機械仕掛けの最終勇者

土日月

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第?章 記憶の残滓

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 端の見えない漆黒の長卓を、覇王達が囲んでいる。長卓の中央には、鈍い輝きを放つ、大きな水晶玉があった。水晶玉は、羽の生えた小さな目玉を介して、まるでドローンの映像のように上空から、アルヴァーナの光景を映していた。

 エウィテルとギャランが、勇者に倒された時、黒の長卓にはざわめきが起こった。

「二体掛かりでも……!」
「それより、勇者のあの姿は?」
「女神と合体しているのだろう。それが奴の強さの秘密だ」
「しかし、それだけで複数の覇王達を倒せるものか?」

 邪悪に満ちた声が行き交う。そんな中、長卓の奥より、冷徹な女性の声が響く。

「……皆様。静粛に」

 時の覇王クロノザの声に、各々の世界を牛耳っていた覇王達が静まり返る。クロノザは少しの沈黙の後、言葉を紡ぐ。

「邪神が御力を発揮されます」

 言うや、クロノザのいる場所から更に奥より、耳障りな呻き声が聞こえた。

「ううううう……おおおおおおおお……」

 男か女かも分からない。だが、怨嗟に満ちた声だった。覇王達もただならぬ雰囲気を感じてか、皆一様に固唾を呑んだ。

 クロノザだけが、口を開く。

「かつて光の神から受けた攻撃により、彼女は未だに完全体ではありません。それでも、その大いなる御力によって、影で暗躍している者が炙り出されたようです」

 長卓の中央に置かれた水晶玉が、黒い邪気に包まれた。水晶玉はシアプの岩場上空を映していたが、途端、何も無かった空間にぼんやりと人の姿が映し出される。

「何だ、アレは……!」

 覇王の誰かがそう呟いた。白いヒゲを生やした老人がシアプの岩場上空に浮遊していた。

 時の覇王は淡々と告げる。

「あれはおそらく、にえの勇者――草場輝久でしょう」
「勇者だと!? あの老いぼれが!?」
「どうして分離したのかは分かりませんが、草場輝久の思念体だと推測されます。いわば、六万回以上繰り返した記憶の集積体。彼奴が勇者と女神に覇王達の弱点を教えているのでしょう。『女神との合体による能力向上に加え、覇王達の情報共有』――それが強さの秘密です」

 唸る覇王達。だが、クロノザは水晶玉に映る輝久老人の思念体を見ながら、全く動揺のない口調で言う。

「ならば、その存在を消せば良い」

 ……『ことり』と音がした。黒の長卓には溝があり、そこを陶器の目玉が転がる。

 やがて目玉は、褐色の肌に尖った耳を持つダークエルフの前で止まった。

「やったー! アタシの番だー!」

 覇王らしからぬ、甲高く無邪気な声でダークエルフは叫んだ。クロノザは微かに笑う。

「ロロゲ。アナタには二つ、やって貰いたいことがあります」
「分かってるってー! 勇者と女神をブッ壊すのと、そのジジイ――思念体の破壊っしょ?」
「理解が早くて助かります」
「じゃ、行ってくるねー!」

 待ちきれないといった様子のロロゲに合わせるように、その姿はすぐさま淡い光に包まれ、輪郭を薄くして黒の長卓より消える。

 戴天王界よりアルヴァーナへと向かったロロゲを見て、覇王達が呟く。

「ロロゲか。凄まじい力を持つ超越者に違いはないが……」
「うむ。ロロゲだけで平気なのか? 先程は、二体掛かりでもやられたではないか」

 黒の長卓は、またもざわざわと騒がしくなる。老婆のような風体の覇王が、怒気を孕んだ声をあげた。

「時の覇王クロノザ! そもそも、お前が時間を操れば、すぐに終わる話じゃないのかい?」

『そうだ』と賛成する声があがる。クロノザは、やはり冷静さを持って返答する。

「邪神に至らぬ身には、色々と制約があるのです。無論、私が邪神になれば、今よりもっと自在に時を操ることができるのでしょうが――」
「嘘を吐きな! お前が以前、時を止めてサムルトーザの背後に立ったのを、アタシは見たよ!」
「ともかく。今はまだ私が力を使う段階ではありません」

 諭すようにクロノザは言うが、老婆の怒気が皆に伝播したのか、ざわつきは収まらなかった。

  やがて、長卓の奥で席を立つ音が聞こえた。コツコツと踵の高い靴音が聞こえて、女が黒の長卓中央へ歩み寄る。

「皆様、静粛に。可逆神殺かぎゃくしんさつの計は依然、問題なく進行しています」

 額に第三の目がある女は、手にワイングラスを持っていた。血のような赤い液体が、なみなみと注がれている。

 三つ目の女――時の覇王クロノザが言葉を続ける。

「暴虐の覇王サムルトーザでさえ、自らが生まれた一個の世界を征服したにすぎません。しかし、彼は次元の壁を超えて、六個の世界全てを滅ぼしました」
「ああ!? 一体、何の話だよ!?」

 老婆のような風体の覇王が食ってかかるように問うも、クロノザは無視して話し続ける。

「しかも、彼が滅ぼした六個の世界は、強力な勇者や救世主が召喚される世界ばかりです」
「だから一体、お前は何を言っている!」

 他の覇王達も怒りの満ちた声をあげ続ける。

 クロノザは持っていたワイングラスを頭より上に掲げた。

「私は先程から『静粛に』と言っています」

 クロノザが手を離すと、ワイングラスが床に落下した。ガラスの割れる破砕音に、覇王達は一斉に静まり返る。追い打ちを掛けるようにクロノザが言葉を紡ぐ。

「……生まれる前に戻されたいか?」

 声を荒げた訳ではない。だが、覇王達はもはや一言も発せず、息を呑む。

 クロノザの迫力に加えて、驚愕の事実。先程、割れた筈のワイングラスが、何事もなかったかのように元に戻り、クロノザの手にあった。

「時を止めるだけでなく、戻すこともできるのかい……!」

 老婆の如き覇王が畏敬の念を込めて言った。

 水を打ったように静まり返った黒の長卓。クロノザはワインを一口飲んで、穏やかな口調に戻って言う。

「ご安心を。既に六世界統一覇王メガルシフを、アルヴァーナに投入しております」
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