イケメン俳優は万年モブ役者の鬼門です2

はねビト

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44.イケメンアイドルの共演者たちは奮起する

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「『ほら、かかってこいよ!そんなんじゃ、オレの影すら踏めないぜ?』」
「『クソ、バカにしやがって!』」
 笑顔のままに、悠之助が周囲のヤツらを挑発する。

 さすが現役トップアイドルとも言うべき矢住やずみくんの笑顔は、本当にすばらしく華やかで、フワリと舞うようにリズミカルな殺陣たてとあいまって、彼が演じる悠之助の魅力となっていた。
 それを己の技術を総動員して、必死に再現する。

 ジャンプは高く、それでいて着地の音はあまり立てずに。
 まるで重力なんてないんじゃないかと思わせるように、軽々とステップを踏むような足さばきで人と人との間をすり抜けていく。

 その途中に、ちゃんと客席へのアピールを忘れずに視線を流したり、笑顔をふりまいたりと、やることは多かった。
 役に入ると、客席のことを特別意識しなくなるふだんの僕からしたら、こんなふうにわざわざ客席への視線を飛ばすことなんて、かんがえもつかなかったのに。

 さすがは矢住くん、この視線や笑顔を自然とできてしまうんだもんな?
 それこそ本人からすれば、観客のいる状態でスポットライトがあたれば、あたりまえのようにしてしまうファンサービスのようなものだった。
 だから矢住くんの悠之助演技を再現しようとするなら、そこは切っても切れないものだ。

 だれに言われるまでもなく、彼はナチュラルにそれをやってのけていたから。
 矢住くんが常に持ちつづけている『ファンを楽しませたい』という気持ちは、本物だと言っていい。

 しかも、『コンサートとちがって、いつでもキメ顔をしなくてもいいから、気持ちは楽なんです!』と言いきっていた。
 けれど、それでも彼のファンがいるFC席をきちんと見ながらそこに向けて笑顔や視線を違和感なく飛ばせるのって、僕からしたらすごい器用なんじゃないかと思ってしまう。

 でもたしかに、この物語のムードメーカーにしてトリックスターの悠之助なら、そういうサービスくらいはしてもおかしくはないだろ。
 そう思うからこそ、できるだけあの笑いかたに近づけるようにと無理をして表情筋を動かす。

「『よお、活きのイイのがいるじゃねーか!』」
 そんななかで、雪之丞ゆきのじょうさん演じる敵の親玉と遭遇するんだ。
 ここからはふたたび、僕にとっての難所となる。

 雪之丞さんの手が柄にかかったと思った次の瞬間には、抜かれた刀がまっすぐにふりおろされる。
 それをギリギリで避けたように見せ、こちらも手にした刀をかまえ直す。
 殺陣は、どうしても僕のときとはスピード感がちがうから、リズムをとるのがむずかしかった。

 でも今日の僕は、完全に矢住くんの代役をこなしてやるって決めていたから、最後まで責任もってやりとげてみせる!
 だから必死の稽古につきあっていた日々を思い出し、今日だけはあのリズムをからだに染み込ませるんだ!

「『クソッ、なんなんだよ、コイツは!?』」
「『くくっ、弱いな……その程度で剣客を気取るとは、片腹痛いわ!』」
 そんなセリフの合間にも、殺陣の手が止まることはない。

 この手数の多さが、悠之助の殺陣の特徴と言ってもいい。
 それらをすべて、矢住くんの動きをトレースしながらさばいていく。
 ある意味で、ものすごく脳みそをフル回転させながらやらなくてはいけないから、このスピードでよかったというか……。

 ただの『矢住くんのマネをする僕』にならないよう、あくまでも矢住くんそのものになりきるつもりで演じていけば、いつしか対峙する雪之丞さんも、僕と演じているときではなく、矢住くんと演じているときの顔になっていった。
 よし、それでいい。

 今日は僕の成分はなんて、みじんも出す必要はないんだから。
 そう思っているうちに、ザワつきを見せていたはずの客席も、いつの間にやらおとなしくなっていた。
 どうやら、違和感は取っ払えたんだろうか?

 そして気がつけば一幕は終わり、休憩時間となっていた。
 客席の照明がつき、にぎやかさがもどる。
 それを舞台裏で聞きながら、僕はぐったりとしていた。

 いや、本当に疲れた。
 たぶんいつもの雪之丞さんとの稽古のときは、もっと殺陣だって激しいはずなのに、なんなら手クセのようなもので慣れたスピード感でできるそっちのほうが、よほど気楽だった。

 けれどこれは、いつでも矢住くんがもどってこられるようにという、僕のワガママからやっていることにすぎなくて、だれに頼まれたわけでもないことだ。
 だから自己満足でしかないけれど。
 それでも、こうすることで彼の無事を信じたかったんだ。

「ヒロからは?!」
 楽屋にもどる途中の相田あいださんが、開口いちばんにたずねるのに、しかしスタッフさんたちは困ったような顔をするだけだった。
 やっぱりまだ連絡がつかないんだろうか?

 開演してからすでに1時間が経ち、はじめに入った一報からは、もう何時間も経っているというのに……。
 と、そのときだった。

 プルルルル……
 着信を告げる携帯電話の音が鳴り響く。
裕基ゆうき!ヒロくんからだよ!」
 楽屋から走り出てきたマネージャーさんの声とともに、それが相田さんの手に渡される。

「もしもしっ!?あぁ、ヒロか……うん、そうか、それならよかった……本当に心配したんだぞ?うん……え?あぁ、それなら大丈夫、全部ヒロの師匠がカバーしてくれてるから」
 どうやら相手は矢住くんらしい。

 ちゃんとこの幕間まくあいの休憩時間を狙って連絡してくるあたり、気づかいはさすがでエライと思う。
 というか、それだけ本人にもかんがえられるだけの余裕があるんだろうかと、ホッとした。
 それってつまりは、たいした怪我ではないってことだろ?

「よかった……」
 ホッとしたら、なぜだか急にひざの力が抜けていく。
「大丈夫ですか、羽月はづきさん?」
 そんな僕を後ろから支えてくれたのは、マネージャーの後藤さんだった。

「ひとまず次の出番まで、楽屋でお休みください。とりあえず独自に調べた情報もある程度は出そろいましたので、ご説明をしたいと思います」
「ありがとうございます」
 タオルを手渡されながら、楽屋へと誘われる。

「それから終演後のアフトクイベについても、主催者側と無事にお話し合いがつきましたので、申し訳ないですけど、ご参加お願いしますね?一応台本はもらっておきました」
 そんな報告を受けつつも、僕の意識は矢住くんの安否にばかり向いていた。

 大丈夫なんだろうとは思うけど、やっぱり落ちつかない。
 冷たい飲み物を口にしながら、後藤さんが手帳を開くのを見ていれば、一度は落ちついたはずの手がカタカタとふるえそうになった。

「まずは羽月さんが気にされている矢住さんたちですが、やはりあの高速の玉突き事故に巻き込まれたのでまちがいないようです。同乗していたメンバーの皆さんは、重傷には至らずに済んだとか」
 真っ先に気になることを教えてくれる後藤さんに、強ばりかけていた肩の力が抜けていく。

「そっか、よかった……」
 でもやっぱり皆が心配していたように、あの高速道路での事故だったんだ……。
 どの車に乗っていたのかはわからないけれど、チラリと見た映像では、ペチャンコにつぶれている軽自動車もあったから、ひどい事故であることに変わりはないと思う。

「いやはや、さすがは天下のシャイニーですね、事務所手配の送りのバンが、防弾ガラス仕様の特注車とか!」
 シャイニーというのは、矢住くんのいる事務所の名前で、この業界でも3本の指に入るくらいの大手芸能事務所だ。

「『防弾ガラス仕様』って、そんなことまで教えてくれるんですか……?」
 ずいぶんとくわしい話を教えてくれるんだな、向こうの事務所の人は……なんて思っていたら、どうやら甘かったらしい。

「あぁ、それは私が独自のルートで調べた情報ですよ。それはさておき、矢住さんの容態ですが、主なところは右手首のねんざといったところでしょうか?レントゲンの結果は、骨には異常なしですが、むち打ちはどちらかといえば当日よりも翌日以降に症状が出ますからね」
 後藤さんはさわやかな笑顔のままに、とんでもないことを言う。

 え、いや、『独自のルート』って??
 その後につづけられるのは、軽くあたまを打っているからこそ、今夜は検査入院となる話だとか、助手席にいたマネージャーさんが骨にヒビが入って重傷になったとか、やはりやたらとくわしすぎる情報だった。

「……と、いうわけで、今の時点ではご本人のねんざがどれほどのものかまでは、さすがにわかっておりません」
 顔をしかめて言う後藤さんに、ふたたび心配ばかりが募っていき、僕の肩はさらに力なくしぼんでいった。

「大丈夫なのかな……?」
 幸いにして、明日は休演日だ。
 そこで様子を見るだけの余裕は、ありそうだけど……。

「すみません、かえって羽月さんの不安が増してしまいましたね。もう少し、くわしく調べてみます」
「いえ、そんなとんでもない!なにもわからないままより、少なくとも軽傷だったってわかったので……命に別条がないならそれで……」
「大丈夫ですよ、矢住さんの搬送された病院は、外科が優秀ですから」

 しょんぼりする後藤さんに、あわててフォローをすれば、キリッとした顔でかえって僕がはげまされてしまった。
 本当に、よくできた人だよな。
 僕なんかのマネージャーさんにしておくのは、もったいないというか……。

 と、そこへ楽屋のドアを控えめにノックする音が響く。
「はい、ただいま出ます」
 そう言いながら、すばやく後藤さんが対応に出る。

「休憩中にごめんね?」
 そこにいたのは、なんと相田さん本人だった。
「いえっ、なにかありましたか!?」
 あわてて僕が出ていけば、手ぶりであわてなくていいとなだめてくれる。

「さっき、ヒロから電話があって、岸本監督たちには伝えたんだけど、命に別条はなかったって……でも舞台に穴を空けたこと、すごく心配してたから、ちゃんとヒロの師匠がフォローしてくれてるよって言っといたから」
 とそこで相田さんは、ひと呼吸置く。

「それでヒロからの伝言。『師匠、今日はよろしくお願いします!』だってさ」
「はい、承知しました!……でも、本当によかった……」
 ついさっき後藤さんから聞いた話ではあったけど、あらためて本人と話したという相田さんの口からも矢住くんの無事が知らされて、ホッとする。

「ていうか、本当に今日の君はヒロにしか見えないから混乱するよ。多少声がちがうから、ヒロじゃなくて羽月さんのほうだとわかるけど」
 からかうような口調で言ったところで、2幕のはじまる5分前であることを告げるブザーが鳴った。

「それじゃ、後半戦も気を抜かずに、いつもどおりがんばろう!」
「はいっ!最後まで矢住くんの悠之助、演じきってみせます!」
 軽くこちらの肩をたたいた相田さんが帰っていくのを見送ったところで、あらためて後藤さんと目が合った。

「かわいい弟子からお願いをされたことだし、全力でがんばりますね!」
「ハイ、羽月さんの持てる技術、最大限に活かしてきてください!トークショーのことはいったん忘れて、まずは本番を無事に終えられることに専念しましょう」
「そうですね、そうします!」

 後藤さんにもはげまされたところで、舞台裏へと早めにスタンバイすれば、演者だけでなく、スタッフさんたちまでもが次々とつどってくる。
 皆の顔は一様に、矢住くんの不在をカバーしようという意思でいろどられ、やる気がみなぎっていた。
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