて輝久は少し安堵する。やがて、ユアンは火の魔法を発動して周囲を照らした。

「こ、此処は……?」

 輝久は照らされた範囲をぐるり見渡す。それは半径3、4メートルの洞穴のようだった。だが、その壁は粘液に塗れて、微かに脈打っている。

「……っ?」

 不意に刺すような痛みを感じて、輝久は自分の右手を見た。粘液の付いた手が、硫酸に触れたように皮膚が溶け、血が滲んでいる。同じような痛みを足の裏にも感じた。靴の裏が溶けて、地面から粘液が入ってきている。

「な、何だよ、コレ! 畜生!」

 輝久は自分達の置かれている状況を理解して、叫ぶ。まるで、巨大な怪物の胃の中に落とされたかのよう。このままでは全身、溶かされてしまう。

 輝久は、持っていた銅の剣を内壁に叩き付けた。だがゴムのようで手応えがない。僅かに出来た傷も、壁はすぐに修復してしまう。

「諦めないで、テル! どうにかして出口を作るんだ!」

 ユアンもまた火球を壁や地面、天井に向けて放っていた。

 ……ただ時間だけが刻々と過ぎる。剣の攻撃も、ユアンの火球も壁を砕くことは出来なかった。天井から垂れた粘液が輝久の顔に掛かり、焼くような痛みで皮膚を溶かす。

 何百回、剣を叩き付けたろう。絶望に心を支配されて、輝久は剣を捨てる。

「もうダメだ……此処からは出られない……」

 それでもユアンは呪文を唱え、火球を壁に当て続けていた。

「ユアン! 無理だって!」

 輝久が叫ぶ。しばらくして火球が止まり、ユアンの声がした。

「最後まで諦めちゃダメだよ」
「だって! アレ、見ろよ!」

 ユアンが火球を何発も当てた壁は自然修復されて、最初の頃とまるで変化がない。歯を食いしばり、目に涙を滲ませる輝久に、ユアンは優しく語りかけた。

「テル。聞いて。僕の父さんが昔、言ってたんだ。試練はね。その人が乗り越えられるからこそ、与えられるものなんだって」
「そんなの……」

 詭弁だと思った。それでもユアンは微笑む。

「テルは勇者だ。この試練だって、きっと乗り越えられる。それに、出口のない迷路なんてない――僕はそう思うよ」
「ユアン……」

 ユアンに鼓舞されて輝久はもう一度、剣を拾った。そして壁に向けて、再び叩き付けた。何度も、何度も、何度も。

 天井から降り注ぐ粘液で顔はただれ、手からは血が噴出し、薄らと白い骨が見えた。それでも輝久は剣を振りかぶる。

「戻らなきゃ……! ネィムが……クローゼが……ティアが……アイツに殺される!」

 やがて、微かに灯されていた灯りが消えて、辺りは完全な闇に包まれる。

「……ユアン? ユアン!」

 何度も叫ぶが、仲間の声はもう返ってこなかった。

「クソッ! クソッ! クソッ!」

 涙を零しながら、輝久は剣で壁を打ち続けた。だが、急にバランスを崩して倒れてしまう。足の一部も溶かされたようだ。

「諦めない……諦め……ない……!」

 ユアンに言われた言葉を繰り返しながら、筆舌に尽くしがたい痛みに耐え、輝久は地を這いずる。ああ、そうだ! 地面だ! 地面に出口が隠されているかも知れない! どうして気付かなかったんだ!

 既に意識は混沌としていた。輝久は粘液の溜まった地面に、骨の露出した両手を浸けて、まさぐった。

 だが、出口は見つからない。漆黒の闇の中で、全身の感覚が無くなっていく。 
 
 突然、不意に、体中の激痛が嘘のように消失して、輝久はほんの少し笑った。

「ユアン……俺、頑張ったよ……最後まで……諦めなかったよ……」
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