10 / 45
連載
第?章 記憶の残滓
しおりを挟む
端の見えない漆黒の長卓を、覇王達が囲んでいる。長卓の中央には、鈍い輝きを放つ、大きな水晶玉があった。水晶玉は、羽の生えた小さな目玉を介して、まるでドローンの映像のように上空から、アルヴァーナの光景を映していた。
エウィテルとギャランが、勇者に倒された時、黒の長卓にはざわめきが起こった。
「二体掛かりでも……!」
「それより、勇者のあの姿は?」
「女神と合体しているのだろう。それが奴の強さの秘密だ」
「しかし、それだけで複数の覇王達を倒せるものか?」
邪悪に満ちた声が行き交う。そんな中、長卓の奥より、冷徹な女性の声が響く。
「……皆様。静粛に」
時の覇王クロノザの声に、各々の世界を牛耳っていた覇王達が静まり返る。クロノザは少しの沈黙の後、言葉を紡ぐ。
「邪神が御力を発揮されます」
言うや、クロノザのいる場所から更に奥より、耳障りな呻き声が聞こえた。
「ううううう……おおおおおおおお……」
男か女かも分からない。だが、怨嗟に満ちた声だった。覇王達もただならぬ雰囲気を感じてか、皆一様に固唾を呑んだ。
クロノザだけが、口を開く。
「かつて光の神から受けた攻撃により、彼女は未だに完全体ではありません。それでも、その大いなる御力によって、影で暗躍している者が炙り出されたようです」
長卓の中央に置かれた水晶玉が、黒い邪気に包まれた。水晶玉はシアプの岩場上空を映していたが、途端、何も無かった空間にぼんやりと人の姿が映し出される。
「何だ、アレは……!」
覇王の誰かがそう呟いた。白いヒゲを生やした老人がシアプの岩場上空に浮遊していた。
時の覇王は淡々と告げる。
「あれはおそらく、贄の勇者――草場輝久でしょう」
「勇者だと!? あの老いぼれが!?」
「どうして分離したのかは分かりませんが、草場輝久の思念体だと推測されます。いわば、六万回以上繰り返した記憶の集積体。彼奴が勇者と女神に覇王達の弱点を教えているのでしょう。『女神との合体による能力向上に加え、覇王達の情報共有』――それが強さの秘密です」
唸る覇王達。だが、クロノザは水晶玉に映る輝久老人の思念体を見ながら、全く動揺のない口調で言う。
「ならば、その存在を消せば良い」
……『ことり』と音がした。黒の長卓には溝があり、そこを陶器の目玉が転がる。
やがて目玉は、褐色の肌に尖った耳を持つダークエルフの前で止まった。
「やったー! アタシの番だー!」
覇王らしからぬ、甲高く無邪気な声でダークエルフは叫んだ。クロノザは微かに笑う。
「ロロゲ。アナタには二つ、やって貰いたいことがあります」
「分かってるってー! 勇者と女神をブッ壊すのと、そのジジイ――思念体の破壊っしょ?」
「理解が早くて助かります」
「じゃ、行ってくるねー!」
待ちきれないといった様子のロロゲに合わせるように、その姿はすぐさま淡い光に包まれ、輪郭を薄くして黒の長卓より消える。
戴天王界よりアルヴァーナへと向かったロロゲを見て、覇王達が呟く。
「ロロゲか。凄まじい力を持つ超越者に違いはないが……」
「うむ。ロロゲだけで平気なのか? 先程は、二体掛かりでもやられたではないか」
黒の長卓は、またもざわざわと騒がしくなる。老婆のような風体の覇王が、怒気を孕んだ声をあげた。
「時の覇王クロノザ! そもそも、お前が時間を操れば、すぐに終わる話じゃないのかい?」
『そうだ』と賛成する声があがる。クロノザは、やはり冷静さを持って返答する。
「邪神に至らぬ身には、色々と制約があるのです。無論、私が邪神になれば、今よりもっと自在に時を操ることができるのでしょうが――」
「嘘を吐きな! お前が以前、時を止めてサムルトーザの背後に立ったのを、アタシは見たよ!」
「ともかく。今はまだ私が力を使う段階ではありません」
諭すようにクロノザは言うが、老婆の怒気が皆に伝播したのか、ざわつきは収まらなかった。
やがて、長卓の奥で席を立つ音が聞こえた。コツコツと踵の高い靴音が聞こえて、女が黒の長卓中央へ歩み寄る。
「皆様、静粛に。可逆神殺の計は依然、問題なく進行しています」
額に第三の目がある女は、手にワイングラスを持っていた。血のような赤い液体が、なみなみと注がれている。
三つ目の女――時の覇王クロノザが言葉を続ける。
「暴虐の覇王サムルトーザでさえ、自らが生まれた一個の世界を征服したにすぎません。しかし、彼は次元の壁を超えて、六個の世界全てを滅ぼしました」
「ああ!? 一体、何の話だよ!?」
老婆のような風体の覇王が食ってかかるように問うも、クロノザは無視して話し続ける。
「しかも、彼が滅ぼした六個の世界は、強力な勇者や救世主が召喚される世界ばかりです」
「だから一体、お前は何を言っている!」
他の覇王達も怒りの満ちた声をあげ続ける。
クロノザは持っていたワイングラスを頭より上に掲げた。
「私は先程から『静粛に』と言っています」
クロノザが手を離すと、ワイングラスが床に落下した。ガラスの割れる破砕音に、覇王達は一斉に静まり返る。追い打ちを掛けるようにクロノザが言葉を紡ぐ。
「……生まれる前に戻されたいか?」
声を荒げた訳ではない。だが、覇王達はもはや一言も発せず、息を呑む。
クロノザの迫力に加えて、驚愕の事実。先程、割れた筈のワイングラスが、何事もなかったかのように元に戻り、クロノザの手にあった。
「時を止めるだけでなく、戻すこともできるのかい……!」
老婆の如き覇王が畏敬の念を込めて言った。
水を打ったように静まり返った黒の長卓。クロノザはワインを一口飲んで、穏やかな口調に戻って言う。
「ご安心を。既に六世界統一覇王メガルシフを、アルヴァーナに投入しております」
エウィテルとギャランが、勇者に倒された時、黒の長卓にはざわめきが起こった。
「二体掛かりでも……!」
「それより、勇者のあの姿は?」
「女神と合体しているのだろう。それが奴の強さの秘密だ」
「しかし、それだけで複数の覇王達を倒せるものか?」
邪悪に満ちた声が行き交う。そんな中、長卓の奥より、冷徹な女性の声が響く。
「……皆様。静粛に」
時の覇王クロノザの声に、各々の世界を牛耳っていた覇王達が静まり返る。クロノザは少しの沈黙の後、言葉を紡ぐ。
「邪神が御力を発揮されます」
言うや、クロノザのいる場所から更に奥より、耳障りな呻き声が聞こえた。
「ううううう……おおおおおおおお……」
男か女かも分からない。だが、怨嗟に満ちた声だった。覇王達もただならぬ雰囲気を感じてか、皆一様に固唾を呑んだ。
クロノザだけが、口を開く。
「かつて光の神から受けた攻撃により、彼女は未だに完全体ではありません。それでも、その大いなる御力によって、影で暗躍している者が炙り出されたようです」
長卓の中央に置かれた水晶玉が、黒い邪気に包まれた。水晶玉はシアプの岩場上空を映していたが、途端、何も無かった空間にぼんやりと人の姿が映し出される。
「何だ、アレは……!」
覇王の誰かがそう呟いた。白いヒゲを生やした老人がシアプの岩場上空に浮遊していた。
時の覇王は淡々と告げる。
「あれはおそらく、贄の勇者――草場輝久でしょう」
「勇者だと!? あの老いぼれが!?」
「どうして分離したのかは分かりませんが、草場輝久の思念体だと推測されます。いわば、六万回以上繰り返した記憶の集積体。彼奴が勇者と女神に覇王達の弱点を教えているのでしょう。『女神との合体による能力向上に加え、覇王達の情報共有』――それが強さの秘密です」
唸る覇王達。だが、クロノザは水晶玉に映る輝久老人の思念体を見ながら、全く動揺のない口調で言う。
「ならば、その存在を消せば良い」
……『ことり』と音がした。黒の長卓には溝があり、そこを陶器の目玉が転がる。
やがて目玉は、褐色の肌に尖った耳を持つダークエルフの前で止まった。
「やったー! アタシの番だー!」
覇王らしからぬ、甲高く無邪気な声でダークエルフは叫んだ。クロノザは微かに笑う。
「ロロゲ。アナタには二つ、やって貰いたいことがあります」
「分かってるってー! 勇者と女神をブッ壊すのと、そのジジイ――思念体の破壊っしょ?」
「理解が早くて助かります」
「じゃ、行ってくるねー!」
待ちきれないといった様子のロロゲに合わせるように、その姿はすぐさま淡い光に包まれ、輪郭を薄くして黒の長卓より消える。
戴天王界よりアルヴァーナへと向かったロロゲを見て、覇王達が呟く。
「ロロゲか。凄まじい力を持つ超越者に違いはないが……」
「うむ。ロロゲだけで平気なのか? 先程は、二体掛かりでもやられたではないか」
黒の長卓は、またもざわざわと騒がしくなる。老婆のような風体の覇王が、怒気を孕んだ声をあげた。
「時の覇王クロノザ! そもそも、お前が時間を操れば、すぐに終わる話じゃないのかい?」
『そうだ』と賛成する声があがる。クロノザは、やはり冷静さを持って返答する。
「邪神に至らぬ身には、色々と制約があるのです。無論、私が邪神になれば、今よりもっと自在に時を操ることができるのでしょうが――」
「嘘を吐きな! お前が以前、時を止めてサムルトーザの背後に立ったのを、アタシは見たよ!」
「ともかく。今はまだ私が力を使う段階ではありません」
諭すようにクロノザは言うが、老婆の怒気が皆に伝播したのか、ざわつきは収まらなかった。
やがて、長卓の奥で席を立つ音が聞こえた。コツコツと踵の高い靴音が聞こえて、女が黒の長卓中央へ歩み寄る。
「皆様、静粛に。可逆神殺の計は依然、問題なく進行しています」
額に第三の目がある女は、手にワイングラスを持っていた。血のような赤い液体が、なみなみと注がれている。
三つ目の女――時の覇王クロノザが言葉を続ける。
「暴虐の覇王サムルトーザでさえ、自らが生まれた一個の世界を征服したにすぎません。しかし、彼は次元の壁を超えて、六個の世界全てを滅ぼしました」
「ああ!? 一体、何の話だよ!?」
老婆のような風体の覇王が食ってかかるように問うも、クロノザは無視して話し続ける。
「しかも、彼が滅ぼした六個の世界は、強力な勇者や救世主が召喚される世界ばかりです」
「だから一体、お前は何を言っている!」
他の覇王達も怒りの満ちた声をあげ続ける。
クロノザは持っていたワイングラスを頭より上に掲げた。
「私は先程から『静粛に』と言っています」
クロノザが手を離すと、ワイングラスが床に落下した。ガラスの割れる破砕音に、覇王達は一斉に静まり返る。追い打ちを掛けるようにクロノザが言葉を紡ぐ。
「……生まれる前に戻されたいか?」
声を荒げた訳ではない。だが、覇王達はもはや一言も発せず、息を呑む。
クロノザの迫力に加えて、驚愕の事実。先程、割れた筈のワイングラスが、何事もなかったかのように元に戻り、クロノザの手にあった。
「時を止めるだけでなく、戻すこともできるのかい……!」
老婆の如き覇王が畏敬の念を込めて言った。
水を打ったように静まり返った黒の長卓。クロノザはワインを一口飲んで、穏やかな口調に戻って言う。
「ご安心を。既に六世界統一覇王メガルシフを、アルヴァーナに投入しております」
21
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。
魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。
カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。
だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、
ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。
国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。
そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。
婚約破棄された令嬢が記憶を消され、それを望んだ王子は後悔することになりました
kieiku
恋愛
「では、記憶消去の魔法を執行します」
王子に婚約破棄された公爵令嬢は、王子妃教育の知識を消し去るため、10歳以降の記憶を奪われることになった。そして記憶を失い、退行した令嬢の言葉が王子を後悔に突き落とす。
魔王を倒した手柄を横取りされたけど、俺を処刑するのは無理じゃないかな
七辻ゆゆ
ファンタジー
「では罪人よ。おまえはあくまで自分が勇者であり、魔王を倒したと言うのだな?」
「そうそう」
茶番にも飽きてきた。処刑できるというのなら、ぜひやってみてほしい。
無理だと思うけど。
40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです
カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私
とうとうキレてしまいました
なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが
飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした……
スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます
俺だけ毎日チュートリアルで報酬無双だけどもしかしたら世界の敵になったかもしれない
宍戸亮
ファンタジー
朝起きたら『チュートリアル 起床』という謎の画面が出現。怪訝に思いながらもチュートリアルをクリアしていき、報酬を貰う。そして近い未来、世界が一新する出来事が起こり、主人公・花房 萌(はなぶさ はじめ)の人生の歯車が狂いだす。
不意に開かれるダンジョンへのゲート。その奥には常人では決して踏破できない存在が待ち受け、萌の体は凶刃によって裂かれた。
そしてチュートリアルが発動し、復活。殺される。復活。殺される。気が狂いそうになる輪廻の果て、萌は光明を見出し、存在を継承する事になった。
帰還した後、急速に馴染んでいく新世界。新しい学園への編入。試験。新たなダンジョン。
そして邂逅する謎の組織。
萌の物語が始まる。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。