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溶ける背徳
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しおりを挟む十年前──…
平日の夕方、部屋にはまだ陽の余韻が残っていた。カーテン越しに差し込む橙色の光が、部屋を斜めに照らしている。
高校一年の秋。季節は進んでいるのに、空気にはまだ夏の名残がひそんでいた。
あまねは、教科書を胸に抱えて自室の勉強机に座っていた。ページを開いては閉じ、また開いて、手元の文字が目に入ってこない。外では小さな子どもたちの声が響いているが、それもまるで、どこか別の世界の音のようだった。
視線の向かいに座っているのは、眞壁清澄。あまねの家庭教師で、大学生。
落ち着いた雰囲気のなかに、どこか翳りを宿した美しさがある人だった。長い睫毛に縁取られた瞳はいつもどこか遠くを見つめているようで、その横顔は、ふとした瞬間に見惚れるほど整っていた。
「……うん、これも正解。文法はもう完璧だな」
ページをめくる手を止めて、清澄がふっと微笑む。その笑顔を見た瞬間、胸がぎゅうっと締めつけられるように痛んだ。
──あまねは彼に、恋をしていた。
「恋」という名前の感情を自覚できるようになったのは、つい最近のこと。
清澄に初めて会ったのは、ちょうど半年前だった。最初は、ただの家庭教師だった。
けれど淡々と解説する声のやわらかさや、何気なく見せる横顔、視線を合わせたときに宿る微かな優しさ。そうしたひとつひとつが、気づけばあまねの心を満たしていた。
いつからだったのかは、もう思い出せない。
ただ、“好きだ”と思ってからは、毎回この時間がくるのが怖くもあり、楽しみでもあった。
「眞壁先生」
あまねがそっと声をかけると、清澄はペンを止めて顔を上げる。眼差しがまっすぐに自分を見つめてきて、それだけで喉の奥が詰まりそうになる。
「もし……もしも、私が次の定期テストで、学年1位を取ったら……」
言葉が自然に出てきたわけではなかった。何日も前から、何度も何度も頭の中で練習した台詞だった。
──分かってる。この人が、自分の手の届かないところにいるって。
彼の隣に並ぶ未来なんて、最初から望んではいなかった。あまねが欲しかったのは、恋人になることでも、大人びた恋でもなくて。
ただこの気持ちを、自分の中にちゃんと残しておける記憶だった。
きれいな人だと思った。こんなふうに誰かを好きになったのは初めてだった。だからせめて、この想いが本物だったと証明するような思い出が、ひとつだけ欲しかった。
「……そしたら、キス、してくれませんか」
やっとの思いで言い切ったあまねの声は、震えていた。次の瞬間、清澄の表情が静かに変わるのが見えた。
驚き──だけではなかった。とまどい、少しの困惑、そして……何かを押し殺すような影。
あまねは、慌てて視線をそらす。
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