仲間の痛みは俺のもの ~我々の業界ではご褒美です~

茶人藍

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第一章 勇者と守り人の出会い

第一話 NO PAIN,NO LIFE

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 取りあえず森を歩く。
 止まっていても痛みは向こうからやって来ない。

 当然裸足だ。枝を踏むたびにちくちくとした痛みが足裏に走る。小枝が刺さる。石が食い込む。悪くない。

 痛みがない人生など俺には無意味だ。
 この小さな痛みすら、俺にとっては生きている証だ。足裏に感じる一つ一つの刺激が、存在を証明してくれる。

 ガサッ。

 茂みが揺れた。反射的に足を止める。

 出てきたのは青いゼリー状の生物。スライム。女神が説明していた最弱のモンスターだろう。直径30センチほど。ぷるぷると震えながら、こちらに向かって跳ねてくる。

 遅い。素早さ105の俺から見れば、あまりにも遅い。避けるのは容易だろう。

 だが、避ける理由がない。

「来い」

 腕を差し出す。スライムが飛びついた。

 ぶにゅっ。
 柔らかい感触。そして。
 じゅわあああ。

「......ぉお!!」

 熱い。いや、焼けるような感覚。スライムの体液に含まれる酸だ。皮膚が溶けていく。痛みが腕を駆け上がる。じわじわと広がっていく痛み。継続的な、終わりの見えない痛み。

 これは素晴らしい。

 だが、物足りない。

 前世で最後に味わった痛みに比べればあまりにも弱い。あの痛みは何だったんだ……。

「もっと強い刺激が欲しいな」

 そう独り言ちた瞬間——

 ガサガサガサッ!

 複数の茂みが一斉に揺れた。

 スライムがさらに三体。そして、緑色の小型人型モンスター。ゴブリンだ。三体。手には粗末な棍棒を握っている。

 合計七体。 俺を囲むように配置された七体のモンスター。

 完璧な状況じゃないか。

 笑みがこぼれるのを抑えられない。これこそ、俺が求めていたシチュエーションだ。圧倒的不利。絶望的状況。普通なら命からがら逃げ出すところだろう。

 だが、俺は違う。

 ゴブリンの一体が棍棒を振り上げた。躊躇いがない。俺を獲物と認識している。

 俺は避けなかった。

 ドスッ!

 鈍い衝撃が肩に叩き込まれた。骨まで響く重い一撃。

「ぐっ......!」

 これだ。スライムとは比較にならない。質量が違う。衝撃の深さが違う。痛みが骨の髄まで達している。

 俺は今生きている!!

「もっと来いっ!!」

 挑発ではない。心からの願いだ。
 嬉々とした俺の表情にゴブリンたちは一瞬怯むが、すぐに気を取り直して一斉に襲いかかってきた。

 棍棒が次々と俺の体を打つ。 肩。脇腹。太腿。背中。

 全身に痛みが走る。それぞれの箇所で、それぞれの痛みが生まれる。肩の鈍痛。脇腹の鋭い痛み。太腿の重い衝撃。背中の広範囲な痛み。

 スライムたちも攻撃を続けている。腕だけでなく、足にも張り付いてきた。酸が皮膚を溶かす。じゅわじゅわという音が聞こえる気がする。

 痛みの洪水だ。

 色々な種類の痛みが同時に押し寄せてくる。鈍痛。鋭痛。灼熱痛。圧迫痛。それぞれが混ざり合い、交響曲のように響く。

 バリエーション豊富だ。これこそが俺の求めていたもの。

「これだ......これなんだよ......!」

 俺は笑っていた。涙を流しながら、笑っていた。痛みで体が震える。だが、それすらも心地いい。

 その時、一体のゴブリンが短剣を抜いた。他の二体とは違う。こいつは少し賢いのか、急所を狙ってくる。

 短剣が俺の腹部に向かって突き出された。

 この瞬間、体が勝手に動いた。

 素早さ105の効果だ。

 意識する前に、体が横に滑るように移動していた。短剣は空を切る。

「あれ?」

 避けてしまった。痛みを避けてしまった。

 まずい。これはまずい。

 素早さ105の副作用だ。体が本能的に危険を回避する。痛みを求める俺にとって、これは致命的な欠陥だ。

 だが、待て。冷静になれ。

 素早さがあるということは、より多くの攻撃に晒されるチャンスがあるということだ。一箇所に留まるのではなく、動き回る。そうすれば、より多くの敵の攻撃射程に入れる。

「なるほど」

 理解した。使い方が分かった。

 俺は走り出した。素早さ105の体は、信じられないほど軽い。風を切る感覚。視界が流れる。

 ゴブリンの間を駆け抜ける。三体のゴブリンが同時に棍棒を振り下ろすが、一歩早く移動しているため、掠る程度のダメージで済む。

 いや、違う。これじゃダメだ。

「もっとちゃんと当ててくれ!」

 叫びながら、わざと減速する。

 ドガッ!

 棍棒がモロに背中に入った。

「っ......!」

 痛い。完璧だ。これだ。

 この調子だ。素早く動いて攻撃のタイミングをずらし、でも最後は確実に当たる位置で減速する。

 痛みを最大限に味わいながら、生存できる。完璧な戦術じゃないか。

 十分ほど、俺はモンスターたちの玩具になった。

 全身ボロボロだ。服は破れ、体中傷だらけ。血も流れている。HPは残り僅かだろう。生きているのが不思議なくらいだ。

 だが、満足だった。十分に痛みを味わった。

「そろそろ撤退するか」

 素早さ105の体で森の奥へと走り出す。
 ゴブリンたちは追いかけてこようとしたが、俺の速さについてこれない。あっという間に距離が開いた。

 初めての実戦。素早さの使い方も痛みの味わい方も全てが上手くいった。
 大成功だ。


―——


 数時間後。

 森を抜けるとそこには街があった。木製の門があり門番が二人立っている。

 彼らは俺を見て明らかに顔をしかめた。当然だろう。裸足で、服はボロボロ、体中傷だらけで血まみれの若者が歩いてきたのだ。

「お、おい、大丈夫か!? 魔物に襲われたのか!?」
「あぁ、だが問題ない」
「武器は!?」
「金がない」
「......奪われたのか!?」

 親切な門番がが治癒薬を取り出した。

「これを飲め」

 苦い液体を飲まされた。効果は抜群だった。傷が見る見る塞がっていく。痛みが引いていく。

 残念だ。せっかくの傷だったのに。

「冒険者ギルドに行け。初心者向けのクエストをこなせば金になる。ただし、武器がないとクエストは受けられない」

 完全に詰んでいる。論理的に破綻している。

 それに気付いた門番の一人が溜息をついた。

「分かった。特別だぞ」

 訓練用の木剣を渡してくれた。粗末な作りだ。攻撃力はほぼ上がらないだろう。

「すまない。心遣い感謝する」

 心からの感謝だ。これでクエストが受けられる。
 また痛みを味わうことが出来る。

 
―——


 冒険者ギルドは三階建ての石造りの建物だった。立派だ。入口には武装した冒険者たちが出入りしている。

 俺が中に入ると何人かが興味無さそうにこちらを見る。そして驚いて二度見する。

 この格好だ。当然の反応だろう。

 受付カウンターへ向かう。茶色の髪をポニーテールにまとめた眼鏡の女性が座っていた。彼女は俺の姿を見て一瞬固まった。

「魔物に、襲われたんですか?」
「あぁ。すぐに冒険者登録をしたい」
「こ、こちらにご記入をお願いします…」

 用紙に記入。名前、年齢、職業。全て正直に書いた。

「続いて簡易ステータス測定を行います」

 水晶のような球体に手を置く。光る。そして。
 受付嬢の顔が凍りついた。

「え......これ、は......」

【ステータス】  
 職業:タンク
 HP: 10  
 MP: 10  
 攻撃力: 5  
 防御力: 5  
 素早さ: 105  
 運: 5
 武器:木剣

 相変わらず完璧なステータスだ。

 周囲の冒険者たちが近づいてくる。ざわざわと声が上がる。

「防御力5のタンク?」
「ありえねえだろ」

 一人のベテラン冒険者が肩を掴んだ。

「おい、兄ちゃん。そんなステータスじゃ死ぬぞ」
「大丈夫だ、問題ない」
「は? いや一撃で死ぬって」
「素早さがあるので問題ない」
「タンクは避けちゃダメなんだよ」
「馬鹿にするな。攻撃など全て受けきる」
「じゃあ死ぬじゃねえか!」

 心配してくれているところ申し訳ないが、俺の戦術は完璧だ。森で実証済みだ。

 受付嬢が困った顔で登録を受理してくれた。銀色の冒険者カードを受け取る。ランクはF。最低ランクだ。

「クエストはこちらです」

【Fランククエスト】  
 ・スライム討伐(5体) 報酬:3000ルーメン  
 ・薬草採集(10本) 報酬:2000ルーメン  
 ・ゴブリン討伐(3体) 報酬:6000ルーメン

「ゴブリン討伐で」

 受付嬢が驚いている。

「初めてならスライムの方が......」
「大丈夫だ。早くしてくれ」

 ゴブリンの方がいい。森で味わったあの痛み。棍棒の重い一撃。あれをもう一度味わいたい。

 木剣では厳しいだろう。攻撃力はほぼ上がらない。だが、それでいい。攻撃力が低い方が戦闘が長引く。長引けば、より多くの痛みを味わえる。

 クエスト依頼書を受け取り、ギルドを後にした。
 背後から声が聞こえる。

「あいつ、絶対死ぬぞ」
「すぐ戻ってくるだろ。ボコボコにされて」

 心配には及ばない。
 
 それは我々にとってのご褒美なのだから。
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