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ヤンデレ勇者と新生活
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しおりを挟むさて困った事に、所在地の分からない屋敷で目覚めてからというもの魔王はやる事が何も無かった。
……いや、別段困ってはいないのかもしれない。
うっかり自然に目覚めるまでぐっすり眠ったり、ぼんやりと日当たりのいい部屋の白い壁に写る揺れる木の葉の影を眺めて茶を飲んだり……。
思い返すと、常に苛立ちと焦燥に追われてしかめっ面で怒鳴っていた記憶ばかり。
やばい。本気で今の状態に対する危機感とか焦りが湧かない。
唯一であり、最大の懸念材料であるはずの勇者はテンションのふり幅が酷いのか、今は静かに本をめくっている。
ただし尾の中間辺りを抱き込みながらなのが、気になって仕方ない。普段はそんなに意識している部位では無いが、触れられていると気になって仕方がない。
感動したように『おいしい』とにこにこし続ける勇者と向かい合って食事をし、片づけは出来るんだろうなと……危なっかしく皿や鍋を洗う勇者をはらはらした心持ちで眺めた後の、随分とゆったりした時間だ。
「……お前、常識が無いレベルで料理は酷いのに茶は上手いな」
抱え込まれた尾を抜き出せないかと、少し身を捩りつつも危なっかしく皿を洗った後に寄越された、妙に美味しい茶を不思議に思いながら話題に出す。
残念ながら尾を離してはくれない。
「そう? マルガレーテが教えてくれたんだけど……他が分からないからなぁ。でも君が喜んでくれたのなら嬉しい」
珍しく邪気なく陽だまりの様に笑うが、それとは別に気がかり過ぎる言葉が出る。若干というか、不安になる。
「それ大丈夫なヤツか?」
「大丈夫なヤツって?」
完全に毒気のない不思議そうな顔で首を傾げる。基本的に此方に向ける視線に問題ありな分、そんな子供染みた顔をされると戸惑う。
しかしあの女だ。正直ここまで、生涯においての接触数分だ。その数分でさえ、かなりのヤバさを振りまいていた。うら若き女性が大変品性の無い言葉を撒いていったのだ。
警戒して当然だろう。
「……ああ。そういう? 大丈夫だよ。僕それは分かるから」
納得いったように頷き安全を保障されるが、さっぱり安心できない。良く考えればこいつも別ベクトルにやばい人種だった。これを人間とカウントして良いのか怪しいが。
随分と幼稚なタイトルで『おともだちとなかよくしよう』とは題された本を置き、未だに尾を抱き込んで擽る様に撫でて来る。
遠慮容赦なく踏みつけておいて悪びれもせず『邪魔』と宣った幼馴染はどうしただろうか……顔はそこまででは無いが、どことなくこの勇者に似て居た。
「あ」
無意味に尾の表面に指を滑らせていた勇者が声を上げる。
そして魔王もはっとする、と同時にずだん、と足元に何かが突き立つ。ただ、それを警戒し、何かを確認する前に躊躇なく勇者が拾い上げる。
「なんだ、それ」
「マルガレーテからの……矢文……? 何か固めた空気に手紙を付けて飛ばす……? とか言ってた?」
拾った当人もいまいち分かっては居ない顔をするが、良くあることなのか、躊躇わずに床に深々と突き立つ紙、という意味の分からない物体を広げていく。
ところであの女、本当に人間か?
魔封じが有るとは言え、仮にも魔王が一切関知出来ない物をぶち込んできやがった。
「えっと『ユーちゃんへ。ごめんなさい。今気づいたのですが『魔王』『勇者』『マルガレーテ』の呼称が短時間かつ、一定距離で発せられた場合に位置が特定される呪いが掛かって居ました。残念ながら先ほど全て発声された様に思います。早急に呼び名の変更をしてください。私の事はこれを機にお姉ちゃんと呼んでください。序に魔王さんと既成事実を作り義姉さんとでも呼ばせてください。私は詰まらない仕掛けをした輩の所へ毒電波撒きに行きます。追伸、ユーちゃんはまた自分の名前を忘れて居そうですので、念のため、貴方の名前はユーリヤです』……だって」
「内容に突っ込みたい点が多すぎるが……その手紙の音読はしない方が良かったんじゃないか?」
確かに先ほど、それぞれにそんな風に呼び合った記憶があるが、もし呼んでなくてもこの手紙を声に出した時点でアウトなのでは? あくまでもマルガレーテの周りで、と言うならセーフなのろうが……。
あと既成事実なんぞ作らせないし、アレを義理でも姉などとは絶対に呼ばない。そしてなんだ毒電波。知りたいとは思わないが。
「おい?」
何か言えば必ず反応する奴が黙り込むと言うのは不気味だ。僅かに低い位置にある顔を、そろりと覗き込むと見事までの無表情。
高温高湿度な視線を向けられ続けても鳥肌が立つが、命のやり取りだという局面でさえ熱っぽい視線と、薄っすらと上がる口角で笑みの表情を作って居た人間の無表情だ。
「……ユーリヤ、という名前なのか」
個人名が明らかに成ったと言うのに、この勇者の人間味が増す事はない。相変わらずの変な奴のままだ。
「僕の名前じゃない。それは僕を産んだ人の名前で、僕に付けられたわけじゃない。誰も僕なんて、見て居ないんだから」
ふっと笑う形の表情なのに、瞳が一切笑って居ない。
あんなにもぞわぞわと怖気だつ、熱の籠った視線に比べてあんまりにも温度が無い。無色透明にな癖に、その視線にも悍ましさが滲む。
「僕と君じゃあ駄目なの?」
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うっかり強くて真面目でまともなだけで魔王に成っちゃってる系の魔王様なので、基本的にぐいぐい我欲全開で迫って来る奴らには及び腰になっております!そしてまだ、我欲全開で迫ったり煽ったりして来る奴らがいます!