仲間の痛みは俺のもの ~我々の業界ではご褒美です~

茶人藍

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第一章 勇者と守り人の出会い

第二話 スピード特化タンク

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 俺は再び森に戻った。

 手には門番から借りた木剣。粗末な作りだ。攻撃力はほぼ上がらないだろう。重さもない。振り回しても風を切る音すらしない。

 完璧じゃないか。

 攻撃力が低ければ、敵を倒すのに時間がかかる。時間がかかれば、それだけ長く痛みを味わえる。ゴブリンたちの攻撃を、存分に、じっくりと受け続けられる。

 想像しただけで震える。

「早く会いたいな」

 ゴブリンたちに。あの棍棒の鈍い一撃に。短剣の鋭い痛みに。

 足を速める。素早さ105の体は軽い。木々の間を駆け抜ける。枝が頬を掠める。小さな痛みだが、それすらも心地いい。

 前方に開けた場所が見えた。

 そこに、ゴブリンが三体。粗末な棍棒を持ち、何かを話している。醜悪な顔。緑色の肌。人間を憎んでいる目。

 素晴らしい。
 こいつらが俺を痛めつけてくれるのか。期待で胸が高鳴る。

 観察する。

 一体は他より少し大きい。リーダー格だろうか。棍棒も太い。あれに殴られたら、相当痛いはずだ。

 もう一体は短剣を持っている。切り裂く痛み。鋭い痛み。前回も味わったが、何度でも味わいたい。

 最後の一体は小柄だ。手には石を持っている。投石か。遠距離からの攻撃。打撲。これも悪くない。

 バリエーション豊富だ。

「完璧な布陣じゃないか」

 呟いて、茂みから出る。

 ゴブリンたちが一斉にこちらを向いた。敵意に満ちた目。殺意。攻撃性。

 いい目だ。

「さあ、来い」

 挑発ではない。心からの願い。

 リーダー格のゴブリンが吠えた。三体が一斉に襲いかかってくる。

 素早さ105の体が反応する。視界がスローモーションになる。ゴブリンの動きが手に取るように分かる。

 避けられる。簡単に避けられる。

 だからこそ―—

「避ける理由がない」

 その場に立ったまま腕を広げる。当たらなさそうな攻撃は自ら受けに行くスタイル。

 ドスッ!ガスッ!

 リーダー格の棍棒が肩に叩き込まれた。

「あ......!」

 重い。前回より重い。太い棍棒の分、質量が増している。骨まで響く衝撃。肩から腕にかけて痺れるような痛み。

 最高だ。

 続いて短剣が脇腹を切り裂いた。

「っ......!」

 鋭い。皮膚が裂ける感覚。温かい液体が流れる。血だ。傷口が開いている。風が当たるたびにひりひりする。

 これだ。

 石つぶてが太腿に当たった。

「ぐっ......!」

 鈍い痛み。打撲。内出血するだろう。明日には青あざになる。いや、今日中になるかもしれない。

 素晴らしい。三種類の痛みが同時に。

 ゴブリンたちが困惑している。
 避けない獲物。反撃もしない獲物。ただ立って攻撃を受け続ける獲物。

 理解できないのだろう。当然だ。普通は理解できない。

 そう、俺は普通じゃない。

「さぁ、もっとだ!! もっと来い!!」

 両腕を広げたまま微笑む。

 困惑の表情を浮かべたゴブリンたちが再び襲いかかってきた。今度は躊躇がない。容易い獲物だと判断したのだろう。

 棍棒が背中に。短剣が腕に。石つぶてが頭に。

「あ、ああ......!」

 痛みの洪水。
 色々な種類の痛みが同時に押し寄せてくる。それぞれの痛みが独立して存在しながら、全体として一つの大きな痛みを形成している。

 痛みの交響曲だ。

 指揮者はゴブリンたち。演奏者は俺の神経。観客は俺自身。

 完璧な舞台じゃないか。

 だが、まだ足りない。もっと。もっと痛みが欲しい。

「お前らの力はこの程度か?」

 挑発する。ゴブリンたちが怒った。リーダー格が何か叫んだ。

 増援だ。茂みから新たにゴブリンが五体現れた。合計八体。

「これは......」

 思わず声が震える。

「やればできるじゃないか......!」

 八体のゴブリン。八つの攻撃源。痛みの可能性が倍以上に増えた。

 涙が出そうだ。いや、出ている。感動で。

 ゴブリンたちが一斉に襲いかかってきた。

 棍棒が四本。短剣が二本。石つぶてが二つ。攻撃が雨のように降り注ぐ。

 肩、背中、腹、腕、足、頭、脇腹、太腿。
 全身に痛みが走る。骨が軋む。筋肉が悲鳴を上げる。皮膚が裂ける。血が流れる。

「あ、ああああ......!」

 痛い。痛い。痛い。

 全身が痛みで満たされている。痛み以外の感覚がない。視界がぼやける。呼吸が乱れる。立っているのがやっとだ。

 最高だ。俺は生きている!!!!

 これこそが俺の求めていたもの。これこそが俺の生きる理由。痛みこそが、俺が俺である証明。

 しかし―—

「まずいな」

 冷静な部分が警告を発している。
 このまま攻撃を受け続けたら本当に死ぬ。

 俺の趣向からして死を恐れないと思われがちだが、もっと痛みを味わうために生きる。生きるために痛みを調整する。だから死は困る。

 矛盾しているようで、完璧な論理だ。

「そろそろ動くか」

 素早さ105の体で動き出す。
 ゴブリンたちの攻撃を紙一重で避ける。いや、避けるのではない。受け流す。

 棍棒を腕で受ける。ダメージは入るが、致命傷にはならない。短剣を太腿で受ける。切り裂かれるが、浅い。石つぶてを肩で受ける。痛いが、骨は折れない。

 ダメージを分散させる。一箇所に集中させない。全身で受ける。
 これなら長時間戦える。長時間、痛みを味わえる。

 ゴブリンたちが苛立っている。倒せない獲物。避ける時は避け、受ける時は受ける。中途半端な対応。

 理解できないだろう。これは高度な戦術だ。痛みを最大化しつつ、生存を維持する。

 我ながら天才的だと思う。三十分程この状態を満喫する。

 ゴブリンたちが疲れ始めている。攻撃の頻度が落ちている。呼吸が荒い。

 …仕方ない。残念だがそろそろ潮時か。

「さて、反撃するか」

 木剣を構える。
 攻撃力5の木剣。ゴブリンを倒すには何回攻撃が必要だろうか。十回?二十回?

 素早さ105の体で駆ける。ゴブリンの懐に飛び込み木剣を振る。

 カン。

 鈍い音。ゴブリンの頭に木剣が当たった。

 ゴブリンがよろめく。だが、倒れない。

 やはり攻撃力が足りない。…それが良い。

「完璧じゃないか」

 もう一度振る。二度、三度、四度。
 ようやくゴブリンが倒れた。

 残り七体。

 次のゴブリンに向かう。同じように何度も何度も木剣を振る。

 攻撃している間も、他のゴブリンが俺を攻撃してくる。背中に棍棒。脇腹に短剣。

 痛い。でも、攻撃を続ける。

 これこそが戦闘だ。与えるダメージより、受けるダメージの方が多い。普通なら愚かな戦術だ。

 だが、俺にとっては最高の戦術だ。

 二体目が倒れる。三体目が倒れる。

 残り五体。

 体がボロボロだ。血が大量に流れている。視界が赤く染まっている。自分の血だ。

 HPは残り僅かだろう。

 だが、意識ははっきりしている。痛みが俺を覚醒させている。

 四体目が倒れる。五体目が倒れる。

 残り三体。クエスト達成に必要な数だ。

 最後の力を振り絞る。六体目、七体目、八体目。

 全て倒した。

「......終わったか」

 地面に座り込む。立っていられない。全身が痛い。傷だらけだ。

 でも、満足だった。

 十分すぎるほど痛みを味わった。八体のゴブリンに痛めつけられた。棍棒、短剣、石つぶて。あらゆる攻撃を受けた。

 最高のクエストだった。

 ゴブリンの耳を切り取る。クエストの証明だ。三つ。

「帰るか」

 俺は立ち上がり町へと帰還する。
 

―——


 冒険者ギルドに到着した時、俺の姿を見た人々が凍りついた。
 全身血まみれ。服はボロボロ。傷だらけ。

 受付嬢が悲鳴を上げそうになった。

「だ、大丈夫ですか!?」
「大丈夫だ。クエスト完了の手続きを頼む」

 ゴブリンの耳を差し出す。

 受付嬢が震える手で受け取った。

「ゴブリン、三体......確かに」
「報酬をいただこう」

 周囲の冒険者たちが集まってくる。

「おい、マジかよ」
「素早さ特化タンクが、単独でゴブリン討伐を達成した?」
「しかもこの傷。どんだけボコボコにされたんだ」

 ざわざわと声が上がる。

 受付嬢が報酬を渡してくれた。3000ルーメン。

「あ、あの......治癒薬、買った方がいいですよ」
「いや、問題ない」

 治癒薬を買う金はもったいない。せっかくの傷だ。もう少し楽しみたい。
 受付嬢が絶句している。

「次のクエストはあるか?」
「次......ですか? まずは治療を......」
「大丈夫だ。問題ない」

 受付嬢が諦めた顔をした。
 もう慣れたのかもしれない。俺という存在に。

「では、こちらのクエストを......」

 次のクエストを受け取る。
 そう、究極の痛みを求める俺の冒険はまだ始まったばかりだ。
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